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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十話
76/154

ミッシングピース

「お、おっさん――なのか?」


 オレは、目の前にいるおっさんらしき人物に何とも言えない懐かしさを感じていた。

 だが、同時におっさんがオレに向ける視線にも気が付いていた。

 その目からは、何の感情も読み取れず――ただこちらを見ているだけのようで、正直不気味だった。

 オレは思わず叫んだ。


「何とか言えよ!」


 その言葉に対して、おっさんも口を開く。


「やあ、久し振りだ――大きくなったな」


 おっさんはそう優しく返事を返して来た。

 だが、いくら声には優しさがあろうと、その目だけは全く別の印象をこちらに与える。


「どうした? 久方ぶりだと言うのに……私が誰か分からないのか?」


 オレの懸念など気にもしないのか、おっさんはそう言いながらオレへと近付いた。

 条件反射で思わず腰に手を回したものの、今のオレが丸腰だった事を思い出し、思わず「チッ」と軽く舌打ちをした。


『落ち着け……』


 そうこうしている内におっさんが遂にオレの目の前に立つ。

 何だかヤバイ予感を感じた、おっさんの歩き方には【隙】が全く無い――間違いなく訓練された【プロ】の足運びだ。

 思わずオレの手が伸び、おっさんの着ていた白衣の襟口を掴むと――引き寄せようとした。

 とりあえず、投げるなり関節を極めるなりで制圧する為だ。

 それに状況の把握の為に、【殺し】は厳禁だ。

 だが次の瞬間、逆に伸ばした腕を極められてその場に組み伏せられたのはオレの方だった。


「クソッ、誰だアンタ?」


 苛立ち混じりにそう叫ぶオレの全身を強い衝撃が襲う。

 それは弱り切った今のオレから意識を奪うのには充分過ぎるものだった。


「ちっ」


 そう言いながら薄れていく意識の中、おっさんが呟いた。


「相変わらずお前は【ケモノ】だな――五年前から変わらない」


 その言葉の意味がオレは何の事か分からないまま意識が遠退いた。




 ◆◆◆




「ん? ここはドコ」


 気が付くとオレは一人で立っていた。

 足元はぬかるんでいて、水溜まりが所々にある。

 そこに映ったのはまだガキのオレ――どうやらこいつは夢の中らしい。

 状況を知るべく周りを見回すとどうやら、ここは何処かの集落らしい。

 だが、鼻につく匂いは【アンダー】特有のものでは無い。

 何と言うべきか、新鮮とでも言うのか――


「気に入ったかな?」


 背後から声をかけられたオレが振り向きつつ、後ろに飛び退く。

 すると、そこに立っていたのは見たことの無い、中年オヤジ。

 身長は170位で、特にこれといって特徴の無い男。

 その服装はスーツの上下に白衣を纏っていて、胸ポケットにはIDの入った名札が付いている。


「困ったなぁ、これじゃ後ろに立つ度に命懸けだ」


 中年オヤジは苦笑しつつ、オレの頭を撫でた。

 オレはその中年オヤジに特に反発もせず、頭を撫でられる。

 ――妙な感覚だ。

