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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十一話
81/154

対面

 ジャラララ………………。


「………うぅッッッ」


 その日、気が付くとアタシは知らない場所に吊るされていた。

 思い出そうとしたけど頭がズキズキ痛む。とりあえず、頭に一撃貰ったみたいだ。

 ジャラララ。

 両手は天井から伸びた鎖で繋がれ、両足はまた別の鎖が大きな鉄球に繋がれていた。手はまだ少しは動くけど、足は殆ど動かない。


『何で、こんな事になったんだっけ?』


 薄暗くてジメジメしたここに何故アタシがいるのか? それを思い出してみよう。他にすることも無いし、時間潰し位にはなるだろうから。そう思っている内に眠くなっていった。



 ――い、……きろ。


 ん? 誰かの声がする。リスの奴かな。


 ――はや………ろよ。


 何だよ、今日は何か約束でもしてたっけか? もうちょい眠らせろよ、バカ。


 バシャッ。


 何かをぶっかけられてアタシは目を覚ました。ポタポタと全身からは水滴が地面に落ちている事から水を浴びた様だ。いつの間にかすっかり寝てたみたい。


「チッ、ようやくお目覚めデスカ」

「アンタがアタシを起こしてくれたのか? 悪いね、顔を洗わなくて済んだよ」


 アタシがそう言った瞬間、腹に蹴りがめり込んだ。思わず身体がのけぞろうとしたけど、足が全く動かない。上手く衝撃が流せないからかとんでもなく効いた。

 思わず「アグウッ」と呻くと口から血の混じったゲロを吐き出す。


「チッ、ゲロを吐きやがっタナ」


 そう舌打ちした男の顔を見て少し思い出した。

 アタシがここに来た時の事を。



 そう、アタシに情報が入ったんだ。

 馴染みになりつつあった情報屋から、アタシの【父さん】の情報があるって連絡が入ったので、指定された場所に向かったんだ。

 思えば、その段階で疑うべきだったんだ。いつもなら繁華街の路地裏で話を聞いていたのに今回だけは、ここから動けないからって言われて第四区域に行ったんだ。本当なら、第十区域ここからは動くなってクロイヌって奴には言われていたのに。

 言われた場所に着くとそこは【寺】のすぐ近くの門前町っていうのかちょっと色々なお店や人が往来する場所の一角で、その店は準備中の札がかかっていた。アタシはその店に入ると売り場を抜けて、奥にあった倉庫のドアを開いたんだ。

 確かにそこに情報屋はいた。ただし、ズタズタにされて殺された状態で。

 罠だと気付いた時には頭に強い衝撃が走って振り返るとコイツがいて…………このザマって事らしいわね。


「チッ、随分と余裕だね。…………アンタ、今の状況分かってンノカ」


 さっきからアタシに言葉を浴びせてくる奴に見覚えは特に無い。門前町以前では見たことの無い奴だ。そのしゃべり方は語尾の音が妙に外れていて、変な感じ。見た目は日本人アタシとあんまり大差ないけど、よその国から来たのかも知れない。


「悪いね。アタシも何が何だかよく分かっていない、そっちは何か知ってるの? なら、教えてよお兄さん」

「チッ、態度のでかい女ダナ。お前に教える事なんかナイ。

 代わりにこいつをくれてヤルヨ!!」


 そう言うとソイツはアタシの顔やお腹に拳を振るった。身体さえ自由なら何て事のないパンチがめり込み、顔を揺らしていき――少しずつだけど、確実に私の体力と気力を奪っていく。

 一発、また一発と喰らう度に天井から伸びた鎖がギシギシと音を立てて軋み、身体に熱が籠っていく。そして、どのくらい殴られたのか数えるのも面倒になった。


「ハァ、ハァ。お前、思った以上に頑丈。こちらの拳が痛くなってキタ。……………今日はこのくらいにしてヤルヨ」


 そう捨て台詞を吐くとソイツは出ていって、アタシはそこにそのまま放置された。ジンジンとした痛みと熱を身体中に感じながらアタシの頭の中は今の暴行についてじゃなくて、


『多分、アタシの顔……酷い事になってるんだろうな。リスの奴が見たら気絶するかも』


 そんな事を考えていた。不思議なことに、こんな状況下でもリスの奴の事を考えたら、少しだけど気力が湧いてきた。


『――絶対、ここから出てやる!! 何が何でも耐え抜いて、機会を待つんだ』


 それからも度々、アタシは殴られ、蹴られ続けた。実行者は三人で順々に担当しているらしい。あの語尾が変な男以外はあまり大した事は無かった。何度もやられている内に、連中に対する対応力も付いてきた。

