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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十話
77/154

受け継ぐ者と目覚める者

今回は、説明が大半です。

予め、ご了承下さい。


 瞬間、様々な出来事が浮かび上がった。

 それはまるで津波の如く、オレの目の前を覆い尽くしていき………………やがて、飲み込まれていった。



「うわあぁぁぁぁっっっ」


 思わずオレが目を覚まして飛び起きる。

 地獄のような光景だった、それを作り出したのは【オレ】だった。


「はぁ、ハァ」


 これ迄、この五年間ずっとおっさんだと思っていた男が【先生】だった。

 そして、あの中年オヤジこそが【おっさん】だった。

 何でこんな事を間違えたンだ、オレ。

 それに、オレは誰なンだ?

 オレが【レイジ兄ちゃん】を殺した。

 オレは【レイジ】じゃない、じゃあ――――――。


 バラバラだった、断片的だった記憶がパズルのピースがはまっていく様に繋がっていく。

 だからこそ、分からなかった――あの施設での出来事はオレの仕業じゃない、あれはオレが集落の皆を殺している時の出来事だろう。

 あの時、オレが【ソイツ】に乗っ取られている時に聞こえたあの不愉快な【ノイズ音】が施設にいた時にもしていたからだ。


 他にも、いくつか分からない記憶があった。

 そこでは、オレ? は誰かと一緒に逃げようとしていた。

 ソイツはこっちと同い年位の奴で、【銀色の鞘】に納まった日本刀を手にしていた。

 オレの知ってる限り、あれはサルベイションの施設で殺り合った【ムジナ】って奴だろう。

 ムジナとオレ? は逃げ出そうとして、ムジナだけを逃がして自分はそのあと、弾の入ってない【金色のオートマグ】を振り回して暴れた挙げ句に【先生】と【おっさん】に捕まった。


 その後、オレは一人のガキんちょを押し付けられた。

 見た瞬間に分かった、ソイツこそが【オレ】だったと。

 そして、オレの中に【レイジ兄ちゃん】の【記憶】が混じってるとハッキリ分かった。

 何でそんな事になったのかは分からない。

 だが、その答えを話せる人間がここにはいる――【先生】だ。

 アイツなら、あの場にいたアイツならばオレの聞きたいことについての答えを持っているハズだ。


 起き上がってみると、全身にビッシリと冷や汗をかいていた。

 しかも、オレの身体は小刻みに震えている。

 理由はハッキリしている。

 正直いって、怖いからだ。

 自分が分からない――自分の根っこが分からない事に対する【恐怖】からだ。


 集落はほぼ真っ暗で、点々と申し訳程度に薄暗い明かりが付いている。

 夜目が利くとは言え、油断せずに気配を慎重に探りながら、自分の気配は極力気付かせないように慎重に動く。

 正直、体調は良くない。

 断続的に酷い頭痛と目眩いがする。

 歩いている内に吐き気も催す。

 サイテーな気分だった。

 こんな状態でもし敵にでも遭遇したら、なす術なく死ぬかも知れない。


『だがよ、今しか無いンだよな――』


 思わず舌打ちをしながら、ゆっくりと集落を歩いていく。

 そして、ふと気が付いた。

 オレはここに見覚えがあると。

 咄嗟に振り返る。あのボロ小屋はいつも飲んだくれていた酔っ払いの爺さんの住み処だった。その証拠に小屋のすぐ脇には大量の酒の空き瓶が無造作に転がっていた。

 という事は――オレはその向かいに目を向ける。

 そこはいつも周りの掃除をしていた婆さんのいた小屋だった。

 いつも、朝早くからホウキで掃除をしていて、オレが眠そうな顔をしているとよく「シャキッとなさい」と言われ、ケツをホウキで叩かれたものだった。

 そのホウキが入口の前に落ちている。

 酔っ払いの爺さんとここの婆さんはよくケンカをしてたっけか。

 かたや、ズボラでだらしなく日々を過ごす爺さん。

 もう片方は、規則正しく日々を生きる婆さん。

 二人はまさに【水と油】だったなぁ。


 じゃぁ、と目線を変えると三軒向こうにはよくケンカした近所のガキ大将の家があった。

 いつも威張っていたけどおっさんの開いた塾じゃ一番の劣等生。

 だけどガキんちょながら見た目はデカかったから、腕っぷしはそれなりにあって、お山の大将気取りだった。

 オレは何だかんだで突っ掛かってくるアイツと何度も何度もケンカをした。タイマンを張ったこともあったし、記憶の中では六人アイツら対一オレで何とかオレが勝った事もあったなぁ。


