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イタチは笑う  作者: 足利義光
第九話
63/154

レイジからイタチへ

「プッ、あハハハハッ」

「ククク」


 キクはともかく、ガルシアの奴まで笑いやがった。クソッ、だからあまり話したくないんだ、この話。リサに話したときも【二人】に笑われたしさ。


「おい、あんま笑うな」

「ワルいワルい。でもレイジ、アンタ弱ぇ」

「上の街にはアンタより強いヤツがいるのか……とんでもないな」

「あ〜〜あんま気にすんな、その二人はバケモンと魔神だから」

「でさ、レイジ。まだアンタがイタチって呼ばれてないよね?」

「まだ続きがあるんだよ、だからあんま笑うな。……古傷が痛むからよ」


 それは半分冗談だとして、というのは口に出さずに、オレは続きを話すコトにした。え〜〜と、確か……。



「お嬢、その位にして下さい。ソイツは一応、俺と手合わせした後ですから。無礼で生意気なのはアンダーから来たからですよ」


 アイツがそう言いながら、とてもお嬢には見えない女魔神をなだめた。

 普段、そんなに喋らないヤツなんだろうか、少し言葉がたどたどしい。


「仕方ないわね、カラスがそう言うなら」


 女魔神はようやく鳩尾を踏みつけていた足をどかせた。しかし、【カラス?】アイツの名前なのか? 上の街じゃ変な名前のヤツがいるモンだな。


「で、カラス。結局コイツは何なの?」


 女魔神がオレを一瞥すると指差した。


「オレはコイツじゃねぇっ、レイジだ」


 カッとなったオレは思わず叫ぶ。すぐに鳩尾に痛みが走り、思わず「ゴホゴホ」と咳き込む。カラスはそんなオレは無視して、お嬢に話を切り出した。


「お嬢、ソイツはウチで預かる事になりました」

「……え? 今、何て言ったのよ」

「ですから、ソイツはウチで面倒を見る事になりました」

「イヤよ! こんな汚い格好の男の子なんて」

「オレもお断りだね! アンタみたいな可愛くない女なんか、迫られてもな」


 オレは上半身を起こすと言い返した。言われたい放題で黙ってられないからな。

 女魔神は怒り心頭な表情を浮かべている。今にも頭から湯気でも出そうな勢いだ。


「何よ、コイツ」

「何だよ? やるか」


 オレは立ち上がると、構えた。全身に痛みがあるが、そんなのは無視すればいい。負けっぱなしなのはお断りだ。


 すると、女魔神とオレの間にデカブツ、いやカラスが割って入る。


「二人ともその位にしてくれ。お嬢、ソイツは俺が責任持ちますから。……レイジ、お嬢に失礼な態度をとるな。分かったか?」


 カラスは淡々と言ったが、オレに対しては明らかに脅しが入っていた。アンダーで生きてきたオレはその【殺気】を敏感に全身で感じた。思わず後ろへ退いた。


「……まるで、野性のネコみたいね」


 女魔神がこちらを睨んだ。ただ、さっきみたく怒り心頭という感じでは無い。


「アンダーじゃ、殺気とかには敏感じゃなきゃ生きていけないンだよ」


 オレも何となく、敵意が薄れたのか、女魔神に説明した。


「お嬢、コイツは見ての通りのバカです。ですが見所はあります、いいですね?」


 カラスがそう言うと、お嬢、いや女魔神は、


「ちぇ、分かったわよ。カラスが保証するなら断れないわね」


 と言うと、さっきまでの敵意をおさめた。オレも構えるのをやめた。


「レイジ、お嬢だ。お嬢、レイジです」


 二人の様子が落ち着いたのを見たカラスが俺と女魔神を紹介した。


「レイジだ、その……ヨロシク」


 オレは一応手を差し出した。


「……レイコよ」


 女魔神ことレイコも手を出すと握手をした。勿論、互いに手を思いきり握ったコトは言うまでもない。



