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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十話
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流血のショーアップ

「【兄弟】だと?」


 イタチは思わずムジナに聞き返した。その様子をジッと見ていたムジナは、


「……やっぱな。忘れた、か」


 そう「ハン」と鼻で笑うと肩口から体当たりを右肩へ叩きこむ。勢いに押されたイタチは「うっ」と呻き、あっさりと尻餅をついた。


「――オイオイ、十年位振りの兄弟の再会なんだぜ。もっと楽しませろよなァッッッ」


 ムジナはヘラヘラと笑いながら刀をブラブラと動かし、イタチに近付いていく。


「さぁ、さっさと起きねェと……」


 そう言いながら、ムジナは刀を倒れているイタチの心臓めがけて鋭い突きを放った。


「ナメんなッッ」


 イタチは叫びながら足を振り上げて身体を反転させる。

 そして、その勢いでムジナの足を素早く刈り取るように左右の足で蹴った。

   イタチの素早い反撃を受けて思わずムジナは「ぐっ」と呻きながら態勢を崩した。

 イタチはさらにそのまま身体を捻りながら足を回し起き上がると、今度は右足を素早く前に伸ばして、ムジナの右足を蹴りつけ、更に態勢を崩した。


「うぐっ!!」

「まだまだぁッッ」


 更に畳み掛けるようにイタチは、立ち上がりながら右肩をムジナの顎先にかち当て、オートマグの引き金を引く。 ”パーン”乾いた音が響いて銃弾はムジナの右足の甲を撃ち抜いた。


「ぐうぅぅぅあぁぁぁッッ!!」


 ムジナが初めて苦痛に満ちた表情と呻き声を挙げた。


「――アンタが誰だろうと知るかよ、邪魔すんな」


 距離を取ったイタチは、そう言いながらガルシアにチラリと視線を向けると、


「ガルシアッ、大丈夫か?」


 確認するように声を掛けた。


 ガルシアは手を挙げ「何とかな」と返事を返す。

 イタチは「へっ、ならいいや」と小さく呟くと、ムジナに向き直ると、相手はまるで痛みなどないかの如く突っ込んで来る。


「へっ、タフな奴だなっ」

「シャアアッッ」




 ◆◆◆




「ヨシッ、レイジ。負けんなッッ」


 キクが、反撃に出たイタチを見て喝采した。


「ジェミニ、アンタの一押しも意外と大した事ないな」

「ムダだよキク。ボクはそんな安い挑発には乗らないからね」


 ジェミニは、そう表情を変えずに言葉を返した。

 ただ、周囲にいる連中はかなり動揺しているらしく、キョロキョロと落ち着かない様子で、しきりに何やら話している様子だ。


「――皆さん、落ち着いてください。今回の趣旨はあくまでも【新製品】の御披露目こそが本来の目的だということをお忘れですか?

