サルベイション
オレ達は先頭を歩くジェミニの後について歩いていく。しばらくすると銃の製造工場のある区画を抜け、また薄暗い通路に入った。
「……さっきの労働者達はアンダー以外からも集めてきたのか?」
オレはただ歩くだけもつまらないので、ジェミニに問いかけた。奴は「そうだよ」とだけ答えた。
「じゃ、何処から集めたん……」
「……彼らかい? 彼らは提供されたのさ」
奴はオレの言葉にかぶせるように、大したコトじゃないとでも言いたげに答えた。
「提供された? 誰かいるのか他にも」
「その辺りはまた今度にでも話そうじゃないか。ほら、もう少しで目的地だ」
オレ達はさっきから少しずつ上へと昇っていると感じた。ゆっくりとだが、身体になだらかな坂を登るような傾きを感じているからだ。
何となしに壁を軽く叩いて見るとゴツゴツした感触だ。この壁はどうやらコンクリートらしい。それも相当にガッチリと塗り固めている感じだ。
「ガルシア、お前はこの先に何があるのかは知ってるのか?」
オレはガルシアに訊ねてみた。アイツは外の光景には驚いていたが、工場に入ってからは特に反応はしてない。ここが知ってる場所だからだ。
「行けば分かる」
ガルシアは素っ気なく答えた。その表情がこわばっていて緊張感が伝わってきた。
「レイジ……」
キクの奴がオレに近付くと小声で話しかけてきた。
「何だキク?」
オレもキクに合わせて小声で返事を返した。
「アンタは私が守るから」
「ん? 何だ」
キクの言葉はさっきよりもか細くて何て言ったのか聞き取れなかった。
「何でもないよ」
キクはバンとオレの背中を叩くと少し怒ったような表情をして叫んだ。
「ハハッ、キクに嫌われたのかい」
ジェミニの奴にはオレとキクがケンカしたように見えたらしい。
「……守るから」
キクはオレから離れる時にまた小さな声で囁くように言った。今度は耳に届いた。
オレから離れたキクに今のやり取りを知らないガルシアが近付いて「大丈夫なのか?」と心配そうに話しかけていた。ガルシアの奴も可哀想にな。キクがあまりに鈍感過ぎて。てか、お前が告白するなり何なりすればいいんじゃないのか?
とか何とか考えているうちに全員が黙り込んだ通路にはオレ達の足音だけがするようになった。何分程歩いたのか、こう暗いと感覚が狂ってくる。
すると通路の前方で頑丈そうな扉が突然開かれたと思ったら、そこから光が入ってきて目の前の通路が階段に変わった。これまたかなり長い階段の様だ。ただ、さっきと違うのは階段の両壁はさっきの武器庫への通路と同じく一種のマジックミラーなのか外の光景が見える。
見えるのはさっきの区画で製造したであろうAK―74を構えての射撃訓練だ。
何人いるのかはハッキリと確認出来ないが、少なくとも数百人はいるだろう。そいつらが交代しながら数十メートル先から手前までの射撃場で突然飛び出す的に向けて射撃をしている。遠目からだが、かなり本格的な訓練施設に見える。コイツらがもし上の街に出てきたらかなりの被害が出ることは間違いない。とか何とかオレが考え事をしていると、
「さ、着いたよ」
ジェミニがそう言って立ち止まった。目の前にドアがあり、黒装束がそのドアを開いた。
「トーレスは外にいろ」
ジェミニは背中を向けたままそう命じると部屋に入った。オレとキクも部屋に足を進めた。
「ここは……何だ?」
部屋に入ったオレの目についたのは部屋のデカさだ。何百人は入れるようなその広さに驚いた。
次に気付いたのは部屋のほぼ中央にまたドンと置かれた机だ。円卓になっているらしく、周りに置かれた椅子の数はどうやら十二。
「何だよここは?」
「すぐ分かるさ」
ジェミニはオレとキクに「ここで待ってくれ」と言うと、黒装束の一人からフード付きのマントを受け取るとそれを纏い、円卓にある席の一つに座った。
すると、それが合図かのように部屋が薄暗くなり同時にバタンバタンと複数のドアが開く音が聞こえた。
気が付くと仮面を付けた奴らが次々と部屋に入ってきて、迷わずに円卓に備えてある椅子に座っていく。座る場所は決まっているらしい。
