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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十話
73/154

鮮血のオープニングアクト

 ――俺の目の前には奴がいる。

 ――奴は何も知らない。

 ――自分が何者なのかを――だから憎い 。憎くて憎くて仕方がないんだ。


 俺は奴をこの手で殺すと決めた。

 何も知らない癖に……何もかもを手に入れた【奴】からその全てを奪い尽くす為に。

 奴を殺すのはこの世でただ一人だけ――この俺だけだ。




 そして――今。奴が目の前にいる。

 やり合う内に俺の右手がイカれたようだが、そんなことはどうだっていい。

 奴を殺せるなら手足の二、三本くらいくれてやる。

 俺は心の中で、


『来いよ、ケリをつけようぜっっ』


 と叫んだ。だが…………。


 肝心の奴はあろうことか俺から離れていく。入れ替わるように妙なヘルメットを被った連中がこちらに向かって来た。

 連中は俺に向けてアサルトライフルの銃口を向ける。

 連中は無表情でその目には何の感情も浮かんでいない。

 どうやら俺の事は只の肉の塊位にしか見えてないようだ。

 奇遇だな――俺もだ。

 普段ならもう少しは気分も昂るはずだが、今は違う。

 メインディッシュを目の前から取り上げられた気分だった。


 視線を向けると奴が、死に損ないの筋肉達磨に肩を貸し去っていくのが見える。

 それを見た俺の中で一気に怒りが溢れだしていき――


「兄弟いいいいっっっっ」


 その叫びをキッカケにして連中がアサルトライフルの引き(トリガー)に指をかけていく。

 ”バババババババッッッ”

 銃口から鉛の塊が俺に向けて放たれる。距離にして二メートル位だろうか。


『ナメんなッッッ』


 俺は身体を低くし、左手で刀を右へと切り上げる。

 普段なら右手で扱っていた為に違和感はあったがそんなのはどうだっていい事だ。

 ”バッ”刀は一番手前にいた奴の喉元を切り裂く。

 その勢いで左足を一歩踏み込みながら刀を左へと一気に回転しながら振るい、二人目と三人目の喉元を切り裂いた。

 銃弾が俺の肩や頬を(かす)めていく。

 俺は構わずに回転の勢いを利用して左へ素早く小さく飛ぶ。連中の視線がこちらに向けられる。


『遅えよ!!!』


 連中が銃口を向けるより早く俺は刀を四人目の心臓を突き通す。

 その身体を右肩で押しやり刀を引き抜き、突き飛ばして残った二人の視界を遮ると今度は右に素早く小さく飛びつつ、五人目の右手首を切り落とし、六人目の太ももを(えぐ)るように斬る。