 殺し合いそのものは余興なのです」


 ジェミニの言葉を聞いて、ざわついた声が収まった。

 ジェミニはその様子に満面の笑みを浮かべ、


「あくまでも、【我々】の目的をお忘れなきようよろしくお願いしますね」


 と、言葉を続けた。

 キクは思わず「ちっ」と舌打ちして顔を下を向けた。


「キク、変な期待はしないことだね。イタチ……いや、レイジは死ぬんだから」


 ジェミニのその言葉には、確信に満ちていた。


「何言ってんだよ? あの、イチとかいう奴の方が明らかに形勢不利だろ?」

「見ていたまえ……今から分かるさ」


 キクは、思わず唾を飲み込んだ。




 ◆◆◆




『――おいおいマジかこいつ』


 イタチは目の前の男に驚愕を隠せなかった。

 その男は、間違いなく右の足の甲を撃ち抜かれ歩く度に激痛が生じている筈だ。

 にもかかわらずその動きは全く衰えるどころか、寧ろさっきよりもキレが増していた。


「シャアアアッッ」


 その男、つまりムジナが叫び声をあげながら右手一本で突きを放った。鋭い突きは腹部めがけて一直線。それをイタチは上半身を捻ってかわす。

 ムジナは口元を歪め、突き出された刀の柄に左手を被せるように添えるとそのまま左へと横一文字に切りつけてきた。

 イタチは「くっ」と舌打ちしながら咄嗟に後ろに飛び退く。


「【見えてるぞ】兄弟ッッ」


 叫びながらムジナは、飛び退いたイタチに向け素早く踏み込みながら刀身を返すと、そのまま更に右に向け薙ぎ払うように切りつける。


「ちっ。………流石に簡単には殺せないな。だが、そうじゃねえとなあッッッ」


 ムジナは、舌を出して笑った。


「へっ、簡単には死なねえよ」


 イタチは不敵に笑ったものの、今の攻防でムジナに脇腹を切られたらしく、白いシャツに赤い血の染みがみるみる広がっていく。

 状態を確認すると、肩よりも脇腹の傷の方が深刻らしく、血が止まらない。


『『――たく、ちっとばかしヤベエかもな』』


 一方のムジナも笑ってはいたものの、足の甲の負傷はかなり深刻だった。

 まだ動きはするものの、体重をかけると痛みが走る。さっきの薙ぎ払いも、その為に本来の威力には遠く及ばなかった。


『仕留められたハズなんだがな……まあいいさ。だってよ、楽しいからな』


 ムジナはそう思いながら、舌でペロリと唇を舐めた。これは彼が心から楽しんでる時に出る無意識の癖だった。


「――さーてと、そろそろお前をイカせてやるよ」


 ムジナは心底楽しそうに笑みを浮かべた。


「悪イ、オレがイクのは女の子とだけなんでよ。……テメエみたいな変態さんは断固断るぜ」


 イタチは悪戯っぽく言葉を返し、同じく笑みを浮かべた。

 そして、数秒間の睨み合いの後、


「「いくぜッッ」」


 二人はまるで合わせたようにそう叫びながら、同時に互いに向かって突進した。



 ◆◆◆



「ぐううっっ」


 ガルシアは呻きながらも立ち上がり、手斧を右手に握りしめた。

 視線の先には、あの【化け物】みたいなハーフパンツの男。


『間違いなく、普通なら致命傷のはずだ……』


 ハーフパンツの男は、ゆっくりと起き上がる。先程からの攻撃が気にならないとでも言わんばかりにナイフを拾おうとして、左手を動かしてナイフが取れず、自分の手を見て初めて左手の指が親指以外切り落とされた事に気付いたらしく、一瞬キョトンとした表情をした。

 そして、数秒後…………。


「グギャアアアアアAaaa」


 突然、叫び声をあげた。その声は会場中に轟き、およそ人間のソレでは無かった。


「アギャアアアッッッ」


 今度は、ハッキリと殺意混じりにガルシアを睨み付けながら吠えた。

 次の瞬間、ハーフパンツはガルシアに向けて突っ込んで来た 。

 その動作、瞬発力、何よりも獰猛さは間違いなく人間離れしていた。

 ガルシアは冷静に相手を見た 。


『――こいつは確かに化け物だ。……だが、レイジの方がずっと強い』


 そう結論を出して視線を向こうに向けると、イタチとムジナが一進一退の攻防を繰り広げているのが見えた。


「おまえともケリをつけないとな」


 ガルシアはそう言い聞かせるようにハーフパンツに向き直ると話しかけた。

 ハーフパンツは右手のナイフをガルシアの心臓めがけて突き出した。素早く、鋭い突きだがもう怖くは無かった。


『結局、コイツは獣と同じなんだ 』


 ガルシアは上半身を捻りながらナイフを避けつつ、ハーフパンツの伸びきった右手首に手斧を振り降ろした。

 その一撃はあっさりと手首を切り落とすが、ハーフパンツは構わずに左手で張り手を放つ。ガルシアはその左手の親指に思い切り頭突きをかます。

 ”バキッ”という音を立てて、親指が不自然に折れ曲がるのを確認してガルシアはしゃがみつつも手斧でハーフパンツの右膝を殴るように叩き付けた。


「ウガアアッッ?」


 ハーフパンツは何が起きたのか分からないのか勢い余って前に倒れ込んだ。

 その隙を逃さずにガルシアは手斧を振り降ろし、身体を反転させたハーフパンツの右足首を断ち切った。


「クハアアッ」


 ガルシアは腹部に激痛を感じたが構わずそのまま馬乗りになると右手の手斧を一度上に振り上げると、顔面に向け思い切り振り降ろした。

 ハーフパンツは「ギャア」と吠えると左手を伸ばし手斧を遮るように差し出した。ガルシアの手斧はその左手を切り裂き、肘の手前で止まった。ハーフパンツは上半身を一気に起こすと、目の前の相手に噛みつこうとした。

