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イタチは笑う  作者: 足利義光
第九話
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交差する思惑

「うーん、つまんねぇ」


 オレは退屈しのぎにこの部屋を調べてみたが、薄暗くてだだっ広いここには暇潰しに出来そうな物は何一つ置いていなかった。せめて本の一冊くらいは置いておいて欲しいもんだ。ジェミニにはお客様に対する、おもてなしの配慮が足りないようだ。明日文句を言ってやろう。


「ガルシア、何か暇潰しになるような面白い話とか無いのか? 暇で仕方ないや」

「……レイジ、あんたには緊張感は無いのか?」


 ガルシアは呆れた顔をしてこちらを見ている。


「今から緊張してたら明日には頭がハゲちまうよ。なぁキク」


 オレが視線を向けるとキクは落ち着かない様子で部屋をウロウロしていた。


「キク、落ち着けよ。そんなんじゃ明日動けないぞ」

「レイジ、アンタは何で平気なんだよ?」


 キクは今にも泣き出しそうな表情でオレを見た。参ったな、こういう時にどう慰めたらいいのか上手い言葉が浮かばない。


「いいからベッドに入れよ、こういう時には寝るのが一番だ」


 オレはシチュエーションによっては誤解されそうな言葉を吐くと、さっさと自分のベッドに潜り込んだ。枕は何回か叩いて柔らかくした。マットは相変わらず固いままで快適とは言い難いが、贅沢は言えない。

 オレは「おやすみ」と言うと目をつぶり眠った。いや、正確には眠ろうとした。

 しばらくして、


「まだ……眠れないか?」


 オレは目を閉じたまま二人に言葉をかけた。返事は返ってこない。

 仕方がないので目を開けてキクに目を向けると、キクはベッドにいたものの怯えているのか小さな身体が震えていた。考えてみりゃ確かにここは敵地の真っ只中だ。

 オレはベッドから起き上がるとキクのベッドに腰掛けて、


「心配すんな。ジェミニの奴はオレが反抗しないようにお前を連れてきたんだ。だから、お前は安全だ」


 オレはそう言いながらその頭を撫でた。キクは特に返事はしなかったが手を握ってきた。


「レイジ、あんたはさっき【脱出の準備】と言ったが、何かあるのか?」


 ガルシアは【脱出】の事で寝付けなかった様だ。確かに、気になるだろうな。


「まぁ何て言うか、仕込みはしてある。あとはタイミングだな」


 そう、仕込みはしてある。ただタイミングが分からないのが難点だ。そのコトを考えてるとキクは「あのさ」とオレに言うと握っていた手を離し、


「――レイジ、ガルシア。二人に見て欲しいものがあるんだ」


 キクはそう言っていきなり自分の手をズボンへ突っ込んだ。何事かと驚くオレとガルシアを尻目に、取り出したのは一丁の銃、【ワルサー】だった。オレは思わず、


「――ワルサーか」


 とまじまじとその銃に見入った。


 ワルサーと言えば、かの大泥棒の三世が使っていたのは【ワルサーP38】だったし、殺しのライセンスを持つスパイは愛銃として【ワルサーPPK】や【ワルサーP99】を使っていたコトでも有名なガンメーカーだ。

 個人的な印象としては銃が軽くて秘匿性に優れているというコトだろうか。こいつもオートマグと比べたらかなり軽そうに見える。


「……お前、よく隠してたなこんなの」

「女には隠せる場所が多いんだよ」

「いや、お前胸は別にでか……くぶっ」


 口は災いの元とはこのコトだろう。顔面に一発いいのを喰らっちまった。

 キクのカーゴパンツが大きめでダブついてたなのはコイツを隠しておく為だったんだろう。

 もっとも、ジェミニからすればオレからオートマグを奪えばいいと考えていたからかもしれないが。


「――でも何でお前、銃なんか持ってるんだ?」


 アンダーじゃ、基本的には銃は手に入らない。何故なら、銃を買う金が住人には無いからだ。金があるならアンダーなんかにいない、当然だ。

 だからアンダーから上の街に【出稼ぎ】に来た奴らも基本的にはナイフなどを武器にする。

 例外として、上の街にまだ繋がってる連中は銃を所持しているが、そんな奴らはごく少数派だ。

 現に、サルベイションの連中がアンダーで暴れまわっても反撃されたような形跡が無いワケだしな。仮に銃で反撃しようにも数でこられたらダメだろう。まして、サルベイションの連中は徐々に軍隊じみてきている。腕にいくら覚えがあろうと一人じゃ百人、千人とやりあって勝てるワケがない。