 オレの記憶にはこんな中年オヤジはこれまで一度も出たことが無かった。

 だと言うのに、何故かオレはこの中年オヤジをよく知っている様な感覚だった――それどころかかなり懐いてるようだ。

 中年オヤジが言った。


「今日からはここで暮らすんだ、●●●」


 中年オヤジはそう言うとオレを連れて集落の外れにある掘っ立て小屋へと案内する。

 掘っ立て小屋は何だか外見が妙に新しく、申し訳程度に開いた窓から見える内装も小綺麗だ。

 オレが小走りで小屋の中に入る。すると、奥には長机が四つ並んでいて、それぞれに座布団が三つ置いてある。


「ガハハッッ、どうだ? 驚いただろう? ここでちょっとした塾でもやろうかと思ってるんだよ」


 中年オヤジは豪快に笑いながらオレの髪をワシャワシャと撫でる。

 オレは楽しそうに座布団に座る。

 ガラガラと音を立てて、中年オヤジがオレの目の前にホワイトボードを運んできた。

 そして、オレの手元に一冊の真新しいノートと鉛筆に消しゴムを置く。


「昔は、ちゃんとした学校がアンダーにもあったんだけどなぁ……まぁ、気にすんな!」


 中年オヤジの笑い声にガキのオレも釣られて笑う。

 しばらくして、外が騒がしくなっていた。

 オレは外に飛び出す。


「わぁ…………すげぇや」


 さっきまでこの集落に住人はオレと中年オヤジだけだった。

 それが、今は何十人もの人が集まっている。

 その中には十人位のオレと同年代らしいガキんちょ共もいた。


「どうだ●●●? お前にもようやく【あんちゃん】以外の友達が出来るなぁ」


 中年オヤジは笑った。

 だが、待て…………。今、何って言った?

【兄ちゃん】って言ったのか?

 誰なんだ――ソイツは?


 と、不意にオレは横に【誰か】がいる事に気が付いた。

 ソイツは何て言うべきか、オレにソックリだった。

 歳そのものはこっちよりも少し上に見える。

 ソイツは、何て言うべきか何処か、そう――【ケモノ】みたいな雰囲気を纏っていた。

 ソイツがオレの視線に気が付いたらしく、こちらを見た。

 ソイツはオレに話しかけてきた――


「どうしたんだよ●●●、何かオレの顔に付いてんのかよ?」


 そう言うと、ソイツはニコリと無邪気に顔を崩した。

 何故かは分からない、だがオレはソイツに、記憶には無いソイツに親しみを感じた――まるで【もう一人の自分】の如く。




 ◆◆◆




「うっっっ、夢だよな……さっきの夢は何なんだ?」


 目を覚ましたオレはここが寝床にしていたボロ小屋だと気付く。

 薄暗いので、おそらくまだ夜なのだろう。

 ゆっくりと身体を起こすと、”カツン”と手が何かに当たる感触がした。手を伸ばして見るとそれは缶詰だった。

 プルに指を引っ掛けてフタを剥がしてみる、中身はスパムの様だ。

 一応、鼻を近付けて匂いを確認して、腐っていないと判断すると腹が減っていたオレは迷わずにがっつく。

 正直言って、スパムはかなり塩っ辛くて食べ辛かったものの、空腹に冷静さを失いそうだったオレは構わず食べ切った。


「ハハハ、見ていて飽きないなぁ君は」


 その声でオレは正面を見た。

 そこにいたのはあのおっさん、一体いつからいたのだろうか?

