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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十一話
87/154

蜘蛛の巣

 

「チッ」


 一本の棒手裏剣が俺の腹を掠めた。他の二本はベレッタの弾丸で撃ち落とす。余りいい状況とは言い難い。俺はまだ敵の人数を把握出来ていないのだから。ベレッタのマガジンはすでに一つ入れ替えた。あと、予備のマガジンは一つ。


「おいおい、カラスさん。……そんなんでさぁ無事に済むとか甘いんだよぉー」


 奴の馬鹿にするような声が聞こえる。

 シュシュッッッ。風を切り裂き、無数の棒手裏剣がこちらに飛んできて――足元に刺さっていく。俺は走りながら、状況の把握に努める。


「何だよー、あれですかぁ。様子見しながら反撃に転じるタイミングを図るって腹かなぁ」


 いちいち癪に触る喋り方だ。だが、敵が何人いるのか分からなければ、俺に勝ち目は薄い。

 シュッッ、目の前に苦無が飛んできた。ベレッタから弾丸を放ち撃ち落とす。今のはあの男がこちらを狙ったものらしい。とりあえず、マガジンを入れ替える。これで予備の弾はもう無い。


「あー、一応云っとくよ。このままじゃあ…………アンタ死ぬぜ」


 奴はそれだけ言うと自分もまた姿を暗闇に溶け込ませる。さっきまでの騒々しさが一転し、まるで暗闇と同化した様にすら感じる。これだけでも相手が凄腕なのは理解できた。


『しかし、妙だ』


 俺の中で疑念が浮かんでいた。さっきから俺は周囲に気を払いながら敵を探していた。にも関わらず、あの騒々しかった奴以外の気配を全く感じない。何故だ?

 シュッ、棒手裏剣が飛んできた。まただ、誰の気配も感じ取れない。そんな手練れが集団でここにいると云うのか?


「ほらほらぁー」


 背後に奴が現れ、至近距離から切りつけて来る。横に飛び、背中を軽く切られた。確かに奴の気配の消し方は大したものだ。だが、他の奴らは一体何者なんだ。

 気配をここまで殺せる連中がいるならもっと早くこちらにぶつけておけばいいんじゃ無いのか? 何故、ここまで出し惜しみした?

 シュシュッッッ。

 またも無数の棒手裏剣が四方八方から飛んでくる。

 やはり、誰の気配も感じ取れない。


「よそ見してる場合じゃ無いよぉ!!」


 今度は奴が上から襲いかかった。ベレッタの銃口を向けるがその前に奴の棒手裏剣が飛んできた。銃身で手裏剣の側面を叩いて落とす。その間に奴が持っていた苦無くないで切りつけて来た。

 後ろに転がって躱すと――ベレッタから弾丸を吐き出す。

 奴は、「あっぶねぇーー」とおどけるような口調で言うとまたも暗闇に姿を溶け込ませ――同時に棒手裏剣が飛んできた。

 ギリギリでベレッタの銃身で叩き落とす。

 とりあえず、目の前の大木の幹を盾にする。

 この木の幹には手裏剣は刺さってはいない様だ。そこでふと、気付いた。違和感の原因に。思わず周囲をざっと見渡し…………理解した。奴の手の内も予想がついた。

 俺の予測が間違っていないのなら、これで反撃に転じる事が出来るはずだ。奴の嘲る声が響いた。


「おいおぃ、ちょっとマジですかぁ? あのカラスさんが只々逃げるだけだなんてぇー」


 精々喚くといい、お前の攻撃はこここまでだ。

 パン!パン!

 ベレッタから二発の弾丸を放った。

 しかし、あちらからの反撃は来ない。やはり予想通りだな。

 今度は――。

 シュシュッッッ。

 無数の棒手裏剣が飛んでいき――木の幹に突き刺さった。

 ビンゴだな。


「ちょっと、ちょっとぉー、隠れんぼに付き合うつもりは無いですよぉー」


 奴の嘲り混じりの声が響く。だが、もう【騙されない】。



「あれ? コイツはマズイかなぁ」


 奴がそうボヤいた瞬間だった。俺は頭上から奴に飛びかかる。

「くそッッッッ」奴も気付く。苦無を素早く両手に構えるとこちらに投げつけた。勢いよくこちらに向かってくる苦無二本の一本をベレッタで撃ち落とす。もう一本は右腕に突き刺さる。だが、問題ない。

 奴が三本目の苦無を投げようと構えたそこを狙う。

 バキャン。

 ベレッタの弾丸は正確に奴の手元の苦無を撃ち落とす。そのまま俺は奴に体当たりを喰らわせ――地面に転がり、奴を突き飛ばした。

 シュシュッッッ!!

