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イタチは笑う  作者: 足利義光
第九話
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油断出来ない奴

「レイジ、こんなトコで話すのも何だし、私達のアジトに来てくれよ」


 キクはそう言うと、オレの手を掴んで引っ張る。こちらとしても断る理由は特に無い。


「いいぜ、積もる話もあるだろうしな」

「よしっ、決まりっ! 皆、戻るよ!!」


 キクの声で周りにいた連中は二人ずつ隊列を組んで歩き出した。どうやら、キクがコイツらのリーダーらしい。


「へぇ、やるもんだなぁ……」

「何言ってんだよ。アンタが立ち上げた自警団だろ?」

「いや、オレが立ち上げたのは単なる不良集団だったからなぁ、お前らとは違うよ……」

「そんなコトはないっすよ! レイジさん達がいたから、今の僕たちがいるんですから!」


 苦笑いしていたオレとキクの会話に勢いよく割り込んで来た奴が一人。


「バカ! 隊列崩すなよ。何かあったらどうすんだ?」


 キクが凄い剣幕でソイツに掴みかかった。


「まぁまぁ、落ち着けってキク。で……お前は隊列崩すなよな」

「は、ハイッ。了解しましたぁっ」


 元気なヤツだ。こういう性格じゃないとアンダーではマトモに生きていけないんだろう。ソイツはオレの言葉に感激したらしく、元の列に戻ると前後の仲間に自慢気な表情で話しかけていた。


「その、悪かったな。アンタに迷惑かけてさ」

「気にすんなって、お前は妹分なんだからさ」


 にしても、キクの奴は随分と女の子らしくなったモンだ。男勝りな性格は前から変わらないけど、顔立ちとかは結構整ってる。服はボロボロで化粧気はないけど、多分美人の類いに当てはまるだろう。


「な、何だよレイジ?」


 キクはオレの視線に気付くと、顔を赤らめながら目を背けた。

 リサがそう言えば言ってたな。


『お前、ホントに鈍いなぁ……女心にさ。ちっとは勉強しとけよ。じゃないと、もう一人のボクに愛想つかされるぞ』


 それ以来、オレは勉強してみた。本屋さんで店主にパタパタされながら情報収集したり、ホーリーに女心について聞いてみたり。

 で、気付いた。オレはリサが気になってる。それもかなり。多分オレは、彼女のコトが好きなんだろう。

 以前のオレなら、というよりアンダーにいた頃のオレなら、性欲を吐き出す為にリサや、多分目の前のキクにも手を出したかもしれない。オレにとっては女は単に抱く為の存在だったから。その【行為】にさしたる感情は無かったからだ。

 アンダーで性欲についてモラルなど存在しない。自分が生きていくコトこそ重要で、他人を愛する余裕なんか無い。誰もが自分の本能を優先するのが当然の世界。ソレがアンダーだ。


『キクはオレに興味があるのかもな……』


 節々に見える仕草からそう思いつつ、歩いていくとアジトが見えてきた。所謂、バラック小屋で、ボロボロの建物だが、こんなんでもアンダーじゃなかなかお目にはかかれない。懐かしのアジトを見てオレは思わず「懐かしいなぁ」と呟いた。


「レイジ、早く中に入れよ!」

「あ、あぁ」


 数年振りに入った自警団のアジトは、前とはかなり変わっていた。

 オレ達が自警団を立ち上げたばかりの頃は、アジトには何も無かった。あるのはムダにデカイテーブルとサイズのバラバラなイスがテキトーに放り込んであるだけだった。(勿論、全部拾ってきたモノだ) ソレが今じゃ、きっちりとテーブルは小屋の真ん中に置いてあり、不揃いだったイスはサイズが統一されてきちんと並べてあって、壁にはこの辺りの地図(手書き)が張ってあり、集落の住人の名簿まであった。


「……キク、お前すげぇなぁ」


 オレは感心すると思わず、キクの顔をマジマジと見た。まぁ、野郎と女じゃ、周りへの気配りとかの細やかさが全然違うからかも知れない。

 オレがイスの一つに座るとすぐにアジトのドアが開けられて、近所の住人らしいおばさんが、キクに何やら頼んでいた。おばさんがアジトを出てから聞いてみると、


「あぁ、近所に怪しい連中が彷徨いてるらしいのさ、だから見回りして欲しいってお願いだよ」

「! キク、お前らそんなコトまでやってんのかよ?」

「だって自警団だよ? 集落の皆を守らなきゃ意味が無いじゃないか」

「ま、まぁそうかな」


 キクのヤツ、しっかりリーダーやってるんだな。オレがリーダーやってた時はひたすら暴れてただけだった。さっきからキクに感心する他無い。自警団のほかの連中もキクの指示にきちんと従って動いてるみたいだし、連中もキクをリーダーとして認めているのがよく分かる。