 あの男は何をどうしようがひたすらアタシに暴力を振るってきた。

 だから変に挑発的にならず、大人しく耐えた。その様子をあの男はアタシの心が折れたとでも思ったのか、満足そうに笑いながら何度も何度も殴り続けた。

 三人の交代制なので後の二人の時は「やめて」とか「もうぶたないで」と懇願するような声と表情で出来るだけ同情を引いてみた。

 すると、無抵抗のアタシを殴るのにも少しだけど躊躇いみたいな物が出てきた。

「もうやめだ」と彼らが言うとアタシは「有難う」と言い、出来る限りの笑顔を浮かべた。そうして出来る限り体力の温存に努めた。何か起きたときに備える為に。


「今日はお前にお客ダヨ」


 そう忌々しげに語尾が変な男が吐き捨てると、出ていった。

 代わりにアタシの前に現れたのは今まで見たこともないお爺ちゃんだった。見たところ、年はろくじゅう台位に見える。顔には切り傷が無数に付いていて、それだけで一般人には見えなかった。


「君がウサギだね?」


 お爺ちゃんはそう言うとアタシの顔に薬を塗ってくれ、水を飲ませてくれた。正直、何でこういう状況になったのかよく分からず、アタシは困惑して、「何で?」と思わず聞いた。

 するとお爺ちゃんは「女の子は綺麗じゃないとな」とだけ言い、表情を緩めた。何故かその表情はとても優しげだった。


 お爺ちゃんはそれっきりここには来なかった。ただそれ以来、他の三人の私に対する暴力は目に見えてその程度が弱くなった。何にせよ体力を温存出来るのなら遠慮なくそうさせて貰おう。漠然とはしていたけど、アタシには確信があった。もうすぐ、ここから出られる予感がしていた。




 ◆◆◆




「うわっ…………何ここ?」


 そこはさっきまでの部屋とまた違い――全く異質な空間だった。さっきまで私がいた部屋はなかなかオシャレでそこそこいいセンスのある部屋だったけど、ここはそうした比較の対象にならなかった。

 騎士が着けていた甲冑が護衛のように立ち並び、壁一面にはこれでもかと言わんばかりの武器、また武器。

 他にも、いかにも高そうな壺とか絵画等、ズラリと置いてある調度品は見ただけでこれは高いと思えるものばかりが並んでいて――まるでちょっとした美術館みたい。普通ならここの主の成金趣味を笑ったはずだろう。


「どうかな? 驚いたかい」


 部屋の奥からそう私に声をかけて来たのがどうやらここの主らしきおじさん。

 その背は低く、目は細く神経質。

 その目の瞳はまるで燻っている火を連想させ――ちょっとしたキッカケで一気に燃え出しそうな印象だった。


「ここは何処なの?」

「逆に問おう、ここは何処だと思うね?」

「……【ギルド】」

「フム、流石に分かったか」

「消去法よ。わざわざ【クロイヌ】が後ろ楯になり、保護したウサギちゃんを監禁するなんてのはその辺りのチンピラとかには無理だし。そもそも、ウサギちゃんが雑魚に捕まるはずが無いわけだし」

「成程、もっともな意見だ」


 そう言いながら神経質そうなおじさんは私の間合いギリギリで立ち止まった。これだけでもただ者じゃないのがよく分かる。

 内心、舌打ちしたかった。流石に一筋縄ではいかない様ね。

 おじさんは「あの女の子は別にどうだっていい」と言い、私の間合いに入った。ただ、動けない。一見すると無造作、でも隙は無い。だから動けなかった。逆に私が少し後ろに下がった。この距離は危険だと感じたから。 それを見たおじさんは満足げに頷くと、「フム。腕が立つとは報告にもあったが、これはまたなかなかに鍛えられている」そう感心したような声を上げた。そして続けて、「流石に【あの男】の娘だな」と言った。


「あなた、父を知っているの?」


 私は思わず、おじさんに詰め寄った。さっきまでの間合い云々とかどうでも良くなった。この目の前のおじさんは父を知っている。物心付いたときにはもう姿を消していて、写真の一枚も残さなかった父。

