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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十一話
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降下

 ドオォォォォン!!

 その音は突然聞こえてきた。


 俺は、激しい音ともうもうと上がった煙を見て、これが爆弾だと確信し、思わず「ホーリーさん、急いで!!」と半ば怒鳴るように叫ぶ。

 ホーリーさんは「君は思ったより人使いが荒いんだねぇ、リス君」と苦笑しながら走る。


 あれから俺とホーリーさんは反転してこの寺に辿り着いた。カラスさんはここの場所は教えてくれなかったけど、ゲンさんが教えてくれた。それから急いでここに俺達は急行した矢先――この爆発だった。電話越しにゲンさんの声が聞こえた。


 ――リス、今の見えたか?

「見ました。あれは爆発ですよね?」

 ――あぁ、間違いない。

「無事でしょうか? カラスさん」

 ――心配しても始まらんぞ、もう退っ引きならない状況なんだからな。ここまで来たら覚悟を決めろよ、お前ら!!


 そこまで聞こえたらゲンの声が途切れ、代わりにパン、パンという銃声が聞こえ、しばらくしてザシャッという地面に落ちた音で電話が切れた。


「しっかし、ここの石段はどれだけ長いんだろうか? 僕はもう疲れてきたよ」


 ひー、といいつつホーリーさんはへこたれそうな声をあげてはいたけど、その速度は全然落ちない。口と実際の行動に差がありすぎで何だか笑える。


「でも、本当に大丈夫なんでしょうか? ゲンさん」


 さっきの電話の途切れ方が気になった。あれは明らかに敵に見つかったという事だ。

 普段は、いちいち始末書書くのがめんどくさいという理由で銃を所持しないハズのゲンさんが、今回は銃を用意していた。


 それも無理も無い、相手は街を牛耳る【組織】よりも以前から世界中にネットワークを持ち、暗躍してきた【ギルド】。

 大戦後の混乱で、張り巡らされたネットワークもほぼ無くなりこそしたものの、未だ多数の暗殺者――通称凶手を抱える集団なのだから。総合的な戦力なら組織の圧勝で間違いないが、ギルドの真骨頂はあくまでも【暗殺】。決められた標的を確実に殺す。いくら組織が、強くても上層部の人間が凶手から狙われて無事で済むという事は無い。現に、以前には実際幹部の一人が白昼堂々と暗殺された事もあるらしい。

 その事でメンツを潰されたくない組織はギルドと緩やかな同盟を結ぶ事で事態の終結をした――そんな連中だ。

 いくらカラスさんが強いとは云っても一人じゃあ限界がある。

 せめてイタチさんが一緒なら他にいい作戦も実施出来たのかも知れない……でも今は俺達だけで何とかしなくちゃいけない。


「俺が何とかしなくちゃ、皆に……」

「リス君、そう何でも責任を感じるのはやめたまえ。

 君の【事情】はもう聞いたけれども、後悔しても時間は戻らないし、そんな事は多分誰も望まないハズだよ。

 それから……肝心な事を忘れないでくれよ。君は一人じゃあ無い。だから、【皆】の力で乗り越えるんだ」


 そう言ってホーリーさんは俺の背中をバンバン叩く。


「ホーリーさん、ズルいですよ」

「ん? 何がだい」

「見た目と違い過ぎです」

「ハハハ。カッコいいだろう?」

「全然」


 俺の返事にホーリーさんが「え?」と唖然とした顔を見せた。そう、カッコいいなんて言う言葉じゃ無い。


「超カッコいいですよ!!!」

「だ…………だよねぇ!」


 そしてそうこうしている内に石段を登り終えた。もう足がパンパンだけど、そんな事は言ってられない。

 それよりも改めて上から見渡すとこの寺がとてつもないことがよく分かる。その昔にここには山を丸ごと使った一大宗教都市があったそうだ。ほんとかよ? とここに来るまでは懐疑的だった。でも、今目の前に見える広大な敷地内に悠々とそびえる伽藍がらんの威容の前にここはまるで要塞だと感じ、宗教都市があったと言うのもあながち間違いとは思えなくなった。


「何だお前達は?」


 すると俺とホーリーさんの姿に気付いたらしく、坊さんが一人こっちに近付いてきた。見た目こそ僧衣を纏っていて、普通に見えたけど、その目付きは悪い。

 さらに、顔にも明らかに切り傷があってどう見ても堅気のお坊さんじゃ無さそうだ。


「ここは一般の参拝者の立ち入りは禁止ですよ」


 一応、言葉遣いは最低限に丁寧だけども、その目は明らかにこちらを警戒している。ま、確かに俺はともかく、ホーリーさんの服装が完全に仕事着のキラキラスーツだから、違和感が目立って仕方がないんだろう。