 他にもここにはたくさんの人がいて、変わりもんばっかだったよなぁ。

 今思えば、楽しい時間だったよ――ホントにさ。

 だけど、それを全部壊したのはオレなんだ。

 オレの中にいた……いや、オレ自身なのかもしれないが【ソイツ】が全てを奪い去った。何の躊躇も無く目に映った、音が聞こえた相手を全て永遠に動けなくした。


 その挙げ句にオレは自分の手でおっさんとレイジ兄ちゃんを――。

 全く最低だよ、レイジ兄ちゃんの事なんか忘れていた。

 で、おっさんを殺したのもオレ自身だった訳だし。

 五年間ずっと捜していた犯人がオレ自身だったなんて笑い話もいいトコだよ。


 最低の記憶――だけどその最低な記憶にも一つだけ役に立つ事がある。

 それはこの集落の出入り口が分かる事だ。

 レイジ兄ちゃんの記憶じゃ、集落の外周を囲むようにある壁のある場所に入口が隠されていた。大まかな位置しか分かっていないけど、何も知らなかった前よりはマシだ。

 オレはソッと壁に手をかざしながら探す。

 しばらくしてそれはいきなり作動した。

 いきなり、緑のレーザーみたいなモノがオレの手のひらをスキャンし、しばらくして”ガチャン”と音を立てて、そのすぐ横の壁に取っ手が出た。

 その取っ手をゆっくりと引くと、壁が扉だったらしくあっさりと開く。


『ここが――施設か』


 そこはかなり大きな通路が広がっていて、天井には無数の監視カメラが取り付けられていた。

 もっとも、レイジ兄ちゃんは構わずに進んでいた。

 道は一本道でどのみち進むしか無い。体調もさっきよりはマシだ。


「なら、行くしか無いよな」


 オレはそう呟くと歩き出す。

 途中、幾つかある部屋を見てみる。その中には、食料貯蔵庫があり、山のような缶詰やら、水等が備蓄されていた。間違いなく、ここの食料をオレは先生に貰っていたって訳だ。


 他にも、武器庫とおぼしき部屋もあった。もっとも、肝心の武器は全て無くなっていたけどな。

 頭が痛む――にしても、ここにいたのは一体どんな連中だろうか。

 五年間放置されていたから、大分汚れているものの、設備はかなりしっかりしている。

 おまけにここには【Pー90】で武装した奴等までいた。Pー90なんて物騒な代物はそんじょそこらの犯罪者や、組織が持てるようなモノじゃない。こんな代物を取り扱うのは軍隊位だ。

 それは一体何処の?


 真っ先にオレの中に浮かぶのは【塔の組織】だ。

 だが、それならそれでおかしな事になる。

 五年間もの間、組織はオレを放置したことになる。あれだけの人を殺し、兵隊もお構い無しに殺したオレを組織が放置するのだろうか? 少なくともオレが組織の人間なら、【監視】はするだろう。


