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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十一話
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巣窟へ

 

「ぎぐぐぐぐぐうううぅぅぅぅ………………ッッッ」


 奴は一通り呻くと失神した。とは言え、まだまだ休ませるつもりは毛頭ない――足元に置いてあったバケツの水を奴にぶちまけて起こす。かれこれ何時間位だろうか?

 俺は奴の目の前にしゃがみ、改めて問い直す。「何か言う気になったか?」かと。

 奴は「誰が何を言うっていうんだ」と強がって見せたが、微かに肩を震わせるのを俺は見逃さない。即座に奴の座っている椅子の足を払う。椅子に縛り付けられた相手に歯向かう術などは無く、無様に「ぐばっっ」と地面にキスをした。

 その状態から奴の腹に蹴りを一撃。椅子ごと奴の身体は浮き上がり「アグウッッ」と呻いた。


「暫く休ませてやる。今の内に話す気になっておくんだな」


 俺はそう言うと、奴を残しガレージのシャッターを閉めた。

 外に出ると風が心地よかった。ガレージの中は奴の血と汗の臭いでむせかえりそうだったから余計に心地いい。


「あまりやり過ぎるなよ、一応俺は【警察官ほうのばんにん】なんだからな」


 ゲンさんがすぐ傍に積み上げられた木箱の上でしなびた煙草を吸っていた。リスとホーリーの奴には帰って貰った。ここから先は危険すぎるからだ。ゲンさんにもそう言ったが「気にすんな」の一言で済まされた。

 ここはゲンさんが以前俺に貸してくれたガレージだ。元々はゲンさんが逮捕したヤクの売人の所有だったそうだが、ソイツが刑務所での諍いで殺された事により、誰も所有者のいなくなった所を俺に紹介してくれてから使うようになった。

 第四区域の外れにあるここを使うのはたった一つの目的、尋問。もっと端的に言うなら、【拷問】だ。

 拷問の【手法】は習った訳では無かった。単に俺自身がその身をもって学習しただけの事だ。

 そこで知ったのは、単に暴力を振るうだけがその手法じゃ無いという事。

 相手を【落とす】為に必要な事は、如何に相手に【恐怖】もしくは【不安】を与えられるか? という事だ。

 どんな強い精神力の持ち主であろうとも一度でも【不安】や【恐怖】に呑み込まれたら終わりだ。俺はそれを実際に見てきた。

 その際、幸いにも俺自身は呑み込まれずに済んだが、紙一重だった。【あの男】の顔は忘れない。あの男の言葉も忘れない。



 ――さて、君との一時は実に愉快だったよ。

 だが、そろそろ終わりにしようか。ウフフ……。



 ゾッとするような目をした男だった。様々な人間を見てきたがあんな奴には未だ出会っていない。奴にとっては全ては【快楽】。俺の知る限り、【オウル】が限りなく奴に近いのかも知れない。だが、傾向が同じでも【性質】が違う。

 オウルの奴は、云わば戦場という空間で生き抜く上で身に付けたその異常さを奴は最初から持っていた。意図的にそうなる事の出来るオウルとは違い、その異常さこそが【正常】。そんな奴だった。

 最悪の経験が後々こうして役に立つのはよくある事だが、正直気持ちのいいものじゃない。


「いいから一本吸え」


 ゲンさんは俺の心の乱れに気付いているのかポケットから煙草を俺に差し出した。俺もその気遣いへ感謝の気持ちとして煙草を受け取ると口に咥える。そこにゲンさんがマッチの火を煙草の先端に付ける。正直言って煙草は好きじゃない、身体に良いことは何一つ無いからだが、それでも一つだけ役に立つ事がある――それは【心を落ち着かせる】と言う事だ。

 紫煙を吐き出し、ゆっくりと呼吸をする。俺はあの男とは違うのだから。その様子を見たゲンさんが「落ち着いたみたいだな」と言う。俺は「あぁ」とだけ言うと気を取り直してガレージに戻ろうと足を向ける。


「何でもかんでもお前一人で抱え込むなよ」

「あぁ、分かってるよ」


 ゲンさんの言葉にそう返すとシャッターを上げて中に入ると再度閉めた。全く照明等は付けていないので、ガレージ内は漆黒に包まれていた。

 こいつが【ギルド】のなのは分かっている。【モグラ】の話によるとギルドのメンバーは訓練の中で暗闇を恐れないように徹底的に鍛えるそうだ。暗殺者、または【凶手】とも呼ばれる連中にとって暗闇は親しみべき友、という教えを植え付けるらしい。

