表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イタチは笑う  作者: 足利義光
第九話
60/154

壺の墓場

「キク! 大変だっ」


 自警団の一人が、オレ達二人に向かって慌てて走ってきた。確か、名前はイチだったか。

 イチはオレ達の前に来たのはいいが、息も絶え絶えなのか、肩で息をしている。その様子を見たキクが心配しながらオレの前に進み出た。


「どうした、イチ?」

「奴等が、奴等が二つ隣の集落を襲った!!」

「何だと! あそこは確かピアスがいただろ?」

「それが、真っ先に殺られたらしい」

「アイツか? アイツの仕業か?」

「生きてるのは一人だけで、ソイツに首を持たせてわざと逃がした。アイツの【手口】だ」

「クソッ! いいか、自警団を全員集めろ。いつここに来るか分からないんだ、いいな?」

「分かった、急いで召集かける」


 イチがキクの指示で慌てて走り始めた。それとキクの顔色が悪い。かなり悪い知らせらしい。


「キク、大丈夫か?」


 オレの言葉も届いていないらしく、キクがブツブツと独り言を言いながら、歩き出した。キクが考え事をする時の癖だ。かなり深刻な事態らしい。


「しっかりしろ、キク」


 そう声をかけ、オレはキクの肩に手をかけた。

 その瞬間、キクは振り向きざまに蹴りかかってきた。オレはその蹴りをかわすと、少し距離を取る。相変わらず足癖が悪いらしい。


「!! れ、レイジ」

「キク、何があったか教えろ?」


 ようやく我に返ったキクは取り乱していた。


「ご、ゴメン。私……」

「気にすんな。で、何だ?」

「さっきの話だよ」

「……てコトは、オレの仲間、アイツの仕業なのか?」

「……多分ね」





 話は少し前に戻る。


 キクはオレに話をした。それは四年前、オレが【アイツ】との取り引きに応じた後の出来事。


「レイジ、アンタがいなくなった自警団は、ボロボロにされたんだ。それこそ目の敵にされたよ、皆」


 それは酷い話だった。以前、オーダーと名乗ったシゲルがオレに言った言葉を思い出した。


『――アンタは、俺達を見捨てたんだ』


 キクに改めて話を聞き、オレの選択によって皆のその後がいかに悲惨だったかを知らされた。


 オレの次に強かったカケルの奴は、仲間を守る為に孤軍奮闘の末、死んだ。死体はしばらく晒されたそうだ。

 一番賢かったノンは、裏切り者と疑われて殺された。無実だと分かった時にはもう手遅れだったそうだ。

 ほとんどの仲間達は散り散りになり、そして死んでいったそうだ。


『レイジの手下は皆殺し、庇った集落も同罪だ』


 アンダーでは実際に幾つかの集落が皆殺しにあったらしい。仲間を庇った為に。


「ヒデェな……」


 オレには絞り出すようにそう言うのが精一杯だった。キクもオレの気持ちを察したらしく、そっと手を握った。


「気にすんな、アンタは皆を守る為に選んだんだ。選ばなきゃ、皆、死んだんだろ? 上の街で」

「……あぁ、多分な」

「アンタのいなくなった後で起きたんだ。多分、私達が途中で選択肢を間違えたんだよ、アンタと違ってね」


 キクはそう言うと、精一杯の笑顔を見せた。目にはうっすらと涙が滲んでいる。


「無理しやがって」

「アンタもだろ? バカなんだから……」


 オレ達はしばらく歩いた。キクが「案内したい場所があるんだ」と言い、オレをそこへ連れて行った。


「これは……墓か?」


 オレの目の前の小屋には、無数の【壺】が置いてあった。アンダーでは【土の地面】は貴重な土地だ。だからそこでは野菜を栽培する。上の街みたいに地面に埋めるなんてコトはしない。燃やしてその灰を壺に詰める、それだけだ。


