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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十一話
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再会と後悔

 

 目の前のウサギと爪男を見た俺は思わず我を忘れていた。

 ボロボロにされたアイツの姿。その上から馬乗りになって今とどめを刺そうとしていた敵の姿。細かい事はどうだっていい。俺がやるべき事はたった一つなんだから。


「うわああぁぁぁーーーーーッッッッッ」


 自分でも驚く位の絶叫。腹の底から叫び――突進していた。

 相手が俺に気付く。よく見ると、ウサギの奴がやったのだろうか、相手もかなりボロボロになっていた。


「じゃまを……すルナーーーーッッ」


 相手も叫びながら俺に向かってきた。右手に装着した爪、クローを薙ぎ払うように振るった。速い。多分、今から避けようとしてもダメだ。

 ザクッッッ、と云う嫌な感触。クローは俺の突き出した右肩口を抉った。だが、関係無い。俺は構わず肩口から相手の体に突っ込み――ぶちかました。相手は「ぐわアア」と叫びながらゴロゴロ転がりつつ――体勢を整えた。やっぱり普通の相手じゃ無いか。だが、ウサギから引き離す事には成功した。


「大丈夫か?」

「ば、ばか。何でこんなとこまで…………」

「立てるか?」

「アタシを馬鹿にすんなよ、ほらっ――」


 ウサギの奴はそう言うと起き上がろうと試みた。でも、辛うじて上半身を起こすのが精一杯らしい。それだけで息が荒くなるのが分かった。


「く、クソッッ。動けよ……」


 そう言いながら、ウサギの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 自分の今の状態が心底悔しいらしい。俺はアイツの肩に手を置くと「心配すんな、あとは何とかするよ」と言い、敵に視線を向けた。


「よぉ、確かアンタ…………チェイ、だったな。【借り】を返しに来たぜ」

「おまえのようなざこに……なにがでキル!!!」


 敵、つまりチェイが襲いかかって来た。ボロボロになっているのにその動きはやはり尋常ではない。

 脳裏に浮かぶのは、あの日の事。そう、俺が【裏切った】一連の出来事だった。




 ◆◆◆




 それは、ほぼ四週間前の事だった。

 その日、バーでの仕事が終わった俺は待ち合わせの場所である、裏通りのタトゥーショップの前にいた。

 時間は深夜の三時。お世辞にも柄のいいとは言えない方々がたむろい、正直怖い 。とは言え、ここらも最近は以前より落ち着いた。

 最近じゃ、日中、ここいらを近所の子供が遊んでいる。ひったくりとかの窃盗犯が何も知らない観光客の財布をバッグ毎奪うなんてのが日常だったこの辺りでだ。

 それは良くも悪くも【塔の組織】の影響力がここいらにも及んで来た事を意味しているらしい。


「これもクロイヌさんのおかげなのかな?」


 そんな事を考えている内に、待ち合わせの時間はとっくに過ぎていた。ずぼらそうに見えて、ウサギの奴は時間には厳しい。もし遅れるとしても、いつもなら事前にメールなり電話なり来るはずなのに今日はまだ何も音沙汰が無い。

 不審に思った俺はポケットからスマホを取りだし、履歴を確認してみた。やっぱり、ウサギからは連絡が無い。


『何やってんだよ、アイツ』


 そう思った俺は、直接連絡を取ろうと通話ボタンを押す。少しの待機時間を経て、繋がった。

 するとすぐ近くで着信音が響いた。ウサギの着信音はどこから引っ張り出したのかと疑問に思うような初期のR&B。その独特の曲がすぐ近くで聞こえた。


『何だよ、近くにいるんじゃないか』


 ホッとした俺がその曲を追い、ショップの裏に入った。

 するとそこには誰の姿も無い。だが、曲は聞こえる。すぐ近くだ。

 不意に上を見た俺の目に靴が見え――そのまま直撃した。


「く、何だお前?」


 立ち上がった俺の目の前には一人の男が立っていた。

 不気味な雰囲気を醸し出す奴だった。その表情からは何の感情も窺えず、目だけがギラリとこちらを睨み付けている。

 着ている服は黒いフードコート。まるで黒い染みみたいだった。


「おまえ、りすダナ?」


 黒い染みの様な男が俺にそう尋ねた。声にも感情らしき物は無さそうだ。だが、語尾が少し妙だと思った。


「何だよお前? 俺に用か」


 俺はそう言いつつ、周囲に目を配り、状況を把握しようと試みた。見たところこいつは一人だ。一人なら不意を突かれなければ大丈夫。これでも毎週日曜日はイタチさんやレイコさんに散々鍛えられた、相手が一人なら何とかなる。銃を持っていない限りだけど。


