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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十話
72/154

シーソーゲーム

「……」

「どうした? 珍しく無口だな」


 クロイヌがオレに話しかけてきた。


「へっ、別に何でもねえよ」


 オレは吐き捨てるようにそう返事を返すと前方に視線を向けた。

 今、オレ達はこの施設の最深部にある【研究ラボ】に向かっていた。

 オレがクロイヌを案内しだしてかれこれどのくらいだろうか。

 さっきまで殺し合いをしていたのが嘘みたいに昂っていた気分は覚めていた。

 と同時に、全身に激痛が走り出していて、気を抜くとすぐにでも意識を失いそう。こんな状態になったのは初めてだった。


「ゴー!」


 オレとクロイヌの周囲を固めていた【ジャッカル】の連中が一斉に前方に向けて、【H&K G36】で銃撃を始めた。

 ほんの二秒位の後、連中は元の陣形に戻ると何事も無かったように歩きだした。

 オレの目に映ったのは恐らくは【サルベイション】の連中だったであろう肉の塊。

 それはもう見るも無惨としか言い様のない位にヒドイ有り様で、全身を銃撃を喰らった結果だろうか、所々妙に鮮やかなピンク色の肉が露出していた。

 その成れの果てを見たオレの脳裏に浮かんだのは、生ハムの塊をナイフで削ぎ落とす光景だった。


『――こりゃ、当分生ハムは食べたく無いな。……にしてもここまで殺るのかコイツら』


 思わずサルベイションの奴等に同情し、ジャッカルの連中には嫌悪感を覚えた。


「――どうした? 奴等に同情したのか」


 クロイヌの奴は眉一つ動かさずにシガーケースをジャケットから取り出すと、いつもの様に葉巻を取り出した。


「気に入らねえだけだよ、コイツらの殺り方がよ」


 オレはわざとジャッカルの連中にも聞こえる様に吐き捨てた。

 だが、連中はオレの事などまるで眼中にも無いとでも言わんばかりに無反応だった。

 連中はただただ、【H&K G36】のトリガーを引き、目の前の【障害】を駆逐していく。

 その動作には無駄は無く確実に標的はその身を撃ち抜かれ、続々と穴だらけになっていく。


「ムーブ」

「ゴー」


 この二つしか奴等の口からは聞こえない。

 ホントに嫌味な位に鍛えられている。



 だが、もうすぐ目的地である【研究ラボ】が見えてくると言う所でようやく連中の前進は止まった。

 ”バババババババババッッ”

 いきなり激しい銃撃を浴びせかけられ、ジャッカルの連中は散開したものの、まず一人が全身を穴だらけにされ恐らくは即死。

 他にあと二人が手足に被弾したらしく、明らかに動きが悪くなった。

 勿論、オレにしろクロイヌにしろ即座に柱の影に隠れて銃撃をやり過ごしていた。


「え~と……六人ってトコか」


 一瞬だけ、顔をヒョイと出して相手側の人数を確認してみる。

 勿論、即座にオレに向けて一斉斉射され、少し肝を冷やしたのは言うまでもない。


「クロイヌさんよ、コイツは厳しいぜ。応援が来るまで耐え忍ぶしか無いよ」


 オレの言葉にもクロイヌは「そうか」としか応えず、いつもの様に葉巻を加えていた。全く図太いこったよ、ホントに。


『――とは言え、このままじゃあキツい……どうしたもんかね』


 そんなオレの考え事を嘲笑う様に奴等は次の一手をこちらに仕掛けて来た。

 ”バスッッ”