 だが…………そんな事は関係ない。

 奴は相変わらず黙り込んでいたものの、俺がシャッターを開くと身体が条件反射的に動いた。それは俺の事を恐れての無意識の動作だった。


「そろそろ話す気になったか? 俺は気が長い性質たちじゃない。……………………分かるな?」


 俺はゆっくりと間を取りながら話しかけた。視界の良くない暗闇の中では声は大事な判断要素だ。声の調子で相手の精神状態を探り、自分がどう対応するのかを考える。

 この数時間の拷問の目的は奴を痛め付ける事じゃない。あくまでも奴から情報を聞き出す事だ。


「………………分かった、話すよ」


 奴は力無くそう言った。どうやら上手くいった様だ。




 ◆◆◆




「本当にここにお前達のボスが居るんだな?」

「あぁ、本当だ」

「よし、なら入口まで案内しろ」


 俺の目の前には寺があった。元々は昔、密教を学ぶ為に海の向こうの中国に渡った坊さんがこの山、白山の麓で修業と布教をした事が寺の成立の発端だそうだ。一時は、この辺り一帯で最大の勢力を誇っていたが、戦国時代に焼き討ちされ一度はこの世から無くなった。

 だが、【大戦】が始まる前に政府が国の【文化遺産】の復興を推し進めた際にこの寺が再建された。一時はかなり賑わったそうだが、いつの間にかここはギルドの拠点にされていた訳だ。

 ゲンさんは車に残って貰った。ここは暗殺者の巣窟なのだから。俺にも他人を守れる保証は無い。

 奴の話を完全に信じた訳じゃないが、お嬢の事を知らない事は理解した。なら、知ってる奴に聞くだけの事だ。


「お前がどんなに強いのかは分からない、だが死ぬぞ」

「敵の事を心配してくれるとはな。気にするな、殺される前に殺すだけだ」


 薄暗く、足元は苔むした石段や参道をどの位歩いたか、ようやくあんないの足が止まった。


「どうした? まだ道の途中だが」


 俺はそう言いながら気付いた。押し殺す様な気配があちこちからする。人数はハッキリしないが、間違いなくこちらを囲んでいる。恐らくは参道の周りにある木々の影に隠れている様だ。気配は徐々ににじり寄って来る。姿も見えてきた。


「ま、待ってくれ! 仲間だ」


 奴が慌てて俺から離れ、逃げ出そうとした。

 ”バキン”

 奴に対する仲間の返答は【死】だった。あっさりと首が折られたらしく不自然に曲がり、そのまま崩れ伏した。


「……裏切りは死を持って償え、それがギルドの掟だ」


 その声の主が俺の目の前に立った。僧衣を纏った大男で、身長は俺と同じ位だろうか。ソイツは隠すこと無く強烈な殺意を込めた視線をこちらにぶつけてきた。


「ほう、ワシの殺意をマトモに受けても怯まぬか」

「生憎とな」

「カカカ、いいぞお前。実にいい!!」


 大男は愉快そうに笑うと「お前たちは下がれ、邪魔だ」と叫ぶ。それを聞いたららしく周囲を囲んでいた気配が消えていく。


「カカカ、これで何も気にせずに殺し合える訳だ」

「いいのか? 勝てる確率を下げるような事をして」

「構わん、ワシはギルドの凶手であると同時に戦士でもある。

 己の誇りを傷付ける様な事はせぬ…………構わんぞ、腰に収めたそのがんぐを使うといい」


 そう言うと、大男は突進してきた。俺も迎え撃つ様に前に踏み込む。




 ◆◆◆




「ねぇ、いいのかな? 俺たちこんな事でさ」

「何がだい?」

「オーナーが行方不明で、イタチさんも音信不通。バーも爆破されて、カラスさんが一人で解決しようとしているなんてさ」

「……何が言いたいんだ、リス君」

「何か俺たちでも出来る事があるんじゃないかって!!」


 沈黙が車内を包んだ。

 今、俺とホーリーさんは第四区域を離れ、繁華街のある第十区域へと戻る帰路に付いていた。この三週間、ホーリーさんは本当に良くしてくれた。俺みたいなチンケな奴に対しても全く見下す事もせずに、その手を差し伸べてくれた。

