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イタチは笑う  作者: 足利義光
第九話
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生きていた男

 オレの話を二人は静かに聞き終えた。しばらくして、


「レイジ……ホントに私達を大事にしていたんだね」


 キクは嬉しそうにそう呟いた。その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。


「おれたちもアンタには家族だったんだな」


 ガルシアもどこか感慨深げに頷きながら笑顔でそう言った。

 二人が嬉しそうな顔をしてこちらを見るので思わず身体がむず痒くなるのを我慢しながら、オレはガルシアに話を切り出した。聞きたい事があるからだ。


「……ところで、お前の話を聞きたいんだけど。【グループ】って何だ?」


 ガルシアはオレの質問を聞くと、つい今さっき見せた笑顔が一変し、深刻な表情に変わった。


「そうだな、アンタには話さないといけないな」


 するとガルシアは少しためらうような表情を浮かべ、一度深呼吸をした。深く息を吸い、ゆっくりと吐く。しばらくして重い口を開いた。


「簡単に言えば【グループ】は上の街をぶっ壊したいと考える連中の集まりだ」

「街をぶっ壊す? それはつまり……」


 オレはその話を聞き、嫌な予感を覚えた。何故なら……。


「昔のアンタの口癖だったよな【街をぶっ壊す、偉そうに見下す奴等をズタボロにして上から見下ろしてやる】。それを連中は本気でやるつもりなんだ」

「……本気でやるつもりなのか?」


 オレは思わずガルシアに聞き直した。四年前はガキの集団だったとはいえ、上の街に攻めいった時の結果を考えれば、組織の力がどれだけ巨大で強大なのかは身に染みて理解していたからだ。


