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イタチは笑う  作者: 足利義光
第九話
61/154

トーレス

 カツン、カツン。石ころか何かが転がるような音がした。

 その音を彼の耳は捉えて、音の方向に歩いていく。

 周りは真っ暗で視界は悪い。懐中電灯で辺りを照らして確認するが、特に何も無さそうだ。


「……気のせいか」


 彼はそう判断した。背後に忍び寄る存在には気が付かずに。

 次の瞬間、トン、と何かがぶつかるような感触が彼を包み、心臓に背後からナイフが突き立てられた事を認識した時には、すでに手遅れだった。口は手で覆われ、声もほとんど出せないまま彼はその命を終えた。最期に彼の目に写った相手は少年にも青年にも見える男、イタチだった。


「一人目終わり」


 イタチはガルシアの部下を静かに地面に倒すと素早くナイフを抜き取り、その場にかがみ込む。そして辺りの様子を確認する。


「向こうに一人で、あっちが二人か」


 文字通り地下にあるアンダーには日の光など差すはずもなく、明確な時間を知る為の方法は時計だけだ。

 場所により天井の照明がつきっぱなしだったり、節電の意味で夕方以降は照明が切られたりと、集落ごとに明るさや暗さはかなり異なる。

 今、ガルシアがいるこの集落は夜の時間は照明を消すみたいで正直助かる。照明がついて明るい中、一人で複数の相手を殺るのは流石に厳しいと考えていたからだ。イタチは夜目が利くから問題無いが、ガルシアの部下達はそうでも無いらしく、懐中電灯で辺りを照らしていた。


『わざわざ居場所を教えるとは、出血サービスだな、ホントに』


 イタチは軽く鼻で笑うと、音もなく標的達に近付いていく。


『今日も夜はオレの味方だ』


 イタチはその暗さに感謝しつつ、部下達の命を刈り取っていく。





「あぁ、そうだ。レイジがいた」

――成る程ね、ソイツは面白いじゃないか。で、どうするつもりだい? 明日、仲良く話し合いでもするのかな?


 ガルシアは電話の相手が正直嫌いだった。仮面を付けて、変声機を使って声を変えるのはお互い様だが、自分と二人きりの時でさえ奴は徹底していたからだ。そして奴の声の調子には自分以外の全てをバカにするような傲慢さがあるのが、変声機を使っていても伝わってくる。


――聞いてるかい、トーレス?

「あぁ、聞いている」

――まぁ、いいや。キミはそこに一晩いるつもりなんだね?

「……あぁ、レイジを仲間に出来るかもしれない。キクを殺さない条件ならな」

――ふ〜〜ん。……トーレス、キミは相変わらず甘いねぇ。なら何でキクを人質にしなかったんだ? ……聞いてるよ、キミはたった一人で、キクに会いに行ったってさ。


 その言葉は、ガルシアの部下達の中に奴のスパイがいるという意味だったが、今更驚く事でもない。奴は【グループ】内でさえ誰も信用してはいないからだ。


――まぁ、いいや。キミは予定通りにするといい、ボクはボクで動かせて貰うよ。


 そう言うと奴は一方的に電話を切った。


「ちっ、相変わらず勝手な奴だ」


 ガルシアは、軽く腹を立てながらスマホをポケットに入れた。


『嫌な予感がする』


 奴が何もせずに一任するような事があるとは思えなかった。


『……おれは、今から行くべきか』


 ガルシアがそう考えた瞬間に気付いた。いつの間にか、さっきまでいた部下達の気配が無くなっていることに。代わりに、微かに誰かが近付いて来るのが分かった。今、ここに訪ねてくる相手は一人だろう。


「レイジ。来てるな」


 ガルシアは気配がした方に自分の殺気を叩き込んだ。


「おうおう、怖いねぇ」


 半ば小馬鹿にするような調子の声を出してイタチがハッキリと気配を出し、ガルシアの目の前に姿を現した。


「部下達は……死んだんだな」

「当たり前だろ? 今夜はオレとお前で語り合うんだからな」


 イタチはそう言うとナイフを軽く振るい、血を飛ばした。


「いいだろう、おれもアンタとはジックリ話したかった所だ」


 ガルシアはそう言うと猛牛の仮面を被った。イタチはその仮面を見て、


「悪趣味な仮面だな、何だよソレ?」


 とまた小馬鹿にするような声で話し掛けた。


「今のおれは、【トーレス】。グループの幹部の一人だ」


 ガルシアの声が変わった。さっきまでは低い音程の声だったが、今は男か女か分からない様な声になっている。


「……変声機か。それにグループだと? ……知りたいコトが増えたな」


 イタチは顔をしかめながらそう言うと、いきなり仕掛けた。右足で踏み込み、左手のナイフをガルシアことトーレスの腹部めがけて突き出した。

 トーレスは素早く後ろへ後退してかわす。


「不意打ちか……姑息になったなレイジさんも」


 トーレスはそう言うと纏っていたコートを脱ぎ捨てた。コートの下は、上半身裸だったが、その隆々たる筋肉は、まるで鎧のように見える。


「へっ、姑息じゃねぇよ。効率的っていうんだ」


 イタチは減らず口を返しながらも、トーレスの体つきには驚いていた。


「何だよその筋肉? ドーピングでもしてんの……ッッ」


 イタチが続けて減らず口を叩く前に、今度はトーレスが仕掛けた。丸太のような右腕で、ラリアットを振るう。

 イタチは、頭を下げてラリアットをかわすと、ナイフで喉元を狙うつもりだったが、一転して後ろへ転がった。その瞬間、手斧がイタチのいた場所を通り過ぎた。ビュウンという風を切る音がハッキリと聞こえた。