 向こう側からその音が聞こえた瞬間、ジャッカルの隊員が眉間をぶち抜かれ、その場に崩れ落ちた。間違いなくスナイパーライフルでの狙撃(スナイプ)だ。

 どうやら、奴等は【AK】で弾幕を張りつつこちらを足止めし、そこから動こうした奴を狙撃していくつもりだ。

 そうこうしているうちに更にもう一人、狙撃されて右手がオシャカになり、直後にどてっ腹に穴が開いたのを見る限り少なくとも二人は狙撃兵の様だ。

 クロイヌが試しに葉巻だけを柱から出すと、即座に葉巻は吹き飛ばされた。


「――ふん、なかなかいい腕だな」

「クロイヌさんよ、ノンビリ出来ないみてえだな。どうするんだよ?」

「俺はどうもしないさ、お前がいるからな」


 クロイヌは全く動じる事も無く言い切った。

 オレは思わず、


「へっ、ヤレヤレ……仕方ねえな」


 と苦笑しながら対処することにした。

 距離は凡そ五十メートル、奴等は恐らくは土嚢(どのう)を積み上げた物に隠れながら攻撃している。


「おい、お前ら。手榴弾(パイナップル)は持ってるか? あと拳銃(ハンドガン)も一つくれ」


 オレの言葉に反応したジャッカルの隊員二人が床を這わせてこちらに手榴弾を寄越した。数は四つ……上出来だ。続いて拳銃もこちらに来た、素早く拾い上げる。

 右手をそっと動かして拳銃に手に取ると、【H&K USP】だ。グリップを握りやすい様にカスタマイズしてあり、愛着を感じた。

 右腕は相変わらず痛むがさっきの戦闘中は痛みが止まっていた。ムジナはソレを【リミッター】と言っていた。


『集中しろ。……今は右手が使えなきゃ困るんだ』


 すると不思議と痛みが収まっていくのが実感出来た。【スイッチ】に似ているが少し違う感じだ。ともかく、これでマシにはなった。


「――じゃ、お前らは手を出すなよ……邪魔になるだけだから」


 そう言うとオレは迷わずに二本の手榴弾のピンを抜き、一秒程の時間差で投げつけた。

 狙いなんかどうでもいい。

 ”ド、ドオオオオン”

 オレが投げた手榴弾が爆発し、通路が爆炎と煙に満ちた。

 迷わずに通路に飛び出すと、更にもう一つ手榴弾を今度は奴等の手前を狙い、投げつけて、全力で走り込んだ。

 ”ドオオーーン”