『とまぁ、考えたトコで――判断する為の情報がゴッソリ抜けているからな』


 そうこう考え事をしている内に施設の一番奥、つまり目的地の目の前に辿り着いた。

 施設に足を踏み入れた時点でこっそりと進入は半ば諦めていた。

 監視カメラは全て作動していた訳だし、かといってブレーカー等を落としても予備電源とかに切り替わるだけだろう。

 おまけに一本道じゃあ隠れる場所も殆ど無い。つまりは……


「出たとこ勝負ってヤツだな」


 オレはその扉の前に手のひらをかざす。

 するとカメラが上から降りてきてスキャンし、扉が開く。

 オレは迷わずに扉を開き、部屋に足を踏み入れた。先生が言う。


「フム、来たか――待っていたよ」


 その部屋をオレは初めて見た。だが、オレはここを知っている。

 間違いなくここはこの施設の最奥部にある実験室。

 ちょっとした体育館位の空間に様々なモノが所狭しと置いてある。


「やはり、君の中には02の記憶があるのだね」

「……アンタに聞きたいことがある」

「フム、何なりと言いたまえ。私が答えられる範囲でなら返答しよう」


 先生はそう言うとオレを手招きする。

 断る理由はない。オレもその招きに従い、無数のモニターに囲まれた一角に置いてある椅子の一つに腰掛けた。


「で、何を聞きたい? ただし、正しい質問以外は受け付けない」


 先生はそう言い、オレに視線を向けた。

 別に威圧するわけでも無い。だが、その目にはオレがこの場で何をしても問題無い――そう思わせるだけの自信がハッキリと伝わってきた。


「オレは一体何なンだ? 何故、他人の記憶が混じってる」


 今度はオレが相手をジッと見る番だ。この人がどこまで事情を知っているかは不明だ。だけど、何かを知っている、オレにとって大事な何かを。

 先生は少し間を置くと返答してきた。


「君が一体誰か――――その答えには私も答えられないねぇ。

 だが、私の知ってる範囲でなら答えよう。それでもいいかね?」


 オレは一度だけ大きく頷く。


「まず君、いや【君達】が何の為に【造り出された】のか分かるかね?」


 オレは首を横に振り、返事を返す。

 先生は「だろうね」とだけ言うと、おもむろに立ち上がる。

 そしてまるで舞台の役者の様に観客オレの視線をじっくりと感じながら間を置き、


「君達は【大戦】の残した【遺産】。一言で言うならね」


 先生はそう言いつつ、こちらを見た。オレは言った。


「続けてくれ」

「オーケー、先の大戦末期の事さ。

 この国の政府は関係各国と共同である極秘プロジェクトを始めた。その目的は、実に簡単。【最強の軍隊】を造り出す事だった。

 いつの世でも軍事技術の進歩は戦時中にこそ花開く。

 各国は各々にプロジェクトを立ち上げて、その実績を競うようになった。

 我が国の目指したのが――――――」


 先生はそう言うと無数の計器類を操作し始める。すると、キーボードが出て来る今度はそちらにキーコードを入力すると――それに応じるように、無数にあったモニターが一斉に反応し、様々なデータが次々と流れていく。それはまさに情報データの洪水だった。

 先生は困惑するオレを見て、満足気に口元を歪めて、


「【SSSスリーエス】これがそのプロジェクトの名前だよ。これが何の略かは分かるかね?」

「――――スーパー・ソルジャー・シュミレーション」


 何故かその言葉が出た。先生は「正解」と言って拍手をした。

 単純なネーミングだが、今のは考えた上の言葉じゃ無かった。

 何というか、オレはSSSそのワードを知っていた。初めて聞いたハズの言葉なのに、オレはSSSソレを知っていた。


「フム、【知っていた】のが疑問の様だね。だが、それこそがSSSの目指す物なのだ。

 君は戦争をする上で最も厄介な問題が何かを答えられるかね?」


 先生がまたオレに質問をしてきた。これじゃ、まるっきり塾とかの講義の時間だな――そう思いながら、いくつかの回答が浮かぶ。そのどれかなのか? それとも、全く別の回答が正解なのか……考えても埒が開かない、そう考えている内に――


「――個々人の戦闘能力の違い」


 オレはそう呟いていた。今の回答もまた、考えていた上の回答ソレでは無かった。

 まるで、パソコンやスマホなんかでキーワードを入れて【検索】したらその言葉が出た……とでも言うべきか、とにかく突如浮かんだ言葉をオレは口にしていた。

 先生はオレの言葉を聞いても無言でこちらを見ているだけだった。

 そして、キーボードにを何かを入力していくと、モニターに【SSS】のデータが標示された。


「…………正解だよ。素晴らしい、素晴らしいよ君は!

 ――確かに単純シンプルな答えだ。だが単純な物こそ最も難しいのだ。

 君の回答が正解だ。戦場で戦う上でいちばん重要なのは兵士の【戦闘能力】。そして、それを培う下地になるのは【戦闘経験】だ。

 どんなに素晴らしい素材を持っていても、経験がなければ能力をフルに活用することは困難だ。

 関係各国のプロジェクトも様々だったよ、とにかく兵士の戦闘能力を強化する為に【強化外骨格パワードスーツ】を開発し、実戦投入したり、強力な兵器を開発しようとしたりとね。

 だが、彼らは根本的な問題には手を付けなかった。

 兵士の【育成期間の短縮化】。これがSSSの目指すモノ。

 その為には様々な【データ】が必要になった。単純な技術(殺し)や生存技術は、すぐに用意出来た。だが、【戦闘経験】についてはそうもいかない。だから、私に【依頼】が来た。

【最強の特殊部隊】を一から育成して欲しいとね、そこで私はその部隊を創設した。部隊に特に名前は付けなかった――その代わりに隊員には【名前】を与えた。彼らにそれに見合った【動物】の名前を、ね」


