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イタチは笑う  作者: 足利義光
第九話
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月日は人を変える

 オレは、キクにモグラからの依頼について説明した。勿論、モグラの名前は出さないし、必要以上の情報は説明はしないが。

 しばらくして、オレの話を一通り聞いたキクは「少し考えていいか?」と言って一度外に出ていった。まぁ、頭を冷やしたくなるのも分かる。というワケでその場にはオレ一人が残された。


『……キクを巻き込んじまったなぁ』


 そもそも、自警団に接触を図った段階で、巻き込むつもりだったが、まさかキクがリーダーなんて考えもしなかった。


『さて、どうなるか』


 キクが戻って来たのは大体五分か六分位経ってから後だった。


「レイジ、待たせてゴメン」


 キクはそう言うと頭を下げてきた。何となく居心地が悪い気分になりつつも、オレはキクに質問をした。


「あぁ、いいよ。それよりキク、お前に聞きたいコトがあるんだ」

「何でも聞いてくれよ」

「正直、今のアンダーの状況が上の街には伝わってなくて分からない。だから、教えてくれないか?」

「あぁ、分かった」


 キクは返事を返すと、オレの横に座った。


「じゃあ、何処から話そうかな……」

「……オレがいなくなってから何が起きた?」

「分かった」





「アンタがいなくなつてから、色々あったよ。まず、アンタの後釜争いが起きた。次に、アンダー中のチームから攻撃されたよ。それで、皆が……。ゴメン」


 キクの目には涙が溢れていた。嫌なコトを思い出させたようだ。


「いいよ、悪かったな」


 オレはキクの頭をなるべく優しく撫でた。我ながらぎこちないと思った。


「レイジ……うわあぁぁん」


 それでもキクは感情の高ぶりが抑えられなかったのか、更に泣き出すとオレの背中に手を回し、しがみついた。

 無理もない。キクがいくらしっかりしていても彼女はまだ17歳の女の子だ。これまでも相当無理をした反動だろう、キクはしばらく顔を上げなかった。


「大丈夫か? 無理なら無理で話さなくてもいいぜ」


 背中をさすりながらオレはキクに話しかけた。

 キクは、無言でオレの背中に回した手に力を入れた。


「……ねぇ、レイジ」

「何だ?」

「しばらくこうしててもいい?」

「……あぁ、いいよ」



 しばらく、オレはキクの好きにさせた。どの位時間が経ったのか、オレはいつの間にか寝ていたらしく、毛布がかけられていた。


「おはよー、よく眠れたか? レイジ」


 キクが元気に挨拶してきた。テーブルには、サンドイッチが皿に乗せられていた。


「食べていいのか?」

「当たり前だよ。レイジ、その……」


 キクが言葉に詰まったらしい。もじもじしている。


『結構、女の子らしいトコもあるじゃないか』


 そう思いながら、キクを見ていると、余計照れたのか顔が真っ赤になっていく。面白いからまだまだ続けたいが、意地悪過ぎるから助け船でもだそう。


「キク、昨日は迷惑かけたな」

「あ、いや……その。気にすんなよ、こっちこそ……昨日はゴメン」

「気にすんなよ……何なら今夜は添い寝してやろうか?」

「バカ!」


 キクはそう言うと笑い出した。オレも釣られて笑い出す。


「アハハ……、レイジ。アンタ、やっぱ変わったね」


 キクが笑顔を見せたままオレに話しかけた。


「ン? そうかな」

「変わったよ、前から優しかったよ、アンタは。でも何て言うか、前のアンタはもっと厳しかった。取っ付きにくいトコがあってさ」

「そりゃ、オレも23歳なワケだから、ま、大人だしさ♪」

「23歳? 前は15歳って言ってたろ? なら今は19歳じゃん! サバ読むなよ」

「ん? そうだっけか」

「マジで変わったな、アンタ。いい加減になってるよ」

「いいじゃねぇか、年齢なんてアンダーじゃ意味なんて持たないんだ。だろ?」

「そうだな、なぁレイジ?」


 キクが真面目な顔になり、オレを見た。緊張してるらしく、唾を飲むのが分かった。


「何だ、改まってさ」

「アンタ、今はその……女いるのか?」


 キクが何を聞きたいのか、以前のオレならよく分からなかっただろう。

 今のオレなら分かる。だから、正直に答えよう。


「いないよ。……でも好きな奴ならもういる」


 キクの目を真っ直ぐに見て言った。キクは少し動揺したみたいだった。前のオレなら、こんな言葉は浮かばなかったし、考えたコトも無かった。確かに変わったのかもな、オレも。だから、キクも変わったんだろう。


「そう、そうだよな。レイジみたいな女たらしが私みたいな魅力的な女の子に手を出さないのは、好きな奴がいるからだよな! うん、分かった。いやぁ、安心したよ。これでようやく……」


 キクは強がりながらも、顔はくしゃくしゃになっていた。『無理しやがって』自然と足が動いた。

 オレはキクに近付くとその小さな身体を抱き寄せる。驚く程、その身体は軽く、キク達がどんな苦労しているのか、今のオレが楽に暮らしていたのかよく分かった。


「キク、無理すんな。それと、ゴメンな。オレはお前の気持ちには応えられない。……でもな、お前はオレの家族だ。甘えていいんだぞ」


 オレは自分でも驚くような言葉を口にしていた。変わったな、ホント。


「――バカ! ……有難う」


 キクも笑顔でオレを見た。

 サンドイッチは思ってたより美味くて驚いた。その後で用意されたコーヒーもちゃんとしていて、水がアンダーのじゃないとすぐに気付いた。いい水がアンダーの中で、どれだけ手に入れるのが大変なのかは、オレだって分かってる。


