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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十話
69/154

血塗れのショータイム

『まずは様子見だ、お手並み拝見』


 そう考えたイタチはスーッと息を吸い、吐き出す。そしてゆらりと脱力した状態でその場に立ち尽くした。

 傍目から見ればやる気も何も感じないその動作を見た観客からは「イタチ死ねっ」とか「ふざけんなっ」といった罵声が容赦なく浴びせかけられたが、本人はどこ吹く風とばかりにゆらゆらとしていた。




◆◆◆


「フム、彼は強いな」


 そう呟いたのは、獅子の仮面を着けた【レオ】だった。

 彼自身が【イベント】経験者であり、【サルベイション最強】と呼ばれた結果として、百獣の王たる獅子、レオの称号を得たという経緯も持つ。その為、こと戦闘に於て彼の目は確かだ。


「……へぇ、分かるのかい? 彼が強いって」


 【ジェミニ】が興味深そうに顎先を指でこすりながら尋ねた。


「――彼の構えには力みがない。あれならどんな動きにも対応出来るだろうな」

「へぇ、そういうモノなんだね」

「だが、ジェミニ。【イチ】という奴は何なんだ? 奴もまたイタチと同じ構えを取っている。脱力の具合までほぼ同じ、偶然とは思えない」


 レオの視線はイタチと同様に脱力しているイチへと向けられていた。

 ジェミニはニヤリと仮面の表情を歪めて笑みを浮かべると、


「ククフフ、いずれ分かるさ」


 意味深な返事を返した。




◆◆◆




「うぅ、ウアアアァァァァッ」


 突然、気味の悪い唸り声をあげると、ハーフパンツの男がイタチへと向かってきた。


「コロス、コロス、コロスゥゥゥッ」


 歯を剥き、口からはヨダレを垂らしながら襲いかかろうとするその姿は、まるで飢えた肉食獣のようにも見える。


「へっ、キモいな」


 ハーフパンツが右のナイフで切りかかる。腹部に向けられたナイフをイタチはその場で上半身だけを後ろに反らし避ける。

 続いてハーフパンツは左のナイフを肩先からイタチの首筋に向けて突き立ててきた。イタチはその左手を左の手刀で弾くとカウンター気味に右肘を顔面に叩き込んだ。

 カウンターで倒れたハーフパンツは「ギャアアアアッ」とゴロゴロと転がりながら叫び声をあげた。


「甘いんだよ……うおッ!」


 イタチが気を取られたその瞬間、【イチ】があっという間に間合いを詰めていた。

 鋭い踏み込みから刀を銀色の鞘から抜き放つと、その刀身が妖しく煌めきながら、イタチの胴めがけて横薙ぎに放たれる。”ビュッ” と空気を切り裂きながら向かってきた鋭い一刀をイタチは後ろへ倒れ込みながらかわす。

 続けて追い撃ちとばかりに刀が上から降り下ろされ、イタチは素早く後転し避けつつ態勢を整えると、しゃがんだままクルリと回転しながらの足払いを放つと、今度はイチが後ろへ跳びそれを避けた。


