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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十一話
79/154

捕らわれた女

 



「あ~~あ、全く嫌になっちゃうわね」


 かれこれもうどの位の日時が経ったのかしら?

 ここは一日中、薄暗くてジメジメしている。だから時間の経過がよく分からない。

 今までに何回か留置所に泊まった事もあるけど、あそこがまるで天国みたいに思えてくる。

 ベッドは固いし、トイレは汚いし、おまけにご飯もマズイし、最低の宿泊施設ねここ。

 それになにより不愉快なのが、お風呂もシャワーも無いこと。気持ち悪いったら仕方がないわ。

 私の着ていた服もここに来たときにはダサい白いツナギみたいな服になってるし、もう最悪よ全く。


「あとテレビとかせめて新聞位は見せなさいよ~~馬鹿っっっ」


 とりあえず喚いてみても特に反応もなく、退屈だわ。

 このままじゃ、退屈過ぎて死ぬわね――私。

 とか何とか考えていると、靴音が聞こえてきた。お腹はすいてないからご飯の時間じゃない(私の体内時計は正確よ)。その靴音の主は私のいるデラックススウィート(ただの牢屋)の目の前で停まったようで、視線を向けるとそこにはお爺ちゃんが立っていた。

 お爺ちゃんといっても、背筋はピンとしていて靴音を聞く限りでは歩き方にも隙は無い。


『ただ者じゃあ無いわね』


 私がそう思っていると、そのお爺ちゃんは「こちらのレディを出せ」と低く、でもよく通る声で怒鳴った。その声に慌ててこっちに駆け寄る靴音――こっちはいつもご飯を運んでくる人、監守が息を切らせながらやって来た。こちらは年は多分三十代半ば位。背は低くて、身体にはでっぷりとしたお肉が乗っていて、歩くのも大変そう。そんな監守が走ってくるのをお爺ちゃんはゾッとするほどに冷めた目を向けていた。

 ようやく私のいるデラックススウィートまでやって来た監守のおデブさんはハヒィ、ハヒィ、と息を切らしていて今にも倒れそうにしながらポケットからここの鍵を取り出そうとして、あたふたしていた。お爺ちゃんは呆れてモノも言えないのか思わず目を反らした。

 このまま間抜けな監守さんと呆れるお爺ちゃんのやり取りを楽しむのもいいけど、私も早くここから出たい。だから、


「ちょっと、監守さん。胸ポケットに見えてるわよ」


 そう助け船を出すと、おデブの監守さんはほっとした表情を一瞬浮かべて、ようやく鍵を取り出す。お爺ちゃんの冷ややかな視線の前に緊張しているみたいで手元が震えているし、いつも以上に顔は汗だく。その様子から、お爺ちゃんはかなり偉い人だと理解した。

 そうこう考える内に”ガチャガチャ”という音を立ててようやく牢屋の鍵が外れる。


「さて、うら若いレディ。こちらへ」


 お爺ちゃんはそう言いつつこちらに手を差し出す。とりあえず敵対心は感じないし、紳士的なその態度に私も乗ることにした。


「有難う――お名前は?」

「聞くに値しない者です、あなたの事は私がお世話をさせて戴きます。どうぞよろしくお願いいたします」


 うまくはぐらかされたけどようやく狭い牢屋から出ることが出来たわ。これでここに来た意味も出てきた。そう、私はここに【自分の意志】で来たのだから――




 ◆◆◆




 その日はバーの様子が少し違っていたわ。

 いつもなら昼前になったらカラスが営業時間中に何の料理を振る舞うのかを考えていた時間に、店にいたのは私だけ。

 イタチ君は、少し前に出かけていった。滅多に着ない赤のライダージャケットを羽織り、これもまた普段は履かないブーツの音を鳴らして。そして服装よりも気になったのが、【目】だった。あの目はしばらく振りだったけど、イタチ君が初めてバーに――私達の【家族】になった日にしていた目だった。

 まるで【ケモノ】みたいな雰囲気を漂わせていたのが気になった。

 リス君は、カラスが買い物をお願いしていたから食材を調達しに二時間位前に出ていった。最近は食材の買い出しはリス君の担当になっていたからこれは普通の事。

 そして、カラスはついさっき突然、気になる事があるとか言って出ていった。そう言えばカラスの表情もいつもとは違った。カラスは滅多に怒らない……正確には【私】の前では怒った姿を見せないと言った方が正しいかな。


 ともかく、私は一人でバーのお留守番をすることになったワケ。

 とにかく、退屈だった。

 グラス等はカラスが用意をしてくれていたし、床はイタチ君が出掛ける前にモップ掛けを終わらせたらしく、ゴミは落ちてない。

 退屈しのぎに料理でもトライしようかとも思ったけど、以前カラスが私が料理しようとしているのを目にすると慌ててこっちに駆け寄り、お嬢はそんなことしなくていいんです、とか何とか言って包丁を取り上げたのを思い出した。料理位なら私だって出来る……ハズよ、多分。


