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イタチは笑う  作者: 足利義光
第十話
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第十話 アンダードッグクライング

 ――過去からは何人も逃げることは出来ない。何故なら過去は自分自身の血肉の一部なのだから。

 少年から青年にならんとする彼もまた例外では無い。例え、自身はその血肉たる過去を失ったとしても。





――私が分かるかね?


 誰かがオレに話しかけてきた。オレは誰だ? 何も分からない。


――自分が何者なのか分かるかね?


 誰かはオレに問いかけるが、全く分からない。自分が誰なのか? 何でここにいるのか? どうして自分の周りが、真っ赤に染まっているのかも何もかもだ。


「よく分からない」


 小さいオレはそう言った。

 実際、今の状況がサッパリわからないからだ。


『――何で、ボクは一人なの?』


 答えは出ない。


『――何で、皆動かないの!』


 答えは出ない。


『――何で、皆がボクに酷いことをするの?』


 答えは出ない。何故なら何もかも初めて見るからだ。

 ガスマスクみたいなモノを着けた重装備の兵士達がガチャリと手錠をかけた。ご丁寧に二重にだ。


「安全を確保」


 兵士がシューシューと呼気を洩らしながらそう言うと「足もだ。【奴ら】は危険だからな」という誰かの声がした。するとまた別の兵士が足首にも手錠をかけた。


「うん、これで大丈夫だね」


 白衣を着た医師らしき男が近付いてきた。


「キミ達は本当に厄介だからね、悪いけど」


 と言うなり医師らしき男は首筋に注射をした。

 途端に身体の感覚が無くなった。目だけは動かせるが、残りは全て動かない。まるで、目以外の部分はどこかに置いてきたような感覚だ。


「さて、これでもう安心だ。ゆっくりと調べようか……」


 医師らしき男はマスクを外すと笑みを浮かべた。だがその笑みに優しさなどは微塵も無かった。

 それはまるで、小さな子供が蟻を踏み潰す時に見せるような無邪気な、残酷な笑みだった。


「や、やめてよ。ボクに痛いことをしないでヨォォッ!!」


 絶叫すると、視界がボヤけて――そしてまた静かになった。





「くはあっ! はぁ、ハァハァ」


 目を覚ましたオレは、身体を起こす。すると全身に激しい痛みが走った。


「ぐうッ」


 呻きながら、身体中に包帯が巻かれているコトに気付く。誰かに応急処置をしてもらったようだ。


『ここは何処だ?』


 周りを見回してみてもアンダーなのだろうとしか分からない。

 誰かが近くにいるのは間違いない。現に、オレの側には缶詰と缶切りが無造作に置かれている。どうやら喰えというワケらしい。

 遠慮するコトなく缶詰を開けると、ツナ缶だった。パサパサして美味しいとは言えないが、贅沢は言ってられない。

 オレはツナ缶を平らげると、身体は正直ですぐに眠たくなった。


『――確かオレは【サルベイション】の工場にいたハズだ』


 する事が無いオレは何が起きたのかを思い返してみるコトにした。


◆◆◆



「レイジ、気をつけてな」


 キクが声をかけてきた。オレは「おう」とだけ答えると黒装束の案内でかなりの時間あちこちを歩かされた。多分、ここの構造を把握しにくくする為の小細工だろう。


『へっ、ご苦労さん』