「皆の分は無いけどね、出来る限りは集めたよ」

「キク……有難うな。少し、一人にしてくれないか?」


 オレの言葉にキクは頷くと外に出ていった。

 オレは、その場で膝を付き、手を合わせた。神様とか仏様を信じてるワケじゃない。でも、気が付くと手を合わせていた。


『……オレが上の街に連れていかなきゃ』


 いきがっていたオレは、お山の大将だったオレは、自分が無敵だと勘違いしてやりたい放題だった。


『……オレが連れていかなきゃ、今もバカ騒ぎ出来たのかもな』


 目の前で死んでいったケンやマスミ達が忘れられない、アイツらはオレの目の前で死んだんだ。ほかの連中もだ。


『祭りはいつか終わるんだ』


 アイツの言葉がオレにトドメを刺した。オレは初めて【負け】たんだ。


「へっ……皆、すまねぇな」


 オレはしばらくその場から動けなかった。



「気が済んだか? レイジ」

「あぁ悪い。気ぃ使わせちまって」

「いいんだよ、アイツらもアンタが来て喜んでるさ。きっとね」

「キク、続きを聞かせてくれ」

「いいよ。でもまた嫌な話になるよ」

「構わない、教えてくれないか」

「分かった。私が知ってるのは一人だけ……ガルシアだよ」

「ガルシア? あの人一倍気弱だったガルシア?」


 オレは思わずキクに聞き直した。ガルシアはオレの自警団の一人で、確か南米系のクォーター。見た目は厳つかったが、気弱で、暴力が苦手な奴だった。


「そう、あの弱虫ガルシアが、集落を襲ってるんだ、皮肉だろ?」

「そうだな」


 ――オレやキクが変わった様に、ガルシアも変わったんだ。アイツも人殺しになっちまった。アンダーじゃ、日常茶飯事のコトだ。でもやっぱ、やりきれない話だ。





 再び、時間は現在。


「キクッッ、あ、レイジさんも!!」


 イチの奴が息を切らして走ってきた。さっきより酷い知らせでもあるのか、今度は顔色が真っ青だ。


「今度はどうした? イチ」


 キクの代わりにオレが前に進み出て話を聞いてみることにした。


「それが……アイツが、ガルシアがここに来てます」


「「何だと」って」




 オレとキクは、イチの案内で集落の外れに足を向けた。

 奴は、そこに立っていた。身長は180位、体重や服装はフードに覆われていてよく分からない。髪型はいわゆる逆モヒカンになっていて、厳つい雰囲気が増している。

 何より前と違うのは、顔つきだ。オレが知ってたガルシアは、何処か弱気な印象だった。今、待ち受けているアイツは、鋭い目をしていて、顔にはいくつかの切り傷。そこからは数々の修羅場をくぐり抜けて来たことが用意に想像出来る。

