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イタチは笑う  作者: 足利義光
第九話
62/154

鬼、いや魔神との遭遇

「あ、アンタ。本気か」


 思わず起き上がったガルシアが詰め寄った。オレは欠伸をしながら「あぁ」と答えた。

 そのあっけらかんとした様子にガルシアはどうやら完全に戦意を失ったらしく、手斧を地面に落とすし「ハハッ」と小さく笑い声をあげ、笑顔を見せた。

 まるで初めてする表情みたいにぎこちない、その笑顔を見たオレは思わず、


「ハハハハハッ、何だそりゃ? 初めて笑うのかよ、お前」


 と大笑いした。そんなオレの笑顔を見て、ガルシアも釣られて笑った。暗闇に包まれ、二人以外の生者がいない焼け落ちた集落が笑い声で包み込まれた。



「くそっ、おれの負けだよ。レイジ」

「あ? 今のオレはイタチだ、間違えるな」

「そうだっけな……さっきの蹴り、どうやったんだ?」


 そう言うとガルシアがこちらに歩み寄ってきた。そこへ、


「そこまでよ! ガルシア」


 と叫び声がする否や、いきなり誰かがガルシアに向かって飛び蹴りを放つ。

 気付いたガルシアはそれを避けた為、勢い余った蹴りはイスに座って気が緩みまくっていたオレの顔面をもろにジャストミートした。


「へぶしぃっ」


 オレはそう呻くと椅子ごと派手に後ろへとぶっ倒れた。我ながら実にみっともない。

 オレは鼻を押さえながら蹴りを放ったヤツを睨み付けると、それはキクだった。


「き、キク。何でここにいる?」

「何で? じゃ無いよ。何を勝手に一人でここに来てるんだよ」

「いや、ま、そのな」


 何故だ? 何だか知らんが、何故かオレが悪いみたいな空気になっている。


「や……やめてよ、またアンタがいなくなったから、心配したじゃないかよ」


 キクは消え入りそうな声でそう言うと両目から涙を流した。


「お、おい。泣くなよ」


 オレはうろたえながらキクの頭をポンポンと軽く叩いた。だが、一向に機嫌が治らない。


『や、ヤバイ。どうすればいいんだ、コレ?』


 そんな半ばパニックに陥りそうだったオレを救ったのは、


「キク、悪かった。おれのせいだ」


 まさかのガルシアだった。ガルシアはキクの前に立つと思いっきり頭を下げて謝った。


「この通りだ。だから怒るなら、おれを……」


 何かをいいかけたガルシアの顔面にキクの回し蹴りが入った。うん、腰の回転が実にいい感じの回し蹴りだ、絶対顔面に喰らいたくない。全身鎧みたいな筋肉のガルシアも、顔面に回し蹴りの直撃には耐えられなかったらしく、ドサリと倒れ込んだ。