 その言葉を聞いた時にオレの脳裏に浮かんだのは二人だけ。

 それは、【カラス兄さん】と【クロイヌ】の奴。

 二人は元々、【レイヴン】と【ブラックドッグ】と呼ばれていた。

 二人が、特殊部隊の出身で様々な高難易度の作戦を実施し、異名を轟かせたと。それを指揮した人間の名は、


「アンタ――――【マスター】なのか?」

「ああ、そうだ」


 その瞬間、身体が動いていた。迷うことなく【スイッチ】を入れ、オレはマスターへと間合いを一気に詰めると右肘を放つ。

 狙いは相手の左の肋骨。マスターもそれを予期したらしく左の手刀を肘に叩きつける。

 次にオレはマスターの顎先めがけて左手での掌底を放つ。

 ドンピシャのタイミング。これが決まれば、こっちの勝ちだ。

 ”バキン”

 その音が聞こえた瞬間、オレの左手に激痛が走った。

 オレは何が起きたかを理解した。

 掌底は命中した、ただし、顎では無く相手の額。

 マスターはオレの掌底に対して、頭突きを喰らわせたって事だ。

 オレは痛みに気をとられた、そこを突かれマスターの足払いをあっさりと貰い、オレは倒された。


「いい反応だ。だが、まだまだ甘い、私は君の察した通りの人間だ。だが、考えてみるといい――私は君個人に敵意を持ってはいない。

 仮に、君に対して害意を持っているならもう君は【死んでいる】はずだ…………違うかね?」


 そう言う先生マスターの目には微かな殺気が見えた。実際、言う通りだった。あっちがその気ならオレはとっくにこの世からおさらばしていたことだろう。

 左の手首は折れた様だ。だが、死ぬよりはマシだ。痛みは我慢出来る。


「我慢もいいが、これを飲むといい」


 マスターはオレに懐から錠剤の入った瓶を取りだし、投げて寄越す。見たことの無い薬で、思わずオレは身構える。

 それを見たマスターは苦笑しながら「心配はいらない、それは君の育ての親の作ったモノだ、毒性はない」と言った。

 オレは信じた訳じゃ無かったが、その瓶の蓋を開け、錠剤を口にする。

 マスターが「噛み砕けばいい」といいオレもそれに従い、バリバリと音をたてながら錠剤を噛み砕く。


「それで痛みは抑えられる、すぐにね」


 マスターの言葉の通りだった。それまではズキズキとしていた手首から痛みが引いていくのが分かる。どういう処方の薬なのかが気になったが、特に身体に変調は無い。


「では、話を続けようか。私は部隊をあらゆる戦場の最も困難な作戦ミッションに派遣し 、そのデータを全て記録した。

 そこで取れた膨大な戦闘経験はデータ分析され、プログラム化されて、完成した。

 だが、そこで問題が起きた。そのデータを活用しようにも受け入れられる人間が存在しなかったのさ。それもまた当然だろうね。

 本来、人間は様々な出来事を自分で実際に経験しながら咀嚼そしゃくした上で、ようやく自身の血や肉に変えていく。その手順を省き、一気に頭の中に注ぎ込めばどういう事になるのか――君には分かるかね? 文字通り【廃人】になるんだよ。

 そして彼等せいふは考えた…………実験は失敗したものの、そのデータの習熟度には個人差があり、廃人とは言っても、症状にもまた個人差がある。

 つまり、途中から改造するのではなく、もっと【前】からそのデータに適応出来るように【改造】すればいいじゃ無いか、とね」


 マスターが計器を操作し、モニターの画面が切り替わっていく。

 そこに映ったのはそれぞれ別の兵士。彼らは一様にヘッドマウンドディスプレイ付のゴーグルの様な物を装着し、【データ】を流し込まれ、そして【壊れていった】。

 ある兵士は口から泡を吹き崩れ落ち、またある兵士は近くにいた研究者に突如襲いかかり、その後発狂した。

 他にも様々な兵士の実験の様子がモニター毎に流されたが、無事だった者は誰一人としていなかった。


「それから、SSSは変質した。

 本来の【育成期間の短縮化】文字通り優秀な能力の兵士を短時間で育成する為の研究から――最強の戦闘兵器としての一個人を造り出す為の【人体実験】へとね。そこからは以前の様に戦闘適性の低い人間を使った実験から――――まだ発展途上の【子供】をその被験者としたんだよ 」


 マスターは淡々と話す、何の感情もなく。

 オレはは自分が【人殺し】という事は重々理解していた。しかも、少なくとも【五年前】には殺戮を実行した事も理解した。そんな自分が人が死ぬのを全て批判する事は単なる偽善だろう。

 だけど、これは何だ? ここに映ったガキンちょどもに何か【罪】でもあったとでも言うのか?