 更に手前に投げた手榴弾も爆発した。狙い通りに奴等の土嚢の手前で爆発した。

 迷わずに【スイッチ】を入れ、破片が当たらないよう注意しながら距離を詰めた。

 オレが突進してくるのが見えたらしく奴等もAKで銃撃を掛けて来た。だが、煙で視界が悪い為に精度は低い。

 構わずに突進をかけたオレは、土嚢を右足で思いきり蹴りつけてブレーキをかけた。

 普通なら積み上げた土嚢の壁を蹴り飛ばすぐらいじゃビクともしないだろう。崩すなんてのは無理な話だ、だが奴等はわざと土嚢に隙間を作りそこから狙撃していた。

 だからこその結果だ。ついでに言うと爆風でぐらついたのが一番の理由でオレの蹴りはオマケに過ぎない。

 土嚢の壁が”グラリ”としたかと思った次の瞬間にはみるみる崩れていき、奴等へと覆い被さる様に崩れていった。

 オレは間髪入れずに飛び出すと土嚢に気を取られていたサルベイションの奴等に右手のUSPで銃撃しつつ、左手をヒップホルスターに回して親友たる【クロウ】を抜き放つ。

 右にいたのはスナイパーライフルを構えていた狙撃兵二人であっさりと眉間を撃ち抜いた。

 左にいたのはAKー74を構えた連中で奴等は土嚢から慌てて逃げようとしていた。

 オレは迷わずにクロウを一番近くにいた奴の喉元に突き立てて引き抜くと、こちらに気付いた手前の奴にすかさず切りつける。

 クロウは寸分違わず”バシュッ”と喉を切り裂き、血が飛び散った。


『グッッ、ヤベえな。【スイッチ】が切れそうだ』


 体力的に万全とは言えない状態だった。このままじゃガス欠した車やバイクみたいになる。

 そうこうしているうちに足元にも力が入らなくなるのが理解できた。

 残りの二人がこちらに気付いたらしく目を向けて、次に顔。連動して上半身、下半身を捻るのが分かる。迷ってる暇は無い。

 オレは左手を伸ばし、喉を切り裂いた奴を掴むとそのまま引き寄せ、前に押し出すと【スイッチ】をOFFにした。

 感覚が戻り、ゆっくりだった時間も一気に戻っていく。


「くそがっ」

「死ね」


 怒りに満ちた声をあげ、残りの二人がほぼ同時にAKで銃撃を掛けて来た。

 ”ババババッッ”至近距離からのその銃弾をお友達の身体を盾にしつつ思い切り前に押しやり、オレ自身はそこから更に回り込む様に飛び出した。

 AKからばら撒かれた銃弾はあっさりとお友達の身体を貫通していく。


 ――映画ではたまに敵の身体を盾にしてそのまま突進しているシーンがあったりするが、アレはお勧め出来ない。

 昔の銃弾と今のソレじゃあ、速度も貫通力も違う。

 昔の弾なら身体に残るかもしれないが、今の銃弾は人体をあっさりと貫く。現にお友達は瞬時に穴だらけにされたしな。


 ”ダダン”

 オレはUSPの引き(トリガー)を引き絞り弾丸を喰らわせた。

 一発は一人の眉間に、もう一発は残りの奴の右肩を撃ち抜く。

 そのままオレは突進し間合いを詰めた。

 残りの一人が左手を軸にAKの銃身を振り回してきた。最後の抵抗ってヤツだが、予想通り。

 左手でその苦し紛れの攻撃を受け流すと右のUSPを突き付けた。

 ”ゴリッ”という感触。奴の瞳孔が見開かれていく。


「チェックメイト」


 その場に残されたのはオレだけになった。

【リミッター】も外すと疲労で身体がフラついた。

 すぐにジャッカルの隊員が来た。少しすると増援の隊員に警護されたクロイヌも来た。


「ご苦労」

「――へっ、楽勝だぜ」


 オレは精一杯の強がりを見せた。何て言うか、まあ【男の子の意地】ってヤツだよ。




 ◆◆◆




 研究ラボの入り口の扉はどうやら内側から電磁ロックされているらしく、入るのに苦労した。

 結局、【C4】つまりプラスチック爆弾で爆破する事でようやく入る事が出来た。


 扉を開けると、当然の様に待ち構えていた連中からは容赦ない銃身が浴びせかけられたものの、連中が蜂の巣にしたのはさっきオレに殺られた連中だった。

 で、その着ている服のポケットには手榴弾(パイナップル)が詰め込まれていて、そこから伸びたワイヤーを引っ張ってピンを勢いよく引き抜いた。

 ”ドオオオオン”

 一瞬でその場にいた連中は吹き飛ばされ、ボロボロになった扉が床に落ちた。


 研究ラボは思っていたよりもずっと広い空間だった。

 学校の体育館位の広さで様々な機械や薬品が目的別に分けられている様で、改めて【サルベイション】が単なる武装グループでは無いと思わせた。


「――で、お目当てはここにあるんだな」


 オレは他の奴には聞こえない様に小声でクロイヌに話し掛けた。

 奴もこちらには目を向けずに「そうだ」とだけ返した。


 ”バババババババババッッ”

