第十一話 反撃 カウンターアタック
眠りから覚めた男の街はいまや戦場へと変貌していた。
その前に立ち塞がるのは数多の凶手達。
男は進む――己の希望を探す為に。
”ガララァァン”
甲高く派手な音を響かせて鉄パイプが地面に落ちる。ソイツは今更ながらに後悔混じりの表情を浮かべたが、もう遅い――遠慮無く、顔面に肘を叩き込む。
バキッと言う音は多分、最低でも鼻の骨折は免れないだろう。
「か、っっっ」ソイツはか細く声を絞りだしつつ倒れた。
これで、五人目。久々のリハビリ代わりにはこの位で充分だろう。
「おい、お前……来い」
俺の視線は残ったもう一人、コイツらの頭らしきチンピラに向けられた。チンピラはもうすっかり戦意を失ったらしく、仕切りに「来るな、来んなっ」と喚いている。
元々はそっちから仕掛けたのにこれじゃ、拍子抜けだな。俺は構わずに「来ないならこちらから……」と言う。
それを見たチンピラは「く、くそッッッ」と叫び、ようやく覚悟を決めたのか俺に突進してきた。わざわざ避けるまでも無い。俺は無造作に左の前蹴りを腹に喰らわせた。
「プギャッッ」チンピラが情けない声をあげ、吹っ飛んでいく。まるで路上に落ちている石ころを蹴っ飛ばした位に軽く、あっさりとゴロゴロと転がっていき、ゴミ箱にぶつかってようやく止まった。
「あ、あががっっ……」
チンピラは腹を押さえながらのたうっている。当然だ、気絶させたら起こす手間がかかって面倒だ。
だから、わざわざ手加減しながら話を聞こうとしていたが、【どいつもこいつ】も弱くて話にならない。とりあえず、コイツまで気絶させない様に細心の注意をしながらの手加減だ。
「おい、質問に答えろ――何故俺を付け回した?
黙っていても構わない…………苦痛を与えるだけだからな」
俺はそう言うとチンピラの腹に左足を降ろすと、とりあえず観察してみる。チンピラは貧相な体型をしていて、頬は痩けている。既に地面にキスした連中も似たような姿で、まず間違いなくコイツらは【薬物依存症】だろう。
つまりは……
「お、おレたチはタだあんタをヤれば◇◆●○◇~~」
予想通りにその辺にいたザコだった。こういう連中は目先の【クスリ】欲しさに何でもしでかす。以前【掃除】した連中だったが、ここ最近になり、また街にこういう連中が増えてきているらしい。つまらん連中だ。
「二度と第十区域には来るな」
そう忠告し、興味を無くした俺はその薬中のチンピラに背を向け、路地裏から出ようと歩き出す。
「あ、あアアッッッ」
薬中チンピラは狂ったような叫び声をあげながらこちらに突進してきた、いつの間にか手にはバタフライナイフを握っている。
ナイフとは言え、バタフライナイフと軍用ナイフとでは殺傷能力に差がある。そんな玩具みたいな物じゃあ、俺には傷一つ付かないだろう。
グシャアッッッ。
奴がどうなったかは好きに想像するといい。どう思われようと俺にはどうでもいい事だ。
「か、カラスさん! 何処いってたんですか、心配しましたよ」
しばらくして背後から声をかけられた。仕方が無いので振り返ると息を切らしたらリスの奴が立っていた。どうやら、撒ききれなかったらしい。
「こう見えてもイタチさんから色々教えられてますからね、簡単にゃ逃がさないッスよ」
リスの奴……わざわざ大声でその名前を言うな。もう手遅れだが。
今の言葉に反応したらしく周囲から視線を感じた。
周囲から「イタチって言ったよな?」とか「じゃあ、懸賞金の奴らの」とかざわつく声が聞こえた。どうやら、イタチにしろ俺にしろ【賞金首】扱いらしい事は分かった。俺は、リスに向かって言った。
「お前はここから離れてろ!」
その声を合図にしたように、賞金目当ての連中が殺到してきた。さっきの薬中同様に、どいつもこいつも大した事の無い奴らだが、数だけはそれなりに多い。
(面倒な奴らだな)
俺は内心舌打ちしつつ、周囲を見回す。数は十五人。腕が立つような奴はいない様だが、いちいちこんなのを相手にするのも面倒な話だ――そう考えていると突然、”プッッップウゥゥゥゥ!!” と言う大音量のクラクションが鳴り響く。思わずその音の方を見ると、一台の青のBMWが突っ込んで来るのが見えた。