 気が付くと「ざっけんなよ!!!」と叫び、今にも感情が爆発しそうになっていた。


「ま、君のその怒りは当然だろうね。この無数の子供達は無作為に選ばれた者もいれば、意図的に選ばれた者もいたし、意識的に【造り出した】者までいた。

 君もその中の【誰か】という事だよ」


 マスターはあくまでも淡々と話す、恐らくは奴にとってこの話はさほど興味を引く様な話では無いのだろう。全く感情を表に出す事もなく、ただ機械的に計器を操作し、SSSの説明をオレにしている様だ。

 そう思うと、怒りは収まらなかったが目の前の相手に対して向けるのは無意味だと思った。

 だから、オレは再度椅子に腰掛ける事で態度を表明する事にした。


「選ばれた子供達は、今度は様々な【学習】を施された。

 以前の失敗から学び、今度は【知識】と【経験】を徐々に与えていく。そのまま育てても【優秀な兵士】になったであろうね。

 ――だけど、ソレじゃ結局は意味が無い。彼等せいふの欲しいものは最強の兵士を【短時間】で用意する事なのだから。

 ある程度の技術スキルを身に付けた子供達は徐々に【選別】されていった。方法は各々の研究者に一任された。

 研究者は各々に数十人の被験者を担当し、彼等の中でさらに優秀な物を選んでいく。淘汰された者は様々な末路を辿ったそうだよ。

 そして、数千人規模の被験者はそこから、百人程度になり、今度は更に別の実験を開始した」


 カチカチとマスターはキーボードからモニターの画面を切り替え、操作した。

 すると、目の前の一番デカイモニターにソレは映った。

 ソレは【脳みそ】の写真だった。その写真のは無数の言語で色々と書き殴る様な字が書いてある。


 マスターは無言でこっちを見ている。

 何かを言いたそうな表情だったが、オレはそれよりも目の前の写真が気になっていた。

 だから「マスターさんよ、この写真は何なんだよ? 説明してくれんだろ?」と問いただす。

 マスターはオレの言葉の聞いて急に我に返った様な表情を浮かべ、コホンと咳払いをすると話を続けた。


「前の実験の最大の問題点は、【脳】の【拒絶反応】を制御出来なかった事だった。だから、拒絶反応が起きないように少しずつ【脳】を刺激したのが最初の段階だった。

 次に行われたのは、【脳】の【潜在能力】を引き出す為の措置。

 それらは、通常なら発揮出来ない身体能力を自分の意思で切り替える事によって通常の兵士を凌駕する【性能】を与える事に成功した……つまり」

「【スイッチ】と【リミッター】」

「そう、それにより子供達は飛躍的に【殺傷能力】を高める事に成功し、実験は最終段階に進んだ。

 それは、【脳内の記憶の移植】。これが実現すれば、その被験者の脳内のデータが取れれば、脳のどの部分を刺激すれば、またどこを使わなければいいのかが判明する――つまり、SSSの目的だった【短時間での戦闘経験】の習熟に繋がる。こう考えられた訳だ。

 だけどね――――――――」


 モニターから、ガキンちょの顔が一気に減らされていき、残されたのはたった三人。

 一人は全く知らない顔だったが、二人は分かった。

 一人は恐らく【ムジナ】。あの殺気だった目がそのままだ。

 もう一人は【レイジ兄ちゃん】だ。どこか野性的で【ケモノ】の様な雰囲気を感じた。


「見ての通り、生き残ったのは【三人】だけだった。

 彼等以外は、【記憶の共有化】に耐えきれずに脱落したそうだ。

 だけどね――一人は脱走し」


 そう言うと【ムジナ】の写真が消された。


「一人はあまりにも【不安定】になり――」


 更に知らない顔が消され、

 残されたのはレイジ兄ちゃんだけになった。


「見ての通り、02ことレイジだけが残された。

 彼は実に優秀で、完成品とも最高傑作マスターピースとも呼ばれたが、欠点があった。

 それは、あまりにも彼が【優しすぎた】事だ。

 最後の最後でも非情に成り切れない、人間としてはいいことだけど、【兵器】としては問題だった。だからこそ、【実験】を行ったんだよ」


 オレはマスターが【実験】と言った瞬間に全身に寒気が走るのに気が付いた。今までの話で何度と無くその言葉は出たはずなのに、何故か今聞いたこの言葉はオレの全身を震えさせた。