 どうやら外では派手に殺りあっているらしく、ここが奴等にとっても重要な場所である事が伺えた。

 そして……。


「ボス、これを」


 ジャッカルの隊員の一人がクロイヌをそう言って案内した先は、一際デカイ機器が揃い踏みしておりこの場所がラボの中心だとすぐに分かった。

 オレがそこに足を踏み入れると妙な既視感(きしかん)を覚えた。

 初めて来た場所なのに知ってるような気がする。こんな感覚は初めてだった。


「イタチ。アレだ」


 クロイヌが指を指した先にあったのは小さな【箱】だった。

 あんなちっぽけな箱にあるモノがそれほどに重要とはにわかには信じられなかった。

 ジャッカルの隊員が箱を回収しようと手を伸ばした時だった。


「グギャアアアアッッッ」


 耳をつんざくような叫び声が響くと、隊員の身体が宙に浮いていた。いや、正確には吹き飛ばされていた。

 何が起きたのか分からないままに哀れなその隊員は壁に叩きつけられ、近くにいた隊員が確認するとそのまま死んでいた。


「……何か見覚えがある光景だな」


 オレの目に飛び込んだのは【異形】とでもいうべき存在だった。

 ソイツは服を着ていなかったが、その身体は明らかに肥大化していて冗談みたいな筋肉の塊だった。

 目は虚ろでマトモに焦点は合って無いように見え、口からはだらしなくヨダレが出ていた。


「クロイヌさんよ、気を付けな。――コイツはさっき見たけどバケモンだぜ」


 間違いなくコイツはさっきオレやガルシアと殺り合ったあのバケモノみたいな男と【同類】だった。


「ぐあああっっ」


 その声と共に何かが”ガシャアン”と割れるような音を立てる。

 すると、オレ達の後ろからも更にソイツがもう一人、いやもう一匹とでも言おうか姿を見せた。


「ゴーー!」


 ジャッカルの隊員達が容赦無く【H&K G36】から銃弾の雨を喰らわせるが、ソイツらは構わずに突進して近くにいた隊員を引き倒して床に叩きつけ、また首元に噛みついた。

 更に銃弾を喰らわせていくがバケモノはなおも別の隊員にも飛びかかりそのまま壁に向けて体当たり。

 もう一匹は足が原形留めない程に破壊されたので動けなかった為、徐々に動きが止まり……その場に崩れていく。

 ジャッカルの連中が慎重に倒れたバケモノに近付き、念押しにもう一発頭部に撃ち込むと「エネミーダウン」と宣言した。

 残された一匹も、壁に体当たりしたのが最後の抵抗となり、全身を撃ち抜かれてズルズルと倒れ……動かなくなった。

 さっきの奴同様に肥大化した身体が空気の抜けた風船のよう小さくなっていくのを見て、コイツらも哀れな存在だと改めて思った。

 何でこうなったのかは知らないが、自分が人間とは違うモノになっちまうとは夢にも思わなかっただろう。

 その死に顔からは、苦悶と愉悦という二つの感情が見て取れた。


 ”パチパチパチ”