「カラスさんよ、オレは何でアンタ達と暮らすことになってる? 正直オレは一人でも平気だ」


 オレは公園からのバーへの道中、商店街を歩くカラスに尋ねた。


「一人でだと? それで、寝床はどうする」

「そんなのはどうとでもなる」

「食事はどうする?」

「ンなもんは奪えばいいさ」

「それはアンダーじゃ常識でも上の街では犯罪だ、よせ。だからお前はウチで面倒を見るんだ」

「ふ〜〜ん、色々めんどくさいんだな。どうやって生きていくんだ?」

「何を言ってるワケ? 働くに決まってんじゃない」


 女魔神、いやレイコが呆れた顔をしている。


「で、アンタいくつなワケ?」


 レイコは続けて質問してきた。そういや、オレはいくつだっけ。


「……え、えーと、オレは15、いや19、19歳だ」

「うっそ? 私より二つ上なワケ、アンタが?」

「う、ウソじゃねぇよ」


 ま、多分ウソだけどな。正確にはオレは自分の年齢を【よく知らない】ワケだし。とりあえず、オレはレイコより年上ってコトにしておこう。その方が何か勝った気になる。


「え〜〜〜? 信じらんないわ」


 レイコはまだ疑いの眼差しをしている。だが、オレは動揺は見せない。見せたら負けだ。するとやがて諦めたのか、


「ま、いいわ。だって年上のクセに私より弱いんだし♪」


 と言うと笑った。


『しまった! 年上なのに弱いだと? アカンやんかソレ』


 オレは、今更気付いたが嘘だと言うと更に負けた気分になるのは間違いない。何とかせねば。


「何だよ? ……大体、オレはそのデカブツ、カラスと散々やりあってからレイコとやりあったんだぜ、不利に決まってンだろ」

「ちょ、呼び捨てにしないでよ!」

「だって年上だし、別にいいだろ?」

「……ぐっ、年下にしか見えないんですけど」


 レイコもとい女魔神はそう言うと苦虫を潰したような表情を浮かべる。

 しかし、連戦だったのは事実だ。返す言葉が見つからないらしく、黙った。

 よし。年上(多分ウソ)及び、体力的にオレがいかに不利かをアピール作戦成功だ。魔神め悔しかろう、悔しかろう。

 でもまぁ、アンダーじゃ年齢はあまり当てにはならないモノの一つだ。

 何歳だろうと、飢えには勝てないし、食いもンがキチンと足りない奴は身体が小さいままだったりする。

 まぁ、オレはまだまだこれから伸びるだろうから心配してないし(当時は162センチ、(現在は166センチ)女魔神だって追い抜くさ(ちなみに彼女は現在168センチ)。

 そんなことを考えつつもしばらく歩くと、レイコが不意にこちらを振り向いた。


「……大体、アンタの名前」

「……は? どうかしたのかよ」

「ムダにかっこよすぎなのよ、私がアダ名を考えてあげる」

「は、何言ってんだお前。バカか?」

「レイジ、お嬢に……」


 カラスが背中から殺気を出した。反射でまた後ろへ飛び退き、「プッ」とレイコに笑われた。


「そういやアンタ、何でカラスなんだ? 変わった名前だな」


 話題を変えねば。変なアダ名なんてごめん被りたいからな。


「……そうお嬢が名付けたからだ。文句があるのか?」


 カラスが歩みを止めて振り向いた。オレはハッとした。


『しまった、むしろ逆効果じゃねぇか』


 暗にアダ名を拒否してはいけない空気がこの場に起きた。



「え〜〜〜と、アンタはそう……ネコ。いや違うわね、もっと小さいっていうか、すばしっこいから……」


 レイコは何やら真剣に考えている。アダ名なんかいらないから。だが、無情にもその瞬間は訪れた。



「……そうよ、イタチ。アンタは【イタチ】!」


 そう言うと満足げに大きく頷いた。いやいや、