 既にガルシアがメモ帳に書いた地図は頭に叩き込んでいた。一旦どこかの部屋に着けば大体の場所はわかる。無駄な努力をお疲れ様ですと言ってやりたくなる。


「――ではこちらで出番をお待ちください」


 そう黒装束はくぐもった声で言うと、ドアを開いた。


「これまた殺風景だ」


 黒装束に軽くイヤミを飛ばしたが、奴は無言でドアを閉めるとカギがかけられたらしくカチャリと音がした。

 仕方がないので部屋を軽く見回してみると、六畳ほどの広さで、テーブルと椅子が部屋の中央に置かれている。

 テーブルには、水の入ったビンにあとはカゴにはバナナやオレンジなどの果物が置いてある。

 オレは遠慮なく、バナナの皮を剥いて食べ、オレンジを皮ごとかじった。


「――ふう、ようやく落ち着いたな」


 一晩(?)マトモに食べてなかったオレは軽く満腹感を覚え、ホッとした。部屋にはドアがあるだけで窓はない。そしてやはり時計が無い。


「へっ、時間が分からないのはある意味【拷問】だよなホント」


 退屈しのぎに、オレはストレッチをして軽く身体をほぐし、暖めることにした。

 ガルシアの話を聞いた限りでは【イベント】は昔の言い方をするなら【コロシアムでの決闘】みたいなモンで定期的に行うらしい。

 サルベイションの【幹部】の何人かはイベントの勝者でもあるらしい。つまりイベントは、新しい幹部のお披露目会も兼ねているというワケだ。


『ま、何にせよオレが勝てばいいだけだ』


 身体が暖まり、いつでもやれる。あとは待つだけだ。

 すると、まるで準備を待ってたかのように前のドアがガチャリという音を立てて開かれた。どうやら前に進め、という意味らしい。正直言って気に食わないがそれに従い、部屋を出た。

 オレが部屋を出るとドアは閉まり、鍵が掛けられて、真っ暗な通路に一人で残された。


――イタチ、すぐに出番が来るから楽しみにしてくれ。


 ジェミニの奴の声が通路のどこかについているスピーカーから聞こえた。


『――へっ、悪趣味なこった。ご期待に添えるようせいぜい頑張るさ』


 オレは心の中で奴に嫌みをいうと前を真っ直ぐに見据えた。

 そして、ギイイイという重厚な音を立てゲートが開くと通路に光が通った。

 同時に聞こえてくるのは無数の人の歓声。


「確かに、イベントだなこりゃ……お祭り気分ってワケだ」


 オレが通路を抜け、そこに出ると歓声は一層でかくなった。

 そこは、円形のちょっとしたドームだった。客席も円状に広がり、見渡す限り、数千人はいるみたいだ。

 色んな奴がいる。一番多いのは勿論ここで働く奴ららしき作業着姿の連中。所々にAKを肩にかけた警備も目につく。

 ドームの最上段にはボックス席もあるらしく、そこには仮面を着けたサルベイションの幹部や、塔の街以外の犯罪組織のトップらしき連中の姿も見える。


――皆さん、お待たせしましたぁっ。


 ジェミニがボックス席からマイクでドーム内の観客に話しかけた。歓声は静まり、奴の声だけが聞こえるようになった。


――今日のイベントはそこにいる【イタチ】ともう一人との決闘の予定だったんだけど……残念な話があるんだ。


 ジェミニがそう言うと観客達がざわついた。


――今回は二対二による変則マッチに変更したよ!


 ジェミニがそう発表するとざわついていた観客達は一斉に「ワーッ」と大歓声をあげた。


――選ばれた戦士が誇りと命を賭けて闘う。古来より人々の娯楽にして神への捧げ物だったコロシアムを考えた先人は偉大だとボクは考える。キミ達は今日、サルベイションの新たな幹部が決まるのを目にするコトになる!!