 だから…………これ以上は【巻き込めない】。

 だから、俺は嫌な奴にでもなる。そう、思ったのに…………。


「話してごらんよ。まだ時間はあるんだ、君が何を抱えているのかを僕に話すといい」


 ホーリーさんは、そんな俺の小さな心なんかお構い無しに包み込む。この人が何であの繁華街で一番人気のホストなのか以前はよく分からなかった。

 俺が知ってたその人はいつもオーナーを追いかけてはアッサリと返り討ちに合う毎日を繰り返すだけの変人にしか見えなかった。

 周りの皆も大体はそう思っていたそうだけど、一部の人からは何故か凄く評価されていた。

 例えば、カラスさんは「アイツは信用できる奴だ」と言っていたし、イタチさんは「転んでも只じゃ起きないってのはああいう奴の事だよ」と言っていた。

 何より、オーナーが「アホだけど」と前置きした上で「困った時はアイツに頼るといいわ」と言っていたのが印象的だった。

 俺はもう充分に良くして貰ってる、これ以上頼るのは…………。

 唇を噛み、俯く俺にホーリーさんは突然話を始めた。


「リス君、何で僕がホストをやってるのか聞いたことあるかい?」

「え? いえ」

「僕は元々この第十区域スラムの住人だったんだよ。

 ご多分に漏れず、僕も散々悪さをしてきたんだ。何故ってそれが当たり前だって周りの皆が言っていたから。

 その日、僕と仲間は表通りで悪さをする事にしたんだ。

 やることは簡単で標的を決めて、その人から金品を奪う、簡単に言えば強盗さ……で、どうなったと思う?」

「…………失敗したんですか?」

「いいや、大成功さ。ただ相手は警官だった 。

 そこからはあっと言う間だよ、次々と仲間は逮捕され、僕も覚悟した。すると、その警官が僕に聞いたんだ。

【楽しかったか?】てさ。僕は素直に言ったよ、初めて本音をね。

 全然楽しくなかったってね、皆が楽しいって言うから一緒にいたけど全然楽しくなかったってね」

「…………………………」

「そしたら僕は何故か逮捕されなかった。その事が気になった僕は警官に改めて聞いたんだ、どうして僕だけがってさ。

 警官は僕に言ったよ、お前の友達は全く悪びれなかった。だけどお前だけは自分の行為に後悔し、反省していた、だからだ。

 お前はこれからは真っ当に生きろ、それが罪滅ぼしだってね。

 で、ここに行けと、紹介されたのが今のお店なのさ」

「…………………………………………」

「で、僕は決めたんだ。折角貰ったやり直す機会なんだ、マトモになろうってね。それが、あの警官……ゲンさんへの恩返しだって」


 ホーリーさんの話を聞いて、俺はホーリーさんの原点を見た気がした。いつも誰よりも明るく笑顔のホーリーさんにも辛い記憶があるんだと。そう思った矢先。


「――――って言うのは嘘だけどね♪」

「ブフッッッ、ちょ、何なんですかソレッッ」


 思わず吹き出してしまった。あまりにシリアス過ぎて信じた矢先にこれは予想外だった。

 ホーリーさんはニコリと微笑を浮かべ言った。


「それで、少しは気分も楽になったかい?」


 俺の本心を、思惑なんかお構い無しに笑顔で正面突破されてしまった。


「………………お、俺のせいなんです」


 俺は消え入りそうに小さな声を絞り出す。

 ホーリーさんは「続けて」と笑顔のままで促す。


「オーナーが行方不明なのも、カラスさんが入院したのも皆、俺のせいなんです」


 もう我慢の限界だった、様々な出来事が頭の中でぐるぐると回り、今にも吐きそうな気分。後ろめたさと、恐怖が俺の中で膨れ上がって今にも破裂しそうだった。

 自分の行為がここまでの事態を招いた事が怖かった。もしも自分のせいで皆が死んだら、一体俺はどうすればいいんだと心底怖かった。



「落ち着いたかい?」


 ホーリーさんはあくまでも微笑みを崩さない、普通なら自分の愛する女性が行方不明になった原因がいれば、激怒するはずなのに。

 現に、さっきはカラスさんの前では怒りと焦りを見せていたのに。


「僕はね、怒ってるんだよ。これでもね」


 だから、ホーリーさんの言葉は意外だった。


「君にも怒ってるし、カラスさんにはもっとだよ、何でレイコさんの身近にいたのに守れなかったんだって。

 でもね、一番は僕自身だよ。こんな事になったのに肝心な事で役に立てない自分の無力さに」


 だから、と言いながらホーリーさんが車を脇に停めてこっちを振り向いた。その目は真剣そのものだった。


「君の抱えてる事を僕に話すんだ」













 

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