「ちょっ、何だよ【イタチ】って」

「勿論、アンタのアダ名よ。ピッタリじゃない」

「ならネコの方が……」

「あら、イタチもネコ科の生き物だし、すばしこいし、なにより【小さい】わ」

「そ、そこを強調すんなバカ女」

「っさい、チビ」


 カラスは軽くため息をつくとまた歩きだした。

 オレとレイコは互いにくだらない言い合いをしながら後ろからついていく。そして、しばらく歩くと目に映ったのは。





「スゲェ……」


 オレは思わず息をのみ、足を止めた。そこはデカイ通りで道の左右にはびっしりと店があり、ビルには無数の看板や、むやみに派手な電飾が飾られている。

 電柱には、妙にエロいねぇさんの裸の写真が貼り付いていてそこに怪しげな電話番号が載せられていたり、足元を見ると無数のビラが落ちており、それを踏みながら歩くのはとにかく大勢の人間だ。まるで人の海だ。


「……こんなたくさんの人が歩く場所なんて初めてだ」


 オレはまるで自分が小さな蟻ン子みたいな気分になった。街の雰囲気と人の数に圧倒された。


「どう? ビックリしたでしょ」

「う、うんスゲェ」


 オレは思わず素直に頷く。レイコはニッコリ笑うと手をかざし、


「ようこそ、塔の街【最悪】の第十区域に。そして私たちの暮らす【繁華街】にね」


 レイコはかざした手をこちらに差し出した。オレは何故かその差し出した手を素直に握った。



「【バー】はここからちょっと行ったトコよ」

「【バー】? 何だよ、そこ」

「私たちが暮らしてる店舗兼住宅よ、カラス話してないワケ?」

「えぇ、話すのは後でいいと思いまして」

「ふーん」





 気が付くと、心なしか二人の歩く早さがゆっくりになった気がした。多分、初めて見た繁華街に驚き、興味津々であちこちを見ているオレを見てそうしたんだと思う。

 アンダーから上に上がってあちこちで暴れたが、こんな場所は初めて見た。何て言うか、ここは整然とした感じの大通りや、きれいな街並みもあれば、大通りを一つ抜けるといかにもな雰囲気の悪そうな連中がたむろしている裏通り。裏通りじゃ並ぶ店もいかにも違法そうなモノやパチモノを取り扱ってたりする様だ。

 綺麗なものと汚いものがすぐ隣り合わせに存在していて、微妙なバランスで成立している。そんな印象だ。


『――何だろう、ここはアンダーに少し似ている』


 オレがそう考えていると、不意に目の前に二人組の男が立ちはだかった。背の高い奴と太った奴の組み合わせだ。


「あれぇ? さっきから臭いような気がしないかここ」


 二人のうちの背の高い奴が露骨に鼻をつまみながらわめいた。


「あぁ、クセェ。ゴミみたいな匂いだ」


 太った奴が合わせて手をパタパタしながらオレを睨んできた。どうでもいいから無視しようかと思ったが、二人組はオレを前に進ませないようにしている。

 ふと周囲を見回すと、いつの間にかカラスとレイコの姿が無い。置いていかれたかもしれない。


「オイオイ、どこよそ見してんだよ、ガキ!」


 背の高い奴が蹴りを入れようとしたのでとりあえず避けると、蹴り足を足で払った。


「イデッ」


 背の高い奴は簡単にその場に転がった。とりあえず見た目通りのハッタリ野郎らしい。


「オイオイ、なにしてンだよテメェ」


 太った奴がオレに掴みかかってきた。コイツもただ力任せに引っ張りあげようとしているだけの様だ。とりあえず、足を思いきり踏みつける。


「いぎゃあッッ」


 太った奴が思わず手を放し、うずくまったコトで下がった後頭部に右手を添えると、そのまま地面に押し出した。初めて使ってみる技だが、レイコがオレに使ってたので何となく使ってみた。太った奴がアッサリと前のめりに倒れたのを見て、思わず少し驚いた。