 と言うより、今までほんの三メートル位の相手の気配に気付けなかった事に動揺した。

 オレの勘が鈍った訳じゃない、単純に目の前のおっさんが半端ないって事なのだろう。


「ん? あぁ、気にするな。

 私は【気配】を絶つのはそれなりに上手いが、【殺し】のセンスは君には遠く及ばないよ、イタチ君」


 おっさんはオレの心を見透かしたようにそう言った。

 誰だか分からないが、コイツはマジでヤバイ。

 得体の知れない相手に遭遇したらどうするか……

 オレは小屋の配置を軽く見回す。

 この小屋の出入口は一ヶ所だけだ。

 あとは、オレの後ろには取って付けた様な小さな窓があるだけ。


「なぁ、あんた……水は無いのか?」

「水ならあるとも、これを飲むといい」


 おっさんはミネラルウォーターのペットボトルをこっちに投げて寄越し、オレはそれを受け取った。

 キャップに開けられた形跡……細工や、穴は無い。

 ボトルも同様で、特に細工はされていない。

 その様子を見たおっさんは苦笑しながら、


「君は思ったよりも慎重だなぁ…………そんなに私が信用出来ないのか」


 そう言った。

 オレも言葉を返す。


「ガキんちょの頃に言われなかったか? 知らないオジサンには付いて行かないようにってさ?」

「ハハハ、確かに……君はどうしてなかなかにユーモアのセンスがあるようだ」


 オレはおっさんと適当に話をしながら、ミネラルウォーターを口に含んだ。

 そしてボトルにキャップをし、ゆっくりと立ち上がるや否や――ボトルをおっさんの顔面目掛けて投げ付ける。

 ほんの三メートル、それも踏み込んでからの投擲に対しておっさんは軽く首を反らし躱すだろう。

 だが、それは読みの範囲内――次にオレは口に含んだ水を思いきり吹き付けて視界を奪う。

 そこから、そのままの勢いで踏み出すと肩口からの体当たりをおっさんに喰らわせて、ブッ倒す、これがオレの作戦だった。


 正直言って、スマートじゃないアプローチだが、相手の実力がハッキリしていない状況だから仕方無い。

 それでも、殆どの場合はこういった奇襲で主導権は奪える……ハズだった。


 実際にはおっさんはペットボトルを躱さなかった。

 ただ無造作に右手の甲で弾き――いつの間にか膝立ちの状態からオレの目の前に飛び込む。

 そしてそのまま、右手を握り締めた状態でオレの顔面を弾いた。

 ”ゴツン”と小さな音が聞こえた。

 即座に石の塊を叩き込まれたような衝撃が顔面から全身を駆け巡り、あっという間にオレは崩れ落ちていた。


「うん、悪くないよ……だが、目新しさがないから――四十点かな」


 おっさんがそう言い切ったのが聞こえ、オレはドロドロと意識が混濁し、ひどい二日酔いのような気分で意識を失った。




「かっっっっ」


 次に目を覚ますと、辺りはすっかり朝になっていた。

 人工の光とは言えどもその明るさに思わず目が眩む。

 ゆっくりと頭を上げる――軽く目眩がしたがあとは大体この前よりもマシだ。

 身体を起こしたが、痛みも軽くなっている、これなら……そう思っていると声をかけられた。


「目を覚ましたようだねぇ。

 それで、体調はどうかな? そろそろ良くなっていると思うのだが――」


 振り返るとおっさんがまたもオレのすぐ後ろに立っていた。

 相も変わらず気配は無く、声を出さなければそこにいることにさえ気が付かないのでは? と思いたくなる程に完璧に自分の存在を消している。

 オレは、素早く立ち上がると一歩分後ろに飛び退く。

 おっさんは「いいねぇ」と言うと身体を前に倒れ込むように沈め、そのまま頭から突っ込んできた。

 オレは、おっさんの頭を両手で押さえ、そのまま闘牛士マタドールが闘牛の攻撃をマントでそうするように身体を横にし、受け流す。

 勢いよくオレを通過したおっさん。その首筋に向け、こっちは身体を回転させつつ右手刀を放つ。

 寸分違わずに首筋に向かう手刀に対し、おっさんは前のめりに倒れ込むようにして躱す。

 オレの手刀がおっさんの首筋があった場所を通過した瞬間だ、ガクリとこちらの足元が崩れた。

 理由は簡単で、オレの脛をおっさんが蹴りつけていたからだ。

 オレが崩れ落ちていくとそのまま、おっさんは振り返りもせずに軽く後ろに、こちらに飛びつつ――左の脇を開いてこちらの首をロックした瞬間に首投げ。

 軽々とオレの身体が飛ばされ――掘っ立て小屋の壁を突き破った。


「ゲホッ、ゲホ」

「ふむ、前より動きは良くなった 。

 だが、まだまだ甘い……五十五点かねぇ」


 そう言いながら、おっさんは何事もないかのように平然とした様子で壁の穴から出てくる。

 だが、それが狙いだった。

 穴を出るには身体を屈め片足ずつ足を出すしかない、僅かな時間だがその間は片足で体重を支えるしかない。

 その瞬間、オレは【スイッチ】をオンにして一気に穴を抜けようとしていたおっさんに向け、突進した。


(――とりあえずブッ倒す。殺したら、ここが何処なのか分からないままだからな)


