反転
「かがっっ」
俺の拳が顔面を打ち抜き、また一人その場に崩れ落ちた。これで五人目になる。六人目が向かってきた。迷わず右の前蹴りを叩き込み、吹き飛ばす。
「チッ」
俺は思わず舌打ちした。さっきから、息つく間もなく次々とギルドの連中が襲い掛かって来る。コイツらの出で立ちはさっきの二人とは違って、灰色を基調にした上下とフェイスマスクで顔を覆っている事だ。
どうやらザコの集団らしいが、数が多いのは正直言って鬱陶しい。コイツらの武器は棍。次々と絶え間なくこちらに突きを放ってくる。ここが木々の生い茂る森の中で助かった。ここでなら相手の攻撃は制限される。
「せやっっ」ギルドのザコが叫びながら棍を振り下ろしてきた。
正直言って、この程度は余裕で避けられる――そのはずだった。
不意に足に痛みが走り、動きが止まる。棍が頭に向かってくる。避けられそうに無い。
バキッ。
ザコが「ギャウッッ」と呻くと口から泡を吹く。咄嗟にそいつの胸部に俺は肩口からブチかます様に木の幹へと突っ込んだ。何とか一撃貰わずに済んだが、身体の負傷のせいで調子は最悪だ。
ズキンズキンと全身が痛む。その殆どはさっきの十手が目の前で自爆した際に負ったものだ。俺は、手榴弾が目に入った瞬間に横に飛び退き、近くの大木の幹を盾にして爆風の直撃からは逃れる事が出来た。だが流石に至近距離だった為、無傷とはいかず負傷した。
傷を確認したが、幸い重い負傷は無い。
『それにしてもだ』
十手の自爆で気付いたが、バーの爆破は恐らくあいつの仕掛けたトラップで間違いないだろう。十手が手榴弾のピンを引き抜いたワイヤーは間違いなくトラップの際にピンを引いた物と同じだ。
頭を強く打った訳では無いが、頭が痛む。
不幸中の幸いとでも言うべきか、【記憶】も戻った。爆発の際に戻るとは何とも皮肉ではあるがな。
俺は、バーの爆発の前に何をしていたのかをハッキリと思い出した。イタチの奴をアンダーへと送り出してすぐに、情報屋の一人から怪しい写真を撮ったと聞かされ受けとると、そこには【クロイヌ】と【モグラ】の密談の様子が写っていた。
世間的にはモグラは死んだことになっている。奴が生きている事を俺は組織に教えていない。にも関わらず、二人は密談していた。
その事で不信感を強めた俺は、クロイヌのオフィスに乗り込み、決裂寸前になった。
平常心を失った状態だった俺はいつもならあり得ない位に無警戒に無頓着にバーのドアを開き――爆発に巻き込まれ……挙げ句がこの様という訳だ。
――常に冷静であれ。
――戦場に於いてクレバーに立ち回れない者は死ぬだけだ。
――感情に振り回されるな。感情はコントロールしろ。
戦場で散々言われたことだった。当たり前の事を忘れた事でこの様だ。
俺が許せないのは、何よりこの状況を、事態の悪化を招いたのが誰でもない――俺自身だからだ。
俺があんなブービートラップに引っ掛からなければ、お嬢をすぐに追えたはずだ。
三週間、リスの奴や、ホーリーにゲンさんにまでここまでの迷惑を掛けずにも済んだだろう。
だから殺す。
「うおおおおぉぉぉぉ」
俺はケモノの様な叫びを上げると腰のホルスターに下げていたベレッタを二丁とも抜き放ち――走り込みながらその引き金を引いていく。その都度、銃口からは弾丸が吐き出されていき、俺を取り囲んでいた連中は血に染まっていく。
ある者は頭をぶち抜かれ、脳漿をぶち撒けながら転がり――またある者は心臓を撃ち抜かれ口から血を吐き――今、顎先に銃口を突きつけた相手を無機質な九ミリの弾丸がアッサリと貫き命を奪い――みるみる命を散らした肉の塊がその場に積み上がっていき、残されたのは――俺と目の前で怯えている一人のみ。
「た、助けて」
棍を手放し、フェイスマスクを取ったそいつはまだ年端もいかない少年だった。まだ、二十歳前に見える。心底俺の事が怖いのか――股の辺りはグッショリと濡れているのが分かる。
「お、おれだって好きでこんな事をしているんじゃないんだよ」
今にも泣き出しそうな表情と声を上げ、こちらに懇願する。
「でも、おれが断ったら妹の薬代が払えなくなっちゃうんだ。だから仕方なく…………」
その顔には涙が浮かび、今にも泣き出しそうだった。
確かに哀れな奴なのかも知れない。
バン!!