 カラスには何度も父の事を聞いたけど、その都度、はぐらかされ誤魔化されどんな人なのかも分からず、いつの間にかその存在もどうでも良くなっていた父。

 その父を目の前の相手は知っている。自分でも冷静さを失ってるとは気付いていたけど抑えられなかった。


「フム。成程、その様子から察するに何も教えてもらってはいないようだ。どうかね? 知りたいか」


 その言葉の前に「教えて」という言葉が喉まで上がってきた。たった一言、その言葉を口にすれば多分、教えてくれるのかも知れない。でも…………


「……………………いえ」


 私はその言葉を口には出さなかった。私がここに来たのは、【ウサギちゃん】を助ける為。ここで目の前の相手に父の事を聞いたら、ウサギちゃんを救えなくなる――そう思えたから。

 私の反応が意外だったらしく、おじさんは私をまじまじと見た。


「知りたくは無いのか? 自分の父親の事を」


 そう再度確認する様に聞いてきた。だから。


「別にいいわ、カラスが私に話さなかったのは理由があるはず。

 それに、いずれ話してくれるだろうし。

 そんな事より、私が狙いなら、ウサギちゃんを解放して。……もうあの子に手を出すのはやめて」


 私の脳裏に顔を腫らしたウサギちゃんの姿が浮かび上がった。どれだけ殴ればあんなになるのか分からなかった。ボロボロだった。でも、その目は死んでいなかった。何が何でも生き抜いてやるという意思を感じた。多分、機会があればウサギちゃんは逃げようと試みるだろう。

 ただ、ここはギルド。殺しを生業にしてる連中がそんなに簡単に逃がしてくれるハズも無い。だからここに来た。算段があるわけじゃ無いけど、【友達】を失くしたくないから。


「随分と大胆だね。自分の立場を理解しているのかな?」

「えぇ、よく分かってる。あなた達が私に手を挙げない理由が父にあるって、ね」

「確かに。君の父上を敵に回すのは得策では無い。何度か直に話をしたこともある。

 …………何を考えているのか分からない男だよ。彼にとって君というそんざいがどの程度の価値があるのか分かるまでは危害は極力加えないつもりだ。安心するといい」


 そう言うとおじさんは微かに表情を緩めて、私の横を通り過ぎた。さっきまでとは違ってあまりにも無防備なその背中に思わず私は仕掛けそうになったけど、いつの間にか世話役のお爺ちゃんが私のすぐ傍にいた。確かにこの部屋は手前と奥にドアがあった。でもだからと言ってここまで物音を立てず、気配を感じさせなかった。そんな事が可能なのだろうか? 少なくとも私には無理だ。

 そう思うと柄にも無く、冷や汗が背中を流れていた。


「さ、お部屋に戻りましょうか」


 お爺ちゃんは穏やかそうにそう言うと私を案内して歩く。途中で曲がって、さっき通らなかった階段を上がると、外に出た。

 そこで今さらながらに気付いたけど、ここはどうやらお寺の敷地内の様だった。今までいたのは地下だったという訳ね。それにしても、何故お爺ちゃんはわざわざ外を私に見せたのだろうか?

 何の気なしに周りを見ていて、目に飛び込んだのは一つの建物。

 それは、近くの案内用の看板によると、お坊さん達の浴場と記されていた。ここの巡回ルートから外れポツンと存在するその場所の前には三人のお坊さんがいた。でも、そのお坊さんは明らかに周囲に気を配っていて、まるで警備員の様。


「あそこはあなたのいらしたのとは別の【地下牢】です」


 お爺ちゃんは聞いてもいないのにそこが地下牢だと教えてくれた。まるでそこに【誰か】いると教えるかのように。私は思わず「ウサギちゃんがいるの?」と聞いた。お爺ちゃんはそれに返事はしなかったものの、小さく、でも確かに一度頷いた。




「さ、お部屋でお休み下さい。くれぐれも部屋の外には出ないように、いいですね?」


 そう言うと、お爺ちゃんは部屋を出ていった。しばらくして試しにドアノブに手をかけると鍵はかけられてはいない様だ。こうまでお膳立てされると逆に勘ぐりたくなったけど、今この状況下にあっては信じるべきだろう。わざわざ外の案内図を私に見せたのは、おここの逃走ルートを教える為だろうし。


『――どういうつもりかは分からないけど、今は素直にお膳立てに乗ることにするわ』


 私は一つ息を吐くと――ドアノブを回し通路に出た。


『待っててウサギちゃん。助けに行くから』


 そう心に誓って。














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