 そう息巻いて体当たりをブチかまそうとした――が、おっさんは穴から後ろに下がっていた……これが誘いだと気付いた瞬間にオレはブレーキをかけるように止まろうと踏ん張ったものの、そこを相手からの肘鉄が顎先をかち上げて――オレはそのまま前のめりに崩れた。


「――だから言っただろう、まだまだ甘いと。

 折角の【素材】を活かしきれていないよ、君」


 おっさんは、やれやれと言わんばかりに肩をすくめると、今度は小屋のドアを開いて出てきた。


「大体、ドアがあるんだから外にはそこから出たまえ」


 アンタが言うな、言いたかったが……意識が遠のいていく。

 まだまだ、本調子にゃ程遠いみたいだった。




 ◆◆◆




「おいおい、またケンカしたのか?」


 中年オヤジがオレに絆創膏を貼りながら苦笑いを浮かべていた。

 鏡を見ると、オレはどうやらかなり派手にケンカしたらしく、ヨレヨレだったシャツは破れ、全身泥だらけになっている。

 ついでにオレの後ろには、ケンカ相手らしき同年代のガキんちょが六人、いずれも泣いていた。

 ガキのオレが言った。


「アイツらが悪いんだ、オレとあんちゃんをバカにするから」

「で、六人とケンカしたんだな?」

「そうだよ! だってアイツらが……」

「もういいよ、お前も泣けばいい」

「でも………………」

「アイツらならもう帰ったよ、お前の勝ちだ……さぁ、痛いんだろう?」

「――――ううっ、痛いよぉぉぉっっっ」


 中年オヤジの言葉にオレは安心していた。

 ガキんちょながらに我慢していたらしく、強がっていたのが嘘みたいに大泣きした。

 そんなオレに対して、中年オヤジは優しく背中をさすってくれた。


 全く何なのだろうか? この前といい、今見ているこの夢といい――初めて見るモノばかりだ。

 オレは何で、あの中年オヤジにあんなにも懐いているのだろう?

 オレがあんなに懐いたのは一人だけ……まるで、中年オヤジがおっさんだとでも言わんばかりだ。


 それに気になることがもう一つ。

 あんちゃんってのは一体誰なのだろうか?

 こんな奴は今まで夢の中に出たことが無い。

 にも拘らず、何でオレは――


「ちょっとまってよぉ、兄ちゃん!」

「ハハハ、相変わらずお前は走るのが遅ぇな●●●」

「ちがうよぉ、兄ちゃんがバカみたいにはやいんだよ」

「そっか、だよなぁ」



 ――何でオレはコイツと、こんなにも楽しそうに遊んでいるんだろうか。

 誰なんだ、アンタらは?