 奴は一人でそこにいて、周りをキクの自警団の奴等が取り囲んでいる状態だ。だが、気にする様子もなく天井を見ている。



「ガルシア、久し振りだな」


 オレはキクの前に進み出ると、アイツに言葉をかけた。ギロリと睨みつけながら。


「……レイジさん」


 それは懐かしい声だった。一瞬、昔に戻ったみたいな錯覚を覚える位には。だが、


「キク、レイジさんを用心棒にするつもりか?」


 ガルシアの関心はキクの様だ。キクもそのコトを理解しているのか、オレの前に出る。


「アンタ……何しに来たんだ?」


 その声には相手を懐かしむ響きは無く、深い怒りと憎悪が込もっていた。


「キク、分かっているだろ? 従え、さもなくば……」

「……皆殺しってか?」


 思わずオレは二人の会話に横入りした。


「レイジ、アンタには関係ないんだ」

「そうだ、レイジさんは引っ込んでいろ」


 二人に邪魔者扱いされたが知ったことか。オレはガルシアに聞きたいコトがある。


「キク、ジャマすんな」


 オレは隠すことなく殺気を露にした。アンダーじゃ、下手に相手をボコるよりこっちの方が色々と効率的だ。


「わ、わっ」

「なんだよ、コレッ」


 実際、自警団の連中はその場にへたりこみ、キクも一歩後ろに退がった。ガルシアだけは、一瞬身体を震わせたが、その場に立っていた。


「へぇ、ガルシア。よく耐えたな」

「レイジさんも流石だな……だが、おれの仲間程じゃない」


 ガルシアが不敵な笑みを浮かべると、逆に殺気を露にした。確かにヤバイ感じだ。改めて、ガルシアが修羅場と大勢の人を殺してきたのが伝わる。


「レイジさん、あんたはここから去ってくれないか?」

「……意外な提案だな、オレと殺り合わないのかお前?」


 オレはニヤリと笑いながら、左手でヒップホルスターからいつでもナイフを抜き放てるようにしながらにじり寄る。


「レイジさん、おれは今あんたとは殺らない。今はな」


 そう言うと、ガルシアは背中を向けると去っていく。


「ガルシア、死ねっ」


 自警団員の一人が背後からガルシアに鉄パイプで殴りかかった。


 キクは「やめろッッ」と叫ぶが遅かった。ガルシアは驚く程の早業で手斧を左手で抜き放ち、鉄パイプを持った右手を切り落とす。団員が叫び声をあげる前に手斧は降り下ろされ、首が胴体から離れた。


「キク、一晩だけ待ってやる。断るなら、おまえもこうなる」


 そう言うと、転がった首をこちらに蹴って寄越す。


「レイジさんも、早く立ち去れ。死にたくないならな」


 ガルシアの声はさっきまでとは違い無機質な印象だった。





「キク、また壺が増えちまったな……」

「そうだな、悔しいよ。目の前で殺されたんだ、私の目の前で……」


 さっきまでのキクならオレにしがみついたかもしれない。だが今、キクは自警団のリーダーとしてこの場に立っている。だから、あくまで気丈に振る舞っている。


「いいか? 逃げたい奴は逃げればいい。家族がいるなら一緒にね。でも私は逃げない、最後まで闘う。アンタ達はどうだ!!」

「お、オレは闘うよ」

「オレもだ」

「ガルシアが何だ!」

「皆で闘おう!」


 キクの鼓舞で自警団の士気が上がった。確かにキクはいいリーダーだ。だが……



「キク、何で逃げないんだ?」


 オレはキクに問い掛けた。今はアジトに二人きり。気配も無いし、誰にも話を聞かれる心配はない。


「レイジ、コーヒー飲むか?」


 キクはそう言いながら豆をゴリゴリとコーヒーミルで砕きながら聞いてきた。


「あぁ、頼むよ」


 挽いたコーヒー豆の匂いが嗅覚を刺激する。


「ほら、レイジ」

「あ、あぁ、有難う」


 飲んでみたが、やっぱり美味い。普段飲んでいるコーヒーより飲みやすいし、何より香りがいい。


「さっき聞いたよね。何で逃げないって?」


 キクはオレの横に座ると聞いてきた。


「あぁ、聞いた。どうしてだ?」

「それは私が……った場所だから」


 キクが途中で下を向いたからか、よく聞き取れなかった。


「キク、何て言った?」

「…………ここは私がレイジに初めて会った場所だから」


 そう言うと、キクは顔をこれ以上ない位に真っ赤に染めると下を向いた。思わず、言葉が出た。


「バカヤロ……何だよそりゃ」


 オレはキクを抱き寄せて、彼女が眠るまで頭を撫でた。今はキクを休ませてやろう。オレの【用事】は後回しだ。





「さて、行くわキク」


 しばらくして、オレは眠ったキクにそっと毛布をかけ、アジトを出た。行き先はガルシアがまだいるハズの二つ隣の集落。


『心配すんな。お前はオレが守ってやるよ』


 オレは柄にもなく、そう心で誓いを立てた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