 だが、ガルシアもそれを予想していた。左肘を鼻先に向け振り降ろすと”グシャッ”という嫌な感触と共に鼻が折った。その勢いでハーフパンツは地面に叩き付けられたが、信じられない程の勢いで上半身起こすとガルシアをはねとばし、まだ戦意があるのか「ガアアアッ」と唸り威嚇してくる。

 ガルシアは後転しつつも態勢を整えると、目の前の相手の様子に哀れみすら覚えた。


『――コイツも被害者なんだ』


 そう思いながら、ゆっくりと近づく。

 観客が何やら声をあげているがどうでもよかった。


『今、終わりにしてやる』


 心の中でそう声をかけるとまだ右足首から先が無いのに気付いていないのか立ち上がろうとして、姿勢を崩していた。

 ガルシアは手斧を両手で握り直すと全力で振り降ろした。狙いは肩口 、それももう一本の手斧がめり込んだまま止まっている一点。


「クハアアアアアッ!!」


 掛け声と共に渾身の力を込めて振り降ろされた一撃は、まるで磁石同士が引き寄せられるように寸分違わず先程と同じ軌道を描くと”ガキン”という音を立てると、そのまま”ズブリ”という嫌な感触と共に、一直線に肩口から腹部まで切り裂いた。


「ガアアアッアアア……」


 ハーフパンツはガルシアの一撃をその身に受けてもなお、平然とした様子だったが、流れ出す大量の血を見て「ヒギャア」と怯えるような声を挙げると、地面に倒れ込んだ。

 すると、ガルシアにはハーフパンツの身体が小さくなったように見えた。

 最初は気のせいか共に思ったが、間違いなく肥大化した身体は小さくなっていくと、やがて最初に見たガリガリの貧相な体格に戻っていた。その様子はまるで、一度パンパンになるまで膨らませた風船から一気に空気を抜いて(しお)れさせたみたいだった。


「ア……あっっ」


 ハーフパンツの男の口からは苦痛に満ちた喘ぎ声が小さいながらも漏れ出ていた。そこに倒れていたのは、もはや怪物ではなく死の瀬戸際で死に怯える只の男だった。


「――何か言い残したい事はあるか?」


 ガルシアの言葉に対して、その男は小さく首を横に振った。

 そして、ゆっくりと手斧を上に上げると振り降ろした。

 ハーフパンツの男はもう声も出せないらしかったが、その唇は”ありがとう”と動くとガルシアを見据えた。その表情はどこか穏やかだった。

 ガルシアはハーフパンツの男の瞼を閉じると「さらばだ」とその相手に声をかけた。観客達の大歓声も彼には虚しいモノに思えた。



 ◆◆◆



 観客達の大歓声は会場中に響きわたった 。

 ボックス席でその一部始終を見た代表はジェミニを見ると、


「――じ、ジェミニ。死んだじゃないか」


 と叫び、不信感が入り混じった視線を向けた。

 ジェミニもその視線には気付いたが、彼にとってはどうでもいい事だった。


『――成る程ね』


 そう心の中で呟くと、傍らに控えていた黒装束に話しかけた。


「今の戦闘データは勿論……」

「……はい、記録しています」


 黒装束もジェミニの考える事を予想したらしく、すぐに返事を返した。


「どうやら、【時間制限】以外にも効果が消える条件があるみたいだね。大量出血とか」

「その様です。ですが……」

「そうだね、些末な事だ」


 そう小声でやり取りをすると、ジェミニはようやく代表へと視線を向けた。


「さて、如何でしたか?」

「如何でしたか? だと、あんな不良品を売り付けるつもりだったのかジェミニ!」


 代表は興奮したのか語気を荒げると、ジェミニを睨んだ。

 その眼光の鋭さは彼が流石に長年裏社会の曲がりなりにも一つの組織の長である事を示していた。


「私はお前達が次世代の【軍隊】を用意できると聞いたからこそわざわざこんな所にまで足を運んだのだ。で、来てみれば、あんなマトモじゃない代物を見せられた、ふざけるなよ。……小僧!!」