「当たり前だ、アンタが出ていってから大変だったんだぞ! 筋肉バカ」


 キクが凄みながら、ガルシアを睨み付け、更にオレも睨まれた。


「レイジもだ! アンタも何かと全部一人でしょいこんで、少しは私を頼れバーカッッ」


 と勢いよく回し蹴りが飛んできたが、流石に避けるコトにした。あんなん喰らったら顔面滅茶苦茶になりそうだ。


「こら、避けるな!」

「あんなん喰らったら死ぬからヤだ」

「ガルシアのバカは喰らったぞ」

「アイツはホラ、バカだからさ」


 オレがキクにガルシアを指差すと、ガルシアはグッタリと完全に伸びている。オレよりタフであろう筋肉ダルマが一発でああなる蹴りなんか絶対に貰いたくないわ。


「悪かったよキク。この通りだ」


 オレもガルシアに倣い、頭を下げた。


「えっ、あ。あぁ」


 キクはよほど驚いたのかビックリしていた。


「オイオイ、オレが謝るのがそんなに変か?」


 思わず突っ込むオレ。


「あぁ、前のアンタならそんなに簡単に頭を下げたりしなかった」


 それに対して返事を返したのはガルシアだった。ゆっくりと起き上がりながらアイツは続けた。


「……アンタは変わった、前より随分と丸く、親しみやすくなった」

「うん、それは私も思うよ。前のレイジは何処か他人を近付けない所があったけど、今は何だか素直になった」


 ガルシアにキクまで合わせてきた。ていうか、お前ら、妙に仲いいじゃん。


「ところでさ、何でアンタ、イタチって呼ばれてるワケ?」


 キクが首をかしげながら質問してきた。いつもなら適当に流すが、まぁコイツらならいいか。


「聞きたいか?」


 オレは二人を見て質問を返した。二人はほぼ同時に頭を縦に振った。


「ちょいと長くなるけど、勘弁しろよ」

「構わない、だが、キクの集落に行きながらでもいいか? 気になるコトがある」


 ガルシアはそう言うと先に歩きだした。


「そうだな、集落に行こう」


 キクも頷くとガルシアを追いかけていく。


「やれやれ、休憩くらいさせろよ」


 オレは小走りで二人の前に出ると、話を始めた。ま、丁度いいかもな。時間を潰すには、


「あれは……」


そう、あれはオレが【バー】に入る前のコトだ。


「クソッ」


 その日オレは、公園でアイツと初めて手合わせした。そしてしばらくして見事に撃沈し、空を眺めていた。


「お前、バカだな」

「ンだとコラッ!」


 そう叫ぶとオレはアイツに向かっていき、いとも簡単に返り討ちにあい、また空を眺めるハメになった。


「少しは学習しろ」


 アイツは相変わらず見下ろしながら、淡々としている。


「るせぇ! 今のはオレが油断しただけだ」


 オレはそう吠えるように叫ぶと跳ね起きて、アイツに殴りかかった。

 だが、また気が付いたら地面に大の字に倒されていた。さっきからこの繰り返しだった。オレが向かっては倒され、向かっては転がされをひたすらに。その都度、アイツはオレを見下ろしていた。


「――レイジ、闘いでは相手の感情を読めと言った筈だ。それと何て言った?」



 アイツはやれやれ、と言った表情を浮かべながらオレに質問してきた。


「――なるべく自分自身は感情を表に出すな、だろ?」


 何度と繰り返し言われたので耳にタコが出来そうだったオレはすらすらと答えた。


「細かい事なんざどうでもいいから相手をぶっ飛ばせばいいじゃんか、教えろよオッサン! アンタ、オレを強くしてくれンだろ?」

「……お前みたいな無鉄砲がよくアンダーで生き残れたもんだな」


 アイツは溜め息混じりにオレを見た。

 それを油断したと判断したオレは、倒された時にこっそり掴んでいた砂をアイツの目に投げつけて目潰しをかけると、足を取って倒そうとした。だが、足を取った瞬間に背中を思いきり押されると、そのまま地面に顔面から落とされた。


「確かに、不意を突くのは上手いな。あと、実戦的な動きも十分だ。お前は強いよ、確かに……」

「……じゃ、何で勝てないんだよ、アンタに?」


 どうやら鼻血が出ていたが、オレは無視して起き上がった。アイツは淡々と言った。


「強いが、それだけだ。強いだけじゃ、闘いには勝てない」


 ――その言葉はまるで意味が分からなかった。アンダーじゃ強い奴だけが、自由に生きられる。

 弱いやつなんざ、強いヤツに何をされても文句なんか言えやしない、弱いんだから。弱いのは罪なンだ、そうじゃなきゃダメなンだ。

 まるで、今までのオレが、アンダーがバカにされたみたいな気分になったオレは思わずカッとなり、【スイッチ】を入れていた。


『ブッ殺してやる!』


 オレはアイツのアバラめがけて左肘を放った。アイツはそれを右肘で止めた。続けて右拳を下から上に振り上げ、殴りかかった。その右のアッパーはあっさりと左の掌で止められた。しかしオレは構わずそのまま振り抜いて左手を弾いた。両手を使わせたアイツの顎先に本命の頭突きを喰らわせようと頭を勢いよく突き出した。