「うん、これにしよう」


 そして私がしたのは、今晩の営業時間で流すレコード選びだった。ジャズにするかR&Bにしようか考え、候補を四枚まで絞り、ここからどれにしようかとジャケットとにらめっこしていた時の事だったわ。


 ”カララアァァァァンン”

 バーのドアの開いた音。そこに二人の男女が入って来た。

 パッと見た感じは特に問題無さそうだった。年頃は私と同じ位かしら。服装も可もなく不可もなくと言った感じ。でも表情は無く、妙な胸騒ぎがした。


「あ、すいません。うちの店はまだ開店しないんですよ」


 私はそう言いながら、二人の様子をくまなく見て――気付いた。

 男の人は足元のブーツにナイフを仕込んでいた。

 女の人も腰に同じく何かを仕込んでいる。


「ですので、申し訳ありませんが出ていただけると……」


 二人は私の言葉を聞くことも無く、即座に向かって来た。

 こちらも迷わずに突っ込むと、まず男の人が右手で突きを入れてきた。それを右手でいなす。すると、女の人が同じく右側に回り込むとスカートなど関係無しのハイキックを放ってきた。今度は軽く腰を捻りつつ左肘で叩きつけるように止めると、素早く左に腰を捻り右足で男の人の脛を蹴りつけ。男の人の表情が一瞬歪むと後ろの後退、女の人も同様に後退した。


「それで、お客様のご希望は?」


 私の警告に対して二人が取った行動は抗戦。

 男の人は再度私に向かってくると左肘を振る。私は左手刀を肩口に当てて勢いと威力を殺し、カウンター気味に右の掌底で顔を張る。バチィンという音と共に男の人がよろめき、入れ違いに女の人が今度は「キエェェェッッッ」と叫びながら左の飛び蹴りを放ってきた。私はそれを左腕で受け流しつつ身体を反らす。

 女の人はそれを見越していたのかその勢いのまま左肘を顔面に向けて放ってきた。辛うじて顔を反らして直撃を躱すものの――頬を肘が掠め、そのまま通過していった。


「ふ~~ん。…………アンタやるじゃない」


 実際、この二人の力量を比べると、男の人よりもう一人の女の人の方が強いと感じた。頬に暖かなモノを感じる。多分、さっきの肘で頬を切ったみたいね。それを見たのか女の人は微かに口元を歪ませた。優位に立ったとでも思っているようね。ならっっ。

 今度は私が先に仕掛けた。相手との距離は男の人が一メートル位で、女の人が三メートル……各々に一歩から三歩位で届く。

 手前の男の人がしゃがんだ状態からブーツの側面に付いたナイフを引き抜きながら立ち上がり、そのまま突き出してきた。その攻撃は真っ直ぐに私の腹部に向かって来る。普通なら、私はこの攻撃を貰っていたかも知れない。でも今回は違う、最初からナイフがあることを私は知っていたのだから。来ると分かっているモノならいくらでも対応策はあるわ。

 男の人がニタリと笑っていた、勝ったつもりのようね。けど、【遅い】のよ。ナイフが私のお腹に刺さるよりも早く右の掌底が顎先をかち上げていた。ほらね、ナイフなんか【取り出す】からよ。私はそのまあ構わずに右手を振り抜くと――更に間合いを詰める。残った相手も、彼女も身構える。


「そこまでだ!」


 そう怒鳴り付けるような大声が響いた。

 相手がそちらに注意を引かれたのを見て、私も思わず振り向いた。

 大声の主はフェイスマスクを被っていて顔は分からない。でも醸し出す殺気は凄い。油断してはいけない相手ね。


「貴様らに与えて命令はその女を【無傷】で確保しろ、だったはずだ。にも拘わらず、何だそのナイフは? 貴様もだ!」


 そういい終わるや否やで左手での裏拳が女の人の顔面を撃つ。

 そして、私に対しては何もしてこない。代わりに、もう一人別の男の人が店に入ってくると、タブレットPCを私に見せた。


「彼女にこれ以上危害を加えてほしく無ければ、大人しく来てもらいたい」


 そのタブレットに映し出されていたのは、【ウサギ】ちゃんだった。ウサギちゃんは両手両足を縛り付けられて拘束されていた。顔は既に腫れていて、かなりの暴力を受けたことが見てとれる。それを見た私は怒りがこみ上げてきた。けど、同時にここで歯向かったら彼女が更に痛め付けられる事はよく理解した。


「分かったわよ、アンタ達に付いていくわ」


 悔しいけどそう言うしか無かった。カラスやイタチ君なら断ったのかも知れない、でも私は私だ。目の前で危害を加えられる人を黙って見てはいられない。

 フェイスマスクの人は満足そうに口元を歪めると「ご協力有難うございます、お嬢さん」と言い、直後にガツンと頭に衝撃が走った。薄れていく意識の中で、さっきの女の人が勝ち誇る様に笑顔だった。



 それからの事は断片的だった。私は寝袋に入れられたらしく視界は塞がれていて、息苦しい。何度となく揺れるのは多分車で運ばれているからだろう。辛うじて会話が聞こえる。


 ――何故、【同志】をあの場に放置したのですか?