 イチが「チッ」舌打ちをし、イタチは「へっ」と不敵に笑う。


「いいぞっ、もっとやれーっ」

「「「やれ、やれ、殺せっ」」」


 その僅かだが濃密な攻防を見た観客から歓声が沸き上がった。


「ウアアアァァァァッ」


 ハーフパンツが獣じみた雄叫びをあげ、起き上がる。目の焦点は相変わらず合っていない。


「コロスッ」


 ハーフパンツは今度は一番近くにいたイチへと右のナイフを振り抜く。

 イチは首を反らし避けつつ刀の柄で喉元に一撃。その痛烈な一撃は常人ならば喉が潰れて死に至るだろう。ハーフパンツも「ガボ……ッッ」と小さく呻きながら膝から崩れた。


「――ザコが邪魔をするな」


 イチはハーフパンツを一瞥すると、再び視線をイタチへと向けた。

 しかし、


「ウアアア」


 ハーフパンツは口から泡混じりの血を吐きながらもゆらりと何事も無いかの如く起き上がった。


「……何?」

「マジかよ」


 思わずイチとイタチが呟いた。

 そして、ハーフパンツの身体に明らかな変化が起きていた。

 さっきまでの貧相な体つきが冗談のように筋肉が突然盛り上がり隆起して、肌の色は土毛色からうっすらと赤みを帯びて、まるで別人に見える。


「ウガアアアッッ」


 ハーフパンツはまるで漫画のキャラみたいにあっという間に筋肉の塊へと変貌し、その面構えに合わせ双眸(そうぼう)獰猛(どうもう)なモノになった。

 さっきまではまるで体格に見合って無かった大型の軍用ナイフも、今なら普通に使いこなせるだろう。


「ウギャアアアッッ」


 ハーフパンツはひと吠えすると左右のナイフをイタチとイチへと突き立てるように放った。その速度、精度共にさっきまでとは比較にならない。

 不意を突かれた二人はそれぞれ、イタチは両腕を交差させて受け止め、イチは刀の鞘でかろうじて受け流した。


「クハアアアッ」


 そこへガルシアが気合いを込めた掛け声と共に手斧でハーフパンツに切りつけながら全身で体当たりをぶちかます。

 二人の巨体がぶつかりながらズザザッとイタチとイチから遠ざかった。

 バッと血が飛び散り、ガルシアが振るう手斧がどれ程の威力を秘めているかのかをイタチだけではなく観客も理解しているらしく「ワアッ」と期待を込めた歓声が沸き上がった。


「ぐがっ」


 だが、異変が起きた。そう呻きながら膝をついたのはガルシアの方で、よく見るとハーフパンツの右手のナイフが深々とガルシアの腹部に入り込んでいた。

 一方でガルシアの手斧は肩口に食い込んではいたが、そこで止まっていた。それはとても常人とは思えない姿だった。


「ギャアアアアッ」


 ハーフパンツが愉悦に満ちた表情を浮かべながら吠えると、ガルシアの顔面に膝蹴りを叩き込んだ。

 その強烈な衝撃でガルシアがゴロゴロと転がっていく。そしてようやく止まった所でハーフパンツは一気にナイフを引き抜いた。ガルシアの腹部の傷口からは血が吹き出た。


「ぐうぅっ」


 ガルシアが苦悶の表情を浮かべた。明らかに深手、しかも出血量が多い。


「テメェッッ」


 イタチがハーフパンツに襲いかかろうとしたが、その場で踏みとどまると思わずイチを睨んだ。

 イチが攻撃を仕掛けたわけではない。ただ、圧倒的な【殺意】を放ち、イタチがそれを感じ取り、身体が動かなかったのだ。


「――お前は俺と遊ぶんだよ」


 イチはそう言うと鞘を腰に差し込むと、ゆらりと脱力した。呼応するようにイタチも脱力し、二人は対峙した。




◆◆◆




「ガルシアっ」


 イベントの様子をボックス席で見せられていたキクが我慢出来ずに叫び声をあげた。


「や、止めさせろよ」


 キクがジェミニに声をかけた。


「――何をだい? まだまだこれからだよ、イベントはさ」


 ジェミニはゾッとするような冷淡な視線をキクに向けると、言葉を返した。


「――キク、キミも散々人の死を見てきただろう? キミ自身も殺したコトがあるんじゃないのかい? 何を今更、善人ぶるんだ。所詮、人間は憎しみ合い、殺し合うだけの醜い生き物なんだよ」

「ち、違うよ。そんなの違う!」

「何が違うんだキク? 現に今、観客達は殺し合いを楽しみながら見ている。あれは何なんだ? ……殺し合いが娯楽になっている。他の生き物では有り得ない光景だ。実に醜いよ」

「そんなの……」

「……これもまた自然の摂理なんだよ。弱い個体は強い個体に喰われる、ただそれだけだよ。さぁ、見たまえ。誰かが死ぬのを黙ってね」


 ジェミニはもう用はないというかの如く、キクから視線を外すと四人の殺し合いをオペラグラスで見始めた。


『レイジ……キミの本気を見せてもらうよ』


 ジェミニの口元が歪んだ。





◆◆◆




「――その得物を抜け」


 イチがそうイタチに言葉をかけた。


「へっ、好きにさせてもらうさ」


 イタチはそう返すとホルスターから左手でクロウ(ナイフ)を抜く。


「オートマグは使わないのか?」

「あれは反則だろ? それにアンタには勿体ねぇよ」

「なら、使わせてやるよッッ」


 イチが仕掛けた。刀を左へ薙ぎ払うように切りつける。イタチは上半身を後ろに反らす。


「シッ」


 イチは息を吐きながら刀を右へと切り返す。 ”ガキイッ” イタチはその一刀を左手のクロウで弾きながら反撃に右足にローキック。命中を確認すると後ろへ飛び、距離を取った。