 分からない事だらけで、どうかしそうになる。

 それにこの集落に来てから、見る夢自体、妙だ。

 いつもは一つの場面をじっくりと再生する、良くも悪くもじっくりと刷り込むように。

 だが、この数日間はと言うと時系列の合ってないいくつかの場面がランダムに再生される。

 そして、そのどれもが今まで見たことが無く、そして中年オヤジと兄ちゃんのどちらか、もしくは二人が出てくる。


 ランダムとは言ったが、二つだけ必ず毎晩見る場面がある。

 それは、【死】の場面。

 辺り一面が【死】に包まれていた。

 集落の住民が地に伏せ、あの独特のフォルムから恐らく【P90】で武装した、【軍隊】らしき連中、とにかく目につく限りの全てが死に絶えている。

 死に様は様々で――射殺されたものもいれば、刺殺されたもの、首にくっきりと手の跡が見えるのは絞殺、それから撲殺。

 何でこんな事になったかは分からないが、【凄惨】だ。

 そんな死に覆われた場所をオレは一人で歩いている。

 意外とオレの視線は高い――多分、五年か六年位前位の姿だ。

 だから、十三、十四歳位だろうか。

 オレはズルズルとだらしなく引きずるように歩いている。

 手にはナイフが握られていて、その刃先からはポタポタと血が滴っている。

 何やら、ぶつぶつと譫言うわごとらしき言葉を発しているものの、言葉が不明瞭で何を言っているのかは分からない。

 ただ、その視線は一点を見据えていた。

 そこに映っているのは、一人だけ。


「オレか――お前か、どちらかしか生き残れないってコトか」


 そいつはハッキリとそう言った。

 その言葉を聞いた途端、オレはそいつに向かって襲いかかっていく。

 そいつの顔はまるで靄でもかかっているように分からない。

 ただ、オレは目の前にいる相手に襲いかかり……殺した。

 何で殺したのだろうか?

 オレは何の躊躇ためらいもなく殺した。

 躊躇もなく殺したはずなのに、オレの中で何かが弾けた――何か【大事なモノ】が粉々になるような感覚。

 同時に、オレがオレで無くなっていくのが分かる、【全て】を壊したい。

 それは、全てを殺し尽くして殺りたい――という衝動とでも言うべきだろうか。



 また、妙な場面も入り込む。

 何故かそこではオレはガキではないようだった。


 ”ズキズキ”と頭が割れるように痛む、まるで脳みそに針を直に突き刺してるような痛みがオレをさいなんでいく。

 そして同時に、【ノイズ】のような妙な高音が聞こえてくる。

 それは不愉快な音で、訳もなく目の前の全てを壊したくなる。

 まるで、こう言われてる様だった”殺せ、全てを壊せ”と。

 油断するとその衝動に呑み込まれそうだったが、何とか耐えながらオレはこの施設を歩いていた。


 施設は集落の壁に隠された入口から入れる。

 一見すると、単なる壁にしか見えないその場所に予め【登録】された人間が手をかざすと入口が開き、施設に入れるということ仕組みだ。

 施設はオレを用いた【実験】の遂行の為に用意されたモノらしく、今までに何度か検査の為にここに来た事がある。

 おっさんは実験の遂行に反対だった。

 何度か研究仲間から実験の遂行の催促があったのを断っているのをオレは見ていた。

【実験】の内容を詳しくは知らないが、さっきからのこのノイズが恐らく関係している事は理解できた。


 ちなみに途中、ここで出会った人間は全て殺した。

 そいつらは、【P90】で武装した連中で、ここにいた研究者達は既に殺されていた。

 だからって訳じゃないが、オレは連中を殺した。

 何の躊躇もなく、心も揺さぶられず――まるで蚊でも潰すように。

 そして、通路を血に染めながら一番奥に辿り着く。

 そこの扉に手をかざす。

 すると、カメラらしき機器がオレの手のひらを読み取り……扉が開く。


「いい性能だ」


 そう言ったのは帽子を深々と被った先生だった。

 そして、奥にいたおっさんが立ち上がると叫ぶ。


「レイジッ、逃げろっ」


 オレはおっさんの声に反応し、意識が先生から逸れた。

 よく見るとおっさんの手には手錠がかけられているのが見えた。


「よそ見かね?」


 先生はオレの目の前にいた。

 意識が逸れた僅かな時間でオレの間合いに入られた。

 オレは迷わず手にしていたナイフで斬りかかりつつ、ショルダーホルスターから金色のオートマグを抜き放ち、銃口を向け――そこで目の前は真っ暗に暗転していく。


 これは――一体何なんだ?

 オレの過去の記憶なのか? それにしては違和感がある――

 何が何だかサッパリ分からない、オレの知ってる【おっさん】と【中年オヤジ】。

 それから、【兄ちゃん】――――あんたは一体誰なんだ?