 しかし、何で今日はよりにもよって一番趣味の悪い――金ぴかスーツなんだろう。これじゃあ完全に不審者に見えてるだろう。仮に俺があのお坊さんの立場でも絶対不審に思うに違いない。

 そんな事を考えてる内にホーリーさんが坊さんに歩み寄る。そして、店に来る指名客を一発でノックアウトする微笑みを浮かべ「スイマセン。僕は罪深い人間なんです!」と突然ぶちまけ、その場に膝から崩れ落ちた。

 あまりに突然の事に俺も坊さんも、きょとんとした表情を浮かべたが、さすがは悪人面でも坊さんなのか「落ちついてください、訳を話して下さいませんか?」と言いながら、ホーリーさんの目の前にしゃがむと質問した。ホーリーさんは「僕は人の心を弄んでいるんです、それもたくさんの人の――」そう言いながら目を伏せ、ううっと嗚咽した。

 その様子に坊さんが「あなたがそう思い、ここへ来られたというのなら、それもまた御仏の導きでしょう…………」と真面目に問答をし始めた。二人の様子に唖然とした俺はホーリーさんが仕切りに目配せをしている事に気付くとこっそりと坊さんの後ろに忍び寄り…………。

 ドカッッ。


「ふぅ、やれやれ。僕の一張羅に土が付いてしまったよ」


 何事も無かったかのようにホーリーさんは立ち上がると金ぴかスーツに付いた土をハンカチで払い出した。俺は、たった今【気絶】してもらった坊さんを持ち合わせていた拘束バンドで手足を縛り、口には坊さんの持っていた手拭いで猿ぐつわをすると、目立たない様に草むらに運んだ。

 ついでにポーチに入れていた赤外線機能付きの双眼鏡で周囲を見回す。どうやら、今、近くには誰もいない様だ。



「それにしても意外でした」

「ん? 何がだい?」

「ホーリーさんが、自分の事をそんな風に思っていたなんて……」

「はて何の事?」

「い、いやだってさっき言ってましたよね? 自分は罪深いって」

「あぁ、あれね。あれはまぁ、仕方無いじゃない、生まれながらに女性の心を鷲掴みにしてしまうのだから……」

「え?」

「それにだ、たくさんの女性の心を鷲掴みしてしまっているにも拘わらず、僕の心は決して手に入れられないのだから」

「はあ…………」


 そりゃそうでしょ、ホストが店に来るお客さんに心を奪われちゃ駄目だろう。と俺がそう思っていると……


「既に僕の心はレイコさんに捧げているのだから!!!!」


 と、ホーリーさんの渾身の叫び。何だかこれ迄の色々な事が頭の中で整理され、出た結論は…………。


『うん、これがホーリーさんだから仕方がない』


 となった。

 うん、深く考えるのは止めよう。何だか凄く疲れそうだし。

 とか何とか俺が考えてる内に、当のホーリーさんは腰に命綱を結んでいた。こちらも慌てて命綱を腰に結び付けると、すぐ目の前にあった大木の幹に金具をしっかりと固定した。これで、準備は整った。改めて、俺は赤外線付きの双眼鏡で下を、寺の境内を確認してみる。


「で、リス君。下の様子はどうなんだい?」

「結構な人数がさっきの爆発でそちらに向かっています。境内にも人はいるんですけど、まばらですね」

「ふむ、なら善は急げだ」

「でも、降りた後が問題ですね。下の伽藍の何処にいるのかが分かっていないんですから」


 そう、それが問題だった。結局、この寺の何処にレイコさんと、【アイツ】が監禁されているのかが分からなかったからだ。これはかなりの不安要素で、時間が限られている今の状況では命取りになりかねなかった。