 ジェミニがそう勿体つけると、オレの左前方にあったゲートが開かれた。

 そこにゆらりと姿を見せたのはまるで生気を感じない男だった。

 上半身には何も来ておらず貧相な体つき。下半身にはハーフパンツとブーツだけ。髪も抜け落ちたのか、禿げ上がっていて、肌の色は土気色。どう見てもマトモな様子では無い。


「う……あぁっ」


 オマケに何やらうわ言をいっていて目の焦点も合ってない。


「う、気持ち悪いな」


 観客もオレと同じ印象らしくブーイングらしき声をあげている。確かにコイツを応援する気になるヤツはいないだろう。


――皆様、驚きましたか? 彼については敢えて今は紹介はしません。さて、続いては……。


 ジェミニの奴は本当に楽しげに進行していると感じた。ま、変声機の声だから断言は出来ない。


 ガチャリ。今度はオレの左側にあるゲートが開かれた。出てきたのは、ガルシアだ。


――彼の事はご存知の方々も多いハズでしょう。サルベイションの【12幹部】の一人、【トーレス】ことガルシアです。今回は任務失敗による処罰としての参戦です。


 ガルシアはこちらに歩み寄ると「レイジ」とオレに声をかけてきた。


「ガルシア、とんだピエロだなオレ達は」

「……レイジ、気をつけろ。ジェミニは単なる遊びであんたをここに呼び寄せた訳じゃないはずだ」


 そう言いながらガルシアは険しい表情でジェミニのいるボックス席を睨む。


「キクがヤツのそばにいる」

「へっ、あの野郎……」


 オレは何故ガルシアが素直にここに来たか理解した。確かにキクはオレにしろガルシアにしろ有効な人質だ。


『使えるものは死人でも構わず使う。ジェミニ、いやノンの奴の口癖だったな』


 オレがそう考えていると、観客から「あと一人、あと一人」という大歓声が巻き起こった。どうやら【主役】は最後に出るものらしい。

 するとギイイイとゲートが開かれ、ゆっくりとした足取りでその男は現れた。

 オレはそいつを見た瞬間、奴の纏う妙な雰囲気に何故か既視感(きしかん)を感じた。

 そいつの服装は所謂パンクロッカースタイルとでもいうべきか、ヘンリーネックの色は白を基調として、そこに黒の蝶を模したような模様が入っていて、それにタイトなダメージジーンズを合わせている。足元はガチャガチャとしたシルバーの装飾を施したロングブーツ。ベルトにもシルバーの装飾がしてあるし、アクセサリーもジーンズにつけてるシルバーのチェーンに、首にはシルバーなネックレス。おまけに首輪みたいな銀色のチョーカーまで着けている。

 奴の髪の色は帽子を深々とかぶっているからよく分からないが、病的にシルバーに拘りがあるのは理解できた。


「へっ、カッコつけやがって」


 オレはそいつに減らず口を叩いたが、実際の所、警戒心はマックスだった。何故なら奴の目は入場した当初から真っ直ぐにこちらを刺すような視線で凝視していたからだ。

 奴は、観客の大歓声にも全く反応する事も無く、真っ直ぐにオレの目の前に来た。

 身長は170位、体重は60キロ位だろうか。オレより少しだけ体格が上みたいだ。


「……ようやく会えたな」


 奴は少し低めの声でそう言うと被っていた帽子を脱ぎ捨てる。

 するとまるで血のように赤い長髪がこぼれるようにあらわになった。

 奴の仕草に観客はさらに「ワアッ」と歓声をあげた。

 奴は肩までかかった赤髪をポケットから取り出したヘアゴムで縛ると、奴はゆっくりとした足取りでオレから遠ざかる。


『――オレを知ってるのかアイツ?』


 奴のさっきの言葉には妙な親しみを込めた響きがあったようにオレには聴き取れた。


――彼の名前はイチ。彼こそ、十二人目の【スコーピオン】の称号を得るかも知れない男です。彼がその力量を皆様に披露するのをお楽しみに♪


「それにしてもだ、武器とかは無いのか?」


 オレは一番の疑問を観客に聞こえるように大声で叫んだ。


――そう言えば、説明が遅れました。イタチ君は既にご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、彼は上の街で有名なあの掃除屋【イタチ】。

 しかし彼にはもう一つ名前があります。それは【レイジ】。そう、彼こそ四年前にアンダーでその悪名を轟かせた一団のリーダーでもあります。あの凶悪な連中を束ねた最悪の男です。実力はホンモノ。イチが彼を殺す様をどうぞお楽しみに♪


「「「殺せ、殺せ、殺せッッ」」」


 会場全体に「殺せ」コールが巻き上がる。

 すると、ゴオォンという音を立て上からワイヤーに吊るされたホルスターがオレの目の前にドサリと落とされた。

 そのヒップホルスターには相棒たるオートマグに、親愛なる友のクロウ(ナイフの呼び名で柄に刻まれた名前)。間違いなくオレのモノで間違いない。


 ガルシアにはいつもの手斧が二つ。廃人みたいな奴はゴツいナイフが二つ。

 で、イチとかいうあの野郎は日本刀を手にした。その刀は柄が【銀色】でピカピカと無駄に華美な印象だ。


――本来なら【イベント】ではこちらから提供する武器を使うのが通常なのですが、今回は【イチ】の要望により、普段使い慣れている武器での戦闘になります。ですので思う存分に参加者は殺し合いをお楽しみください♪


「へっ、悪趣味だね」


 オレはホルスターを装着しながら、ジェミニとイチとかいう奴の親切な思いやりに皮肉混じりに感謝していると、パーンという号砲の音がした。どうやら開始の合図らしい。


「レイジ、来るぞッッ」

「分かってるよ……死ぬなよ、ガルシア」


 オレは、珍しく真顔でガルシアに声をかけると「スーッ」と息を吐き、前を見据えた。


『さて、生き残らなきゃなっ』


 気を引き締めて、迎え撃つ構えを取った。

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