 ――あの程度の者に用は無いからだ、面汚しの【始末】はすぐに付く。

 ――あの女、本当に【価値】があるのでしょうか?

 ――それを判断するのは我々じゃない、我らがボスの仕事だ。我々は黙って与えられた指示をこなすだけだ。疑問を持つな、我々のような【凶手】が指示に疑問を持つことは【掟】に反する。


 詳しくは分からないけど、相手が普通じゃない事はよく分かった。

 繁華街にいるような連中じゃ無くて、恐らくは【殺し】の訓練を受けた集団。思い当たる節があった。それなら、ウサギちゃんを狙う理由も。とりあえず寝よう、ここで神経をすり減らしても仕方がないわ。

 そして、グッスリと寝た後、気が付いたらもう牢屋ここに転がされていたってワケ。




 ◆◆◆




 目隠しされた私が連れてこられたのは白を基調にした部屋だった。

 広さはそこそこあり、ちょっとしたホテル並みだった。


「さて、まずはその汗を落とすといいでしょう。バスルームは奥にございます。服はこのクローゼットに入っている物を使ってください、では後程お迎えに参じます」


 そう言うと、紳士なお爺ちゃんは丁寧にお辞儀して部屋から出ていった。

 何処から監視されているかも知れないけど、そんな事は些細な事だった。ようやく――ようやくどんだけ振りかに身体の垢を落とせるわっっっっ。豪快に着ていた粗末なツナギを脱ぎ捨て、バスルームへと迷わずに突進よ。


(覗きたきゃ覗けばいい、そんな事をされても私の心には傷は付かない。………………もっとも写真とか撮ってたら後でボッコボコにしてやるわ)


 バスルームは、部屋同様に白を基調にしたユニットバスだった。

 シャワーを浴びながら浴槽を確認したけど、キチンと掃除がされているみたいで、ホコリなんかは付いていなかった。まずはシャワーで身体を流して、備え付けのタオルで身体を拭く。バスローブを身に纏い、浴槽にお湯をためる間に部屋にあった冷蔵庫の中を開いてみる事にした。


「へぇ、なかなかじゃない」


 冷蔵庫の中には、ミネラルウォーターとコーラのペットボトルが二つずつ。後は、カットされたパイナップルとメロンが盛られたお皿がラップにかけられていた。コーラにカロリー的にはミネラルウォーターなんだけど、今は無性にコーラが飲みたい!!

 迷う事なくコーラをチョイスし、パイナップルを一口。

 パイナップルは程よく甘くて酸っぱくて、その後味をコーラで流し込む。シュワワーとした炭酸が口の中で広がってそれから喉を走り去る。

 私はその感覚に思わず「くはぁぁ~~~~っ」と唸り、まるでおじさんになった気分を堪能した。


 それからしばらくは久々に好きに過ごした。お湯を張った湯船に浸かり、鼻歌混じりに身体を温めてサッパリすると、クローゼットに置いてあった服をチョイス。好きにしていいという言葉に乗り、鏡の前で一着ずつ試着して、ちょっとしたブティック気分を堪能した。


 どれ位時間が経ったのかはよく分からないけど、ドアがノックされた。


「お迎えに上がりました、お着替え等の準備が宜しければ、主の元へご案内させて頂きます」


 紳士なお爺ちゃんはそれだけ言ってドアは開かない。確かに私の事を客人として見ているのは間違いない。

 準備は整っていた。私は迷わずにドアを開くと「案内して」と言った。お爺ちゃんは「かしこまりました」とだけ言うと私を案内する為に前を歩き出す。


(まずはウサギちゃんを見つけなくちゃ、それで脱出してやるわ)


 牢屋にいた時に気付いた事があった。それは、ウサギちゃんが拘束されていた映像に移っていた場所が私のいた牢屋と全く同じ場所で撮られた物だと言うこと、映像に映っていた何人かの内の一人があの看守だったからね 。


 そう考えていると、お爺ちゃんが立ち止まり言った。


「どうぞ、こちらです」


 ギギィィィ。甲高い音を立ててドアが開かれる。


(さ~~て、ここからが勝負ね)


 私は決意を新たに【主】のいる部屋へと足を踏み入れた。





















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