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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十一話
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弱者のひと噛み

 

 気が付くと声が聞こえてきた。

 声の主は、アタシを散々【可愛がってくれた】男達に間違いない。


 ――おい、何だか外がヤバイらしいぞ。

 ――何でも、バケモノみたいな野郎がカチ込んできたって。冗談じゃないぜ、全く。

 ――どうも、人質の女の知り合いらしいぞ。

 ――じゃあ、ソイツさえコッチにいれば何とかなるんじゃねぇか?

 ――だな、よし急げ。


 男達の慌てふためく様子がありありと今の会話で分かった。

 アタシの知ってる範囲でバケモノみたいな野郎はなんて言われそうなのは一人だけ――多分、カラスさんだろう。

 あの人なら、ここがギルドの拠点だろうと乗り込んで来るかも知れない。ただし、私の為にそこまでしてくれるとは思えない。

 リスが頼んだのだろうか?

 何にせよ、連中がここに来る――丁度いいや。

 早く来なよ。


 ギィィィィィッッッ。

 錆びた音を立てて牢屋のドアが開かれた。

 ドタドタとした足音とハァハァと息切れ――それと男共のすえた体臭が狭くて暗くてジメジメした牢屋にさらに不快感を加えた。


「へへ、おネェチャンよぉ。寝ちまってんのかよ」

「いいじゃないか、手間が省ける」

「お、おい急げ」


 下卑たケダモノ達の声が聞こえる。寝た振りをしているアタシに不用意に近付いて来る。声から察するにデブ親父に違いない。


「まぁ、今まで散々可愛がってやったんだから下手な真似は――」


 ソイツがアタシの足の鎖を外し、ジャララと音を立てて地面に落ちる。その瞬間を待っていたんだ――!!


「せやあぁぁァァッッッッッッッ」


 かけ声と共にアタシの渾身の上段蹴りが野郎の顔面を弾き飛ばした。「かふぅ」情けない声を上げながらデブ親父が吹っ飛ぶ。


「こ、このアマ!!」

「調子に乗るなよっっ」


 残りの二人が慌ててこっちに襲い掛かってくる。わざわざ自分から向かって来るなんて、やっぱりバカね。アタシはまだ【足】しか自由になっていないのに。

「せーの」と勢いを付けてアタシは後ろに下がると振り子みたいに――まぁブランコの要領で宙に浮きながら前に戻る。

 二人は申し訳程度のナイフと警棒をそれぞれ取り出す。そう、アタシに【用いた】アイツらの道具――を使おうとしたけどコッチの方が早い。反動が付いたアタシのドロップキックを二人に炸裂させる。ナイフを持った一人は思った以上に身体が軽くてそのまま壁に「あげぇっっ」と言いつつ激突。もう一人はその場でのけ反りつつ堪え、「調子に乗るな!」と怒鳴り、警棒を突き出す。アタシはそれを身体を捻って躱し――ジャンプしながら警棒の頭を両足で挟み込むと――バク宙するように回転し、その頭をコンクリートの地面に叩きつけた。まぁ、いわゆる【フランケンシュタイナー】ってプロレス技だ。

 ゴキン!!

 警棒は何をされたのかよく分からないって表情のままで頭から血を流していた。壁にキスしたナイフの奴が「殺してやる」と叫び、ナイフで切り付けて来た。わざわざ躱す事も無い。アタシは向かってくるナイフを鎖で巻き取り、飛ばす。で、そのまま鎖を首に巻き付けるとしゃがみこんで締め上げた。ナイフを持ってた奴の表情が赤くなり、青くなり…………口から泡を吹き首が垂れた。

 最初に上段蹴りを顔面に叩き込んだデブ親父が、「うぅっ」と呻きながら起き上がろうしたトコを再度顔面に前蹴りを叩き込む。

 さっきの二人よりもコイツにアタシは散々可愛がられた。その【お礼】がまだだったっけ。でも、まずその前に――


「ようやく、自由になれた」


 アタシは靴に仕込んでいた【鍵】で鎖を外す事に成功した。自分で鍵を外せたのも、あの【お爺ちゃん】が来た時に、手足の鎖をたゆませる様に言ったからだ。それが無かったら、外す事なんて無理だっただろうし、そもそも反撃も出来なかった。ここは【敵地】で出てくる奴等もその三人に、あの語尾の変な奴みたいな連中ばかり。そんな中であのお爺ちゃんだけは雰囲気が違った。