 代表はそう一気にまくし立てると、「帰るぞ」と部下に言うと部屋から出ていこうとした。

 ジェミニは「どちらへ?」と問い掛けると、代表のスーツの袖を掴んだ。


「小僧、放せ」


 そう言うと部下に目配せする。即座にその部下は懐から拳銃を抜き放つとその銃口をジェミニに突き付けた。


「何のつもりでしょうか?」


 ジェミニは笑みを浮かべながら代表を見た。


「ここから出ていくのだよ、素直にしない……」


 代表がそう言い終わる前に事態は動いた。

 黒装束がゆらりと動いたかと思った瞬間、ジェミニに銃口を向けていた部下にまさに音も無く近付きそのまま通り過ぎた。


「はっ、今のは何のつもりだ? 遊びのつもりか」


 代表は余裕を見せると口元を緩め、恐怖に怯えてるであろうジェミニを見た。

 だが、その瞬間彼は心底ゾッとした。

 ジェミニの表情に張り付いていたのは、恐怖や怯えでは無くただの無表情だった。


「ねえ、キク。何故ボクがこの仮面をつけたのか分かるかい?」


 ジェミニは代表では無く、先程から時折話をしていた少女に問い掛けると、そちらに振り向いた。

 代表は馬鹿にされたと感じ、部下に目配せをし、命令した。

 だが、彼が見たのは全く動かない部下の姿だった。思わず駆け寄り肩に手を置こうと触れると、まるで冗談みたいにゆらりとその場で崩れ落ちた。そこで彼は既に死んでいたと気付き絶句した。


「――そんなのアンタが変態だからじゃないの?」


 キクは辛辣な言葉を返すとジェミニを睨みつけた。


「おお、怖い怖い。全く、キミがボクのパートナーなら間違いなく幹部だよ、ホントに」

「ざけんなよ! 誰がアンタなんかに」


 キクはそう吐き捨てると、顔を背けた。その子供っぽいやり取りに思わずジェミニは笑みを浮かべると、


「――この仮面をしている時だけなんだよ。ボクがボクでいられるのは、ね」


 と言葉をかけた。何故かその声の響きには寂しさのようなものがあった。


「あ、そうそう。代表、アンタには選択肢があります」


 突然、思い出したかの様にそう言うと、ジェミニが代表に振り向いた。その表情には満面の笑みが浮かんでいた。


「せ、選択肢? 何をだ」


 代表の表情にはハッキリと怯えが浮かんでいた。


「何、今すぐ死ぬか。余生を生きるか。……それだけですよ」


 ジェミニがそう言うと、黒装束がタブレット端末を代表に手渡した。その画面には口座入力と表示されており後は入力するだけだった。


「細かい手続きは省きましょう、さ……選択してください」


 事ここに至り、最早彼には選択肢などなかった。端末には彼の組織の口座が入力された。


「有り難うございます」


 満足気にジェミニはそう言うと「お連れしろ」と黒装束に命じた。即座に黒装束が代表を捕らえると部屋から引きずり出し、ドアを閉めた。

 すると、”パパパパパパ”と言う銃声が耳に入り、


「……ん?」


 ジェミニが反応した。



 ◆◆◆



「ハアハア」


 イタチとムジナは互いに肩で息をしていた。

 二人がぶつかり合ってまだほんの二分ほどしか経過していなかったが、双方ともに大小様々な傷を負っており、とても二分でそうなったとは思えない程だった。


「へッ、やるじゃねえかよ」


 イタチは涼しい顔でそう言おうとしたが、表情には疲労感がハッキリと浮き出ていた。


「まだまだ楽しませろよ、兄弟!」


 ムジナは心底楽しいのか、満面の笑みを浮かべているもののやはり顔色は真っ青だった。


「――ムジナさんよ、一つ教えてくれないか?」


 イタチは不意に訪ねた。それに対してムジナは、


「何でも聞けよ、殺す前に教えてやる」


 と言葉を返した。


「……オレ達はホントの【兄弟】なのか?」

「はん、何だ。そんな事かよ……いいや。正確には違うね。俺たちは、ある【研究】の為の実験動物(モルモット)だったのさ。おかげ様で俺たちは、普通の兄弟以上に【お互い】を知ってるのさ 」

「オレとアンタがモルモット……」

「ついでに教えてやるよ。実験動物(モルモット)は、俺たちだけじゃないんだぜ。――もう一人いる」


 そう言うとムジナが間合いを詰めて刀を右袈裟懸けに振るってきた。

 イタチも間合いを詰めつつ上半身を反らしギリギリで避けると左手のクロウで切りつける。すると、ムジナは後ろに飛び退きながらも逆袈裟に振るい反撃。イタチはクロウで刀の軌道をずらす。