『どんなデカイヤツもこの一撃で一発だ。ぶっ飛びな』


 だが、アイツは渾身の頭突きを顔を反らしてかわす。そこへ狙い澄ました右の膝蹴りがオレの顎先を逆に直撃すると、衝撃が全身を駆け巡って意識がボヤけていった。



「あ………ッ」


 オレは気が付くとまた空を見ていた。膝を喰らって失神したらしい。


「クソッ、何でだよ!」


 右手で芝生を殴り付け苛立ちを露にするオレを見下ろしながら、アイツはタバコに火を付けていた。


「くっそ、何でだ!」


 アイツは怒声をあげるオレを尻目に、タバコを口にくわえてゆっくりと煙を吐きだした。そして口を開いた。


「――お前には余裕が無さすぎる」


 そう言い切るとタバコを携帯灰皿に入れた。

 オレはゆっくりと起き上がると、首を振り、手足を動かしてみた。


『――まだ動ける』


 そう思いながら、アイツへと視線を向けると奴は空を見上げ、オレの事など気にもしていない様子だった。おいおい。


『無視すんなよ! ナメんなよ、デカブツッッ』


 激昂したオレは再び【スイッチ】を入れると、一気に間合いを詰めると跳躍。そのまま飛び膝を放った。


『油断しやがって、顔面グシャグシャにしてやらぁ!!』


 飛び膝は狙い通りにアイツの顔面に向けて一直線に襲いかかった。

 だが、膝が顔面を捉える前に、オレの身体がいきなり後ろに引っ張られ、そのまま勢いよく地面に叩きつけられた。


「ちょっとアンタ、卑怯にも程がある……」


 声が男にしては妙に高い気がしたが、頭を打ったので視界がぼやけ、相手が誰なのかがよく分からないし、何を言ってるのか聞き取れない。


「くそっ、誰だ? 馬鹿力出しやがって」


 精一杯の強がりを込めてオレを叩きつけた奴に減らず口を叩くと、次の瞬間には身体が起こされ、宙にあっさりと浮いていた。


「ちょっ……誰が馬鹿力……訂正しな……」


 言葉の主は、相変わらず妙に高い声でオレに何やら怒鳴り付けている様だ。で、何を怒鳴っているかはまだ頭がボヤけてハッキリしないからか聞き取れない。


「ちょっ……アン……聞いて……の?」


 相手はますます怒っているみたいだが、そんなの知るか。アンタがオレを頭から落としたからだ……。





「う……ッッ」


 また目が覚めたら、今度は屋根が見えた。ゆっくりと頭を起こすと「いつっ」頭痛がまだ少しある。公園のベンチに寝かされたみたいだ。今更気付いたけど、おでこに濡れたタオルが乗せられていた。そこに、


「あ、ようやく気付いたか」


 ベンチに近寄って来るのは女だ。どうやらオレと同い年位か、少し年上だろうか。ピンクのジャージ姿で、かなり目立つ。


「アンタ、大丈夫か?」


 女の声には一応、気遣いらしき響きを感じた。目を見ると何だか知らんが、苛立っていると思った。


「……あぁ、大丈夫だ。アンタが、看てくれたのか?」

「そうよ、感謝しなさいよ。私みたいな美少女に介抱して貰えるなんてね。……アンタみたいな奴が」


 その言葉にはオレを見下す響きがハッキリと入っていた。思わずオレは身体を起こすと、


「テメェ、女だからってオレは手加減しねぇぜ」


 と言いながら、女の襟口を掴んだ瞬間だった。

 あっという間に女の身体が後ろに回転し、オレの身体は回転方向に向け投げ出され、芝生の地面に叩きつけられた。


「ぐうっ」


 呻いたオレを見て、女は、「バカね」と言いながら近付いて来た。


「アンタが私に勝てるワケ無いでしょ? ……さっきもヤられたのにいい加減気付け、バカ!」


 と言うとオレに手を伸ばした。


「……は? さっき」


 オレは女の言葉に違和感を覚えた。


『さっきもヤられたって、さっきは……物凄い力と勢いで投げ捨てられて、頭を打ったんだよな。あんなんやる奴はゴツい奴に決まってる……』


 一拍息を吐いて呼吸を整えた。


『よく考えろ、コイツが。このひょろっちい女がオレを? んなバカな』


 オレは伸ばされた手を握ると思いきり引き、女を抱き寄せてみると簡単に引っ張れた。


「何だ……大して重くないじゃん。ていうか思ったより軽いし、【ペッタンコ】だな」


 オレは安心した。まさかコイツにそんな力があるわけが……。


「あ、アンタねぇ、花も恥じらう乙女に何してくれとんのじゃあ(激怒)」


 その時、オレは初めて見た。そしてこの世には【鬼】がいると理解した。

 鬼みたいな凶悪な形相を浮かべた女は、背中に手を回すとそのままオレを抱え上げ、一気に身体を反らした。


「死ね、スケベヤロー」

「う、うぉぉぉっ」


 オレはその日、人生で初めて女にジャーマンスープレックスを喰らわされた。


「まったく、何で男の子はこんなヤツばかりでスケベでヘンタイばかりなワケ?」

「……いてててて。何だ今のは、何でこんなコトになった?」


 よろけながら立ち上がったオレは、気が付くと周りに無数の視線を感じ、とっさに身構えた。


「何だ、テメェら!」


 視線を向けていたのはガキンちょ共だった。まだほとんどの歩きだしたばかりの赤ちゃんに、妙にませた感じの女の子。いかにもワンパクそうなガキとまぁ、とにかくガキンちょ共だ。