「それなら多分大丈夫だ。リス君、地図持ってたよね?」


 ホーリーさんはそう言うと、俺のバッグの中からこの寺の観光案内用の地図を取り出すと広げた。

 そして、その地図を指でなぞり始める。


「いいかい、ここは一応表向きは観光地だ。たくさんの人が来る場所だ。

 そんな場所を隠れ蓑にしている連中の拠点が観光客の目に停まる場所にあると思うかい?」

「いいえ」

「だよねぇ。だから、監禁出来る場所があるなら、まず間違いなく【地下】があるはずだ。

 とは言え、その入口もまた目立つ場所には無いハズだ」


 そう言いながらホーリーさんは寺の伽藍を指で追いながらポケットにあったマジックで次々に×印を付けていく。


「だから、ここが怪しいね」


 そう、指し示したのは寺の坊さんの沐浴場。つまりは大浴場。

 確かにその場所は伽藍の中でも観光客用の巡回ルートからは外れ、一般客には解放されていない場所だった。


「他にも、この居住スペースとかも怪しいね。でも、今は時間がない。やるならテキパキと行かなきゃ」

「じゃ、この浴場が一番近いです」

「そうと決まったら善は急げ、だ」


 そう言い切るとホーリーさんは迷う事なく――崖から命綱を頼みに下へとトントンとリズミカルに降りていく。下を見ると高さはビルの六階から七階位だろうか? 思わず目が眩みそうなるのを堪えつつ、俺もホーリーさんに続いて降りていく。

 一応、命綱に使っているのは軍用の特殊なロープだ。かなりの重量にも耐えられるし、ナイフ等で切るのも苦労する代物。だから、途中で切れる心配はまず無い。それはよく分かっている、でもやっぱり怖い。万が一、結び目が解けたら? 万が一、途中でギルドの奴に見つかったら? 万が一………………考え出したらキリがなくなる。ただただ【アイツ】の事だけ考えろ。俺に出来るのはその位なんだから。




 ◆◆◆




 アタシはその日、リスの奴とランチを一緒にとる約束をしていた。

 最近は繁華街での生活にも慣れてきて、仕事の方も結構順調。

 レイコさんみたいな友達も出来たし、今の暮らしに充足感を感じていた。


「悪い、ちょっと遅くなった」

「気にすんなよ、アタシもさっき来たばっかだし」


 リスの奴と何だかんだで付き合い出して、二ヶ月。最初はひ弱でナヨナヨしたモヤシみたいな奴だと馬鹿にしてたけど、意外と男らしいとこもあって、話してみると結構気が合った。

 聞いた話だと、こんなのでも以前は第六区域じゃそれなりに名の通ったワルだったそうだけど、バーのイタチってあの三下っぽい奴にボコボコにされたのをキッカケにしてこの繁華街に来たらしい。

 あのバーの連中は確かに堅気とは言えない。

 デカブツのカラスはバーテンというより用心棒みたいだし、三下みたいなイタチってのもたまに見せる目付きはアタシでもゾッとする位に怖い。レイコさんはそういう怖さは皆無なんだけど、とにかく【強い】。この繁華街で、バーの連中とは争うなと言われるのも無理は無いと納得出来た。


 そんな中でコイツだけが違った。コイツは何て言うか【普通】なんだ。休日は護身術がてらにレイコさんやイタチに鍛えられてるらしいから思ったよりも強い。けど、普通なんだ。

 繁華街を起点に【掃除屋】をしている連中の中で、コイツだけは裏の世界の匂いが薄い。

 レイコさんは誰かを殺してる訳でも無いけど、やっぱり普通じゃないのは、先日の【ブル】の一件でよく分かった。

 アタシも元々は泥棒だったし、色々と悪さをした。だから、心の何処かで諦めていたんだ。【普通】に生きることを。

 そんな中で、コイツだけはアタシの事をただの一人の女として見てくれた。


「何だよ。今日はいつもより無口だな? 腹でも痛いのか?」

「バカ、考え事してたんだ」

「よせよ、似合わないぜお前には。俺が思うに、お前は思う存分に飛び回って、走り回ってる方が似合うし絵になるよ」

「何だか馬鹿にしてないか、アタシを」

「んな事無いって! ほら、飯食おうぜ」


 くだらない会話がこんなにも楽しくて、心が安らぐ事をアタシはずっと知らなかったんだ。

 そして、こんな日々をアタシに教えてくれたのは間違いなくリス――お前だ。

 だからアタシは、何があっても生き抜いてやる。

 どんだけ殴られても、辱しめを受けても、生き抜いてお前に会いに行くんだ。




「んん…………寝ちまってたのか」


 目を開くと周りは真っ暗。時間の感覚は無いけど、多分今は夜中なんだろう。

 最近は連中の暴力にも慣れた。というか、あっちが前みたいにアタシが気を失う位まで殴らなくなった。やっぱあの【お爺ちゃん】が来て以来何かが変わった。今度、ここに来たらお礼でもしなきゃね。とか、考えていた時だった。


 ドォォォォォォン!!


 その音が聞こえてすぐにここが揺れた。間違いなく爆発音だ。

 詳しい事は分かるハズも無いけど、一つだけ言える事がある。


「ここを出るチャンスかも知れない」


 そのアタシの視線は、お爺ちゃんがあの日にこっそりと靴の中に仕込んだ【鍵】に向けられていた。









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