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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十一話
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苦戦

「せーーーのっっ」


 私のかけ声と共に放物線を描きながら宙を舞うのはよく知らない男。ま、とりあえず敵のはず……多分ね。

 爆発音の後、鍵の掛かってない部屋のドアを開いて、薄暗い通路を歩き――色々あってからここで遭遇してこうなった。

 とりあえず、怪しくて知らない男はぶん投げておく。これが敵地での私の流儀よ、文句あるワケ?


「ぐぎゃっっ」


 カエルの鳴き声みたいな声を出してよく知らない男が床にキスした。それにしてもここは【ギルド】の拠点のハズなのに出てくる男達がザコばっか。つまんないわね。ま、さっき詰め所にいた奴から事情は聞いた。まず、間違いなく【カラス】が来てる。


『もっとも、ウサギちゃんを助けるのが優先なんだし、相手が弱い方が楽よね』


 私が目指すのは【浴場】、お風呂の場所。そこからウサギちゃんの監禁されている牢屋に行くにはまず外に出なくちゃ。ここは基本的に一本道だから迷う必要は無いのがいいわね。もう少しで外に出る階段があったハズ…………だったけど。


「流石に、そんな簡単にはいかないか」


 私の目の前には一人の女性。髪型こそは前と違って、今はポニーテールにしてるけど、間違いない。彼女は【あの日】バーに来た二人組の片割れだ。服装はタンクトップに下はハーフパンツにスパッツで上下とも黒。動きやすさを重視しているのがよく伝わる。


「何やら騒ぎが起きてるけどいいの? 仲間を助けなくて」

「お前をここで見逃してか? そうだな、大人しくあてがわれた客室に戻ると云うなら考えてもいい」

「……やっぱり駄目か」


 はぁ、と一息入れたのがきっかけになった。

 私はおもむろ身体を沈めこみつつ、左手を上に突き上げた。アッパーカットを上から飛び掛かってきた男の顔に放った。

 カツン、甲高い音と共に拳に軽い痛みが走り、思わず「つうっ」と舌打ちした。ポニーテールの女が残念そうに言った。


「流石に不意打ちは貰わないと云うわけか」

「当然、で……ソイツは何なの?」


 私が指差すのは、上から私を襲おうとした男。

 全身黒のラバースーツに白い仮面、一番目を引いたのが、その両手に装着されたクロー

 さっきのアッパーを受け止めたのがあの爪だった。格好を見る限り、正直変態にしか見えないけど油断できない。


「こいつはギルドの番犬だよ」

「番犬? 犬にしては大きいわね」

「だが、なかなか優秀よ、余計な事も話さないし」


 ポニーテールは不敵な笑みを浮かべ、ピいぃと口笛を吹くと爪男が私に向かって一直線。ギリギリまで身体を沈め込み、両手の爪は手前で交差。そして残り一歩から一気に沈めた身体を跳ね上げ交差させた爪を左右に広げた。思わず一歩後ろに退く。爪男が広げた両手を再度交差させようと振るう。今度は上半身を反らして躱す。シュン、という爪が風を切る音。それを間近で聞きながら私は左足を少し前に蹴り出し――爪男の出足を弾いて動きを止め、自分は後ろに倒れ込む。

 そこから素早く起き上がった私に向けて、ポニーテールが「しゃぁぁっっ」と掛け声をあげながら、右飛び蹴りを放って来た。両腕を前に出して受け止める。ポニーテールは着地するや否やで左の足払いを仕掛ける。私はさっきの飛び蹴りで身体が下がり対応が遅れた。バシン、という鋭い痛みが走り、足払いを受けた左足がカクンと沈む。そこへ爪男が両手の爪を突き出す。狙いはお腹だろう。

 バチィン!

 私は両手で爪男の手を勢いよく挟むと、そのまま身体を右に捻って爪を反らす。爪男がそのまま私を通過して――ポニーテールが今度は私のお腹に右拳をめり込ませた。思わず「うぐっ」と呻きながら身体が九の字に折れ曲がる――ポニーテールがそこへ追い打ちの肘を落としてくる。咄嗟に身体を横に動かして肘の直撃を頭から左肩にずらす。ズシン、という衝撃と電気みたいな痺れ。でもまだ――。