 何故か、この人は敵じゃないって思えたし、実際そうだった。


『次に会えたらお礼を云わないと』


 仮にアタシを殺しに来たとしてもそれだけは云わないといけない。じゃなきゃ、こんなしみったれた牢屋で凌辱されつつ死んでいたかも知れないから。



「ん、んっっっ」

「ようやく、お目覚め?」


 デブ親父が目を覚ました。一瞬何が起きたのかよく分からないといった表情を浮かべたけど、自分が【鎖】を付けられて吊るされてるのに気付くと、その表情は青ざめた。

「あ、あぁっっ」と声にならない声を洩らし、まるで犬の様な仕草と表情でアタシを見た。だから何? そんな顔をして助けて貰えると考えてるのなら、自分の行いを思い出すといいわ。自分がアタシにどれだけの事をしたのかを。

「シッッ!」アタシは思いきりの回し蹴りをデブ親父の股間に叩き込む。

 手足の鎖はギリギリまでピンと張ったから、衝撃はどうやっても逃がせない。辛うじてギシギシと僅かに揺れるだけ。

 グシャってナニが潰れた嫌な感触が足に伝わり、デブ親父は瞬時に「ニャァァァーーー」と絶叫すると全身を激しく震わせ――あまりの激痛に気絶した。


 これで気は済んだ。さっさとここを出なきゃ。

 気が緩んだ途端、全身に痛みが戻ったけど、泣き言なんかいってられない。ここからアタシは出て――会いたい奴がいるんだから。




 ◆◆◆




「ホーリーさん、待って」

「ん? どうしたんだい、リス君」

「見張りがいます。これ以上近付いたら見つかります」

「それは困ったねぇ」


 俺とホーリーさんの二人はカラスさん(多分)の対応に追われる連中をよそに寺の境内に侵入。目的の浴場はもうすぐの所にまで近付けた。ここに侵入する前に崖から双眼鏡で見たのと同じ人数の見張りがいた。これだけの騒ぎが起きていてもなお、動かないということは多分、オーナーかアイツが、ウサギの奴のどちらか、或いは両方がそこにいるのかも知れない。

 これ以上、待っていても事態は良くならない。覚悟を決める時だ。

 俺は、スーーーッと深呼吸を一つ入れると、「俺が何とかします。ホーリーさんはここにいてください」と言って、足を前に踏み出す。


「ん、なんだお前」

「ここは関係者以外立ち入り禁止だ」


 一応、僧衣を纏ってはいたものの、じかに見ると明らかに坊さんとは思えない威圧感のある二人組が俺に近付いて来る。武器らしいモノは特には見えないが、マトモにやりあうつもりは毛頭ない。

 俺は「すいません、トイレは何処に?」と言いつつ二人の坊さんもどきに近付く。これはあながち嘘でも無い。実際、今の状況に今にもションベンをチビりそうな位にビビっていた。

 以前の小さなお山の大将気取りで悪ぶっていた頃でさえ、絶対に敵に回したく無い連中だった【ギルド】の拠点にこうして殴り込む事になるなんて、誰が想像しただろう。


『でも、俺には助けたい奴がいるんだ』


 今の俺には【守りたいひと】がいるんだ。そいつの為なら、バーの皆さえ、裏切っちまう位に大事な人が。

 結局の所は、単なる自己欺瞞なんだろう。オーナーを、レイコさんを救おうとするカラスさんを手伝うのも。俺の【裏切り】で滅茶苦茶になったバーの皆へのささやかな罪滅ぼしに見せかけた自己欺瞞。

 多分、今回の件が片付いたら俺はたたじゃ済まない。どんなに頭を地面に擦り付けて土下座しようが、俺のせいで起きた出来事は変わらない。覚悟はしている、だけど――


『これだけは、これだけはやり遂げなきゃいけないんだ!』


 もう一歩、俺はチノパンのポケットに手を突っ込む。

 一人の坊さんが俺の肩に手を置く――


「お前、ここが何処だ……かぁぁっっっ」


 ゴキイィン。

 鈍い音を立てて坊さんの顎を【それ】が打った。

 その音に一歩分、後ろにいたもう一人の坊さんが「てめぇ」と言うと俺に向け殴りかかってきた。で、今更ながら気付いた。この坊さん達が見た目の厳つさに騙されていたけど、そんなに強くない。