 それにだ、よくよく考えたら、サルベイションはあちこちの組織に協力者がいるらしいので、そういう連中がまさに協力者なのかも知れない。

 今、目の前にある【ワルサーPPQ】はその中でも高価な銃だ。アンダーにいる奴が持つにはハードルが高すぎる。


「キク、絶対に無茶はするな。ソイツは最後まで使うなよ、いいな」


 オレは浮かんできた疑問を口に出さず、キクに言い聞かせると、今度はガルシアに向き直った。


「――ガルシア、お前はここの構造を知ってるんだよな?」

「あぁ、勿論だ」


 ガルシアは即答した。


「大まかでいいから地図は書けるか?」

「あぁ、書けるが……紙なんて……」


 ガルシアは困惑しながらこちらを見た。オレはニヤリと笑うとベッドに引っ掛けていたライダージャケットを掴みとる。ジャケットの内側にコッソリと縫い付けた隠しポケットの糸をプチプチとちぎると、仕込んでおいたメモ帳を出した。


「――ホラ、紙なら持ってきた」

「……アンタ、何でこんなの隠したんだ?」

「さっきの聞いてたろ? どのみち、ここに来ただろうってさ」


『――そう、どのみちここには来たのさ』


 オレはそう自嘲するように笑った。






 ――そのほぼ同時刻。


「……ボス、客が来ました」

「……通せ」


 俺は奴の黒服の部下が案内するまでもなくドアを乱暴に開け放つと、奴がいる部屋に踏み込んだ。


「クロイヌ、どういうつもりだ?」

「お前には久々に会うわけだが、随分な挨拶だなカラス」


 ここは第十区域、その繁華街の中心にあるクロイヌのオフィスビル。表向き、この繁華街には組織は不干渉とはなっているが、ここが事実上【塔の組織】の拠点だというのはこの繁華街で知らない奴はいない。

 魔窟たる繁華街でもここは異質な空間だ。玄関から黒服の連中が常に四人、玄関からエレベーターへのエントランスには六人。一階だけで十人が警護している。勿論、各階にさらに警護している黒服がいてこのビルだけで常時百人はいるらしい。いわば一種の【要塞】だ

 ここを出入りするのは堅気じゃない。そして勿論、俺も堅気じゃない。


「お前はいつから【この件】に絡んでいた?」


 俺は目の前に座るカラスを睨みながら問いかけた。回答によっては俺は奴に手を出すかもしれない。それが何を招くかを理解していてもだ。

 クロイヌはこちらの問いかけに「座れよ」と言った。俺がそれに従い、応接用のソファーに深々と座ると、奴も対面するように目の前のソファーに座り込んだ。

 このソファー、やたらと身体が沈み込むのが正直気に入らない。とっさの反応が鈍くなりそうだからだ。


「【この件】とは何の事だ?」

「この写真だ」


 俺はテーブルに叩きつけるようしてに写真を置いた。

 そこに写ってるのはアンダーへと降りていくイタチの写真ともう一つはモグラが、クロイヌの乗った車に乗り込む写真だ。この二枚は俺が個人的に使ってる情報屋が持ってきた物だ。


「知らないとは言わせない。……お前はいつからこの件に絡んでいた?」


 俺は怒りを抑えきれなくなっているのを自覚していた。モグラ、あの古ダヌキにも苛立ちを覚えていたが、目の前にいるクロイヌにはそれ以上に怒りを感じていた。

 クロイヌの奴は何事も無いかのように葉巻をシガーボックスから取り出すといつものように先端を噛みきり、口にくわえるとライターで火をつけた。いつものようにゆっくりと白煙を口から吐き出すと、灰皿に葉巻を置いた。