「その実験は簡単に言うなら、02に【非情さ】を与える為の物だった。

 当時、大戦は最早泥沼になり、彼等せいふは一刻も早く結果が欲しかった、更に研究者の一人が実験のデータを持ち逃げして亡命した事で、厄介な物が産み出された――今はこう呼ばれているね、【フォールン】と。あれはSSSのデータを元に【リミッター】及び【スイッチ】を人為的に引き起こす薬品なのだ。

 勿論、中毒性は強く、本来の性能は発揮出来なくなったものの、その効力は前線で各国を悩ませた。それに対抗する為にも、ね。

 だから、荒療治を施そうとしたんだよ。一度親しくなった人々を彼に【殺させる】事でね」


 マスターがキーボードを操作すると、モニターが切り替わった。

 映し出されるのは、オレのいた集落。

 その全体がすべてのモニターによって観察出来る様になっていた。

 オレのここでの日常は全てコイツらの手のひらの事だった訳だ。


「とは言え、住人は基本的に普通にアンダーにいた者達だよ。

【無力な一般人】を無慈悲に殺せる様にするのが目的だった訳だからね………………君以外は、ね」

「オレは一体誰なんだ?」


 オレはその質問を目の前の男に投げた。

 オレ自身が他の住人とは違うと分かっていた。単なるアンダーの浮浪児があんな虐殺を一人で実施できるハズが無かった。

 明らかにオレはSSSという実験の被験者だったのだろう。

 なら、オレは誰かをコイツは、目の前の男は少なくとも何かを知っているハズだ、と。


「残念ながら、SSSの被験者は【ナンバーズ】以外は記録自体を抹消された。さっきの顔写真もあくまでも数千人の中の数十人に過ぎない、君には【何も無い】んだよ。

 この実験に君がいたのは、02が君をいたく気に入っていて、君も彼に懐いていたからさ。

 全ては、02の性能ポテンシャルの確認の為。そう、その為だけの実験だったんだ。

 だが、結果は君も知っている通り、暴走を抑え込み、代わりに君が暴走した。実験の被験者で恐らくはある程度の【調整】を受けたとは言え、【ナンバーズ】では無い君がね」


 オレは力が抜けていくのを感じていた。

 あの【虐殺】の光景が浮かび、全身から漂う濃厚な【血の臭い】を、この手でレイジ兄ちゃんを殺し、おっさんにまでナイフを突き立てた事を思いだし、吐き気を催した。


「じゃあ、何で――何でオレの中にレイジ兄ちゃんの記憶が混じってるんだよ!! 何の為にそンな事をしたんだよッッッ」


 ガキみたいに叫び、今にもどうかなりそうだった。

 自分が何の為に生きているのかが、分からなくなった。

 マスターが言う。


「簡単な理由だよ、君を【生かす】為だよ。

 暴走した君は簡単に言うなら【理性】を無くしたケモノの様なモノだったんだ。しかも、その理性は簡単には戻らない。

 目を覚まして、自分が何をしたのか理解したら君は【壊れてしまう】、それだけは防ぎたいと【彼】が言ったんだよ」

「彼って――」


 マスターがエンターキーを押す。

 すると、そこに映ったのは【レイジ兄ちゃん】だった。

 レイジ兄ちゃんが言う。


「よ、お前がこれを見てるって事はオレはもう死んだって事だな――――

 別にお前が悪いんじゃ無いぜ、お前だって殺りたくて殺ったんじゃ無いんだから……なッッッ」


 そう言うと、モニターのレイジ兄ちゃんはゴホゴホと咳をし、その口には血が滲んでいた。

 よく見れば、レイジ兄ちゃんの顔色は悪く、今にも倒れそうだった。

 これは――――――

 オレの心を読んだようにマスターが説明した。


「あの後だよ。君は02に致命傷を与えたが、02は辛うじてナイフを躱したのだ」


 レイジ兄ちゃんは苦しげに表情を歪めた。だが、その目からは――目だけは真っ直ぐにモニター越しにオレを直視している。


「オレがお前の【ストッパー】になってやるよ。これでもう【暴走】はしないだろうさ。

 いいか――――お前はもう自由だよ、ここにいる先生マスターはおっかないけど嘘はつかない人だ。彼がお前をここから逃がしてくれる。

 正直言って、オレの記憶をお前のと統合したらどうなるのかは分からない、お前はもうお前じゃあ無くなるかもしれないし、お前の中にオレや、他の【連中ナンバーズ】の記憶まで抱える事になる。多分、苦労するだろうなぁ…………悪いなぁ、オレがそばにいてやれなくてよ。でもこれだけは覚えとけ――これからはオレはお前とずっと一緒だからな……………………」