『――こういうやり方もあるんだな』


 そう思いながら、さっさと前に進もうと歩き出す。カラスとレイコを探さないといけない。すると後ろからバタバタとこちらに走ってくる音が聞こえた。


「待てよガキ」

「タダで済むと思うなよ、ぶっ殺してやる」


 背の高い奴が前に、太った奴が背後に立っている。


「とりあえず、顔を貸せ。……死にたくないならな」


 オイオイ、ぶっ殺してやるって言ったそばから死にたくないならって、言葉のチョイスが変じゃないか。まぁいいや。


「……お前ら、この辺りは詳しいか?」

「「何だと?」」

「だから、店の場所には詳しいか? ってコトだよ」


 そう言うとオレは大通りから離れていく。手間を省きたいからな。


「テメェ、どこ行くんだよ!」


 背の高い奴が喚きながらついてくる。太った奴も慌てて追ってきた。


「アンタらに付き合ってやっから、暇潰しと場所探しを手伝ってくれ」


 オレはそう言いながら辺りを見回し、いかにもな逃げ道の無い路地裏に入っていく。


「オイ待て!」

「来ないのか?」

「ふざけやがって、ガキが!」


 二人組はオレを追いかけて路地裏に入っていく。この後、二人は勿論ボコられたワケで、オレに道案内をするコトになった。



「あ、あの、兄さん」


 背の高い奴がそう卑屈に聞いてきた。太った奴は多少、オイタが過ぎたから念入りにしめておいたのでしばらくは気絶したままだろう。


「あの、兄さんどちらに案内すれば……」

「……あぁ、バーだ」

「どのバーですか? 店の名前とかは」


 そういや知らないな。まぁいいや。オレは頬をポリポリ掻きながら考え少しして言った。


「カラスってデカブツとレイコっていう……」

「か、カラスさんにレイコさんのいる【バー】ですか?」


 背の高い奴が急にビックリした表情を見せて飛び上がった。


「あ、あの兄さん。あそこだけはやめた方がイイッスよ」

「何でだ?」

「カラスって言えばこの辺りじゃ知らない奴はいないッス、繁華街の顔役で鬼みたいに強いんです」

「あぁ、知ってる」

「それにあそこには女子高生なのにやたら強いレイコってのが住んでて、あれがまたとんで……」

「とんでもないな、アイツは」

「え? 知ってるンすかレイコさんを」

「あぁ、そこで暮らすコトになったからな」


 妙な間が空いた。背の高い奴のオレを見る目が変わった。さっきまでは ただ卑屈なだけだったが、今は何だか脅えたような目をしている。


「おい、大丈夫か? アンタ」

「は、ハイッッ。だ、大丈夫です、すこぶる元気ですッッ……殴り込みじゃないのか」

「あ? 何か言ったか」

「いえいえ、滅相もないですッッ」


 明らかにおかしいが、イチイチ気にしても仕方ないので案内を続けさせようとした時だった。


「おい、そこのチビ」


 背後から声をかけられた。仕方ないので振り返ると、いかにもな感じのチンピラが立っていた。ワラワラと周りにはこれまたいかにもなザコが五人。


「ご苦労、イケ」


 リーダー格のチンピラが背の高い奴を労った。どうやらさっきの二人組はコイツの子分だった様だ。


「お前ら、マジでそんなチビにやられたのか?」


 リーダー格のチンピラがまじまじとした視線でオレを値踏みするように見ている。


「とても信じらんねぇわ、油断したんか?」

「どうでもいいから道を開けろよ、バ〜〜カ」


 正直言ってめんどくさいが、こういう勘違いヤローを見ると無性に殴りたくなる。オレは苛立ちを隠さずに詰め寄る。


「あ、あのコウジさん。やめた方がイイッスよ」


 イケがオドオドしながらリーダー格のチンピラ、つまりコウジに言葉をかけた。


「あぁん? 何でオレがこんたチビガキに……ヒイッ」


 コウジが間抜けな声をあげて後ろに退いた。オレは殺気をあらわにしただけだったが、コウジ以外は特に反応が無い。


「ふ〜〜ん、お前は一応格の違いがわかるみてぇだな、おい、イケだっけか、案内してくれ」