 拍手が聞こえてきた。

 そちらにこの場の全員が振り向くと、そこにいたのはヘラヘラした笑顔の【ジェミニ】とそのこめかみに銃口を突き付けたキクだった。


「いやあ、お見事――流石だね。噂に聞く【ジャッカル】のお手並みはさ」


 ジェミニの奴は自分がピンチだと考えていないのか全く動じる様子が無い。

 クロイヌの奴が首を動かすとジャッカルの隊員がジェミニを取り囲んだ。

 ジェミニの奴は特に抵抗することもなく相変わらずヘラヘラ笑っているだけだった。


「レイジ、大丈夫か?」


 ジェミニから離れたキクがいきなりこちらに飛び付き、オレはその勢いで尻餅をついた。


「ああ、オレもガルシアも平気だ。――お前こそ大丈夫か?」


 オレの言葉にキクは「うん」とだけ言うと身体が小さく震えていた。

 そして気付いた。

 キクの目の奥に暗い光が宿っているのを感じて悟った。


「キク……お前は悪くない。仕方無かったんだ」


 そう言いながら、キクの頭をそっと撫でた。

 キクはただ無言でオレの背中に回した手に力を込めた。


乳繰(ちちく)り合うなら後にしろ……それよりご苦労だった」


 クロイヌの一言でキクは慌ててオレから離れた。

 オレもかなり恥ずかしくなったので無言で立ち上がった。


「……お前が【サルベイション】のリーダーだな」

「――ええ~~と、あなたがレイジ……いやイタチの飼い主だね? 初めまして、クロイヌさん。そして、ようこそ【サルベイション】に。――歓迎しますよ」

「ペラペラとよく口の回る奴だ」


 あくまでヘラヘラとした薄ら笑いを崩さないジェミニと、無表情にそれを見下すクロイヌ。

 一見、正反対の二人だが、本心を見せないと言う意味では共通していた。

 それは狸と狐の化かし合いというのがまさに一番相応しかった。


「それにキクまで飼い慣らしていたとはねぇ……全く大した策士だよ」


 ジェミニがジトリとした視線をキクに向けた。その表情は薄ら笑いを浮かべたままなだけに余計に不気味さを醸し出していた。


「お前がどう思おうとどうでもいい事だ。それよりも」


 クロイヌはそう言うと【箱】を壁に投げつけた。

 ぶつかった衝撃で箱の蓋が外れると、その中には……何も無かった。


「品物はどうした?」

「イタチ君はここで何を研究していたのか分かるかい?」


 ジェミニはクロイヌを無視する様にオレに質問してきた。


「知るか――どうせロクなもんじゃ…………フォールンか?」

「そうさ。キミにしちゃ冴えてるね。フォールンの改良――それがここでの一番の研究だったんだよ。……何故だかクロイヌさんは想像つくかい?」


 ジェミニは今度はクロイヌに質問を投げかける。


「フォールンは本来、市場でジャンキーに出すような安いクスリじゃない。……戦場で兵士の生存率を高めるのが本来の目的だ。――つまり、【死なない軍隊】」

「へぇ…………流石に大戦で色々な【裏の汚れ仕事(ウエットワーク)】に関係してただけあるね。――そうさ、街に流通させたのはデータが欲しかったからだよ。【最強の兵士】を作る為にね」

「――で、出来上がったのが床に転がっている化け物なのか」


 オレは思わず口を挟み、ジェミニは満足そうに頷いた。


「ま、それはまだまだ研究中だよ、でも面白い見せ物だったろ? なかなか死なないからさあ」

「てめえ――ざけんなよ」

「品物の答えはフォールンのある【試作品】だよ。大戦中のね――いやあ、あれは高くついたよ全くさ」


 ジェミニは不敵に笑い、腕時計を見ると「時間だ」と呟いた。

 その瞬間に突然、ラボの照明が落ちて真っ暗になり、さっきまで感じなかった複数の気配を感じた。

 オレは危険を察知し、素早くキクの手を引くと後ろに下がった。

 すぐに照明がまたつく。クロイヌもオレと同様に後ろにいた。


「ククフフ」


 ジェミニは独特の笑い声をあげながらその場に立っていた。

 ただ、周囲を囲んでいたのはジャッカルの隊員ではなく黒装束だった。

 更に黒装束はオレ達を囲む様に包囲していた。


『人数は十人……普段なら気にしないが――』


 今はキクが側にいた。下手に動けば、コイツがヤバイ。


「ええっと……クロイヌさんはボクに聞いたね? 品物はどうしたって。――ここで何をしていたのかは知ってるのかな?」

「……【フォールン】の精製だ」

「ピンポーン、正解――よく出来ました。そうここから塔の街へと送り込んでいました。――じゃあ、次はイタチ君が答えてください」


 バカにするような声でジェミニがオレに視線を向けた。

 こちらも睨み返す。こういうのは負けられない、退けば負けだ。


「以前、ボク達が塔の街にフォールンを精製するちょっとした施設を作ったのを邪魔したのと、郊外の土地を買い取ろうとしたのを妨害したのはだーれだ?」

「へっ、ソイツはよっぽどお前の事が嫌いみたいだな――オレだけどな」

「ピンポーンピンポーン。……で、キミならどう思う? 相手を見つけたら……」

「……よく出来ましたって褒めてやるさ」

「ふうん……ボクなら彼をここに呼び寄せるね。理由は何だって構わないさ――目立ちさえすれば【彼】はそのうちここに来るんだからね」

「その為にあちこちで集落を……」

「……ふざけるな!!!」


 ジェミニのその言葉に激しく反応したのはキクだった。

 激昂するのも当然だ、今の話を鵜呑みにするならオレをここに呼ぶためだけにアンダーであれだけの人を殺して回ったということだから。

 たったそれだけの目的でキクの集落の住人も自警団の仲間も無残に殺されたのだから。


「おやおや、キク。キミにとっても悪い話じゃあないだろ? 愛しのレイジに会えたんだしさあ。――でも予想通りにはいかなかった。折角の殺しも塔の街に伝わらなければ意味が無い――だ・か・らあ、港で【取引】をすると情報を流した……ここに(アンダー)に来てもらえるようにね」