「くだらんな」


 イチは気にする様子もなく再び踏み込んでくる。


「まだまだ遊び足りないんだろ? 来いよ、サムライ」


 ニヤリと笑いながらイタチも踏み込んだ。




「グギャアアアア」


 ハーフパンツは雄叫びをあげながら左右の大型ナイフを次々と繰り出してくる。


「くうっ……うっ!」


 ガルシアは呻きながらも、その攻撃を避けて、手斧の刃で受け止め、何とかかいくぐりながら、隙を見つけて肩口からの体当たりを喰らわせた。

 ハーフパンツは「ガアッ」と小さく呻くと態勢を崩した。

 そこへガルシアが右手の手斧を下から左斜めに切り上げるように振るった。ハーフパンツは左手のナイフでその一撃を軽々と受け止めると反撃とばかりに右手のナイフで切りかかってきた。かろうじて後ろへ飛び、その鋭い一撃はガルシアの肩口をかすめるに留まった。


「くうっ」

「ガヒャヒャヒャ」


 苦悶の声をあげるガルシアをハーフパンツは不気味な笑い声をあげながら見下ろした。


『くっ、動作はレイジの方が断然早い。だが、力はおれより上……どうする?』


 ガルシアの視線の先には最初の一撃で肩口に食い込んだままの手斧。

 まるで最初からそこにあるとでも言わんばかりに、ハーフパンツは気にもしていない風だ。

 流石に観客達も、ハーフパンツが異常だと気付いたのか、ざわめき出した。

 間髪入れずそこに、


――皆様も驚いたかと思いますが、彼には特殊な【処置】が施しております。その結果、最初にご覧頂いたように貧弱な体格が筋骨隆々に。さらに驚異的な打たれ強さを兼ね備えた【屈強な戦士】となったのです。結果は見ての通り、あのトーレスを圧倒しています。そう、彼こそが我らがサルベイションが目指す【救済】の先陣をきる者なのです。我々が広い世界に出るのは間近。だからこそ【彼】のような戦士が必要なのです!! 彼こそ我らが未来、希望なのです!!


 観客達はジェミニの解説と言うより演説に乗せられたのか、「サルベイション万歳」と叫ぶ者に「我々の希望だ」と立ち上がる者、「自由を」と周りの人間と叫ぶ者と様々だが、皆一応に歓声をあげた。