 ◆◆◆




「はぁ――――はっ」


 オレがリアル過ぎる夢から目を覚ますと、また掘っ立て小屋の寝床にいた。

 もうこれで何日目だろうか?

 最初の数日は数えていたが、こう毎日毎日同じ事の繰り返しは正直言って、キツい。

 ここのとこの日課はこうだ。

 朝(とりあえずそう仮定)目を覚ますと、缶詰めを食う。

 その後で、おっさんと殴り合い、で返り討ち――でクタクタになって寝る、この繰り返し。

 そもそも、このおっさんは一体何者だれなんだ?

 オレがこう毎日毎日殴り合ってまだ一回も勝てないなんてのは久方ぶりだ。

 あのバケモノみたいなカラス兄さんと同等、もしくは技術ならばそれ以上な気がする。

 それに漠然とした表現だが、何故かオーナーことレイコさんと部分部分で動きがダブって見える。

 勿論、気のせいだろう。

 でもどこか似ているような気がした。

 例えば、足捌きとか、技をかける前の懐に潜り込む動きがそんな感じだ。

 気のせいだろう、二人がたまたま同じ古武術を学んでいるだけなのかも知れない。

 レイコさんはいくつかの古武術を護身術としてガキの頃から学ばされたらしい。

 だから、手合わせをしていても空手の技をかけたかと思えば次の瞬間には手首を極めにかかったりする。

 だから、投げでも関節でも打撃でも基本的にどんな技でもかけてくる。

 その上にカラス兄さんのおかげでより実践的な使い方を覚え、オレに対して実験……いや、実践する。

 だから、色んな古武術に軍隊格闘技、さらにはケンカの技まで使いこなすという、まさに魔神。

 それに比べると、おっさんの技は種類レパートリーがそんなに豊富では無い。

 だがその分、一つ一つの【完成度】が段違いに高い。

 投げの動作一つを取っても、足運びに手首の柔軟性に身体の侵入角度……そのどれを取っても緻密だ。

 現に今も気が付けばオレの身体は宙を舞い、地面に背中から着地している。


「くそっっっ」

「ふむ、身体の調子が戻って来たようだね」

「……その割りにゃちっともアンタに勝てないけどな」

「そういう捨て台詞を言える位には、余裕が出てきたんだよ。

 さぁ、食事を取ろう」



 ――おっさんとのこの妙な共同生活をしていていくつかのの事が解ってきた。

 まず、集落ここはやはりアンダーの他の集落ばしょとは隔絶されているという事。

 出口らしきものは特に見当たらず、脱出は困難。

 だが、本当に出入口が無いのなら、ここには誰もいるはずが無いし、オレもここに来る訳が無い。

 つまりは、出入口は隠されているという事だ。

 で、このおっさんは出入口を知っているはずだ。

 多分だが、オレをここに運んだのは目の前にいるこのおっさんで間違いない。

 何の目的かは知らないが、これ以上ここに長居するつもりは毛頭無い。

 さっさとおっさんを倒して、出入口を探るつもりで……気が付けば日にちが過ぎていく。

 とりあえず、身体はほぼ本調子に戻った。

 明日こそはおっさんをぶっ倒してここからおさらばしないとな。

 そんなオレの心をお見通しとばかりにおっさんが言った。


「さて、明日で終わりにしよう」

「ふ~~ん…………って何っ?」

「言ったままの意味さ、明日で最後だよ。

 君との生活はなかなかに楽しいのだが、私にも都合がある。

 ……それは君だって同じ事だろう? 君にだって気になる事はたくさんあるはずだよ?」

「……確かにな、オレにも気になる事はあるぜ。

 例えば、アンタが一体何者なにもんなのか、とかね」

「いいだろう、私から一本取れたら答えてもいいよ」


 それだけ言うと、おっさんは出ていった。