「あぁ、本気だ。少なくともおれ以外の連中は多分な」


 ガルシアは淡々と答えた。


「……じゃお前、何でそのグループってのにいたんだよ?」


 思わずキクがガルシアに問いかけた。確かにもっともな疑問だと思う。

 するとガルシアはキクと目が合うとビクッとして、


「そ、それはその……」


 急に目の焦点が合わなくなってキョロキョロしだした。おまけに顔も真っ赤だ。成る程ね、誰が見ても一目瞭然だろう。

 しかし、キクは全くガルシアの様子に気付いてない、マジか。なら仕方がない。


「キク、ガルシアはな……もがが」


 オレが代わりに言ってやろうとしたらガルシアに後ろから口を塞がれた。筋骨隆々とした筋肉ダルマに全力で口を塞がれたらそれはもう、窒息モノだ。


「レイジ! や、やめてください」

「モガガッッ」

「ん? ガルシアが私に何なワケ?」

「そ、それはだ……」


 今にも窒息しそうなオレから手を離すと、ガルシアはキクから逃げるように先頭に立ち「い、行くぞ」と言って早足で歩きだした。やれやれお子さまは困るな。


「で、街をぶっ壊すってのは具体的にどうやるつもりなんだよ?」


 仕方がないので、ガルシアをおちょくるのはまた後だ。今はグループの話を聞かないと。そう思ったオレはガルシアの横に並ぶと話しかけた。


「……詳しくはグループ内でも秘密にされてて分からない。グループ内では互いの行動には不干渉がルールだからな。ただ……先日【港で仕入れた品物】を使うとは聞いている」

「港?」


 オレは【港】というキーワードに一瞬言葉を失った。


「何だろ? 凄い武器でも仕入れたのかなぁ」


 その代わりにキクがガルシアに聞いていた。ガルシアの奴は相変わらずキクとは目を合わせないようにしながら言葉を返す。


「い、いやデカイ品物じゃ無かった。小さな小箱程度で、軽かった」

「そんなもんで上の街をぶっ壊せるものか? なぁレイジ」

「あ、あぁ、どうだろうな」


 気のない返事をしながらも、オレの脳裏で今の情報とモグラからの依頼が同じシロモノを指していると結論が出ていた。


『拡散されては困るシロモノ』


 確かモグラはそう言っていた。ガルシアの話を聞く限りはやはり重火器ではない。だが、拡散されては困るシロモノ……。


「ガルシア、誰がその品物の買い手なんだ?」


 オレのその質問を聞くとガルシアはゴクリと唾を飲み込んだ。どうやら言いにくい様子だ。


「――ソイツはオレの仲間なのか?」


 オレが質問すると、ガルシアは小さく頷いた。


「……あぁ、アンタもよく知ってるヤツだ」

「……誰だ?」


 オレがガルシアにそう質問した時だった。オレ達の視界に前方が赤く染まっているのが見え、嫌な予感を感じたオレ達が駆け寄ってみると、それはキクのいる集落から上がった火の手だとすぐに分かった。


「れ、レイジッ。私の集落が、皆がッッ」


 キクが激しく取り乱すのをガルシアが「落ち着け」となだめながら、オレに顔を向けると苦虫を潰したような表情になり言った。


「……間違いない。アイツの仕業だ」

「グループの一人で、オレの仲間だった奴。誰な……ん?」


 オレはその時になって、不意に気配を感じた。何人いるのかは分からないが、囲まれていると感じた。そして、


「それ以上追及するのはかわいそうだよ、なぁガルシア?」


 まるでオレの心の中を見透かすように声が聞こえた。あの独特の変声機で加工された声だ。

 オレはその声の方向に振り向くと、一人の男が薄ら笑いを浮かべて立っていた。

 服装は上からチェック柄のジャージに、Tシャツ。下はスキニージーンズをブーツインしている。あと特徴として目立つのは、サスペンダーがブラブラと垂らされている所だ。いずれにせよ、アンダーにいる奴等の服装じゃあない。

 ソイツはゆっくりと警戒するこちらに歩み寄ってきた。相変わらずヘラヘラとした薄ら笑いをうかべながら。

 そして近付くにつれソイツの異様さが理解できた。その原因は奴のその表情だ。それは【仮面】だった。

 オレの横にいるガルシアが着けていたような目の部分と鼻に小さな穴が以外は平面の仮面とは違い、首から顔までスッポリと仮面で、奴のには薄ら笑いの表情が張り付いている様だった。


「やぁ、久し振り。レイジ……いやイタチ君だったね」


 さらにそう奴がしゃべると仮面もそれに合わせる様に口や表情が動いた。細かいコトは分からないが、ラバーマスクみたいなモノなのだろう。ただ、仮面の色が肌色でその表情が不気味な程にリアルだが。オレは奴の張り付いている表情にはよく見覚えがあった。

 さらに、奴の丁寧ながらもどこか人を見下したような口調にオレは確かに聞き覚えがあった。確か死んだと聞いていたはずだが。


「――お前は……ノンか?」


 オレが聞いてみるとキクが反発した。


「ノンは、殺されたんだよ……生きてるワケが」


 キクが震えながらそう絞り出すように言った。すると、


「……おれが助けた」


 そう言ったのはガルシアだった。キクはそれを聞いて驚愕したが、ガルシアは話を続けた。




「おれが見つけた時にはノンは瀕死の重傷だった。それで匿った」

「な、何で教えてくれなかったんだよ」


 キクがガルシアに掴みかかると叫んだ。


『――私にも教えてくれたら、ノンを一緒に守ったのに』


 キクの目からはそう言っている様にオレに見えた。


「キク、よせ。ガルシアを責めるな」


 オレはキクの肩を掴むとガルシアから引き剥がした。


「――そうだよ、彼に罪は無いんだからね」


 ノンはそう言いながらこちらに近付いてきた。


「ボクが彼に黙って欲しいと頼んだんだ。誰がボクを殺そうとするか分からなかったからね、あの時は。だから、彼には内緒にして貰ったのさ」


 ゆっくりとした足取りでノンはオレ達の目の前にまで近付いた。


「仮面を外せよ、仲間だろ? ノン」

「フフクク、レイジ。今のボクはもうノンじゃない。ボクは、仮面を見たまえ」


 ノンの表情の着いた仮面には、顔の左右に手を伸ばした双子が描いてある。


「今のボクは双子座を意味する【ジェミニ】だよ、レイジ。今のキミがイタチと呼ばれる様にね」


 ノン、いやジェミニはそう言うと顎先を指先でこすった。考え事をしている時の奴の癖だ、そこは昔と同じの様だな。

 ジェミニは右手を上にあげる。微かだった気配がハッキリとし、オレ達を八人の黒装束の連中が囲んでいる事が分かった。連中はガルシアが着ていたようなフードつきマントと黒い仮面を着けている。