「ふん、言葉は使いようだな」


 レオが下で熱狂する観客達を見ながら、馬鹿にするように言った。


「確か、アイツは【失敗作】だった筈だな」


 レオはハーフパンツを指差した。


「……彼が失敗作? 違うよレオ。彼は成功したんだよ、超人としてね。でしょう?」


 ジェミニが話し掛けたのは、塔の組織に反発する外の街の犯罪組織の代表。

 彼は今年六十歳の恰幅のよい小男で遠目から一見すると、裏社会の住人には見えない。だが、顔に刻まれたいくつもの傷が彼が堅気ではないと証明していた。


「あぁ、実に素晴らしいね。あれは何をしたんだ? なぁ、もうすぐパートナーになるんだから教えてくれないかねジェミニ?」


 代表は興味ありげに笑顔で訊ねた。


「……いえいえ、それはまだ【企業秘密】ですよ、代表。それより御覧下さい……彼の能力を。アレが【量産】出来るのですから」


 ジェミニは誇らしげに笑みを浮かべた。


「アレが量産出来れば通常の軍隊などは必要なくなります。あの耐久性と筋力により文字通り一人で百人力なのですから」


 ジェミニの解説を聞きながら代表は何度となく頷いた。


「――くだらん、見てられんな」


 そのやり取りにレオは苛立ち混じりにそう吐き捨てる言葉を言うと、ボックス席のあるVIPルームを出ていった。

 ジェミニはその様子を不安そうに見ていた代表と手下達に笑顔で語りかけた。


「まぁ、彼は自分が強いから気に入らないのですよ。我々の欲するのは一騎当千の猛者【一人】よりも百人力の兵隊【百人】なのです。そうでしょう?」

「う、うむ、その通りだね。君とは実に話が合う」


『ククフフ、愚物が、せいぜいボクの役に立って貰わないとね』


 ジェミニは自身の本音を隠すように笑みを浮かべた。

 そこに「ワアッ」という歓声が耳に届いた。


「おぉ、ジェミニ。決着が着くみたいだぞ」


 代表が嬉しそうに声を張り上げた。


「誰が脱落しそうですか?」

「うむ、どうやら……」


 オペラグラス越しに見えたのは……。




◆◆◆




「ぐうぅっ」


 ガルシアが頭を下げるとナイフが ”ビュンッ” という音を立てながら頭があった場所を通過。さらにもう一本のナイフが心臓めがけて突き出されると、かろうじて手斧で軌道を反らしつつ右足で左膝を蹴った。

 膝を崩され、ハーフパンツの膨張し重量を増した身体がたまらず崩れた隙を見逃さずに、ガルシアは左腕に力を込めるとラリアットを喉元にぶち当てた。


「グギアッッ」


 二度目の喉元への一撃は流石に苦しいのか、ハーフパンツの声が苦痛に満ちたモノに変わる。


「クハアアアッ」


 畳み込むようにガルシアは全体重を乗せたドロップキックを顔面に叩き込んだ。続けてグラリと後ろへぐらついたハーフパンツの背後に回り込むと左腕を首に巻き付けて右腕でロック。スリーパーホールドの態勢を取った。


「クアアアアアアッ」


 見る見るガルシアの筋肉が膨張、それに伴い、腹部から血が流れるのも無視して、全力で絞め上げていく。


「アガガガ」


 ハーフパンツの動きも心無しか小さくなっていく。


「クウウウッ」


 苦痛に耐えながら、なおも歯を食いしばりながら絞め続けるガルシアの勝利が目前と見えた観客が「ワアッ」と観客をあげた。


「ガ……ッ」


 小さく呻くとハーフパンツの手からナイフが地面に落ちて腕がダラリと垂れ落ち、続けて首も下へと力無く垂れた。


「ハァ、ハァハァ」


 ガルシアが勝利を確信してスリーパーを外した瞬間、


「まだだっ」


 警告するようにイタチの声が耳に届いた。


「ぐうっ?」


 ガルシアの腹部にハーフパンツの指がめり込んでいた。


「ゲハッ、ゲハアッ」


 ハーフパンツは呼吸を激しく乱しながらも、ガルシアの腹部の傷口にゴツい指を突き刺すように押し込んでいく。ガルシアが「ぐうぅっ」と呻きながらも再びスリーパーに入ろうとした。


「シネェェェッッ」


 ハーフパンツがドーム内に響くような大声を上げると振り向きざまにガルシアの首筋に噛みついた。みるみる首筋からも血が滲んでいく。


「ガルシアッ!」


 イタチがたまらず声をかけた。そこへイチが刀を突き出す。咄嗟に顔を反らすが頬をかすめた。


「――お前は俺と遊ぶんだよ、イタチッッ」


 さらに突き出した刀を刀身を返して左へと薙ぎ払う。イタチもクロウで受けるが勢いにそのまま押し切られて体勢が崩れる。


「シャアッ」


 気迫を込めた声をあげながらイチが刀を上段から振り降ろす。見ていた観客もイチの勝利を確信した。


”パーン”


 そう乾いた音が鳴り響くと、後ろへと倒れたのはイチ。その光景を見て今のが銃声だと観客は認識した。

 イタチの右手が金色に煌めく相棒、オートマグの引き金を絞っていた。

 続いてイタチは、小さく「スーッ」と息を吐きながら間合いを詰め、飛び上がるとそのまま飛び膝をハーフパンツの後頭部に叩き込み、さらに右肘で追い撃ちを喰らわせた。


「グギャアアアア」


 ハーフパンツがその二発でぐらついてガルシアから離れ、イタチを睨んだ。


「な、何だ今の」

「信じらんねぇ」

「スゲェ……スゲェぞイタチッッ」


 イタチの一連の動作に呆気に取られていた観客から一気に「ウワアアッ」と大歓声が巻き上がった。


「イタチ、イタチ」

「ぶっ殺せぇぇっ」


 イタチがハーフパンツに突進する。ハーフパンツが足元にあったナイフを一本拾い上げ、もう一本をイタチに向けて蹴り飛ばした。ビュンと空を切りながら襲いかかるナイフをイタチはオートマグの銃身であっさり弾き飛ばす。