 レイジ兄ちゃんはそう言うと、崩れ落ちた。

 もうこちらを見る余力も無いのだろう、激しく痙攣を起こし、そのまま動かなくなっていく………………


「この後、02の記憶をデータ化して君に共有化させた。

 結果は今の君と言うわけだよ、ある意味では君は02なのだ。

 彼の記憶を一部ながら共有し、彼に私が与えた【オートマグ】も受け継いだ、ね」

「オレは他のナンバーズのデータも共有化したのか?」

「そうだよ、まぁ、今の君を見る限り……そこは失敗したのかもね。02が死んだ直後に処置を始めたから、記憶に欠損が起きたのかも知れないし、君自身が自分を守る為の防衛手段を取ったのかも知れないしね。

 君は、一般人と違う生きそんざいだ。どう生きるのかは君が自分で決める事だ――――行きたまえ、ここが何処かはすぐに分かる」


 マスターが計器を操作する。すると施設内でにウイィィィィンと何かが開く様な音がした。

 オレはマスターに軽く頭を下げると背を向け立ち去ろうとした。


「忘れていたよ、これを」


 マスターはそう言うと、オレに包みを投げた。

 その包みは意外に重く、ズッシリとした感触で、【懐かしい】モノだった。


「君にはまた会うかも知れない、その時は君を殺すかもな。

 だが、ソレは【君達】に与えたモノだ。大切にな」


 包みを開けると、ヒップホルスターに収められたオートマグと、キクの使っていた【ワルサーPPQ】が出てきた。


「そのワルサーを君はなかなか離さなくてね、それも大事にするといい、さらばだ」


 そう言うと部屋の扉が閉まっていく。

 オレは思わず「有難うございました」と大声で叫んでいて、マスターは少し笑顔を見せると、扉は完全に閉まっていった。

 何故か、マスターの笑顔もまた懐かしい様な気がした。





「やれやれ、ようやくお前の【子供】は親離れ出来た様だ。

 良かったな、【兄弟】。

 しかし、結局あの子は誰だったんだろうな? 【ナンバーズ】に匹敵する素養を持ちながら、データベースには何も無い存在。誰の仕業かは分からないが、もしかしたら彼は【予備バックアップ】だったのかも知れないな」