「……八人か、少ないんじゃないのか?」


 オレはジェミニを挑発するように話しかけた。奴の出方を知る為だ。


「どうかな? ボクが自分の手札を明らかにするとでも思うのかい?」


 ジェミニははぐらかすように返事をしてきたが、オレは状況の把握に努めた。黒装束の気配の消し方は大したモノだった。間違いなく訓練された連中だ。


「コイツらは、ギルドの連中か?」


 オレはジェミニに尋ねた。すると、


「うん、そうだよ」


 奴はあっさりと認めた。モグラの言っていた言葉がまた脳裏を横切る。


『ギルドの一部か、またはほかの連中かな』


 つまり、グループってのは……。


「……組織にも仲間がいるってワケか?」


 オレは半ば確信を持ちながら質問した。


「なかなかいい読みだね。あぁ、いるよ」


 ジェミニはこれもまたあっさりと認めた。


「……いいのか? 手の内を明かしても」


 オレはジェミニがこう簡単に質問に答えるのに違和感をハッキリ感じていた。


「この位は構わないさ、もう【救済】は始まるワケだし」

「救済?」

「モグラってじぃさんから依頼があっただろ? キミはボクが買い取った品物を使って行う【ゲーム】の妨害をしに来たんだろ?」


 ノン、いやジェミニにはどうやらオレが来た理由がバレている様だ。しかもモグラの事も知っている。


「大したモンだな。一応褒めとくぜ」

「フフクク……あと、キミが今、誰を【好き】なのかもね。彼女は実に上品そうだ」


 ジェミニがそう言うとその仮面はニヤリと笑った。


「……ソイツは聞き捨てならないな」


 オレは足を踏みしめると、ジェミニを睨んだ。


「わぁっ。おっかない、おっかないなぁ。イタチ君」


 奴はまるで道化師の様におどけた足取りで後ろへ飛び退いた。


「だけど、キミはボクに手を出せないよ。見たまえ!!」


 ジェミニがもう一度右手をかざし指をパチンと鳴らすと、集落から人影が姿を見せた。それはキクの集落の住人達だった。彼等をここにいる八人とは別の黒装束達が引き連れていてオレ達のすぐ目の前まで連れてきた。人数はさらに六人。合計十四人ってワケだ。


「キク、キミの集落の連中はまだ生きてるよ、今はまだね♪」

「ノン……何でだよ」


 キクが今にも泣き出しそうな表情を浮かべて、膝をついた。


「――くだらないね、実にくだらない」


 ジェミニは小さく「やれ」と黒装束に命じた。

 すると黒装束の一人が集落の人間を一人、キクに見せつけるようにナイフで刺した。一度、二度とナイフは何度も背中から突き立てられ、その住人は口から血を吐き、呻きながら死んでいった。