 どうやら、ここらが【限界】のようだ。


「――スイッチオーバー」


 俺が【スイッチ】を切るとまだ死んでいない二人が一斉に「グアアアア」と悲鳴をあげた。

 その【ハーモニー】を聞いて少し気分が良くなった。

 そう――俺はこの【声】が心地いい。

 ソイツが強ければ強い程にその声はいい。

 苦痛に満ちたその声は俺に【優越感】を与え、絶望に満ちていく表情は俺を【高揚】させる。

 まさにその瞬間、自分が【神様】にでもなったような気分になる。

 ま、もっとも俺がくれてやるのはお前らの【死】だけだがな。

 お前らも散々他人に【死】をくれてやったんだろう? なら今の俺が笑顔なのも理解出来るよな。

 自由にしてやる、今ここで。




 ◆◆◆




「……チッ。右手はもうダメだな」


 俺は連中の増援が来る前に【イベント会場】を脱し、自分が会場に入る時に用いた扉から控え室に移動した。

 奴に撃ち抜かれた右手は俺の意志ではピクリとも動かず、使い物になりそうにもない。

 それにおかしな事に、さっきからその痛みを感じない。まるで怪我をしていないように。

 単なるアドレナリンの分泌とは違う感覚。

 結論は一つだ。

 これは【リミッター】だ。


 ガキの頃の記憶の中で説明された事がある――俺達には二つの【機能】があると。

 一つは【スイッチ】。一時的に動体視力や身体能力を限界まで引き出す事が出来る。

 もう一つが【リミッター】。コイツは一時的に痛覚を遮断させろそうだ。

 ついでに言うとどっちかは忘れたが筋力を最大限に発揮する事が可能になるそうだ。


 研究者のオッサンが説明した話は当時の俺にはさっぱり理解出来ない話ばかりだった。

 ただ、スイッチにしろリミッターにしても普段使わない【脳内】の眠っている部分を開放することによりつかう事が出来るらしいってのは何とか理解し覚えていた。

 但し、どちらも長時間使用する事は出来ない。

 今の俺は少なくともリミッターが入りっぱなしの状態だ。すぐにでも限界は来るだろう。【応急処置】をしなければ。



 しばらくして”バン”と荒々しい音を立てて控え室のドアが開かれた。

 途端に”ドガアッ”という破壊音。たまたま部屋の洗面所にいた為に被害には合わなかったが、ここにいても銃弾を撃ち込まれるだけだ。迷わずに行動に出よう。


「いたぞ!」


 洗面所から出た俺を連中が見つけ、銃口を向けてこようとした。

 部屋に踏み込んでいるのはショットガンを構えた兵士でコイツがたった今ここを派手に壊したらしい。その奥にはアサルトライフルを携えた二人。

 特に問題は無い。俺の刀の方が連中よりも正確だ――。




 俺は三人を片付けて控え室に運び入れると、自分の着ていた服を脱ぎ捨て、代わりに連中の中で俺によく似た体格の奴から装備を奪い取った。

 連中の着ていたのは灰色(グレー)の戦闘服にセラミック製のアーマー・プレートを挿入した防弾装備、確か【インターセプター・ボディ・アーマー】だったか。

 とにかく元々のボディ・アーマーにもある程度の防弾性能がある上に追加でアーマー・プレートまで仕込んでいる。

 これなら、ライフル弾にもある程度は耐えられるだろう。

 バックパックからはGPS装置とヘルメットに付属しているディスプレイ装置とヘッドフォンへと伸びたコードが見える 。

 無駄な重量は必要ない、バックパックから軍用のパソコンを取り出し、GPS装置を投げ捨て、コードを引きちぎるとヘルメットを被る。これで最低限の変装と防御は確保した。


 応急処置で痛みは治まり、止血も済ませ、刀の刀身を念入りに確認。

 刀の刃こぼれは大丈夫だ。問題は無い。

 俺は部屋を出るついでにショットガンを撃ち込み、服を剥いだ兵士をグチャグチャのミンチにし、偽装もしておく。


「大丈夫か?」


 ショットガンの轟音が聞こえたらしく、他の三人組がこちらに駆け寄って来た。

 俺は壁に寄りかかり、辛うじて生きている振りをする。

 そして、


「やられた。……何とか始末したが二人は――」


 そう言いながら部屋に視線を向け、誘導する。

 三人がその視線に反応して部屋に入った所で立ち上がり一人の背後に忍び寄ると刀を右脇腹から首まで”ズブリ”と突き通す。

 そして、そいつが構えていたショットガンを奪うと散弾を後ろから残る二人に喰らわせてやった。

 不意を突かれたそいつらは至近距離からの衝撃に壁に激突。

 一人は血塗れになりそのままズルズルと力無く崩れ落ち、もう一人はどうやら急所は外れたらしく、「ううっ」と呻きながらこちらに振り向こうとした。

 すかさずそいつの顎先に左肘を喰らわせ、更に壁に叩き付けた。

 何度も肘を喰らわせるうちに”メキイッ”という音が聞こえた。間違いなく頭蓋骨の割れた音だ。

 そいつが崩れていくと白い壁に赤黒い線を引いていく。辛うじて生きているようだが、もう放っておいても構わない――どうせ直ぐに死ぬだけだ。


 通路を改めて確認し、他の連中が近くにいないのを確認する。

 すると、”ジジジッッ”という無線のノイズが聞こえた。

 振り返ると、死にかけている奴のヘッドフォンから聞こえている。

 そいつの喉を足で踏み潰してトドメを刺してヘッドフォンを奪い、耳を澄ませると、


 ――こちら【アルファワン】。施設内の大半は制圧下に置いた。現状の報告を!


 どうやら、この連中の指揮官のようだ。

 それに合わせて、次々と状況報告が続々と寄せられる。

 その中で、気になる内容が一つだけあった。


 ――こちら【キャット】。――只今、研究ラボに向かっている。【コマンドゼロ】とお客さんの護衛の増員を頼む。 現在はお客さんのナビゲート(あんない)でラボに移動中。敵の反撃が徐々に激化している。繰り返す……護衛の増員を――


 間違いない。ここに【奴】がいる。

 ここの【内部構造】はよく知っている。

 奴を殺す。それだけが俺の唯一の望み、迷う必要はない。



 道中で遭遇した連中は全員【自由】にしてやった。その中には【サルベイション】の雑魚どももおり、最期に「裏切ったな」とかほざいていた。馬鹿を言うな。俺はお前らの仲間になった事はない。お前らも【殺し合い】を楽しんでいたはずだ。自分が殺されないと思ってな。

 だから教えてやっただけさ。代償として【命】を貰う代わりにな。


「ハハハハッッ! 足りない、足りない――もっとだ! もっと殺させろッッ」


 俺は人を殺すのが好きだ。

 自分は決して死ぬはずが無いとか思っている奴の絶望に満ちた目を覗き込みながら刃を突き立てる。

 何とも言えない【肉】を貫く感触に吹き出る血飛沫(ちしぶき)