 ◆◆◆




「ここは――――」


 オレは施設内にあった出口から出て見た光景に思わず言葉を失った。そこは、すっかり見る影も無く崩壊していたが、間違いなく【サルベイション】の施設だった。つまり、


「知らない内に【里帰り】してたって訳か」


 オレは自嘲するように笑うと呟いた。


「帰るか、オレの住みかにな――」






 ◆◆◆




「うっっ」


 俺が目を覚ますと見慣れない天井だった。

 とりあえず起き上がろうとすると、全身が激しく痛む。

 思わず柄にも無く「くっ」と呻き声を小さくあげる。俺が着ているのは患者服の様で色は薄い水色。

 正直言って俺には全く似合わない。


『何があった? 何故俺はこんな所に寝かされていた?』


 混乱しながらも、何とか痛みに耐えて起き上がると、丁度そこに看護師が入って来た。

 彼女はこちらを見るなり「駄目ですよ、絶対安静なんですから」と言って近付いてくる。

 俺はその言葉を無視して立ち上がり、歩こうとした。だが、足に力が入らない。床に足を置いた途端、俺の身体はバランスを取れずに足元から崩れ落ちた。

 看護師が「だから駄目ですって言ったんです」と言うとナースコールのボタンを押して同僚を呼んだ。

 俺の身体をか細い女性看護師が三人がかりでようやくベッドに戻すと、俺に何やら点滴をするのが見える。

 看護師は「今、鎮静剤を入れました。今はとにかく身体を労って下さい」と言うと部屋を出ていった。

 どうやら、俺は相当な重傷らしい 。

 段々と意識が薄れていき…………そのまま眠りについた。



「くっっ」


 次に俺が目を覚ますと、今度は看護師が既にすぐそばにいた。

 この前の看護師よりも若いのか、髪の色は少し茶色がかっていて活発そうな印象だ。何とか逃げようと思っていると彼女と目が合ってしまった。


「お目覚めですね、お身体の痛みはどうですかぁ?」


 看護師はそう言いながら点滴のパックを交換する。

 痛みも何も、鎮静剤なんか投与されたらよく分かる訳が無い。

 とか何とか考えていると、どうやらまた俺は眠っていたらしい。

 気が付くと、看護師はいなかったが、代わりに別の人物がそばに置いてあったパイプ椅子から立ち上がった。


「か、カラスさん!」


 リスが俺の元に駆け寄ってきた。顔には寝不足らしくクマがハッキリと付いていて、疲労しているのが見てとれる。

 ベッドの横に備えつけられた簡素な机に置いてある鏡に俺の顔が映ったが、無精髭が伸びている位で怪我人の俺の方が顔色が良かった 。どうやら、相当に負担をかけた様だ。

 俺はリスに問いかける。


「リス、俺に何があった? ――何でこんなケガになってる」



 気が付くと看護師は「失礼しますね」と言い、部屋を出ていく。

 リスは少し驚いた表情を浮かべたものの、俺が軽度の記憶喪失である事を説明し、事情けいいを俺に説明し始めた。

 その話を纏めるとこうだ。


 まず、俺はここに三週間入院していた事。

 その理由キッカケは【バー】に仕掛けられた複数の手榴弾パイナップルの連鎖的な爆発で発生した爆風による火傷と爆発の際の飛んできた破片が身体中に刺さった事によるものらしい。

 バーは一階のスペースはほぼ全壊、地下の食材貯蔵庫も駄目、二階の居住スペースも半壊らしく、つまりはバーはもう駄目だと言う事だった。


「他にもこの三週間で色んな事が起きてて――」


 リスはそう切り出すと話を続けた。どうやら、イタチの奴もアンダーに戻ってから全く音沙汰が無いらしい。

 一方で、クロイヌの奴が【三週間前】に軍隊を使って何かをやらかしたという噂が街の裏社会で今、一番の話題になっているらしい。

 クロイヌが単に軍隊を使うだけなら、仮にも組織の幹部の権限でそこまでは噂になったりはしない。

 噂になってる訳は、クロイヌが動員したのがどうやら通常の軍隊では無く、組織自体の所有する【特殊部隊】らしい――この一点だった。

 その特殊部隊は以前からその存在は度々噂に上がっていた。

 だが、実際にその姿を見たものはいない為に、その実在を疑われ――いつしか都市伝説と呼ばれる様になった。


「まさか、そんなのが実際にいる訳が無いですよね?」


 リスもその存在を疑っている様だが、俺は知っている。

 その特殊部隊が実在する事を――それが密かに通称【ジャッカル】と呼ばれる事を。

 恐らく、ジャッカルは実際に投入されたのだろう。

 そしてほぼ間違いなくその戦場にイタチもいたのだろう。

 イタチの戦闘適性を考えればそう簡単に死ぬとは思えない。

 とは言え、実戦では何が起きるのかは実際にその時にならなければ分からない。

 現に、俺は今回あの程度の小細工に引っ掛かった。

 現場での感覚が鈍ったと言われても仕方無い。

 だが、そんなことよりも気になる事があった。さっきからリスの話が続いているのだが、その中から何故か【お嬢】の事がスッポリと抜けている。

 偶然では無い、現に俺がリスの奴にそれとなく質問しようと試みても奴はそれを上手くはぐらかしてくる。


「リス、正直に答えろ…………お嬢はどうした?」


 だから直球で聞いてみた。

 リスはやはり答えにくそうにしていたが、俺の目を見ると溜め息を一つ入れ――答え始めた。


「カラスさん。どうか落ち着いて下さいね」

「…………言え」

「オーナーも三週間前から【行方不明】になっています。

 バーが爆破された時にあった死体は…………」


 リスが何かを説明している。だが、もうどうでもいい。

 お嬢が行方不明、それだけ聞けば後はもうどうだっていい。俺にとって最優先すべき事が決まった。なら、もう行動あるのみだ。

 俺はベッドから起き上がり、そのまま立ち上がろうと試みる。

 まだ足元が少しふらつくが、そんなことは関係無い。


『俺はもう充分休んだ筈だ』


 足元に意識を集中させ、気を張りながら一歩一歩進めばいいだけだ。戦時中はもっとひどい怪我でも戦った、なら今回も問題無い。

 リスが叫びながら俺を引き止めようとしてくる。それを振りほどき、病室を出る。


『必要な物を集めないとな』


 誰がやったにしろ、関係無い。

 俺がすべき事はただ一つ。お嬢に手を出した奴を殺す、それだけだ。



























 

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