 棒手裏剣が風を切り裂き――狙い通りに命中。奴の上半身に突き刺さった。


「かはっっっ」


 奴はそう呻くとその場に膝から崩れ落ちた。棒手裏剣は奴の肺や肝臓に命中し――間違いなく致命傷だろう。


「くそぉー。何で?」

「時間をかけ過ぎたからだ。俺がこの状況について考える時間をお前は与えた」


 考えた結論はこうだった。ここに奴の【仲間】はいない。さっきから棒手裏剣を飛んできたのは云わば――センサーが反応したからだろう。センサーが何処に設置されたのかは分からない。ただし、仕掛けていた範囲はおおよそ予想がついた。棒手裏剣の刺さっていた範囲が大きく円形に広がっていたからだ。俺がその仕掛けに気付かない様に奴はセンサーの反応しない場所から俺を挑発し、俺がセンサーの設置範囲外に出ないように自分も棒手裏剣を投げて牽制していたのだろう。

 恐らくは、地面に仕掛けたセンサーは体重移動に反応する仕組みだ。さっきベレッタを撃った時には何の反応も無かったが、大きめの石を試しに地面に投げた所、棒手裏剣が飛んできた。

 そして、今、奴に棒手裏剣が突き刺さったのがハッキリと答えを出していた。

 つまり、奴はこの辺りに一種の【結界】を張っていた事になる。

 奴が最初から出張らなかったのはここが奴の【縄張り】だったからだ。蜘蛛の巣の様なものだ。


「ちぇ、アンタを殺れれば、名前を売れたんだけどねぇー」


 奴はそう言うとゆっくりと立ち上がった。立ち上がる根性は認めるべきだろう。


「最後は真っ向勝負……させてもらうよ」

「……来い」


 俺はベレッタを一度ホルスターに収めた。

 それを見た奴は軽く笑みを浮かべる。

 勝負は一瞬で着く。

 キッカケになったのは、ガサガサと木の上から飛び降りた何かの物音――奴の手が腰から苦無を抜き放ち、こちらに投げ放とうとした瞬間だった。

 バン!

 確かに大したクイック&ドローだ。だが、至近距離での早撃ちなら俺は負けたことは無い。弾丸は奴の眉間を撃ち抜き、奴はそのまま仰向けにどさり、と倒れ伏した。

 空を見上げると月明かりに見えたのは木の上から飛び降りたムササビの滑空する姿だった。




 ◆◆◆




「くそおンナ!!」


 チェイが怒気を露にし、右のクローを薙ぎ払うように振るった。牽制だろうか。心配しなくともアタシの身体はボロボロで、イチイチ細かい反撃に転じる様な気力はもう無い。でも、悟られるな。

 アタシは「りゃあっ」と掛け声を入れ、左足でチェイの右脛を蹴る。右足を一歩踏み込み、右肘を左の脇腹に叩き込む。奴は「くはっ」と呻く。さらに追い打ちしようと左足を振り上げる。でも脇腹に命中する前にクローで受け止められ――そのまま奴の振り払いで飛ばされ、壁に背中を打ち付けた。


「お前はこロス、兄弟のかたキダ」


 チェイはうわ言みたいにそう呟くと仮面を外した。前に見た二人組は顔に皮が付いていなくて不気味だった。でもコイツには皮が付いている。何でだろうか?


「正当防衛よ、それにあいつらは自殺したワケだし、イチイチ細かい事を根に持たないでくれるかな」


 アタシはわざと目の前の相手を挑発してみた。アタシの身体の――体力の限界を悟られない様に。冷静になられたら困る。


「大体、皮が付いていないバケモノもどきとあんたの関係なんて、アタシが分かるワケないじゃないこのバーカ」


 さらに言葉をぶつける。これでどうなるか?


「こ、このびッチ!! 許さナイ!!!!」


 チェイは怒り心頭といった様子で激昂。こちらに突進してくる。アタシに対する可愛がりで薄々分かってはいたけど、コイツは怒りの沸点が低いみたい、もっとも体術は前の二人組より上だけど。

 正直、柄じゃ無いけど、今の身体の状態だとあまり激しくは動けない。だから、【レイコ】さんの戦い方を参考にする。


 ――いい? 護身の基本はまず自分と周りの状況を知ることよ。

 例えば、相手は何を手にしてるか? 自分とのリーチ差はどの位か? とかね。それらを比較して、自分の取るべき手段を決めるの。


『――まずは相手を見る』


 チェイが右のクローを突き出す。狙いはアタシのお腹。このままだと突き刺さるだろう。アタシの取るべき行動は?


「しネッ」


 叫び声と共にクローがアタシのお腹に一直線に向かってくる。アタシは軽くフッ、と息を吐き――そのクローを避け、チェイの右手首を左の手の甲で突き上げる。そうして今度は左足で向かってくる右足を蹴り、動きを止め――そこに右手を鳩尾に突き出す。カウンターで入った右手が鳩尾にめり込み、チェイは「ぐぅゥッッ」と呻きながら体が折れ曲がった。体を半身下げると狙い済ました右の上段回し蹴りを相手の顔面に叩き込んだ。