「ね、ねぇ」


 ガキンちょの一人が話し掛けてきた。


「あ? 何だガキ」


 正直、女にジャーマンを喰らうという屈辱から立ち直ってないオレは苛立ち混じりにガキを睨んだ。


「おまえじゃないよ」


 ガキンちょは随分失礼な言葉遣いで、オレを無視して、鬼女に近付いた。


「え? 私」


 鬼女も予想外だったのか、一転してキョトンとした表情を浮かべている。


「うん、おねぇちゃんだよ。さ、さっきの」

「あ、あれ? 見てたのかな?」


 あたふたしだした女を見てオレは内心でほくそ笑む。


『今更とぼけたってムリに決まってンだろバァーカ。お前の鬼の所業を見てこのガキンちょ共に怖がられたに違いねぇ。さぁ、言ってやれ。怖いとな』


 オレは期待を込めた視線をガキンちょに向けた。少しの沈黙を破り、ガキンちょは口を開いた。


「……ね、ねぇ。さっきの」

「あ、あれ? アレはねあのお兄ちゃんとね、えーと」

『ククク、さぁ、ガキンちょ、言え。その言葉を言ってやれ』


 オレの期待度は頂点に達した。


「さっきの、アレ……」

「うん、何かなぁ」

「アレ、どうやるの!」


 ガキンちょの目が輝いた。そしてその言葉をキッカケに一斉に女の周りを囲んだ。


「「……は?」」


 思わずオレも女も思考がフリーズした。




 それからしばらく話を聞いていたが、このガキンちょ共はどうやらこの近くの孤児院にいるらしく、日曜日は大体公園で遊んでいるらしい。オレは何となく、自分自身の境遇と近いものを感じた。


「えーとね、じゃあまずは手首を捻るのよ」


 女はガキンちょ共に技の説明を始めた。


「えーと、そこのスケベ!」

「は? オレか?」

「アンタに決まってんじゃない、乙女の胸を触ったクセに」

「はぁ? あんなペッタンコでえらそ……イタタタタッッ」


 鬼女はオレの手首を掴むといきなり捻りあげた。


「ちょ、待て。お遊びみたいなもンだろ」

「えぇ、遊びよ」


 オレは痛みにたまらず「ならさ……」と言いかけた。だが、


「私がアンタを好きにする為のね♪」


 奴はオレに次の言葉を言わせる前にそう言い切る。

 その表情は鬼どころか、魔神だった。とにかく壮絶な笑みだった。そして思った。


『――この世には触れてはならないモノがあるんだ』


 それからオレはひたすら投げられ、関節を極められ、とにかくズタボロにされ、挙げ句にはガキンちょ共のオモチャとなった。




「あ、ダメだ。し、死ぬかもしんない」


 もう立ち上がる気力も失せかけていた。こんな屈辱は初めてだ。

 無愛想なデカブツにあしらわれ、鬼、いや魔神としか言えん女にはボロボロ投げ捨てられ、ガキンちょ共にはいいようにオモチャにされた。


『――心が折れるってこんな時に使う言葉なんだなぁ』


 とかなんとか思っていると、誰かが近付いて来た。


「ん? お嬢、コレはなんですか?」


 聞こえた声から判断すると、あの無愛想なデカブツだ。しかし、


『お嬢? んなお上品なヤツがいたっけか』


 ゆっくりと顔をあげると、あの鬼、いや女魔神に話しかけている。つまり、


「ソイツがお嬢って柄かよ、単なるゴリ……らバハアッ!!」


 言い終わる前に、魔神はオレの鳩尾を踏みつけながら睨み浸けると、


「だ・れ・が・ゴリラだぁッッ? なめとんのかゴラァ!!!」


 と、物凄い形相で凄んできた。オレは内心、


『な、何この人、キャラ違うやん。どこがお嬢?』


「誰がお嬢に見えへんだとゴラァ!」


 踏みつけた足に体重をかけてきた。て、心でも読めんのかアンタ。


「た、助けろオッサン。こ、殺される、マジで」


 そう、この日オレは人生で初めて女にボコられ、かつ、他人に命乞いをしてしまった。


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