あっという間に椅子には十人が座っていた。暗いのと少し距離があるものの、夜目が利くオレには連中の仮面に【蟹】や【魚】に【山羊】が描かれているのが見えた。
「皆、お疲れ様」
そう切り出したのはジェミニだ。
「……トーレスの姿がまだ無いようだが?」
そう発言した奴の仮面はオレに背中を向けた椅子に座っている為に分からないが、全員が変声機付きの仮面とあのフード付きのマントを着用するのは互いの素性を知られないようにする為の措置だというのは何となく分かった。
「トーレスなら除名対象になったよ」
ジェミニの奴が淡々とそう言うとざわざわとした声が聞こえた。
「奴が何をしたというのだ? 奴はお前の手駒の部下のハズだか?」
どうやらさっきの仮面の奴はジェミニに対してはあまり好意的では無いように見える。話す言葉にトゲがあるのが伝わる。
「簡単な任務に失敗したからだよ」
「簡単な任務とは?」
どうやらこの中でジェミニとソイツが中心的な役割を果たしているらしい。他の連中はあまり興味が無いのかさっきのざわめき以外はまだ発言が無い。
「それよりも、課題だった【十二人目】について話をしたい」
ジェミニがそう発言すると、もう一人の奴は「何っ」と叫び、他の連中はさっきよりもハッキリとざわめいた。
「そこで君達に紹介しよう、彼をこちらに」
ジェミニがそう命じると黒装束の一人がオレを丁寧な所作で「前に出てください」と言った。仕方ないのでそれに従い、オレは円卓にいる連中の少し手前に用意された椅子に座った。
オレが座るとそこへスポットライトが当たり、一瞬目が眩んだ。連中のざわめきが耳に届く。
「彼はボクの友人、キミ達も名前くらいは聞いたコトがあるだろう。【イタチ】だ」
「ほう、あなたがあの有名な【掃除人】の、ですか」
さっきからジェミニとやりあっていた奴がオレに振り向いた。
その仮面は口の部分が露出していて、目から鼻先までを隠していた。まるで仮面舞踏会、マスカレードで顔につけるような代物だ。
「アンタ誰だ?」
「これは失礼をば。私は、獅子【レオ】の称号をもつ者です」
レオと名乗ったその男はフードを外し、こちらに頭を下げた。仮面には威嚇するように吠える【獅子】が描かれていて、フードからこぼれるように出てきたサラサラとした金髪の長髪は獅子らしく鬣のつもりだろうか。
『――変人ばかりだなコイツら』
オレは口から出かけた言葉を飲み込む。
「いずれあなたとは手合わせしたいモノですね」
レオと名乗った男はそう言うと「だが……」と言いながらジェミニに向き直った。
「だが……何だい?」
「彼の名前や実積は認めざるをえない、だが、だからとは言え、彼を【十二人目】にするのはまた別の話だ。私はそう思うが、他の皆様には意見はありますか?」
レオの奴がそう円卓に座っている連中を見回しながら問いかけると、その中の一人が手を挙げると立ち上がった。
「ワタシはレオに賛同スル」
そいつの仮面にはハサミを振り上げた【蟹】が描かれていた。背はオレよりさらに低く、キクと大差ないように見えた。
「【キャンサー】は私と同意見の様だ。他の皆様は?」
レオは仮面から露出した口元を歪めると自信たっぷりに胸を張った。
その様子に引っ張られたのか、何人かの連中がレオに賛同し始めた。その様子に満足げに頷くとレオはジェミニに言った。
「ジェミニ、君がいかにこの【グループの】……」
「……サルベイションだ、説明したハズだよ」
「これは失礼。サルベイションの創設者だとしても我々はあくまで対等の立場だ。君が好きに手駒や知り合いを幹部にしていい訳がない」
レオの話に対し、ジェミニは特に返す言葉が無いのか、黙った。だが、ジェミニの奴の表情には怒りなどは浮かんでいない。寧ろ、わずかに笑みを浮かべていた。
「ククフフフッッ、分かっているよレオ。キミの意見は当然だよ、だからボクはこう言うつもりだったのさ、【十二人目】を決める為のイベントをしようとね」