 獣は喰うために【狩り】をするが、俺は自身の悦楽の為に命を【刈取る】。

 今も、ほとんど誰も反応出来ずに刀に貫かれていく。あまりの手応えの無さに拍子抜けしそうだった。

 その時、前方から不意に殺気を感じた。


「……ん、何だお前? 死にたいのか?」


 俺の目の前に立っていたのはさっきまでイベントに出ていた筋肉達磨。

 どうやら手当ては済んでいるらしいが、傍目からでも満身創痍なのが見てとれる。


「……お前はさっきの刀使いだな?」

「だったら……どうする?」


 それ以上の言葉はお互いに必要無かった。

 筋肉達磨は手斧を構え、こちらに飛び込む。

 俺の首を切り落とす勢いで手斧が振るわれ、こちらは刃を下から刀の柄で突き上げると、そのまま刀身をクルリと返し切り下げた。

 筋肉達磨がいくらその筋肉に自信があろうが所詮は裸。大したこと無いはずだった……だが。


「うぐっ」


 呻き声をあげたのはこちらの方だった。

 腹部に痛みが走り、思わずよろめきながら、筋肉達磨を睨み付ける。


「ハアハアハア」


 筋肉達磨は肩を突きだしたまま、膝立ちの姿勢で今にも倒れそうだった。当然だ、深手では無かったにせよ刀に切られたのだ。

 それに加えて、さっきまでの深手により恐らくは半死半生の状態だろう。


「……やるじゃないか」


 俺はそう言うと血の混じった唾を吐き出す。

 筋肉達磨は俺の斬撃を自分から突っ込んで軌道を反らせ、なおかつ肩口からこちらの腹部に突っ込んだ。


「ハアハア――おれも気付いたよ。あんたは強い……だがそれだけだ」

「何が言いたい」

「あんたはレイジには勝てない」

「ふざけるな!」


 苛立った俺は軽く刀を振るい、血を飛ばすと間合いを詰める。

 筋肉達磨は限界なのかその場から動かない。だが、妙だ。……どうやらこちらを誘っているようだ。

 不用意に俺が間合いに入った瞬間、全ての力を振り絞り攻撃を仕掛けて来るだろう。


『いいだろう――乗ってやる』


 俺は奴の挑発に乗る振りをし、ツカツカと奴の間合いに近付く。

 あと、三歩……二歩…………一歩。

 奴が手斧を振るって来た――想定内だ。思っていたよりは鋭くそして速いが無駄だ。

 俺は一歩後ろに下がると左手を動かす。

 瞬間だった。筋肉達磨の手から斧が離れた――スッポ抜けたのか? いや、奴の表情は冷静だ。――これは俺めがけて投擲(なげ)たのか? マズイ……避け――。



「…………」

「チッ――【本気】出させやがって」


 こちらに飛んできた手斧を上半身を捻りつつ(かわ)すと俺は筋肉達磨の胸部に刀の柄をめり込ませた。

 思わず【スイッチ】を使わされた。そうしなければ死んでいただろう。

 痛みは抑えていようが体力はそう簡単には回復しやしない。

 わざわざ変装までしているのは雑魚共の始末に無駄な体力を使わないようにする為だった。

 それをこんな奴の為に消費する羽目になるとは……。

 めり込ませた柄を引くと筋肉達磨はそのまま前のめりにドサリと倒れた。手応えはあった。ピクリとも動かない所を確認すると、間違いなく心停止だろう。

 足元がふらつく。ほんの一瞬だったが消耗が激しい。


「チッ――手間取らせやがって」


 【奴】を殺す為にこれ以上無駄な体力消耗は避けないとな。

 より慎重に、確実に。



 そこから更に目の前にいた連中を血祭りにしていった。

 どの位殺しただろうか……俺の全身、刀は返り血で真っ赤に染まり、血の臭いはむせ返る様に濃厚だった。



 研究ラボが見えてきた。奴の気配を感じる。

 後ろに誰かがいた。走って来たらしく息が乱れている。

 何かを叫んでいる――邪魔だ。

 俺は振り向き様に刀でそいつを斬り上げた。

 驚いたことにそいつはさっきの筋肉達磨だった。


『死に損ないが』


 一瞥した俺は敢えて背を向ける。

 筋肉達磨は両手の手斧を挟み込むように首へと振るった。

 俺は膝を曲げながらその攻撃を避けるとそのまま刀を後ろに突き出す。

 ”ズブリ”という感触、更にそこから刀を左に動かして斬り裂いた。



 そして……。

 俺の視線の先に奴がいた。


『もう……抑えきれねえッッ』


 俺は迷う事なく【スイッチ】を入れると突っ込んでいた。

 奴もこちらに向かってくるのが分かった。


「まだだ、まだ終わって無いぞ兄弟いいいいッッッッ」

「テメエエエッッ」


 ――お互いに全てを懸けて殺し合う。

 ――そうだ。コイツを殺す事が出来て初めて俺が俺自身を【肯定】する事が出来るんだ。


 さあ――始めようぜ兄弟。

 お互い、語り合おうぜ――命を懸けてな。







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