「おまえにたのみがアル」


 染みの様な男はやはり感情の無い声で俺にそう言った。

 こんな怪しい奴を信用出来る訳が無い。

 先手必勝。俺は迷わずに一歩左足から踏み込むと、右手を振り上げ、殴りかかろうと拳に力を込め――ストレートを放とうとした。

 その時、奴はおもむろに何かを取り出した。それはやたらゴチャゴチャしたストラップがくっついていて、恐らく本体よりも重いであろうそのスマホは間違いなくウサギの物だった。思わず動きの止まった俺にドス、という感触。前蹴りが深々とこちらの腹にめり込んでいた。


「な、何でお前がアイツのスマホを持ってる?」


 腹にはミシリとした痛みが走り――思わず夜食べた賄いを吐き出しそうになった。だが、そんな事よりも重要な事があった。

 何故、この不気味な男が【それ】を持っているのか、と云う事だ。コイツが手に持っているのは間違いなく、アイツの、ウサギのスマホ。なら、アイツは何処にいるんだ?


「おちつけ、あのビッチはぶじだ。……いまハナ」


 そう言いながら目の前の男が口元を歪めた。そこには微かに感情らしき物が感じられた。そう、これは【優越感】。自分の方が優位に立っていることに対するそれだ。

 そして一枚の写真を俺に投げて寄越す。その写真には両手両足を拘束され、身動き出来なくされたアイツの姿。息が詰まるとはこういう事なのか? 言葉が出てこない。そして…………俺は屈服した。


「――何をすればいいんだ」


 交換条件として、定期的に【バー】にいる客について教えろと云われ、俺は従った。

 元々、バーに来る客の大半はそれなりのワルばかりだ。誰にいつ狙われても仕方がない。奴の――チェイと名乗ったその男の言葉をそう頭の中で都合よく解釈し、【罪悪感】を誤魔化した。


 それから、一週間。その日が来た。

 チェイがメールを寄越した。差出人はウサギのスマホから。だから、仮にバーの皆に見られても不審にには思われない。


 ――今、誰がお店にいるの?


 これがメールの内容だった。

 いつもなら営業時間に来る客の写真を撮れとか、名前を探り出せとかの内容なのに。今は開店前で、俺は外に買い出しに行っていた。

 確か、イタチさんは出かけたから~~といつもより大した事の無いその内容に俺は今、店にいるのは二人だけ、と返した。


 それから、俺が戻った時には既にバーは爆破された後だった。

 カラスさんがその際に重傷を負い、バーの店内からは無惨な死体が一人出た。結果的にそれはレイコさんではなかったが、後の祭りだった。


『俺が、屈したからバーが…………でもそうしなきゃウサギが』


 爆破の直後の騒ぎで気付かなかったが、そのメールが更に俺を追い詰めた。


 ――有難う。おかげで満足できたよ。


 そのメールが、全てだった。最初からこの事態が目的だったと確信出来た。それからウサギのスマホには繋がらなくなった。もう、俺に【用】は無い、とばかりに。俺は絶望した。それは人質にも用は無くなったと暗に云われたのと同じだからだ。数日後に宅配便でスマホが送られ、これからもよろしくとメモが入っていて、情けない事にホッとした。


 だが、それを機に俺に中に大きな【穴】が出来た。俺のせいでこんな事になったという後悔が胸を締め付ける。

 だから、カラスさんが目を覚ました時、俺は全てを打ち明けようと思った。それでどうなっても構わない、でもアイツだけは助けに行きたいと言うつもりで。

 でも、言えなかった。カラスさんの形相は今まで見たことが無い位――必死だった。いつもは感情を抑え、寡黙なその姿からはとても想像出来なかった。

 カラスさんはレイコさんが無事だと確信していた。何故なのかは分からないし、多分教えたりもしないのだろう。互いの【過去】には触れない――これがバーでの暗黙のルールだったから。


 だから、チェイのアジト、つまりギルドの拠点にカラスさんが乗り込むと聞いて俺は驚いた。たった一人でいくつもりだなんて無茶を通り越して無謀だと言いたかった。でも、カラスさんの目に迷いは無かった。

 俺やホーリーさんは足手まといになるからと置いていかれたが、諦めきれなかった。俺はカラスさんと向こうに向かった警察官のゲンさんに尋ねてみると、あっさりとその場所が分かった。

 ゲンさん曰く、


 ――アイツはああ見えてバカだからなぁ。お前さんならもう少し上手く立ち回れるだろ?