 私はポニーテールの顔に左の掌を当てる。よろめく相手をそのまま「うあぁぁっっっ」叫びながら前に押し出す。私も一緒に前に倒れ込み、ダメージを高めておく。ポニーテールが「あぐっ」と呻き――私は反動で素早く起き上がる。すると、こっちに向き直った爪男が右の爪を突き出した。私は右手刀で男の右手を払いのけつつ、ラバースーツの袖を掴むと引き寄せ――左手刀を首筋に叩き込む。さらに追い打ちに右肩を顔にぶつける。思わず爪男は「があっ」と呻き、後ろ向きに倒れた。私はその隙に後ろに飛び退き、一旦距離を取った。


「いつつ」


 状況を確認する。今の攻防でお腹に一発、左肩に一発。あとは左足に足払いを受けた。どれも深刻なダメージはないけれど、やや押され気味で、このまま長引かせるのは良くない事はハッキリした。

 まずは二対一の状況を打破しないと。狙うのは――爪男。

 起き上がった爪男は間合いを詰める私に飛び掛かる。まるで野生動物みたいに俊敏な動作。殺気も最低限に抑えているし、暗闇の中を襲われたら脅威だろう。……でも!!

 攻撃パターンは切り裂きと刺突の二つ。爪の長さは多分三十センチ位。先端は少し丸みを帯びて湾曲している。いずれにしても、先に攻撃させればいいだけだ。私の基本スタイルは【後の先】なんだから。

 爪男は交差させた両手を左右に広げる。切り裂くつもりね。私は上半身を引いて爪を躱し右足で相手の左脛を蹴る。軌道がそれた爪の手元を掴んで手首を捻り――引き寄せながら左膝を金的に直撃させる。バキン、多分ファールカップを金的対策で装着しているみたいだけど関係ない。カウンターで入った膝の衝撃は伝わる――現に声こそ上げないけど、爪男の身体が折れ曲がる。もう一撃引き付けながら右の膝を仮面ごと砕く勢いで顔面に叩き込んだ。

 バキャッ!

 爪男の身体が一気に跳ね上がる。私は素早く右足を動かし――相手の左足を払いながら右肘をさらに顔面に叩き込んだ。

 ガキャという音を立てて、仮面が砕けた爪男はそのままドウッと倒れた。

 そこへ、ポニーテールが飛び込みながら蹴りつけてきた。私は左肘を突き出して反撃。彼女はその場に落ち――私は後ろに少しよろめいた。


「チッ」

「いたた、でもこれでようやく一対一ね」

「一対一? ソイツはどうかな?」


 ポニーテールの女が不敵な笑みを浮かべ、私も気付いた。

 爪男がムクリと起き上がっていた。信じられない、あれだけやられたら当分目を覚まさないハズなのに。

 仮面が砕けて――素顔を露にした爪男の顔には表情が無かった。何故なら顔の【皮】が付いてなくて、見えるのは不気味に変色した肉だけだったから。


「み……た、な」


 爪男は消え入りそうに小さな声で、でもハッキリとそう言った。

 顔の皮が無いからなのか、唇の動きはゆっくりで、痛々しくて苦しそう。でも、その目にはハッキリと私に対する【憎悪】が浮かんでいた。


「あ~あ、ソイツの顔を見ちまったね…………アンタ終わりだよ」


 ポニーテールが愉快そうにそう言うと、爪男が私に襲い掛かってきた――まるでケモノみたいに。




 ◆◆◆




 ある港町のとある裏カジノ。

 訳あって【オレ】は今ここに来ていた。カジノの中は意外と繁盛しているらしく、平日にも関わらず客が結構いた。この中から探すのは結構キツいかも。


「ん? アンタ見ない顔だね」


 違う。こいつじゃ無い。


「え、何て言ったんだ今?」


 こいつも違う。


「おい、ニィチャン。客じゃねぇなら帰ってくれねぇか? 営業妨害は困るんだよ」


 いかにもな外見の黒服がこちらの肩を掴んだ。顔にはナイフで切られたらしい傷がいくつも走り、いかにも荒事に慣れてますというのがよく伝わる。気の弱い奴ならこれだけで顔面蒼白になっちまうだろう。だが、生憎だったな。お前はお呼びじゃ無い。


「おい、無視すんのかコラ!」


 黒服が強引に引っ張りながら殴りかかろうと拳を握った。周りの客は黙ってゲームに夢中、やれやれ、あんま目立ちたく無いんだけどな。――――しょうがねぇな。

 勝ち誇っていた黒服の表情がみるみる驚愕に、そして恐怖に満ちたものに変わっていく。


「アイタタタタタッッッッ」


 一応云っとくが、こちらは別に大した事をしちゃいない。

 ただ単に、こっちに向かってきた拳を掴み、それを握りしめただけ。それからその腕を捻りあげて背後に回り込むと肩をぶつけて壁に叩き付けただけだ。たったそれだけで黒服の捻った腕がミシミシと音を立てている。強面だった表情など微塵も無い。ただの泣きわめくオッサンになっていた。あ~あ、つまんねぇ。