「さてと、ようやく落ち着いたよ……で?」


 一段落着いたらしく、キクがオレの対面に座ると、質問してきた。


「何だよ、で? って」

「私をバカにするなよ、レイジ。アンタが何をしてるのかは知ってるんだよ、アンタがただここに来るハズが無い」


 どうやら、キクを甘く見すぎていたようだ。オレは肩をすくめると改めてキクの方に向き直った。


「じゃ、しゃあねぇな。確かに、ここには用事があって来た、【仕事】だよ」

「……じゃあ、汚い仕事なんだね、ヤッパリさ」


 キクは目を細めオレを睨みながら、テーブルに肘を置き、身体をやや前のめりにした。


「話しなよ、アンタの仕事……」

「……聞きたいか? 巻き込まれちまうぞ」


 オレはキクの目をじっと見た。キクは目を反らすコト無く、真っ直ぐにオレに視線を向けている。なら決まりだ。


「いいぜ、オレがここに戻ったのは…………」


「イタチ、お前に仕事の依頼が来た」

「え、オレにッスか?」


 その仕事の依頼をオレに持ってきたのはカラス兄さん。


「誰からッスか?」


 オレが質問するとカラス兄さんは、オレにカウンター席に座るように手で促した。こういう場合は依頼がキツいと決まってる。


「……オレの知り合いからだ」


 そう言うとカラス兄さんはオレに一枚の写真を手渡した。

 写真は何てコトの無い風景が写っていた。多分、第五区域辺りの港湾部の望遠写真だ。カウンターに何故か置いてあった虫メガネで写真をよく見なければ【ソレ】にも気付けなかっただろう。


「カラス兄さん、コイツは……」

「あぁ、取り引き現場だ。ヤバイ品物のな」

「なら、オレより……」

「……クロイヌは駄目だ。巻き込めば余計大事になるだけだ」

「何でオレなんですか? カラス兄さんじゃなくて?」

「品物を受け取った奴がアンダーを縄張りにしているからだ」


 間が開いた。オレが次の言葉を口に出すのをためらったからだ。それに気付いたカラス兄さんが口を開いた。


「お前が、あの場所に複雑な思いがあるのは承知している。だが、お前が一番確実なんだ」


 そう言うと、カラス兄さんはグラスにウォッカを注ぐとオレに差し出した。オレはグラスを受けとると、一気にウォッカを飲み干す。


「……オレにアンダーに潜れってコトっスか?」

「お前なら、アンダーに関しては誰より詳しい上に顔も利く。依頼人も納得している」

「……なら、一つだけ条件があります」

「……言ってみろ」

「その依頼人に会わせて下さい。もし、依頼人に会えないなら断ります」

「いいだろう」


 カラス兄さんは手際よくグラスにウォッカのお代わりを追加すると、奥へと入っていった。

 オレは、グラスをジッと見ながら、今度はゆっくりとウォッカを焦らすように飲んだ。全身が熱くなるのを感じた。


「依頼人が来るそうだ」

「いつッスか?」

「すぐだ」


 そう言うや否やでバーの扉が開くと、ガラガラランというベルの音がした。


「やれやれ、君のお薦めは用心深いねぇ」


 ――男の見た目はなんてコトの無さそうな初老の小男だった。人の良さそうな穏やかな笑顔を浮かべていて、何処にでもいそうな男。多分、街ですれ違っても印象には背が低かったコト位しか残らない。


「初めまして、イタチ君だね?」


 初老の小男は、そう言うと手を差し出した。オレはその手に視線を移す。

 よく手入れされた爪だ。爪先もキレイに整っていて、強いこだわりを感じる。


「おや? 握手はしない主義かね」


 初老の小男が、一瞬残念そうな表情を浮かべるがすぐに元の穏やかな笑みを浮かべた。


『コイツはヤバい』


 オレはそう直感した。服装はスーツで、身なりや物腰だけを見れば、サラリーマンにしか見えないが、コイツの目には何か底知れないモノを感じる。とっさに後ろに退がる。


「カラス兄さん、コイツは誰ですか?」

「おやおや、嫌われましたかねぇ、カラスさん」


 初老の小男が困惑したような表情でカラス兄さんに視線を向けた。


「……ソイツは勘がいいからな。アンタの胡散臭さが鼻についたんだろうさ」


 カラス兄さんは事も無げに言い切ると、初老の小男が「ひどいなカラスさん」と非難するが、兄さんはそれを気にもせず、自分からカウンターから出てテーブル席にオレと小男に座るように促すと、珍しく自分もイスを置いて座った。