「最初からだ。何か問題か?」


 クロイヌは眉一つ動かさずそう言った。俺はソファーから飛び上がり奴に殴りかかろうとしたが、かろうじて思い止まった。


「珍しいな、お前がそこまで怒りをあらわにするとはな」

「掃除人の【ルール】を忘れたのか?」

「確か、依頼人に偽りや隠し事があるなら断れ、だったな」

「そうだ、【お前と俺】が決めたルールだ」


 俺とクロイヌの二人で【掃除屋】を始めた時にいくつか【ルール】を作った。

 理由は掃除屋はあくまで【この街】を綺麗にする為に存在するべきだという二人の暗黙の了解があったからだ。

 汚い仕事をするとしても、それは街に蔓延する悪党に対してだけ。決して、誰かの権力や欲の為には仕事をしない。これが前提条件だった。


「お前は、前提条件を破ろうとしている」

「……俺は破ってはいないつもりだが」


 クロイヌはそう言うと灰皿の葉巻を再び口に運んだ。


「……イタチの奴が心配か?」


 クロイヌはそう言うとシガーボックスから葉巻を一本、こちらに差し出す。俺はそれを払いのけた。


「アイツはバカで無鉄砲だが、お前の為の捨て駒じゃない」

「当然だ、アイツは腕がいい。捨て駒には出来んさ」


 クロイヌはそう言うとわずかに眉を吊り上げ、立ち上がった。


「この件は任せろ、問題はない」


 クロイヌはそう言うといつもの黒いソフト帽をかぶり、コートを羽織った。


「話は終わっていない」

「終わりだ」


 奴はそう言うとオフィスを出ていく。俺は奴を追うが、奴はいつもなら使わない屋上用のエレベーターに乗り込んだ。


「イタチなら心配するな、奴には【鈴】を付けているからな」


 扉が閉まる前にクロイヌは淡々と言った。

 しばらくすると屋上からヘリのローター音が聞こえてきた。




 奴のオフィスビルからの帰路、俺はある思いに囚われていた。それは、


『俺はいつからこんなに無力になった?』


 という物だ。

 いつの頃からか、俺は時折そうした思いに囚われるようになった。


 かつて俺は最悪の戦場で生き抜いた。そこでは人権なんか存在せず、目の前の相手は全て敵だった。だから躊躇う必要もなく俺は自分の持てる技術を行使した。

 やがて俺は【死神】とあだ名で呼ばれるようになった。どんな戦場であっても生き延び、相手を殺す俺の事を【戦場を渡り歩く死神】として敵も味方もなく忌み嫌われた。

 俺には生まれた時から名前が無い。

 何故なら俺は物心ついた時には一人だった。ガキの時から人一倍でかく、力もあった俺は、気が付くと戦場にいた。生きていく為に。



「――ほう、君はなかなかの逸材だねぇ」


 名付け親は自分の事を【マスター】と呼ばせた。

 奴は俺に生き抜く為の知識と技術を叩き込んだ。奴は、俺みたいな孤児を拾い上げては鍛え、兵士にしていた。


「よぉ、お前デカイな」


 ソイツは軽薄そうな奴だった。ヘラヘラ笑ってくだらない冗談を口にし、決して弱音を吐かなかった。

 気が付くと、俺はソイツと行動する事が増えた。ソイツは、力は俺より弱かったがずる賢く、したたかだった。


「しかしよ、俺ら何で名無しなんだろうな」

「さぁな、名前が欲しいのか? ヒョロ」

「ヒョロはよせ、デカブツ」


 やがて俺達は戦場に派遣された。たった十人足らずの部隊は、敵の将軍を暗殺する為に、味方にも存在を知らされずにひっそりと。

 存在しない筈の俺達は任務を遂行したが、その報酬は敵味方からの銃弾と砲弾の雨だった。結局、生き残ったのは俺達二人だけだった。


「ふむ、君達には名前が必要だな」


 【マスター】は、生き延びた俺達に名前を与えた。


「君は、【レイヴン】だ。戦場を渡り歩くカラスだよ」


 俺はそれから【レイヴン】と呼ばれた。ヒョロにも名前が付いた。


「君は、そうだね、【ブラックドッグ】にしよう。イギリスで恐れられる魔物だよ」



 名前を得た俺達は、戦場を生き抜き、たくさんの命を奪った。俺達にとって生きる事は殺すことだった。





「う〜んと、じゃあカラスね」