 こういった攻防を【スイッチ】を織り混ぜながら二人は繰り広げていた。

 こうして二人は互いに譲らず、決め手に欠ける均衡状態に陥っていた。

 二人の脳裏にあるのはただ一つ。それは”隙を見せたら全力を叩き込む”だった。

 勿論互いに本気だった。肉薄した状態でのギリギリの駆け引き。二人にとっての全力、それは【スイッチ】を入れての攻撃に他ならない。

 時折【スイッチ】を入れているものの、まだ力を温存している状態。これが今の均衡の原因だった。


「くうっ」


 イタチが、呻いた。自分が少しずつだが確実に追い込まれているのを実感していた。ムジナの速度がさっきから全く落ちない。一方で自身は右手が上がらないまま。不利は否めなかった。


『――悪いコトは言わねえ、なンとか逃げちまえ』


 そんな考えが浮かんでいた。かつての自分なら絶対に考えなかった”逃げる”という選択肢。だが、逃げるという行為に今は抵抗を感じない。

 その心の中に生じた一瞬をムジナは見逃さなかった。刀を左へ斬りあげイタチは咄嗟に後ろに飛んだ。これがオートマグを使える状態なら問題は無かった。だが、今は違った。思わず、


『しまった』


 そう心の中で不用意な選択をした自分に舌打ちした。

 ムジナの動きが明らかに早くなった。間違いなく【スイッチ】を完全に入れての攻撃が来る。宙を浮いてる自分にできる選択肢は少ない。

 ムジナは刀を右に一度引いた。そしてその状態で一気に肉薄するように間合いを詰めてきた。そこから繰り出される攻撃は間違いなく”刺突”だろう。

 ようやく地面に着地したものの、既にムジナは目の前。刀が引いた状態から、一気に突き出されていく。


『ちっ、意外に呆気ないもンだな』


 不思議と冷静な自分にイタチは驚いていた。もっと焦るものだと考えていたからだ。

 刀はゆっくりと心臓目掛けて進んでいく。喰らえば間違いなく死ぬ…………死ぬ? そう思った瞬間だった。


 ――オイオイ、ボク達を置いていくのか?


 そう言いながら脳裏に浮かんだのは、リサだった。初めての感情を自分にくれた”女”。守りたい奴。


『悪イな。死にたくはないンだけどよ』


 ――イタチさん、待ってくださいよ。


 今度はリスの声が聞こえた。初めて出来た”後輩”。


『……お前じゃ心配だけどよ、バーのこと頼むわ』


 ――お前はまだまだ半人前だ。俺に勝ちたいなら今の三倍は努力するんだんな。


 カラスの声まで聞こえた。初めて出来た”自分より強い男”。乗り越えたい壁。


『ちぇ……アンタをぶっ飛ばしたかったなあ』


 ――イタチ君は相変わらず抜けてるわね。さっさと片付けてウチに帰って来なさい。


 オーナーの声まで聞こえてきた。初めて自分の事を”家族”と言ってくれた人。年下なのに年上みたいな人。自分に”帰るべき家”をくれた妹みたいな姉。


『まあ、そう言わないでくださいよ。オレも不本意なンだから』


 時間にすればほんの一瞬、様々な人の姿と声が聞こえ”自分が一人ぼっちじゃない”と思えた。


『まあ、いっか。それなりにいい人生だったかもな……』


 イタチはそう思い目の前に迫る”死”を受け入れようとした……その時だった。


 また声が聞こえた。誰かは姿が分からない。だが、間違いなくこちらに話しかけている。


 ――レイジ。私はとんでもない過ちを犯した。本当にすまない……。


 それはとても懐かしい声だった。


 ――私がお前にしたことは決して許される事じゃあない。私には当然の報いだ。だが…………レイジ、これだけは守れ。


 その声には優しさと後悔が入り混じっていた。


 ――いいか、死ぬのは簡単だ。だが、生きるのは本当に難しい。お前にはこれからも生き抜いて欲しいんだ。……だから、死ぬなレイジ。何があっても【生き抜け】。いいな?