 チェイの身体がアタシの蹴りの直撃でグラつく。すかさず畳み掛ける様にその場で回りながらの左回し蹴りを更に顔面に叩き込んだ。チェイが膝を折り崩れ落ちた。


「な、何とかやれた」


 今の一連の攻撃でアタシの体力はほぼ空になったらしく、思わず倒れそうになった。何とか踏み止まってゆっくりながらも先に進む事にした。


 ほんとどの位、ここに閉じ込められたのだろうか? リスの奴は怒ってるかな。柄にも無いけど、アイツらからの暴行に心が折れずに済んだのは間違いなくリスのおかげ。あんなに弱っちくて頼り甲斐の無さそうな奴なのにね。


「ま、待てこのびッチ」


 私が声に振り返ると、チェイがヨロヨロ立ち上がっていた。その視線が私に向けられると、こちらに向けて突進。目が血走っていて、とてもマトモな様子には見えない。

 しかもマズイ事にアタシの身体が動かない。気力を振り絞って何とかもう少しだけ……。


「うああぁぁぁぁーーー」


 大声を上げて気力を振り絞り、息を一つ――小さく吐く。

 チェイがクローを図上に掲げると一気に振り降ろす。アタシも持てる全てを右の中段蹴りに込めて放った。

 ドッ、アタシの蹴りの方が早く相手に命中。チェイの身体がぐらつく――でも倒れなかった。その足を掴まれてそのまま引き倒される。馬乗りになったチェイのクローがアタシの心臓めがけて降ろされようとしていた。

 もう、身体が動かない。このままじゃ自分が死ぬって云うのに。あっちの動きも緩慢で、ゆっくりなのが悔しい。もう少し、あとホンの少し体力が残っていれば……もう駄目かな、ゴメン。

 アタシは目を閉じて【その時】を受け入れようとした。



「うああぁぁぁぁーーーッッッッ」


 声が聞こえた。物凄い大声で耳の奥までジンジンと響く様だった。でも、その声はアタシが一番聞きたい声。まさか、と思いつつ目を開くと――――。




 ◆◆◆




「はぁ、はぁ」


 ホーリーさんを残して俺は浴場の引き戸を開いた。ムワッとした熱を帯びた湿気を感じる。一見すると何処にも怪しい箇所は無く、本当に只の風呂場みたいだ。何も知らなければ多分、このままスルーしてしまう所だろう。でも、諦める訳にはいかない。しばらく調べていると――足音が聞こえてきた。慌てて俺は脱衣場の棚の上に上がり、そのまま身を伏せた。


「冗談じゃねぇよ。何でこんな夜中に殴り込みされてんだ?」

「知らねぇよ、そんな事はよ。ここを手薄にしていいのか?」

「バカ、ここにゃあアイツがいるんだぜ。怒れるチェイの奴がよ」

「だな、アイツの傍の方がアブねぇな。にしても、ありゃなかなかいい女だよな」

「だなぁ、あの女を殺さなければ何してもいいなんて羨まし………いッッッッ」


 我慢の限界だった。こんな奴等の言葉をこれ以上聞いてられなかった。気がつけば俺は棚の上から手前にいた野郎に飛び掛かり、そのまま押し倒していた。

 もう一人の左足首を左手で掴む。右手に握った手製の棍棒(少し大きい石を厚手のタオルで包んだもの)を右足の甲に勢いよく叩きつけた。グシャ。思わぬ不意打ちに「ぎゃー」と叫び声をあげた男に左脛を棍棒で攻撃。左手を引いて相手を倒すとそのまま馬乗りになり――左拳で顔面を一撃。何とか倒した。

 思わず勢いで殴りかかってしまったが結果オーライだろうか。とにかくここに【ウサギ】の奴がいる可能性が高まった。

 俺は今倒したくそ野郎二人組の出てきた先に行ってみる。すると浴場の隅に不釣り合いなサウナ室があり、そこのベンチが動かされていて、そこから地下へと伸びる階段。迷わずに降りていく。


 地下には二人位が歩ける通路が伸びていて、薄暗かった。ここがサウナの真下のせいなのか、妙にジメジメしている。幸いな事に見張りにも一人しか遭遇せず、不意を突き棍棒で顔面を一撃した。


 地下通路は途中からウネウネと曲がりだし、多分この寺の建物に沿っているんだと理解した。時計を見ると五分程経っていた。声が聞こえてきた。甲高い声で叫んでいる? 聞こえた瞬間、俺の足は動いていた。間違いない、【アイツ】の声だ。アイツがすぐ近くにいる。思わず慎重だった歩みが早まり、走っていた。

 目の前に見張りがいた。ソイツが警棒で殴りかかろうとした。だが、その前に俺の棍棒が素早く顔面を一撃。更に追い打ちで肩から思いきりぶつかってそのまま壁に叩きつける。邪魔をしないでくれ。そうして俺が少し照明がついたそこに辿り着いた時、目に飛び込んだのはボロボロにされたアイツの倒れた姿。そして馬乗りになって殺そうとクローを構えていたラバースーツの男の姿。


「うああぁぁぁぁーーーッッッッ」


 俺は叫びながら全力で突進していた。躊躇いも何も無く、感情の赴くままに。

 







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