『ありがとな、キク』


 サンドイッチやコーヒーを平らげると、キクはオレをアジトから連れ出した。


「昨日はゴメン。でも、アンタに話さないといけないコトがあるんだ」

「ん? いいのか……何だ?」

「アンタの仲間だった奴のコトだよ」


 アンダーのとある集落で同時刻。


「何だ、テメェら? ここは俺達の縄張りだぞ、さっさと消えろよ」


 短髪の青年が相手に脅し文句を浴びせた。身長は170位、体重は60あるかどうか。彼は自分に相手が恐怖を抱くようにする為か、眉毛を反り落とし、口や鼻に無数のピアスを着けていた。


「オイ、聞いてンのか、ゴラァ!」


 青年はこの辺りの集落を縄張りとする自警団のリーダーだ。


 アンダーは、長い間いわば住人達が好き勝手に暮らすだけの場所だった。

 だがやがて、年数が経つにつれ無秩序がルールだったアンダーでも、最低限の秩序を保つ為に集落が出来て、やがて集落を守る為の自警団が設立された。

 そして自警団は集落によりその性格を変えた。食料や水が不足しがちな集落の自警団は、やがて周辺の集落を襲うことで物資を確保し始めた。

 そうなると、周辺の集落は自警団を設立して対抗するか、屈して物資を渡すか、もしくはよそに移動するかという選択肢を突き付けられた。

 こうした事態が一度解消されたのは、イタチことレイジの自警団が周辺の集落を従えた時だけだった。それも四年前に崩れた事で、アンダー内では、再び物資を巡って、争いが起きるようになった。


 この場合、短髪ピアスの青年が集落を守っている側になる。彼はこの辺りの集落では名が知れており、ここ一年は誰も彼に手を出す者はいなかった。そう、今日までは。


「オラァ、テメェ失せろよ! 骨をへし折られたいのかよ?」


 相手を威嚇する短髪ピアスからすれば今回も、身の程を知らない奴が調子に乗って来ただけだ、と思うのも仕方がなかった。

 こちらの人数は五十人。相手はほんの十人足らず。負ける訳が無い、そう思っていたからだ。だが、その日、目の前の相手はそうでは無いと気付いた時には手遅れだった。


「あがが……」

「うぅ……」


 二分程経った頃には、自分以外、全員が呻き声をあげて地面に伏していた。しかも、相手はたった一人。


「て、テメェ!」


 短髪ピアスがソイツに殴りかかった。彼の右手には長年彼の相棒として使ってきたメリケンサックが握られていた。返り血にまみれ赤黒くなった相棒。


『コイツさえあれば!』


 目の前でキラリと何かが光ったが、気にせずに右拳を相手に叩き込む。

 だが、手応えが無かった。いつもなら文字通り、メリケンサックは相手の肉にめり込むハズ。


『――何かおかしい』


 短髪ピアスは違和感が右手にあると感じた。感覚がおかしい。

 相手を見た。ソイツは【猛牛の仮面】を着けていて表情は分からない。ただ、その左手には何か握られていた。よく見るとそれは小型の手斧で先端からポタポタと赤い液体が滴っていた。液体に視線を向け、目で追うと奴と自分の足元に手首が落ちている。その手首にはメリケンサックが握られていて……自分の手だと気付いた瞬間、奴は手斧で短髪ピアスの左手を切り落としていた。


「う……ギャアアアアアッ!!」


 短髪ピアスは叫び声をあげながら、その場で転がった。両手首から大量の血が吹き出し、激痛が走った。


「――ソイツを立たせろ」


 猛牛の仮面の男の声は、変声機を使っているのか不自然に声が低い。

 その指示に従い、彼の部下が短髪ピアスの両脇を抱え起き上がらせる。地面に伏している自警団の仲間達に向け、猛牛の仮面が言った。


「――よく見ておけ、刃向かう奴はこうなる」


 言うや否や、手斧を振ると、あっという間に短髪ピアスの首が胴体から離れた。ゴロリと落ちた首の表情は恐怖と苦痛に満ちたモノだった。


「――さぁ、選べ。服従か死かをな」


 猛牛の仮面の声は何処までも無機質だった。





 キクの奴が押し黙った。言いにくいコトがあるのがよく分かる。


「キク、言ってみろ」

「……レイジ、アンタや私の仲間だった奴は」

「何があった? キク」

「アンダーで大勢の人を殺して回ってるんだ」





「……もういい、全員死ね」


 返事を待つのに飽きたのか猛牛の仮面は、命令を下すと手斧を振るい、部下達は無言でナイフを抜くと、戦意を無くした彼らから命を刈り取った。自警団を殺した後で、部下の一人が聞いた。


「トーレス、集落は?」


 猛牛の仮面、【トーレス】は答えた。


「見せしめだ……皆殺しにしろ」

「いつもの様に一人は逃がします」


 手下の言葉にトーレスは「やれ」とだけ言うと興味を失ったらしく、今しがた自分達が殺戮した連中へと向き直った。

 彼の背後にある集落からは悲鳴と断末魔の叫び声だけが轟いた。


「つまらんヤツラだ。キク……お前は期待外れになるなよ」


 トーレスは、転がっていた首をボールみたいに蹴り飛ばすと誰に言うでもなくそう呟いた。その声には、先程までとは違い、微かに感情がこもっていた。

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