 後を尾けようかとも思ったが、多分気付かれるので大人しく今日は休む事にした。

 明日、おっさんをぶっ倒してここからおさらばする為に。

 とっとと寝るとしよう――明日に備えて。




 ◆◆◆




 気が付くと――辺り一面が血の海だった。

 ソイツは息を切らしながら、今にも倒れそうな程にフラつきながら、血の海に横たわる無数のかつて人間だった肉の塊を踏み越えていく。

 何故、歩くのかもよく分からない。

 ただ何となく、歩いている。

 ”ガタッ”物音が前から聞こえた。

 ソイツが物音がした所に視線を向けると、人がいた。

 人数は二人で、黒いお揃いの服を着ていて、真っ暗な夜だと分かりにくい。

 手には何だかオモチャみたいな物を構えている。

 何やら叫んでいるようだ――ん? 殺せって言ってるのか。

 ――誰をだよ?

 次の瞬間にはソイツは手に持っていたナイフで近くにいた一人の喉に何かしていた。

 続いて、もう一人に向かっていく。

 もう一人がオモチャみたいな物から火花を飛ばす。

 まるで、アーモンドみたいなモノが火花の後でソイツに向けて飛んでくる。

 だけど、遅いよ――――ソイツはそんなゆっくりと飛んでくるモノなんかに当たるハズが無い。

 ソイツは今度はもう一人の足元をナイフで何かしていた。

 すると、もう一人の足元からバッと赤い水が吹き出して、その場で倒れ込んだ。

 ソイツがオモチャを蹴り飛ばすとポケットから石を取り出す。

 その石は結構大きくて重いみたいだ。

 何をするのかと思っていたら、その石を倒れ込んだもう一人の頭に叩き付けた。

 ”ガツン””ガツン””ゴキャッ”

 何度も何度も石を頭にぶつけていく内に石にはネチャリとした【何か】がへばり付き真っ赤になっていて、もう一人はだらしなく倒れた。

 ――くだらないよ、どいつもコイツモサ……

 ソイツはそれからも目につく人間を手当たり次第に【肉の塊】に変えていく。


 皆の顔も様々だった、驚いた表情の人は……確か、よく飲んだくれていた近所の酔っぱらいだったかな、その人は腹に口を作ったみたんだ、たくさんお酒を飲めるように。

 いつも近所の掃除をしていたおばあちゃんは目が飛び出すんじゃないかって位に叫び声をあげていたので声が出ないようにした、皆がびっくりするからね。

 いつも、オレをバカにしてきた近所のガキ大将はソイツを見て、ションベンちびっていた。

 そして、口をパクパクさせて――もうしませんとかなんとかほざいてる。

 正直、もうどうでも良くなったから見逃そうかとも思ったけど、普段のコイツが何をしていたのかを思い出したら、次の瞬間には肉の塊にしていた。

 その顔は安心しきっていたのか笑顔だった。


 ――え? 何なんだこれ……。

 これは何なんだよ……………………まるで、オレの中に誰か別の奴がいるみたいじゃないか?

 ソイツはオレなのか…………。

 やめろ、ヨセ……ナニヲしているんだ。


 見渡す限りの血の海を”パチャパチャ”と足音を立てながらソイツは、何処かへと歩く。

 その先にいるのは――【おっさん】だ。

 おっさんの表情は凍り付き、恐怖に怯えていた。

 何をソンナニコワガルンダヨ、オレがナニヲするッテイウんだ?

 ソイツは心なしかうっすらと笑みを浮かべて、おっさんに近付く。

 おっさんもこっちに歩み寄る。

 いつもなら、頭を撫でてくれるハズだ。

 ●●●よくやったって褒めながらさ。

 ソイツを、オレを褒めてくれよぅ、オレ、こんなにたくさんの人を一人で殺したんだぜ。

 オレは皆から【出来損ない】とか【失敗作】って言われたけど、こんなに人を殺せるんだぜ。

 ――●●●すまない。

 ナニヲ言ってンダよ、おっさん?