 大戦が終わり、俺はある理由からあの子を、【レイコ】を預かった。彼女は、重い辞書を引きながら、平仮名を読みながら俺に名前をくれた。

 不思議と、何かが洗われるような気持ちだった。そして誓った。


『俺は彼女を守る事に人生の全てを捧げよう』


 あちこちを流離い、ようやくたどり着いた塔の街に、ブラックドッグが訪れ、二人で掃除屋を始める事になった。レイコはアイツにも【名前】を与えた。


「じゃあ、あなたはクロイヌ」

「へえ、クロイヌかぁ……前より何だかいいな。ありがとな! 嬢ちゃん」

「嬢ちゃんじゃないよ、レイコだよ」

「分かった分かった」


 それから俺とクロイヌは街を掃除し、そしてクロイヌは組織に入るとレイコの身の安全を確保した。そして、今。



「――俺にはもうする事が無くなったのか?」


 一瞬、くだらない考えがよぎったが一笑に伏した。全く馬鹿げている。


『やれやれ、俺も焼きが回ったな』


 そう思いながら、俺がバーへと近付いた時だった。

 嫌な予感がした。そして匂いがした。昔からよく知ってる匂い。こいつは戦場でよく感じた、【死の匂い】だ。

 身体が本能的に動き、バーに駆け寄るとドアを開いたその瞬間、ピンという音を立てて転がってきたのは、アップル(手榴弾)だった。【死の匂い】はこれが原因だった。



 ドドーーン!! 凄まじい衝撃が辺りに炸裂し、その音は耳を突き破るようだった。俺は、瞬間反射的に後ろへ退いたが吹き飛ばされ、ゴロゴロと転がると意識を失った。


「ぐうッッ……」


 どの位気を失ったのか、朦朧とする意識の中でかろうじて起き上がった俺の目に映ったのは、もはや瓦礫の山とかしたバーだった。


『あの爆発は一発じゃない、複数のアップルが連鎖したのか?』


 ヨロヨロとしながら、俺は瓦礫をどかした。何を探してるのか、よく分からないまま。だが、そうしていなければ気が狂いそうだった。


『――嘘だ、こんな馬鹿な』


 俺の中にあった、イタチへの心配など吹き飛んでいた。ここには、俺にとって一番大切なものがあったからだ。

 やがて、警察や、消防がやって来た。そして立ち入ろうとした。


「入るな、ここは俺の店だ」


 俺は近寄る奴らに殺意を剥き出しにした視線を向けた。誰も近付かせない。ここは、ここには。


「カラス、やめろ」


 そう言ったのは顔馴染みの警官、ゲンさんだった。


「俺に指図するなッ」


 俺がゲンさんに掴みかかると拳が飛んできた。大したことのないパンチだ、だが、俺はそのパンチを喰らいアッサリと倒れた。そして初めて気付いた。腹部から血が流れている事に。爆発の際にその破片が腹に突き刺さっていた。


「よせ、カラス。お前まで死ぬつもりか?」


 そのゲンさんの言葉に俺は逆上した。


『お前までだと?』


 俺はゲンさんを睨みつけようとしたが力が急速に身体から抜けていく。

 力なく地に伏した俺の目には、瓦礫から運び出される誰かが見えた。


「ひでぇな。こりゃ誰か分からないぞ」


 警官の一人が、担架に乗せられた誰かを見て吐き気を催すような仕草を見せた。最後にバーにいたのはただ一人だけだ。


『お、お嬢……レイコッッ』


 俺は薄れていく意識の中で絶望に身をうちひしがれた。






「さてと、まず明日生き延びなきゃな」


 気が付くと、ガルシアもキクの奴も眠っていた。時計が無いから、時間の感覚も無く正直言って変な気分だ。


『ま、いいや』


 オレはガルシアが書いた大まかな地図を見ながら明日待ち受ける【イベント】とやらに備えるコトにした。


『――ま、何とかなるさ。何たってオレには、鬼みたいなカラス兄さんと、魔神のレイコさんっつう、バケモンどもに散々ボコボコに……いや手あわせしてる経験があるんだからな。まず一対一じゃ負けねぇよ』


 そして、いつ来るか分からない【明日】に備えて寝ることにした。

 同じ頃に上の街で何が起きて、明日は何が待ち受けるのか? その時のオレは知るよしもなかった。

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