「イタチ、この男は通称モグラ、アンダーのちょっとした権力者だ」

「ひどいなぁ、カラスさん。権力者だなんて。私なんかもう大した力も無いんだよ、ホントに」

「成る程ね……」


 オレは少し納得するとそう呟いた。

 アンダーからここに上がって来るコト事態は別に大したコトじゃない。【出稼ぎ】の犯罪者ならあちこちに上の街にはたくさんいる。だが、コイツからはアンダー特有の匂いが無い。アンダーから来た連中みたいなギラついた感じが全く感じられない。

 ただコイツの雰囲気には【覚え】があった。だから、オレは聞いた。


「アンタ、ギルドの人間か?」

「おやおや、ホントに勘がいいんだね。君は」


 モグラは否定する事もなく感心したとばかりの表情を浮かべた。


「まぁ、元ギルドだがね。それで、何故気付いたんだい?」

「アンタの表情だよ」

「私の表情? ……別段問題無いと思うんだけどねぇ? カラスさんはどうですか。私、何かおかしいでしょうか?」

「俺ならアンタの仕草で気付く。アンタは無駄が無さすぎる、仕事柄の癖が抜けてないんだよ」

「……成る程ね。イタチ君はドコでかな?」


 モグラはそう言うとオレに向き直る。その目はさっきまでの糸目では無くハッキリと見開かれていた。どうやら目付きまで誤魔化していたようだ。それに、正直に答えないと話が進まないようだし、仕方ない。


「……アンタの表情だ」

 モグラはその言葉に少し驚いた表情を浮かべた。さっきまでとは違い、感情の起伏を感じるのは目付きの違いもあるのだろう。


「私の表情? ……ふむ、そこを指摘されたのは初めてかもしれないな、それで……何がおかしいんだね?」

「アンタの表情は一見キチンとしている。だが、ソレだけだ。キチンとし過ぎていて違和感がある。多分、印象を残さないように気遣ってるのが裏目に出ているんだ」

「ほぉ、そうなのか」

「まぁ、ソイツに限っては野性の獣じみた所があるから、あまり参考にはならないぞ。これで顔合わせはいいだろう、イタチ?」


 カラス兄さんはそう言うと、カウンターへと戻った。それからしばらくモグラは、ニコニコしながらオレを観察していた。オレは気にしない様には努めたが正直、嫌な感じだった。

 しばらくして、カラス兄さんはオレには水を、モグラにはワインを提供した。


「う〜〜ん、これはなかなかいいワインだね」


 それからモグラはワインについてのうんちくをベラベラと話し出した。とりあえず、酒には詳しいらしい。


「さて、本題に入ろうかね、何を聞きたい?」


 ようやく、話を聞ける様だ。オレは水を飲み干すと、モグラに質問した。


「アンタ、何であの取り引き現場を押さえることが出来た? あれだけ離れた位置から写真を撮るには正確な位置を知らなければ無理だ」

「うん、私には武力が不足している。その分、情報を武器にして、活用している。とだけ言っておくよ」

「品物は何処に流れる? ギルドか?」

「うん、ギルドの一部かな……またはほかの連中かな」

「さっきから曖昧な答えばかりだな、アンタ」

「それは君が正確な質問をしないからさ。情報というのはその写真と同じで、物事をどう判断するか? それをどう関連付けるかで持つ意味合いも変わる。君は、アンダーに行きたくないみたいだね。どうしてかな? 故郷みたいなモノだろう、あそこは」

「オレに質問をするな」

「まぁ、いいさ。とにかくあの取り引き現場の品物がアンダーに【拡散】されると厄介なコトになるんだよ、塔の街にもね。だから優秀な掃除人にお願いしたい、品物を廃棄して欲しい。報酬は君の好きに決めるといい、命以外なら用意できるよ」


 モグラはそれだけ言うとバーを出ていった。今度は足音も立てずに。全く、油断出来ない奴だ。

 更に、テーブルにはいつの間にか奴の連絡先が書いてあるメモまで残されていた。オレはそれに全く気付かなかった事に、寒気が走るのを感じた。


『――アイツがその気なら、オレは殺られたかもしれない』


 しばらくそのメモに視線を向けていると、カラス兄さんがウォッカのボトルをテーブルにドカッと音を立てて置くと、二つのグラスに注いだ。カラス兄さんは、ウォッカを今度はギリギリまで注ぐ。


「表面張力だ、分かるなイタチ?」

「……この依頼を成功させないと……」


 カラス兄さんは無言で氷を一つオレの分のグラスに入れた。ウォッカがグラスからこぼれた。


「あぁ、こうなるって事だ。この街のバランスは狂うだろう……どうする?」


 カラス兄さんはそう質問すると、自分用に注いだウォッカを一気に飲み干し、オレを見た。


「オレが溢れないようにしなきゃ……ですね」


 オレも目の前のウォッカを一気に飲み干した。

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