「……よくかわしたな」

「へっ、余裕だ、余裕」


 と言いながらも、イタチは改めて、間合いを取った。


『ふぅ……ヤバかった』


 内心そう思っていると背中に、じっとり冷や汗が出ている事に気付く。


『やれやれ、あのバカみたいにゴッツイ筋肉で手斧をナイフみたいに振るうってか……バケモンだな』


 イタチがそう思っていると、トーレスがさらに仕掛けてくる。今度は手斧を両手で握ると、薪割りでもする様に振り下ろした。イタチは、右に身体を反らしかわす。そこへカウンター気味の右肘をトーレスの左脇腹に喰らわせる。普通ならこれで相手は悶絶モノだ。しかし、トーレスは何事も無いかの様に左膝の一撃をお見舞いした。イタチの身体が宙を舞うと、ゆっくりと後方に飛んで落ちた。


「レイジさん、効いてないだろ? 手応えが無かったから分かってる」


 トーレスの一言に呼応するとイタチは跳ね起きた。


「イテテ、お前さぁ、バカみたいに筋肉質だな。普通ならアバラ何本かいってるぞアレ」


 イタチは大袈裟に痛がる仕草を見せながら、トーレスの様子を探ろうとするが、仮面が邪魔をして感情は読めない。何とか自分から飛んだからダメージはそれほど無いが、このままでは決め手には欠ける。


『――オートマグを使うか』


 本能的に右手をホルスターに回したその瞬間、トーレスは右手を腰に回すと、さらにもう一つ手斧を取り出すと襲いかかる。


「クハアアッ」


 トーレスは気合いを込めると、二つの手斧を容赦なく振るう。

 イタチはことごとくその攻撃をかわしていくが、手斧は少しずつその身体をかすめていく。


『手応えはある、もう少しでレイジを捉えられる』


 トーレスはさっきからの連撃に自信を深めていった。

 イタチは右の手斧を左斜め上に振り上げた一撃を身体を反らしてギリギリでかわす。続けて左の手斧が右斜め下へ降り下ろされると一歩飛び退いて避けるものの、背中がドンと音を立て壁にぶつかった。思わず「ちっ」と舌打ちした所へ、トーレスが肩から体当たりを喰らわせた。

 イタチはとっさに両腕を前に構え防御したが、トーレスが「ガアアッ」と叫びながら、そのまま構わずに体重を乗せ押し切ろうとすると、勢いに押されたその身体はそのまま壁を突き破って小屋の中へ転がった。


「ぐうっ、集会所か」


 衝撃で呻き、転がりながらも素早く態勢を整えたイタチが周囲を見て呟く。


『――壁は土を塗り固めたみたいだった。おかげで大したダメージじゃないみたいだ』


 トーレスは、穴が開き脆くなった土壁を手斧や足を使って破壊すると自分が通れるようになった穴から小屋に入った。


「しゃっ」



 風を切るような掛け声をあげ、イタチが素早く潜り込むと右肘をトーレスの左脇腹に放つ。その一撃は固い筋肉に阻まれるが、構わずに続けて左肘で右脇腹を殴り付け、さらに右のアッパーを顎に当てる。すると、トーレスの身体がぐらつくのが分かった。

 そこにイタチが追い撃ちをかけようとしたところへ、トーレスが右の手斧を振るい、とっさに上半身を反らす。続けて左の手斧が振るわれ、イタチは身体を後ろに倒すとそのまま転がった。


『やれやれ、固ぇな』


 トーレスの脇腹に肘を叩き込んでみたものの、あまり効果が無いのを確認出来た。だが、顎なら話は別だ。一瞬だか、身体がぐらつくのをハッキリ見た。


『ま、手斧をかいくぐりながらか。骨が折れる仕事だな♪』


 トーレスが態勢を低くし前のめりに向かって来る。手斧の左右の連撃が襲いかかる。今度はさっきまでよりも振りは小さく、代わりに素早い。遮蔽物がある室内というのと、イタチに反撃させない為だ。


「クハッ」


 トーレスの手斧は触れた物を断ち切り、破壊しながら徐々に間合いを詰めて迫る。

 イタチがとっさにしゃが込むと、右の手斧が頭があった場所を通過した。左の手斧が頭上から降り下ろされ、左へと飛び退くとまるで、薪を割るようにそばにあったテーブルをバキイッと音を立てかち割った。