ジェミニはそう言いながらニヤリと仮面を歪ませ笑った。最初から話の展開を予想した上で、こうなるように誘導したに違いない。相変わらず性格の悪いヤツだ。
レオも誘導に気付いたのか「くっ」と悔しげな声を洩らした。
「皆も異存は無いよね? イベントは明日のこの時間に訓練場で行うよ」
ジェミニの奴の決定に異議を申し立てる奴はいなかった。レオの奴も黙り込んだ。
「さて、イタチにキクはゆっくり休んでくれ。明日は大変だからね」
ジェミニの奴はそう言うと興味を失くしたのか背中を向けると右の指を鳴らす。黒装束達がオレとキクの二人を「こちらへ」と案内しようとしたたその時。バタンと勢いよくドアを開ける音がして、
「ジェミニ、おれはどうすればいいんだ?」
ガルシアがオレの後ろから声を張り上げた。
「外にいてくれないかといったハズだよ」
ジェミニは振り返りもせずにそう返した。他の連中はガルシアの様子を見てまたざわついた。
「トーレス、何故仮面を着けていないんだね?」
レオがガルシアを見ると話しかけた。その言い方は明らかにガルシアを見下していた。
「レオ、おれはジェミニに聞いている。あんたは引っ込んでいてくれないか」
ガルシアの返した言葉にレオは、
「ハハッ、言うようになったな」
そう笑うと席に座った。ガルシアはジェミニを睨みながら言葉をぶつけた。
「ジェミニ、答えろ」
「あ〜〜、そういえばキミの処分が決まってなかったね。うん、考えとくから今日は休むといいよ。ボクにはこれから大事な話があるからね」
ジェミニは振り向きもせずに言うと今度は左手で追い払うような仕草をみせた。正直言って腹が立ったが、とりあえず引き下がろう。まだ、様子をみるべきだ。
それから今度はいくつかの階段を使い、さらに途中でエレベーターに乗り継ぎ、案内されたのはだだっ広い殺風景な部屋だった。あるのは冷蔵庫には水だけ。それとパイプベッドが四つ。
「ま、牢屋よりはマシってトコか」
オレは早速とベッドに寝転がってみた。バーのオレのベッドとは違い、マットは固くて、枕も合わない。
「至れり尽くせりだな。泣けてくるぜ」
オレの皮肉にキクもガルシアも反応しない。
「どうした?」
二人に話しかけてみると、
「ゴメン、私のせいだ」
キクがこれ以上無いくらいに頭を深々と下げてきた。
「何がだよ、お前が何かしたか?」
「私がレイジの足手まといになっちまった。そうなんだろ?」
どうやらキクはオレが捕まったのが自分のせいだと考えてるらしい。
「気にすんなよ、別にお前がいなくたって多分、オレはここに来たんだからな」
「でも……」
「……気にすんなってんだ。ガルシア、お前も何か言ってやれよ」
ガルシアに目を向けると、アイツは下を向いていたが「レイジ」と言うとオレの顔を見た。
「明日なんだが……気をつけろ」
「何だよ、心配してんのかよ? 柄にもなく」
オレは笑ってみたが、ガルシアは深刻そうな表情のままだ。
「処分が気になんのか?」
「おれはどうなっても構わないさ。たくさんの人を殺したからな。それよりもあんたのコトだ」
「【イベント】ってヤツか?」
「あれは殺し合いだ。ジェミニの奴はあんたと誰かを殺し合わせるつもりだ」
「心配すんなって、殺し合いならオレはそれなりにプロだからな! ンなことよりも、だ」
オレは二人を手招きすると小声で話を切り出した。
「脱出の準備をしとけ」
「待たせたね」
暗闇に包まれたその部屋に入るとジェミニが暗闇に向けて声をかけた。
「……奴は?」
すると暗闇の中から男の無愛想な声がそう訊ねてきた。
「準備は整ったよ、あとはキミ次第だ。そちらこそ準備は出来てるのかい?」
ジェミニがそう言うや否やのタイミングで男があっという間に喉元に指を突きつけていた。
「今のが実戦ならお前は死んだ」
「ククフフ、流石だよ。キミなら間違いなく彼を殺せるね」
「奴を殺せるのは俺だけだ」
そう素っ気なく言うと男は暗闇に姿を消した。
ジェミニは誰も見ていない事を確認した上で仮面を外すと、消え入りそうにか細い声で、
「明日が楽しみだよ」
そう誰に言うでもなく呟いた。