「ガアッ」


 ハーフパンツが右手のナイフで突き刺そうと突き出した。イタチはその突きを顔を反らして避けるとクロウで切りつけた。素早い一撃はハーフパンツの左の親指以外の指を切り飛ばした。


「グギィィィィッ」


 叫ぶハーフパンツの表情を確認すると、イタチはその右膝を踏みつけ、鼻柱に右肘を喰らわせた。メキッという感触は鼻を折ったことをイタチに認識させた。


「大丈夫か、ガルシア?」

「あぁ、すまんレイジ」


 イタチはガルシアに視線を向けた。ガルシアは首筋と腹部、特に腹部の出血がかなり深刻そうだった。


「無理すんな。休んでろ」


 イタチはそう言うとハーフパンツに向き直る。そして、様子を観察した。


『初めての相手と闘うならまずは、観察しろ。相手の動作、口癖、全てをだ』


 イタチの脳裏にはカラスに叩き込まれた【教え】がしっかりと刻まれていた。だからこそ、一瞬でも相手を【観察】する事をイタチは覚えた。


『――あの変貌は正直分かんねぇケド、あの異常な痛みに対する耐性には見覚えがある』


 ハーフパンツは「ウガアアアッッ」叫び声をあげながらイタチへと襲いかかろうとした。

 だが、次の瞬間、ハーフパンツの身体を刀が刺し貫いた。


「――邪魔だザコめ」


 イチが背後からハーフパンツにそう言うと、刀を引き抜く。


「ガアアアッッ」


 ハーフパンツがゆっくりと前のめりに倒れ、イチはイタチに殺気混じりの視線を向けた。


「お前……」

「あの程度で俺は殺せない」


 イチはそう言うとニヤリと口元を歪め、額を見せる。そこにはオートマグから放たれた30カービン弾がかすめ、(えぐ)れた傷がついていた。


「確かに、なかなかの威力だよ」

「チッ」


 目の前のイチに対して危険を察したイタチが【スイッチ】を入れ、間合いを取る為に後ろへと退こうとした。

 だが次の瞬間、イタチの目の前には既にイチが迫っており、刀を左袈裟懸けに切りつけてきた。


『避けきれない!』


 イタチはナイフをとっさに鎖骨の手前で構えた。


”ガキイッ” 金属のぶつかり合う音が響き、そして二人は離れた。


「うぐっ」


 呻きながらイタチが膝をついた。

 かろうじて、刀の斬撃による深手は避けたものの、受け止めた際の衝撃で右肩に激痛が走ると、右腕に力が入らずダラリと下がった。鎖骨が折れたのかもしれない。


『……今のは何だ? スイッチをしたオレに付いてきた。…………いや、今のは、まさか奴も使えるのか?』


 ハッとした表情でイタチがイチを見た。


「……ようやく気付いたか? お前だけが【スイッチ】を使える訳じゃないとな」


 すると、イチの纏う雰囲気が一変した。

 何を考えているのか分からない表情にはハッキリとした愉悦の笑みが浮かび、その双眸には凶悪な光が宿った。


「アハハハッッ。ようやくだ、ようやく……お前を殺せるよ、【02】(ゼロツー)」

「……お前は、誰だ?」


 イタチは感じていた。目の前の相手に見覚えがあると。

 いつ、何処でかは分からない。だがこの凶悪な雰囲気を以前見て知っていると。


「――俺か? 俺は、そうだな……【ムジナ】とでも名乗ろうかな」


 ムジナはそう言うと無造作に刀を振るい、血を飛ばすと、


「――さぁ、殺し合おうぜ、【兄弟ッッ】」


 そう言いつつ心底楽しそうに笑った。

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