 だそうだ。いずれにせよ、もう俺は迷わなかった。やるべき事が分かったからだ。すぐさま、BMWを運転していたホーリーさんにこの事を話し、こうしてここまで辿り着いた。そう、今、ここに。




 ◆◆◆




 チェイの奴が何かを叫んでいたが、もう耳には届かない。苛立ち混じりの表情を浮かべた奴のクローが俺の肩を抉っていく。でも今更こんな事で俺は止められない。

「うあああああっっっ」叫びながら左の拳を奴の顔に叩き込む。

 奴が「ウヌッッ」と呻きつつ反撃に左足を中段に放つ。これも避けられない。だから、喰らう覚悟で右の脇腹に力を入れ――受けた。同時に右手の棍棒で奴の蹴り足に一撃。思わぬ反撃だったのか奴が後ろに飛び退く。逃がすかよ。

 俺はそのまま頭からあの野郎の土手っ腹にに突っ込んで、そのまま一緒に倒れ込む。更に右手の【棍棒】で顔面に一撃。電気ショックでも受けたみたいに一度手足がビクリと動き――落ちた。チェイはそのまま意識を失ったのか、そのまま動かなくなった。


「はあ、はぁ。…………お、おい、大丈夫か?」

「アタシを誰だと思ってんの? …………大丈夫だよ」


 ボロボロの格好で、傷だらけのウサギはいつもの様に笑った。

 俺も思わず笑った。


「でもよ、ちっとばかり身体がダルいかな。手を貸してくれる?」


 そう言ってウサギは俺に手を差し出した。その手の体温は暖かく、俺は心から安心出来た。


「その…………何だ。遅くなったな」

「バーカ。……………………ゴメン」


 俺はウサギの身体を起こすとそのまま背負った。その身体の重みは前よりもずっと軽く、ここでの日々がどれだけ苛酷だったかを俺に再認識させた。思わず歯を食い縛り――こみ上げる怒りを抑え込んだ。


「ま、まテヨ」


 背後から声をかけられた。振り返ると、チェイがいつの間にか起き上がろうとしている。だが野郎もまた限界なのか立ち上がりはしたものの、足が震え、手も上げられない。ただ、その目だけはギラついている。野郎が続けて言った。


「こ、ここでけっちゃくをつけようじゃなイカ」


 と。俺はもうこんな奴に興味も無かった。だから無視するつもりだった。そのまま去ろうと前に足を進めた――


「ゴメン。決着つけたいんだ――降ろしてよ」


 ウサギがそう言った。すぐ傍にあったその表情を見て、俺は観念した。ここで言う通りにしなきゃ恨まれそうだ。

 はぁ、とため息混じりに俺はウサギを降ろした。


「サンキュ」

「いいよ、その代わり…………ぶっ飛ばせ」

「わーってるよ」


 そのままウサギは俺から、チェイに視線を向ける。


「あんたには散々痛めつけられた、だから【借り】は返しとく」


 そう言うと、一気に奴に向かっていく。一体アイツの何処にそんな力が残っていたのかは分からない。とにかく、その踏み込みは速く――深い。チェイも右手を上げると足を踏み出し、ストレートを放った。勿論、狙いは手の先のクローでの刺突。


「「ああああぁぁぁぁ」」


 決着は着いた。野郎の顔面をウサギの飛び出しながらの回し蹴りが捉え――そのまま振り抜く。それをまともに喰らい、チェイは驚く程に後ろに飛び、そのまま転がっていく。


「こ、これで借りは返したからな…………」


 ウサギの奴がガクリと倒れそうになり、慌てて俺が支える。


「全く、無茶しやがって」

「でも、アタシが勝つって分かってたろ?」

「ん? …………まぁな」


 見た限りでは二人共ボロボロだった。ただ、違ったのは【目】の違い。ギラついていたものの暗く、弱々しいチェイのそれ。対して、ウサギの目はハッキリと見開かれ、強かった。ただ、それだけの事だった。でも、確信出来た。


「それよか、さっさとここを出るぞ」

「あ、悪い。その、もう動けないや――」

「まかせろよ、俺がお前を支える……これから……もな」

「え、なに?」

「いいから行くぞ、ホラっ」


 くだらないやり取りはまたここを出てからすればいいんだ。ここはまだ敵地なのだから。ホッとした俺は自分にそう言い聞かせ、この場を立ち去った――ウサギと共に。




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