「今日の薪割りは終わりか? 牛さん♪」

「……安い挑発だな、死ねッ」

 さっきよりも更に鋭い一撃が振るわれ、イタチは後ろに飛ぶ。全体重を乗せ、力任せに土壁を崩し外に飛び出すと、素早く壁を蹴りつけ、体重をかけて肘を壁に叩きつける。

 そこにトーレスの手斧が襲いかかり、イタチの右腕をかすめるとそのまま壁を砕くように切り裂く。すると、壁一面にヒビが入り、耐久限度を越えた小屋がガラガラと崩れていき、トーレスはあっという間に飲み込まれた。


「へっ、自然に優しくないなぁ。牛さん」


 イタチは軽口を叩きながらも構えは解かない。今のはあくまで不意を突いただけ。大したダメージはないはずだからだ。目的は、


「グアアアッ」


 絶叫にも聞こえるような大声をあげ、土だらけの小屋の跡地からトーレスが起き上がった。


「……遊びは終わりだ、レイジッッ!!」



 トーレスはそう語気を荒げると左右二つの手斧が、上下からイタチへと振るわれた。これまでよりも素早く、強烈な振りだ。その速度と、反応が遅れたイタチを見てトーレスもこれで終わりだと確信した。


「なっ?」


 だが、次に口から出たのは驚愕の声だった。

 イタチは、上段からの手斧の刃先をナイフを持った左手で叩きつけるように反らし、下段からの手斧に対しては、右足で払いのけた。そして残った左足で顎先めがけ飛び蹴りを狙い放った。トーレスは、顎を上にあげてかわすが蹴りは喉元を直撃。「ガアッ」呻きながら、後ろへ退がった。


「ふう、やれやれだ。本気出しちまったな」


 トーレスはイタチの一言に思わず「何っ!」と言って振り向いた。

 それを見たイタチは、表情は仮面で読めないものの、今の言葉に対する反応とさっきまでの言動でおよその感情は予測出来た。


『――挑発した甲斐はあったみたいだ』


 そう思ったイタチの脳裏に、昔のコトが浮かび上がった。





『――レイジ、闘いでは感情をなるべく読め。』

『……うっせぇよ』


 オレはそう反発した。アイツは構わずに続けた。


『――そして、自分の感情は読ませるな』

『あ〜〜うるせぇっ』


 しばらくして、大の字になりのびているオレを見下ろすようにアイツ、カラス兄さんが追い撃ちの言葉をかけた。


『――お前には無駄が多すぎる。だから、簡単にやられるんだ。どんな奴にでも付け入る隙はある、そこを突け。隙が無いなら作ればいいだけだ。冷静さを失わせろ』




『――へっ、耳にタコだな。つまんない事を思い出しちまった』


 イタチは鼻で小さく息を吸うと、目の前のトーレスを観察した。勿論、ジックリ見るような時間は無いので、集中してその一挙一動に集中した。いつもとは違い、動くコトじゃなく見るコトに【スイッチ】を入れた。


「クハアアッ」


 呼吸を整えたトーレスが再び仕掛けてきた。今度は二つの手斧を右に構える。みるみる上半身の筋肉が膨張していく。その姿勢で力を溜めると、左足を踏み込ませ、一気に二つの手斧を左に向けて横になぎ払った。ブウンという風を切る音を立てイタチに襲いかかる。イタチは後ろに退いてかわす。すると待っていたようにトーレスは右の前蹴りを放つ。


『もらった』


 前蹴りは寸分違わずに、イタチの腹部めがけ向かっていき、直撃した。

 だが、トーレスには手応えが無かった。当たった瞬間に、「フッ!」と軽く息を吐く音がした。

 イタチの上体がまるでドアが開く様に回転して蹴りの軌道を反らすと、左手が前蹴りを放ち伸びていた右足を払いのける。するとトーレスの巨体が簡単に前のめりに倒された。

 イタチは不意を突かれて倒されたトーレスに上から右肘を顔面に叩きつけて、ナイフを素早く喉元に突き付ける。

 反撃しようとしたトーレスの右手は素早く左膝を落とされて動かない。残った左手の手斧がいくら早く動いても、ナイフが喉元を掻き切る方が早い。

 イタチはニヤリと笑いながら言った。


「……お前の負けだ」


 イタチが右肘を戻すとトーレスの仮面がピシッと音を立てながら割れ、ガルシアの顔が露になった。


「……とどめをさせ」


 そう言うと覚悟を決めたガルシアは目を閉じた。


「あっそ……興味無いね、お前の命なんざ」


 イタチはそういい放つとナイフを引き、あっさりとマウントを外して距離を取った。

 ガルシアは何が起きたかよく分からないらしく困惑した表情を浮かべた。

 イタチはガルシアをほったらかしにして、今さっき崩れ落ちた小屋に足を向けると、土の中から黒くなったイスを持ってきて座った。


「何故、殺さない?」

「……言っただろ、話をしに来たってな」


 イタチはそう言うと不敵な笑みを浮かべた。

 その笑みを見たガルシアには、昔のレイジが戻ってきたように感じ、戦意を完全に失うと呟いた。


「……おれの負けだ」

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