賞金目当ての連中も猛スピードで突っ込んで来るBMWを見て思わず逃げ出す。俺も逃げようかとも思ったが、運転席に【顔馴染み】を認め、そこで待つことにした。
BMWは”ギイィィィッッ”と派手にブレーキ音を響かせながら方向転換をし、俺の目前で横付けされた。
俺は「リスッッッ」と叫ぶとBMWの助手席に乗り込む。リスも味方だと察して慌てて後部座席に乗り込む。
俺が「出せっ!」と言うや否やのタイミングでBMWは急発進してこの場を走り去っていく。
「助かる、すまんなホーリー」
「気にしないで下さいよ、この位。礼ならこっちよりもゲンさんに言ってくださいよ、ゲンさんの情報が無かったらここに駆け付けられなかったんですから」
「悪いな。ゲンさん」
「ガハハッ、つまんねぇ事でイチイチ礼ならいらねぇよ。んなことよりもまた厄介な事になっちまったなぁ」
俺とリスを拾ったのは、第十区域一番のホストことホーリーと、昔から世話になっている警察官のゲンさん。二人ともここの裏の情報についてはかなり精通している。
ゲンさんにはリスの携帯で予め連絡を入れていたが、ホーリーはどうやら勝手に手を貸してくれる様だ。何にせよ助かる。
「で、コイツがバーの新入りか?」
ゲンの興味は自分の横に座ってるリスに向けられていた。リスの奴は真横にいるのはヤクザか何かかと思っているのか黙って俯向いていた。ゲンさんも自分の人相が悪いのをよく知ってる為、よく街の外からから来る旅行者にはその筋の人間だと思われるのを最近は楽しんでいるそうだ。とは言え、今はそんな場合では無い。俺はゲンさんをリスに説明した。
「お、俺はリスって言います。よろしくです」
「おぉ、よろしくなッッッ」
ゲンさんはガハハッと笑いながら、リスの背中をバンバン叩いている。ああ見えても一応、リスの奴もそこそこワルだったらしいが、今じゃすっかり小動物みたいになっている。思わず俺も苦笑した。
ホーリーの奴はいつもの陽気さは鳴りを潜め、黙ってハンドルを握っている。
BMWは第十区域を出て、第四区域に入った。
リスの表情が少し曇った。確か、【デモリッション】の奴がここの集落の一つを壊滅させた時にコイツとイタチの奴が関わっていたことを今、思い出した。住民は皆殺しにされたそうで、その土地は紆余曲折の末に結局【塔の組織】が所得したそうだ。この街じゃよくある話だ。
弱い奴は強い奴に蹂躙される、それが嫌ならここを出るか、強くなるしかない。ただ、それだけのありふれた話だ。
それからしばらくBMWは第四区域を縦断するように走っていき、やがて、街の出入り口の門が見えてきた所で道を逸れ、人気の無い空き地で停まった。
「カラスさん、思ったよりも冷静ですね」
俺とは違う、とホーリーの奴が半ば自嘲気味に言った。サングラスの下にはハッキリと隈が出来ていて、奴の苦悩を物語っていた。一見すると俺は落ちついているように見えるのだろう。
だが、本音は違う。正直、さっきの雑魚どもの相手をしていた時も、そして今も、俺の中には抑えきれない程の怒りが充満していて――それは今にも爆発しそうだった。
だが、ここでその怒りを爆発させるつもりは毛頭無い。この怒りを爆発させるのは、お嬢を連れ去った奴に対してと決めている。
お嬢は生きている、さっきまでは漠然とした希望だったが今は違う。
お嬢はほぼ間違いなく生きている。理由は三週間、何も要求が無い事と、俺やイタチの奴が裏社会で【賞金首】とされ、懸賞金がかけられたのが決め手だ。わざわざ今、この時期に懸賞金をかけるのは俺達が邪魔だからだ。
そもそも、何故お嬢を拐う必要があったのか? 単なる身代金目的の誘拐? なら、わざわざバーに手榴弾のトラップなんか仕掛ける必要は無かったはずだ。だとすれば、一つ思い当たる節がある。そうだとすれば、お嬢を殺す訳にはいかなくなる。もしもの時は自分達が間違いなく【殺される】事位は分かるはずだからだ。