だが、悪いが俺の知った事ではない。
邪魔をする奴は全て殺す。子供だろうが老人だろうが関係無い。
そういう【世界】に俺もお前も住んでいるのだから。
少年は何か言おうとしていたらしく、口をパクパクさせていた。
何かしら同情を引こうとしていたのだろうか。それもどうでもいい事だ。そのままズルズルと力無く崩れ落ちる肉の塊を俺は何の感情も抱く事も無く一瞥すると、先へと進む。
ようやく寺の外門に近付いた俺の視線は次の凶手に向けられていた。姿を見せているのは一人で出で立ちは灰色では無く、黒。だが、周囲には他にも二人位はいるようだ。鋭い殺気がこちらに向けられていたがそれも一瞬の事だった。目を凝らしたがそいつらの姿は見えない。どうやらなかなかの手練れらしい――コイツらが次の相手の様だ。目の前の相手が開口一番に言った。
「――悪いね、アンタもここで終わりだ」
こいつもフェイスマスクで顔を隠していて、その表情を見る事は出来なかったものの、そこから聞こえた声にはくぐもった中にもかすかに甲高い響きがあった。恐らくはまだかなり若いのだろう。
「言い残す事は無いか?」
俺はそう尋ねると、無造作に間合いを詰めていく。
相手は「ナメられたもんだ」と言うと、同じく無造作に歩み寄ってきた。
互いの距離が縮んでいく。十メートル、八メートル、五メートル。
俺は右のベレッタの銃口を目の前の相手に向ける。その瞬間。
シュン!!
俺の耳に鋭い風切り音が聞こえた。その音はみるみるこちらに近付く。嫌な予感だ。ここにいるのは【良くない】。
目の前の相手はもう歩いてはいなかった、こちらに向けて駆け出しており――その両手は腰に回されていて、何かを抜き放とうとしているのが見える。
右の指先がキラリと光った、その瞬間――ナイフとおぼしきモノが目前に迫っていた。狙いはこちらの脳天。咄嗟に身体を左に捻りながら倒れ込む様にして躱すものの、ほぼ同時に身体にドスリ!! という感触があり、背中に恐らくは先に聞こえた風切り音の正体であるナイフが突き刺さっていた。
「くっっ」
幸い、倒れ込んだ為に狙いが逸れたらしく、深い傷では無い。俺は倒れ込みつつ右のベレッタで目の前の相手に銃撃する。あちらも予期していたのか、素早く横っ飛びして躱しながら左手から再度こちらにナイフを投げてきた。迷わずにナイフに弾丸を当てて落とす。そして、互いに地面を転がり距離を取った。
目の前の相手はフェイスマスクを外すと「アンタ凄いわ。こちらの先手で死なないなんてよ」と感心する様に言った。
やはり、どうやら青年になるかどうかといった雰囲気。その顔立ち等、若々しさに溢れる中でその目だけは【異質】だった。その目はひどく冷めていた。そいつはこちらの視線に気付くと、軽く笑った。所々甲高い響きが入り交じっているにも関わらず、何処か渇いた笑い声が響く。
「アンタだろ? 前に【針使い】をぶっ殺したのはさ」
「だったらどうした? 敵討ちでもしたいのか?」
「ハハハ、冗談。こっちゃよ、アイツの事が嫌いだったんだぜ。とにかく不気味でよぉ、何考えてるのかよく分かんないからね。
一応、ギルドじゃあ、【私闘】は御法度なもんで、ね」
「回りくどい言い方だな。……さっさと言え、時間が無いんでな」
「ん? あぁ、アンタ囚われの【お姫さま】を救いに来たんだよなぁ~~確か。…………なら、心配はいらないよ。あのお姫さまには誰も手を出して無いんだぜ、全く笑えるぅ。
結構、いいオンナだから、アンタを殺したら――メチャクチャにしてやろうかなぁ」
プツン。俺の中で何かがハッキリとキレるのが聞こえた。もう充分だ――コイツが誰だろうと関係無い。
こいつも周りにいる奴も殺せばいいだけだ。俺は、迷うこと無く左右のベレッタから弾丸を吐き出し、目の前の外道に叩き込んだ。
奴は避けもせずにその弾丸を浴びると「ぐぎゃ」と言い倒れた。
そして、それが合図だった。さっきまでは殆ど感じ取れなかった殺気が俺に向かってくるのが分かった。
さっきまでの長話の間に分かった事は、コイツらが用いているのは所謂【棒手裏剣】 。忍者等が用いた武器である手裏剣の一種だ。
つまり、コイツらを俺は忍者だと思えばいいという事だ。無論、忍者と闘ったことなど無いが、相手が得体の知れない相手じゃ無くなれば、こちらのものだ。
俺はとりあえず、適当にそこいらを走る。すると、左右から一本ずつ棒手裏剣がこちらにまっすぐこちらに向かい飛んできた。迷わず、ベレッタを二丁ともに右の相手に向け、引き金を引いた。