「いかにもヤバそうだと印象付ける為に優秀な情報屋にしか分からない様にな。……回りくどい事をしやがって」

「最初はキミを迎える予定だったんだよ。でも調べれば調べる程にガッカリしたんだ。随分と偽善者になったもんだよ、キミ」


 ジェミニは溜め息をつき、見下す様な目付きに変わった。


「――だからボクは決めたのさ。キミを殺すってね……それも公衆の面前で惨たらしく!」

「そりゃあ悪かったな、返り討ちにしちまってよ」

「全くさ。キミと【同等】の人物だから任せたのに残念だよ」


 にわかに空気が変わり始めた。

 硬直した状況がいつ変わり、どう展開するのか。人数じゃこちらの方が勝ってる。

 だがさっきの停電のほんの一瞬で四人の隊員が今じゃただの肉の塊として床に転がされた様に、黒装束達は【ギルド】の殺し屋だ。これだけ接近した状況では必ずしも銃が有利には働かない。

 オレもクロウをいつでも抜ける様にホルスターに左手を添えた。


「さあ――どうするかなあ」


 そうジェミニが甲高く言ったのが合図とでもいうべきだったのか、”バン”と荒々しく奥の扉が開かれると、【AK】を構えたサルベイションの兵隊が突入してきた。人数は五人。

 それに呼応するかの様にオレ達が入って来た入口からはジャッカルの隊員が入って来た。

 人数は一人。だがソイツのその全身は返り血で真っ赤に染まっていた。まるで、接近戦しかしていないかのようだ。

 ソイツの顔は他の隊員同様に目の部分にディスプレイ装置とヘッドフォン付きのヘルメットを被っていてよく分からなかった。


『何だ――? 何かおかしい』


 オレの中で疑念がみるみる膨れ上がっていく。

 誰かが叫ぶ声が聞こえてきた。誰だろうかと声の主を確認する。

 それが手斧を持ったガルシアだと気付いた瞬間、ソイツはガルシアに振り向き様に何かを振るった。

 それは紅く染まった棒状の何かで、まるでスローモーションを見ている様にガルシアの身体が切り裂かれ、その返り血がまたソイツを紅く染め上げた。

 キクが小さく「え」と言うのが聞こえる。

 ソイツが舌なめずりしながら向き直ると更に側にいたジャッカルの同僚にも紅いソレを振るうと瞬時に喉元から血飛沫(ちしぶき)をあげながら崩れ落ちるのが見えた。

 それが全ての均衡を破る合図になった。

 その場にいた全員がそれぞれに動き出した。

 ジャッカルの隊員は間近にいた黒装束に銃口を向け、対する黒装束達も手元にナイフを構えると切りかかっていく。

 クロイヌは黒装束のナイフをかわしつつ、相手の顔面にカウンター気味の右ストレートを喰らわせた。

 オレはキクを後ろにさげると左手でホルスターからクロウを抜き放ち構える。

 ガルシアがソイツの背後から二本の手斧を首を叩き落とす勢いで振るう。

 ソイツはその場で膝を曲げながら手斧をかわすと、ソレを背後に突き出した。

 もうソイツが誰かは分かっていた。

 右手が不自然に揺れているのは、オレが【オートマグ】で撃ち抜いたから。

 オレは叫んだ。


「ムジナあああっッッ」


 ガルシアの身体に深々と入り込んだのはムジナの【刀】。

 本来銀色の刀身までが返り血でベッタリと紅く染まっていたのだ。

 ガルシアの全身がびくついて力が抜けていくのが見えた。

 勢いを無くした手斧が手から離れ、膝から崩れていく。

 それでも最後まで手を振り切ったのはガルシアの意地なのだろう、手斧がかすめたのかヘルメットが外れ、あの銀色の髪が露になった。

 ムジナはガルシアに振り返りもせずに刀を引き抜きオレに殺気を放つと、


「まだだ! まだ終わって無いぜエエッ! 兄弟イッッッ」


 と肉食獣を思わせる獰猛な雄叫びをあげた。

 オレも怒りが抑えきれなくなり、殺気をあの野郎に叩きつけ、


「いいだろ、てめえはここで殺してやるよ。入念になあッ」


 そう叫ぶと迷わずに【スイッチとリミッター】を入れた。

 もう限界なんかどうでもいい……ただ目の前の相手しかオレには見えなくなっていた。















 





 

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