「や、やめろっ」


 キクの叫びが虚しく響いた。


「ボクが欲しいのはキク、キミの涙ながらの懇願じゃないんだ。分かるよね? イタチ君」


 口元を歪めたジェミニはそう言い放つと、さらにもう一度「やれ」と命じた。

 黒装束が無言でまた別の住人を引き出すと、ナイフを突き立てようと振り上げた時、


「チッ。わかった、降参だ」


 オレは両手を上にあげると、そう叫んだ。


「やめろ! ……それでいいんだよ、イタチ」


 ジェミニがそう言うと、黒装束はナイフをしまい住人はもといた場所に戻された。


「……満足したよ、イタチ。キミは相変わらず、最後には非情に成り切れないんだね」

「あぁ、良かったな。オレが非情なら今頃、その頭に風穴が開いてた」

「フフクク、減らず口も相変わらずで結構だよ」


 ジェミニは満足そうに頷くと、黒装束にオレを拘束させた。手首に拘束バンドを二重に巻き、オートマグとナイフをホルスターごと、ついでにスマホも奪われた。

 ジェミニはスマホを地面に落とすと踏み潰し砕く。そしてホルスターからオートマグを抜き取った。


「成る程ね、これがキミのオートマグか……見事なモノだ」


 ジェミニは金色に輝くオートマグを芸術品を扱うように眺めながら呟いた。


「さぁ、オレを捕まえたんだ、キクや集落の奴等はもういいだろ? 離してやれ」

「うん、確かにね。だけどまだだよ」


 ジェミニが首をクイッと前に動かすと、黒装束が今度はキクの両手を拘束した。


「キクッッ。ジェミニ、やめろっ」


 ガルシアがジェミニに食いかかろうと近付いたが、黒装束がその前に立ちはだかり遮った。


「キクがいればイタチも捕まえられるし、……キミも裏切らないだろ? これが正しい【ゲーム】の手順だよ、トーレス」


 ジェミニはそう言うと無機質な笑い声をあげ、オレ達を近くに停めていたハンヴィーに押し込んだ。


「全て【ゲーム】か。相変わらずだな」


 オレは奴に皮肉混じりに言った。以前から奴は何かを進める時に、それを計画とは言わずに、【ゲーム】と呼んでいた。奴にとって、全てはゲームらしい。


「……ジェミニ、目的は果たしただろ。だから……」


 ガルシアがすがりつくようにジェミニにそう言った。


「――あぁ、そうだった。住人達は解放するんだったね」


 するとジェミニは左手を上げるとグッと拳を握った。それが合図だったのだろう、黒装束達が一斉に住人達を殺し始めた。

 手足を拘束され、ほとんど無抵抗の住人達は、次々と殺されていく。

 黒装束はナイフ以外にも斧や槍を使いながら、住人達を無慈悲に切り裂き、断ち切り、刺し殺していった。



「や、やめろ……やめろよぉぉっ」


 開いた窓からその殺戮を見せつけられたキクの絶叫がハンヴィー内で響き渡った。


「ククフフ。何を泣くんだよキク。約束通りに【解放して自由】を与えたんだ、感謝して欲しいねぇ」


 ジェミニは嘲るようにそう言った。


「それに、キミ達はあまりにしがらみに縛られ過ぎだよ。アンダーでは強さだけが全て、だろ。余計なモノは捨ててしまえばいい。そうしたら強くなれるよ」


 オレは我慢出来なかった。


「ノン、良かったな。キクが今、ここにいて」

「何だい? イタチ」

「もしキクがいなければ、この場でお前は死んでいた」

「それは、脅しかい?」

「いや、事実だ」

「キミだって数えきれない命を奪ってきただろ? 何が違うんだ」

「お前には一生分からないさ」


 一瞬即発の状況だが、オレには確信があった。今、この場ではノン、ジェミニはオレ達を殺さないという確信だ。


「レイジ、キミは思ってたより知恵が働くんだね。自分の立場を理解しているらしい。確かにキミには用事がある、だからキミには手を出さないし、保険としてキクにも危害は加えないよ」


 ジェミニはそう言うとオレ達の目をアイマスクで塞ぐよう黒装束達に命じた。

 目を覆われてしばらく、バタンとドアが閉じるとハンヴィーが動き出したようだ。


「さぁ、来てもらうよ。ボク達のグループ……は味気ないな」


 妙な間が空いた。奴はおそらくまた顎先を指でこすりながら考える仕草でもしながら考えてるんだろう。


「どうでもいいだろ、そんなの。それより【救済】について教えろよ」

「…………うん? 救済、そうだ! 【サルベイション】か。これからはそう呼ぶことにしよう。感謝するよイタチ君、そして改めて言うよ。キミに【サルベイション】を紹介しよう」


 揺れるハンヴィー内でジェミニの無機質な笑い声だけが響いた。



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