 パンチは大振りで如何にも重そうだが、【遅い】。まるで当たる気がせず、実際――簡単に避けられた。で、そのパンチを避けつつ手に握った【それ】で顔面を打った。ゴチン。坊さんがよろめく。素早く袖と襟を掴むと背負い投げを決める。俺より明らかに大柄な坊さんの身体があっさりと宙を舞い――地面に叩きつけられた。


「ハァ、ハァ――」

「リス君、凄いじゃないか!! あんなに強いだなんて」


 ホーリーさんが驚いた表情でこっちに来ると背中をバンバン叩く。実際、俺が一番驚いていた。自分がこうもあっさりと二人相手に勝てるとは思わなかった。


「ところでリス君、その右手に握ってるのは何だい?」

「あぁ、これはお手製の【棍棒】みたいなもんです」


 俺がポケットに入れていたのはちょっと厚手のタオルに石を包んだ物だった。携帯しやすく、結構威力もある。カラスさんが云ってた通りに使いやすかった。


「早く先を急ぎましょ、時間が無い」

「あぁ~それなんだけだ、先に行っててくれないか?」

「え、どうかしました?」

「いや、実はね…………お腹が痛くて」

「え? 攻撃されたん……」

「……違うよ、多分さっき食べたカツサンドがボリューミーだったっから…………」

「…………」

「…………そんなに怖い目で睨まないでくれよ、生理現象なんだから」

「分かりました。ホーリーさんは隠れていて下さい」


 俺は溜め息混じりにそう言うと、浴場の扉を開き――先を目指す。

 気のせいかホーリーさんの横顔は一瞬険しそうに見えたけど、トイレが近いのだろうか、と思った。




「さて、僕も少しはがんばらないと。さぁ、さっきからいるんだろ? こそこそせずに出て来たまえ――ここは通さないから」




 ◆◆◆




「ハァ、ハァ――」


 どの位走っただろうか? 多分、実際にはせいぜい数十メートルだろう。たったそれだけの距離で息も絶え絶えになるだなんて、情けない。全身がギシギシと悲鳴を上げそうで、燃えるみたいに熱い。

 ここを出たら、しばらくはバカンスを取らなきゃ。でも、その前に――。


「何処にいクンダ、ビッチ」


 アタシの視線の先にいたのは全身をラバースーツに右手にはクローを装着し、仮面を着けた男。その語尾のおかしな喋り方で、アタシを激しく痛め付けたアイツだと分かった。コイツの格好には見覚えがある。

 アタシがリスの奴やカラスさんにあったあの事件。前に住んでた場所の皆が殺された事件。その際に、アタシとリスが闘ったあの二人組と同じ姿。


「ようやく理解できタカ? お前を憎む理由ヲナ」

「お友だちの仇って訳?」

「ちガウ! 兄弟ノダ」

「そう、じゃあ仕方無いわね」

「それはこちらの台詞ダヨ、これでお前を殺しても咎められナイ――最後に覚えておけ、私の名はチェイ」


 そう言うや否やのタイミングで、チェイは姿勢を低くしてこっちに突進してきた。速い。前の二人組よりもずっと速くて鋭い。

 牽制の右のミドルを放つが、あっさりと躱す。「シネ」チェイがアタシの左足を払って倒す。そこに右のクローを顔に突き刺そうと繰り出した。首を横に動かして何とか避け――反撃でチェイの顔を左足で蹴る。だけど奴は少しぐらついただけ。逆に左手で鼻先を殴られ、意識が飛びそうになる。


「何だ、この程度ナノカ? もっと足掻いて殺されロヨ」


 チェイはつまらなそうに呟くとアタシのお腹を踏みつけた。一回、二回と踏みつけられる度に全身を激しい痛みが襲い、吐き気を催す。その様子を仮面越しでもよく分かる――満足気にあのクソ野郎が眺めている。


「ゲホッ、ゴホッ、うぅ」

「思ったよりもヨワイ。もういイカ」


 チェイは溜め息混じりにそう言って右のクローをアタシのお腹に突き立てようと繰り出した。そんな、そんな簡単に……


「死ねるかよぉぉぉ」


 アタシは精一杯の力を込めて、両足を思いきり上に突き上げた。

 ザクリ、という嫌な感触を味わったけど関係ない。そのまま構わずにに蹴りあげ、チェイをぶっ飛ばすと跳ね起き――開口一番に叫ぶ。


「アタシを簡単に殺せると思うな――クソ野郎!!」














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