 別に痛めつけるつもりも無い。黒服を解放してやると、黒服は「有難うございます」とペコペコし、周囲の客が驚いた表情でこっちを見ている。おいおい、だから目立ちたく無かったンだよ。

 頭を掻きながら苦笑いを浮かべ、歩き出す。カジノ内には他にも黒服がいたが、今のでこっちを怖がったのか誰も近付いて来ない。


『あ~あ、悪目立ちしちまったなこりゃ』


 どうやらここで情報を得るのは難しくなっちまった。【外】には連れもいることだし、出るか。

 そう考え、カジノから出ようとした時だった。


「――お客さま」


 こちらを呼び止める声。振り返るとそこに立っていたのはサングラスを掛けた黒服。コイツはさっきまでここにはいなかった奴だ。どうやら、ここは当たりらしい。

 サングラスの黒服が話を続ける。


「マネージャーがお会いしたいと申しております。お時間がございますなら是非お話を聞きたいそうです」


 こちらに断る理由は特には無い。オレは大きく一度頷くとサングラスの後ろを付いていく。


「さ、こちらです」


 案内された先には金庫室。一瞬騙されたかとも思ったが、サングラスの黒服は真顔だったので気を取り直し、金庫のハンドルを回す。

 思っていたよりもハンドルが軽く、少し拍子抜けした。ハンドルをクルクルと四回ほど回すとカチリと音が聞こえ、金庫の扉が開いた。


「ようこそお客さま、さぁ……」


 その声の主こそがオレの探していた情報を持つ奴だった。


「よぉ、邪魔するぜ」





 ◆◆◆




「ああ……あぁぁ……ッッッッ」


 爪男がその爪を振り回し、私を切り裂こうとする。ただし、さっきよりもその攻撃は大振りで単調。怒りで我を忘れたからかな。いずれにせよ、避けるのは容易い。


 突き出された右の爪を左の脇で挟み込む。そのまま私は引き付けながら背中に回り込むと膝裏を蹴り、姿勢を崩す。そのまま床に叩き付けると脇に挟んでいた右腕を勢いよく捻りあげた。

 ミシミシッッッッと骨が軋み、バキッッと音をあげた。

 さらに膝を相手の左肩に乗せると今度は左腕を捻り、同じく折った。


「りゃっっ」


 そこにポニーテールが攻撃を仕掛けてきた。右の上段回し蹴りを後ろに転がって躱す。さらにポニーテールが追撃に右足をそのまま頭上に動かし――振り下ろす。踵落としだ。今度は両手を交差させて受け止める。反撃に左足をこっちの右足で払って体勢を崩す。ち、と小さな舌打ちを入れてポニーテールが素早く後ろに下がった。


「結構キツいわね、でもあなたの相棒君はもう自慢の爪を使えないわよ」

「アハハ、それはどうかな?」


 ポニーテールの女はまたも笑いながら言葉を返した。

 今度は間違いない。両腕を折ったから爪は使えない。そのハズなのに、爪男は両腕をプラプラと緩慢に揺らしながら起き上がった。

 信じられない。あれだけの負傷なのにこちらに振り向く。そして、歯を剥いた。


「こ、ころ……し…………てや、る」


 爪男はか細い声ながらそうハッキリと私に宣言すると向かって来る。信じられない、間違いなく使い物にならないはずの両腕をまるで鞭の様に振り回してきた。

 ザクリ、という肉の裂けた嫌な感触。思わず痛みで「ウグッ」と呻く。見切っていたはずの爪のリーチが鞭の様に振り回した事で伸びた。深手では無いものの、左の太ももを抉られたみたい。


「りゃっっ」


 ポニーテールが私を休ませない様に追撃とばかりのスライディングを仕掛けてきた。いつもなら簡単に躱せる攻撃だったのに、左足に力が入らず、ギリギリで何とか躱した。


「アグッッ」


 さらに左足に激痛が走った。

 何をされたのかよく分からなかった、けれど、ハッキリしてるのは、彼女が何か【武器】を隠し持っている事。その武器が左足の傷を更に抉った事。


『ちょっとマズイわね、これは』


 ズキズキと痛み、血をながす太ももを見て――私は随分久し振りに焦りを感じていた。


























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