 声が聞こえた。その懐かしい声には聞き覚えがあった。


『――おっさん』


 イタチの身体は気が付いたら動いていた。心臓を寸分違わず貫く筈の突きを左手のナイフ、クロウの刃先で受け流そうと試みていた。

 勿論、クロウだけでこの鋭い突きを流せない。

 不意に右手が動いた。さっきまで殆ど動かなかった右手が左手に合わせる様に自然と動き、オートマグの銃身とナイフの刃先で刀を挟み込むとそのまま上半身を反らして刀身をずらしていく。

 ”ギイイイイイッッ”金属同士が火花を散らし、その摩擦音が会場内に響いた。

 刀身を受け流され、ムジナも身体ごとイタチの横をそのまま通過していく。


『ま、マズイ』


 ムジナはこのままだと完全に背後がガラ空きになると気付き、決断した。

 全ての力を集中し身体を右に回転させながら、振り抜き様にそのまま水平に斬りかかった。

 だが、イタチの姿はそこに無かった。

 イタチは後ろに飛び退きながら、相手を見ていた。その視線にムジナも気付いた。


『何を、見ている……?』


 ゆっくりとした時間の中で互いの身体がまるでコマ送りのように動いていく。ムジナは刀を振り抜いていき、イタチの両手が身体と水平になった瞬間。

 ムジナはイタチが左手を右手に添えている事に気付き…………。

 火花が右手から放たれ”パアアアアン”と言う炸裂音が遅れて聞こえた。ゆっくりとした時間が、徐々に元に戻っていき、そして……。


 観客達の中で今、何が起きたのかを正確に理解出来た者はいないだろう。それほどに短い時間の中での攻防。

 気が付いた時には二人ともに倒れていた。

 イタチは、オートマグを右手に左手を軽く添えた態勢で背中から倒れていた。

 ムジナも背中から倒れていた。ただし、着地の際にその身体が大きく弾んでおり、恐らくはよりダメージが深かった事は観客達にも理解出来た。

 会場内が沈黙に支配された。固唾(かたず)を飲み事態を見ていると、まずイタチが立ち上がった。

 その瞬間「ウワアアアア」と大歓声が巻き起こり、観客達も立ち上がった。


『――さっきのは何だったンだ』


 イタチは強く困惑していた。

 気が付いたら、身体が動いていた。それに、つい今まで動かなかった右手が動く。”痛み”はある。だが、さっきほどじゃない。


『【スイッチ】……いや何か違う感じだ』


「ぐうううっっっ」


 ムジナは思わず呻いた。何が起きたのかを理解しきれていなかった。

 確実に殺せる筈の突きだった。さっきまでの立ち合いでイタチより自身の方が僅かに勝っていると確信した。だから、自分が隙を見せなければ間違いなく勝てる、そう確信を抱いた筈だった。


『タイミングは完璧だった。なのに……』


 ふと、痛みが全身を駆け抜けた。頭を打ちつけた痛みでは無い。もっと”熱い”痛みだ。

 視線を”熱い”所へと向けると、右肘から”熱”を発していた。肘から、赤くて熱い液体がドクドク流れ出していて、急速に力が抜けていくのが分かった。


「き……ぐああああああっ!!」


 ムジナは痛みのあまりに絶叫しつつも立ち上がる。右肘がブランブランと落ち着きなく揺れていて、刀は地面に落ちていた。


「兄弟……お前、外したな……」

「何言ってやがるアンタ」

「外したな……何でお前みたいな【失敗作】が【リミッター】まで外せるんだあっっっっっ」

「アンタ、イカれてやがんのか……!」


 イタチは言葉が出なくなった。完全に形勢逆転し、あとはトドメをさすだけ……なのにムジナから発せられるのは”怒り”だけ。それも底知れない程に深い”怒り”。思わず足が止まった。


「殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺してやうっっっっっ」


 ムジナの圧倒的なその”殺意”に飲み込まれそうになるのをこらえると、


「へっ、冗談。お前が死ぬんだな」


 イタチも言葉を返すと、オートマグの銃口をムジナの眉間に合わせた。


「殺してやる、02(ゼロツー)ッッッ」


 怒りのあまりに刀を落としたままムジナが叫び向かって来た瞬間。


 ”ピピピピピピピッッッッ”


 アラーム音が聞こえた。すると、イタチが何を思ったのかいきなり背中を向けて走り出した。


『俺を侮辱するなよ』


 一層怒りを募らせたものの、ムジナも気付いた。無数の”殺気”がここを狙ってると。そして…………。


 ”ババババババッッッ”


 規則正しい発射音が階上を包み込んだ。


「ショータイム……待ってたぜ」


 イタチはブーツからのアラーム音に悪戯っぽく笑った。

 

 

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