俺は、お嬢の【出自】については誰にも話した事は無い。知ってるのは共通の知り合いを持つクロイヌだけだが、あいつは今回の件には無関係だろう。だとすれば、誰か――優秀な情報収集力を持つ奴が今回の件には関わっていると考えるべきだろう。
何にせよ、まずは情報だ。
わざわざ、第四区域のこんな人気の無い場所にまで来たのは街中では誰が聞いているのか分からないから。こんな手間をかけると言う事は二人のうちどちらかが有力な情報を手にいれたと言う事だ。
「なぁ、外に出ようぜ。正直狭い車の中にずっと缶詰はオッサンにはきついぜ」
ゲンさんはそう言うとBMWのドアを開け、外に出た。俺達も続いて外に出た。
「ゲンさん、どうやらアンタには迷惑をかけたみたいだな」
俺はそう言うと頭を下げた。リスに聞いた話だと、バーが爆破された際に錯乱状態だった俺を抑えた上で病院まで付き添ってくれたらしい。俺みたいな【名無し】が闇医者じゃない普通の病院に入院出来たのもゲンさんの口添えがあったからだそうだ。
「よせやぃ。痒くなるじゃないかよ、お前さんが謝るなんてな」
ゲンさんは笑うとポケットからガサガサと銀紙に包まれたチョコレートを取り出すとそれをパキッと音を立て、四等分して俺達に渡した。
「とにかく食え、頭が働かない時は糖分を取って脳に栄養をやるのが一番だ」
その言葉に従い、俺達は手渡されたチョコレートを銀紙を剥がして口に入れた。三週間ぶりの固形食は口に染み入るようで、柄にもなくホッとすることが出来た。
「正直言って、こっちは何も収穫が無かったです」
しばらくして、ホーリーが消え入りそうに小さな声で現状を報告してきた。少なくともこれで相手が訓練されたプロだと分かった。
「でも、」そう言いながらホーリーはスーツのポケットから一枚の写真をこちらに手渡す。
写真に写るのは、二人組。ソイツらは顔にフェイスマスク。誰かは分からないが、二人がかりで大きな【荷物】を運んでいる。その荷物は【寝袋】の様だった。
「これは三週間前に、バーが爆発する少し前にたまたま撮られた写真です。この二人組が誰かは調べても何も――すいません」
うなだれるホーリーの肩を軽く叩き「充分だ」と俺は答えた。リスも「ホーリーさんには感謝しか無いッすよ」と言った。何でもこの三週間、バーが営業出来なくなり、困り果てたリスをホーリーが自分の職場で一時的に働かせてくれたそうだ。
ゲンさんが「何だそんな事までしてたのかお前? スゴいじゃないか」と言いながら背中をバンバン叩きつつ、あのガハハッと豪快な笑い声をあげると、ホーリーにも微かにだが笑顔が戻った。
「ホーリーの奴がここまでやったんだから、俺も仕事せんとな」
ゲンさんはそう言うと、BMWのトランクをホーリーに開かせたると、俺達を手招きしてきた。言われるがままにゲンさんに近付くとトランクに入っていたのは一人の男だった。口には猿ぐつわをし、手足は拘束バンドで縛られている。気絶しているらしく、グッタリとしていた。
「こちらの成果はこいつだ」
ゲンさんはかなりきつめのクスリで眠らせたそうで、時間稼ぎも考慮してホーリーにこの場所を指定したらしい。確かに街中でコイツとトランクを開いて御対面ではこちらがどう見ても犯罪者だろう。
もう少しで目を覚ますだろうと説明し、ゲンさんは三週間の出来事をかいつまんで説明した。
それによると、バーの店内から見つかった死体は男だった。身元は不明、警察や軍隊のデータベースでもヒットしなかったらしい。ただし、一つだけ気になるものがあったらしい。それは、手首に【凶】とかかれたタトゥーがあった事。何かが気になったゲンさんがそのタトゥーを調べていた所、仕事帰りに襲われ、相手を返り討ちにした。そのまま相手がトランクにいる奴で――コイツの手首にも【凶】のタトゥーが入っていたそうだ。確認すると確かに手首に【凶】というタトゥーがある。そして、俺が知る限り、このタトゥーを手首に入れるのはある集団だけだ。
「【ギルド】の連中なのか?」
俺の呟きにゲンさんは大きく頷いた。