最初の二発で棒手裏剣を弾き、次の二発でその先にいた射手を撃ち抜く。よろよろと暗闇の中に黒子みたいなシルエットがぼんやりと浮かぶと、沈んでいく。
『ベレッタの残弾は、右のが二発で、左は一発か』
一応予備の弾倉は二つ持ってはいるが、出来るだけムダ撃ちは避けなくてはならない。相手は後一人。攻撃は手裏剣の投擲。俺は迷わずにもう一人がいるであろう暗闇に向かって駆け出す。
もう一人が棒手裏剣を素早くこちらに両手から投げた。シュシュンと言う音と共に真っ直ぐ飛んでくる棒手裏剣を俺は身体を左に踏み出して躱すと右のベレッタの引き金を引く。
相手も銃口からは外れて狙いを躱す。だが、それはこちらの【想定内】だ。相手が左に動いた瞬間、俺も左のベレッタで銃撃。さらに追い撃ちに右のベレッタの弾丸を喰らわせた。
相手の「げふっ」という声が聞こえ、その場に崩れ落ちるのが見えた。これで終わり、そう考えた瞬間だった。
俺の背後に気配を感じた。思わず振り返りながらベレッタの銃身で背後に殴りかかる。
すると、「おっとあぶねぇ」と甲高い響き混じりの声が聞こえ、同時にベレッタの銃身と右肩に手裏剣が刺さった。
「……死んだ振りとは随分古典的だな」
「よく言うでしょ。【温故知新】ってさ、何だかそんな感じだよ」
「ふざけた奴だ、仲間は捨てゴマか?」
「あー、言っとくけどさ、こちらには別に仲間だとかそーいう意識は特に無いからね。要は標的を【殺せればいい】 。そーいうドライな関係なんだよ、分かるぅ?」
本当にふざけた奴だが、油断は禁物だ。実際、今も俺がベレッタを背後に振り回さなければ、間違いなく致命傷を負っていた。
「今ので大体、アンタの実力は見させて貰ったよ。んで、結論は~~~~こちらの勝ちだね」
「そうか、試してみるんだな」
俺は右肩の手裏剣を引き抜き、手裏剣の刺さったベレッタを投げ捨てると、左手に握っていたもう一丁のベレッタを右に握り直す。右肩に痛みは走るが、動きに支障は無い。
「じゃあ、死んでもらうぜ。カラスさんよぉ」
奴の言葉をキッカケに俺達は動き出した。
◆◆◆
「全く、どういうつもりなんだろ?」
私の疑問に答えられる人はここにはいない。
【ギルド】のお偉いさんと話をしてからの帰り道に、案内役のお爺ちゃんがこのお寺の道案内と、私の部屋に鍵もかけず出ていった。まるで、機会があるならいつでも逃げろ、といわんばかりで逆に罠なんじゃないかと思った。
そうこうしている内に時間が過ぎていた。とりあえず、シャワーを浴びて服を着替えて――いつでも動ける様に身構えていた。着たのはピンクのポロシャツとカーキのカーゴパンツ。とにかく動きやすさが一番ね。私は待った。何故か、【何か】が起きると確信していたから。
そして、そんな矢先のコトだった。
ドオォォォォン!!
私の耳にその音はハッキリと届いた。
即座にベッドから跳ね起きて、ドアに紙コップを当てて聞き耳を立ててみるコトにした――すると。
――お、おい。今のは何だ?
――外門の近くで爆発したらしいぞ。
――爆発って事は、【十手のケン】さんだよな。
――おい、お前らの中からも何人か来い! 様子を見に行くぞ。
そして、バタバタと慌てて走る音が聞こえた。
間違いないわね。今がここを出るチャンスに違いない。私は一呼吸してドアをゆっくりと静かに開く。
そして、同じくゆっくりとドアを閉じると、通路の先を見た。
ここの地下通路の詰め所にいるのは二人だけ。静かに――出来る限り素早く近寄る。幸いにも通路が薄暗いせいかコッチの事は気付かれずに済んだ。詰め所の様子を確認してみると――
「しっかし。あの女ナニモンなんだ?」
「何だよ? そんなに気になるのか?」
「だってよ、ほぼ同じ時期に向こうの牢屋に入れた女は殴ろうが蹴ろうが殺したりしなきゃ好きにしろって話なのに、こっちはまるっきり【お客さま】扱いだぜ。そりゃ気になるに決まってんだろ? あ~あ俺もあっちが良かったなぁ、好きに出来る女の方が……!」
我慢の限界だった。私はコソコソするのを止めて、詰め所のドアを蹴り飛ばす。詰め所の二人が驚いた瞬間、まず一人の顔面に左掌底を食らわせてぶっ飛ばした。ガラガシャーンとハデな音を出してその一人は転がった。
もう一人、つまり最低野郎が腰に下げていた警棒を抜いて殴りかかろうと試みたけど、アンタ【遅い】のよ。
素早く懐に潜り込むと袖と襟首を掴み――そのまま一気に足を払った。最低野郎は「ガハッ」と呻く。私は無理矢理立たせると右腕を極めた状態で尋ねた。
「一度だけ聞くわ。何が起きてるのか、私に教えなさい――でないと分かるわよね?」