「て、テメェ、無視すんな」


 コウジとかいうバカを無視してオレは歩きだした。利口なら手は出さない、バカなら……。


「ち、ちくしょうがぁ」


 背中を見せたら殴りかかってきた。どうやらバカ決定だな。

 オレはコウジの右足を踏みつけた。痛みで奴が思わずうずくまった所へ、今回は右の裏拳を鼻先に叩き込む。


「ギャアアアアッ」


 コウジがみっともない悲鳴をあげながら転がる様を見たザコ達は一斉に逃げ出した。正直コイツらに興味なんか無いオレはあくびをしながら、


「案内してくれよ」


 と言うとイケは背筋をピンと伸ばすと「ハイッッ」と返事を返し、オレを案内してくれた。しばらく歩いた後、





「あ、あの、ここです」


 しばらく歩いた先にそれはあった。

 それは周りと比べて少し雰囲気が違う建物だった。見た目は何てコトのない鉄筋コンクリートの二階建てだ。

 アンダーから来たばかりの頃はこんなんのも驚いていたが、今じゃ見慣れたモンだ。

 オレが感じたのは見た目じゃなくて発している空気とでもいうべきか。

 建物の色は黒を基調にしていて、扉や窓枠が白く塗られていて、何となく【カラス】のイメージが連想できる。


「こ、ここがお目当てのバーっす」


 イケがこれ以上ない位にガタガタと震えている。どうやらカラスやレイコの名前は相当に有名らしい。


「あぁ、もういいや、ありがとよ」


 オレの言葉を聞いてイケは「お達者で」と言うと慌てて走り去っていった。


「さてと……行くか」


 扉に手をかけるとカラカランと鈴の音がした。よく見ると扉の上下に鈴がいくつか取り付けられていた。


「……やっと来た」


 声がした方向を見るとカウンター席にレイコが座っていた。その奥ではカラスがグラスを磨いている。


「随分遅かったね、迷子にでもなった?」


 レイコはクスクス笑いながら聞いてくる。


「仕方ないだろ。場所が分かんなかったんだからよ」


 オレはついムキになって言い返した。どうも、コイツとは反りが合わないようだ。


「お嬢、その位でいいでしょう。それよりイタチ……」


 カラスがこちらに視線を向けると手招きした。オレはそれに従って、カウンター席に座った。


「コイツをお前に」



 そう言うとカラスは包みを渡した。もって見ると少しズシリとしていて、包みを破ってみると出てきたのは、金色に装飾されたオレのオートマグだった。


「……いいのか?」

「あぁ、元々お前のだ」

「次は私から♪」



 レイコがもう一つ包みをオレの目の前に置いた。今度は、手に取ると軽い。包みを破ってみると【ホルスター】だった。


「これは……」

「だってアンタ、そのオートマグを片身放さずにもってたんでしょ、ウチで暮らすなら、チンピラみたいなズボンに差すのはお断りよ。ほら、付けなよ」


 そう言うとレイコは、戸惑っているオレにホルスターを取り付けた。で、一つ気になるコトがあった。


「何でホルスターが二つなんだ?」


 付けてもらったのはケツの上から腰に装着する【ヒップホルスター】だったが、もう一つは肩から吊り下げる【ショルダーホルスター】だった。


「カッコいいからいいじゃない♪」


 レイコは背中をバンバン叩きながら笑った。


「貰ったモノに文句をつけるな……俺は今まで何も貰ってないんだ……」


 後半は声が小さくてよく聞き取れなかったが、とりあえずオートマグをショルダーに収める。


「……何か違うな」


 次にヒップホルスターに収めてみた。


「へぇ、いいんじゃないの」

 確かに、何となくシックリ来た。ホルスターからオートマグを抜いては戻す動作を何度か繰り返す。すると、


「あれ? 入らない?」


 何度かやるうちに左手で入れようとしてオートマグの銃身がうまく入らなくなった。ヒップホルスターを腰から腹まで回して確認すると、銃身がホルスターについていたもう一つの穴につっかえていた。