 そう言いながら、おっさんが懐から注射器を取り出した……オレは反射的に注射器を払いのけると、ナイフをそのまま突き出す。

 おっさんの身体が”ビクリ”と動く。

 ナニヲヤってるんだオレは? 何でおっさんにコンナ事をシテルんダよ。

 よせ、ヤメロっッッ。

 ソイツはオレの言葉になんかお構い無しにナイフを二度、三度と突き立てる。

 ヤメロ……………………ヤメロよぉぉッッッ!!

 気が付くと、ソイツのいや、オレの足元におっさんが倒れていた。

 その身体はショック状態なのか、震えている。

 ソイツはナイフをさらに突き立てようと構えた。

 オレは必死で止めようと思ったけど、止まらない。

 ソイツがトドメとばかりに血を滴らせたナイフを降り下ろそうとした瞬間だった。

 ソイツはとっさに飛び退くと視線を向けた。


 誰かが立っていた。

 一人は見覚えがある、オレと兄ちゃんに【人の壊しかた】を教えてくれた先生おじさんだ。

 あと一人は集落の皆以外のオモチャを持っていた奴らと同じ黒い上下の服を着ていて、顔も目以外はマスクで分からない。

 あと一人がソイツに、オレにゆっくりと近付くと口を開いた。


 ――オレかお前か、どちらかしか生き残れないって訳か?


 あと一人がそう言った瞬間だった。

 ソイツが、オレがまるで肉食獣ケモノが獲物に食い付くように飛び掛かった。

 そして、血塗れのナイフで迷わずに心臓を貫いた。

 あと一人は何の抵抗もせずにそのまま倒れ込む。

 ナンだヨ、タイシタ事ナいじゃナイか。

 あと一人こわせばイイ、あとヒトり。

 ソイツはそう言いながら先生のいた場所に視線を向ける。

 だが、先生はそこにはいない、ソイツが周りを見渡すが姿が見えない。

 ――成程、いい性能だ。

 そう声をかけられた、後ろから。

 ソイツが振り返ろうとした瞬間、ソイツの、オレの身体が宙を舞って地面にキスをしていた。

 先生が言った。

 ――だが、ケモノだな――奪うことしか出来ない、な。

 身体の力が抜けていく………………先生がオレの腰に注射していた。

 ――よく見るといい、君が何をしたのかを。

 先生はそう言うとソイツを振り向かせた。

 集落が見えた、真夜中の集落は静かだった、そして【嫌な匂い】が鼻をついた……生臭くて気分が悪くなる――これは血の匂いだ。


 ソイツが大人しくなっていく――だから、オレが【戻ってこれた】。

 急に気分が悪くなった。

 全身を激しい痛みが包んでいき、吐き気も出てきた。

 ソイツが引っ込んだ後はいつもこうだ。

 ダルくて仕方がない、しかも先生が注射したせいか、身体の自由が利かない。

 先生、オレはもう大丈夫だよ――だから元に戻してくれよ。

 先生は少し離れた所にいて、倒れている誰かに……おっさんに手を貸している。

 ソイツがおっさんに何度もナイフを突き立てる光景が浮かんだ。

 そこでふと気付いた、何でこうなったのかを。

 そうだ、ソイツが何をしたのかを。

 頭に激しい痛みが走った。


 ――――違う――――――――ソイツじゃない、【オレ】が何をしたのかを!!!!


 あれは、夢とかじゃない、オレが皆をコロシタンだ。

 いつの間にか持っていたナイフにこびりついたのは皆の血だ。

 オレの全身を染めているのも皆の血。

 オレは、集落の皆を――いい人たちだった皆をこの手で!!


 何故か、オレの横に倒れているその男が気になった。

 彼はオレがこのナイフで突き刺した……

 オレは彼のフェイスマスクを外し、その顔をハッキリと見た。



 嘘だ、ウソだ、うそだ。



 その人は、その人は――――【レイジ】兄ちゃんだった。

 オレの中で【何かが】壊れる音がハッキリと聞こえた。



































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