「何だよ、この穴?」

「ソイツはナイフを仕込む場所だ、銃をしまうのは右だ」


 カラスは、一本のナイフをカウンターテーブルを滑らせるようにして目の前に流してきた。


「俺からだ、オートマグは色々【使いにくい】銃だからな」

「……銃の使い方を教えてくれるのか?」


 オレはカラスの目ををじっと見た。カラスも同じくこちらの目を見ながら、


「あぁ、お前にその気があるならな」


 そう言葉を返すと、カウンターの奥に消えていった。オレはナイフを手に取って眺めた。

 目の前にあるナイフは意外と軽かった。刃先は鋭利で、グリップには指の位置に凹みがあり、握りやすいように加工されている。かなり上等な品物なのが素人の俺でもよく分かる。そしてよく見ると柄には文字が刻印されていた。【クロウ】だろうか、掠れていてよく読めない。オレは店の奥に向かって、


「いいのか、このナイフを貰ってさ?」


 と聞いてみると奥から


「あぁ、俺には必要ない」


 返事が返ってきた。


「でも、【クロウ】って名前が入ってるぜ」

「気にするな、俺には合わない代物だ。お前が使えばいい」


 ならまぁ、いいか。そう思い、ホルスターのもう一つの穴にナイフを入れてみた。まるで最初からそうであったかの様にシックリした感触だ。


「うん、思ったより似合うわね」


 レイコはニヤリと笑うとオレに手を差し出した。


「さぁ、手を出して」

「握手ならさっきしただろ」

「これは【新しい家族】の歓迎の握手よ」

「家族? ……オレが」


 オレはレイコの言葉に、【家族】という言葉に柄にもなく怯んだ。

 オレには家族がいた。アンダーで野垂れ死にかけていたガキのオレを拾ってくれた【おっさん】。

 おっさんはオレに読み書きなどを教えてくれ、とても優しかった。でも、【死んだ】。誰かに殺されたんだ。

 オレは仇を討ちたいと思いつつも力を求めて暴れまわり、いつしか【子分】がたくさん出来た。色んな奴がいて、ケンカばかりしたが、楽しかった。オレにとってアイツらは新しい【家族】だった。

 でも、アイツらを守りきれずオレは死なせた。だからこそ、オレは【アイツ】に降参して家族を解散した。これ以上死なせない為に。


『もう二度と家族なんか持たない。持つ資格は無いんだ』


 そう考え、諦めたオレにとって、その差し出された手と言葉は眩しくて痛かった。でも……。



「……いいのか? オレなんか家族にして」


 もうオレのせいで家族が死ぬのは嫌だった。だから出た言葉だった。


「何言ってんのよ、私がいいんだからいいのよ」


 その口から出た言葉には何の根拠も無かった。ただ、ニッコリとした笑顔だけだ。なのに、オレは気が付くとその手を握り締めていた。まるで引き付けられるように。



「ヨロシクね、イタチ」

「あぁ、よろしく……ってイタチはよせっ」

「今、握手したでしょ? その瞬間からアンタはイタチ」

「何だよそのルール? ざけんな、取り消せよッッ」

「やーだよ、イタチ、イタチ。チビイタチ♪」



 まるでガキみたいなやり取りをしながらも、オレ達は笑っていた。

 この後、反発したオレは、レイコに完膚なきまでにやられ、やがて【イタチ】という名を受け入れていった。

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