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イタチは笑う  作者: 足利義光
第九話
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第九話 ゴーイングアンダー

 イタチはその日、数年振りにそこに足を踏み入れた。

 その場所は、彼にとっては懐かしくもあり、また苦い記憶の残る場所。

 そこはアンダーと呼ばれる地下世界。塔の住人から蔑まれ、区域(スラム)の住人からは畏怖される、人生の終着駅。





「……へっ、変わんねぇなここはさ」


 オレは久々に地下に、アンダーへと足を向けた。もうかれこれ何年か振りだ。何て言うかまぁ、帰郷ってヤツになるのかな。


『……もうちっと感慨深いかと思ったけど、案外何にも感じないモンだ』


 アンダーへの入り口は、塔の街の至るところに存在する。アンダーとはまさに【アンダーグラウンド】。この街の地下空間全てがいわば、別世界なワケだ。

 久し振りにアンダーに足を向けたけど、相変わらずだ。久々だからここの【匂い】は鼻を強く刺激し、思わずむせかえりそうだ。

 この匂いの原因は様々だ。人の排泄物、様々なゴミの匂い。【上の世界】でもひどい区域(スラム)だとこうした匂いは漂っているが、アンダーは地下。匂いはこのまま滞留して、なかなか消えることは無い。

 だが、ここで一番キツい匂いは何と言っても【死の匂い】だ。弱肉強食のアンダーでは、生死は表裏一体、紙一重。

 喰うか喰われるか、生きること事態が日々まさしく闘いだ。


『やれやれだ、お出迎えだな』


 さっきから遠巻きにオレを見ていた連中が、ワラワラと集まってきた。人数は、五人。


 アンダーと上の世界には【境界線】がある。

 境界線とは言っても別に看板や標識があるワケじゃない。それにマンホールやトンネルから地下に降りてすぐアンダーになるワケでも無い。それなら、アンダーはもっと上の世界と深く繋がれたハズだからな。

 何て言うか漠然とした表現だが、空気が変わるというべきか。【そこ】からはアンダーだと何となく分かるポイントがある。今、オレを出迎えてるのがまさに【ソレ】というワケだ。

 連中が視線だけを向けるうちはまだ違う。そこは入り口に近いだけ。だが視線から行動に移るようならそこがアンダーだというワケだ。ま、感覚的なモンだな。


「お、オイ兄ちゃん。ま、迷子にでもなったのか?」


 連中の一人がどもりながらオレに話し掛けて来た。背の低い中年の男で、目を細めてオレを値踏みする様にジロジロと見ている。


「ま、迷子なら今すぐ戻れば見逃してやる、金目のモノをよこせば命はとら、ねぇ」


 中年がそう言うと、連中はケタケタと笑い出した。嘘なのがバレバレだが、コイツらは気にしない様だ。つまり殺す気満々ってワケだ。


「……へっ、変わらねぇなぁホントよッ!」


 オレはニヤリと笑いながら呟くと仕掛けた。こういうのは先手必勝に限る。

 左足を一歩踏み込むと、目の前にいた中年に右の前蹴りを鳩尾に思い切り突き刺すように喰らわせた。「へぶうっ」間抜けな声を出して中年が吹っ飛んだ。

 そのままさらに突っ込んでいき、手前にいたノッポには右肩から体当たりをぶち当てるとそのまま壁に叩き付けた。ノッポは衝撃で失神したらしく、口から泡を吹きながらそのまま崩れ落ちた。残った三人からは笑いが消えた。


「テメェ……」

「おれたちを舐めるなよっ」

「マジで殺してやる!」


 見事なまでの三下のセリフ揃いに、オレは思わず吹き出しそうになるのをこらえた。ちなみに、セリフとは裏腹に三下三人は腰が引けている。


「悪いな♪ 迷子じゃ無くてよ」


 ソレだけ言うとオレは連中を横切って前進し、アンダーの入り口に足を踏み入れた。


「くそったれがぁ」


 スタスタと気にする様子も無く先へと進むオレを見て、三下の一人がオレに背後から襲いかかろうと迫って来たが、突然動きを止めた。


「う、うっ」


 オレは背中を向け、歩きながらソイツに問いかけた。


「どうした、襲わないのか?」


 結局、奴は唸ったまま襲いかかろうしなかった。オレは別に何もしてはいない。ただ【殺気】を放っただけだ。弱肉強食の掟が存在するアンダーでは、誰もが殺気には敏感で無くては生きていけない。コイツは悟ったワケだ、目の前を歩いていくガキが自分より格上の【生き物】だと。


「……相変わらず、臭いな」


 アンダーの入り口が一番臭いのも理由がある。

 それは大抵の場合、入り口が下水道のすぐそばで、集落からの排泄物を流す場所だからだ。

 地下とは言っても、生活している以上、一定のルールは存在するワケで、例えば、ここみたいな下水道。ここにはアンダーの住人も住み着かない。理由は下水道は境界線だというのと、奴等も排泄物を流す場所だから。たまに下水道の調査に来る上からの【お客】には手は出さないのがアンダーのルールの一つだ。大変な事になっちまうからな、下水道がダメになるとさ。



 入り口から歩くことしばらく、ようやく集落が見えてきた。見分け方は簡単で、そこからは家と人がいるからだ。

 家とは言っても大体の場合はテントだ。アンダーの連中は金持ちじゃないからな、そもそも。

 集落の住人がオレをジロジロと見ている。まぁ当然だろう。オレは明らかにここの住人には見えてないハズだから。

 住人達がボロボロの服を着ているのに対してオレは白のワイシャツに赤いネクタイと緑のチノパン。その上に赤いフード付きライダースジャケット。足元はブーツ(スニーカーじゃ無いのは、アンダーは足元が湿ってる上にぬかるんでいて不快な思いをするからだ。)

 まぁ、ここには好きで来たわけじゃないから、目立っても構わない。寧ろ【目立つのが目的】だからこれ位で丁度いいだろう。

 退屈しのぎに集落を何となく歩きながら様子を見てみる。目立つのは、昔と相変わらず住人の目には生気があまり無いコトだ。

 座り込んでいる男は天井をボーッとただ見ている。買い物用のカートをガタガタしながら歩くばぁさんは、買い物カゴに何処から集めたのかゴミばかり入れていて、ひどい悪臭を放っている。

 ここの大人達がいわば人生の落伍者達で溢れているのに対して、子供達の姿は上や下の世界の区別もなく屈託なく笑い、走り回っている。この子供達もいずれはこの無気力な大人達と同じになるのだろう。

 先の見える世界への閉塞感ってヤツが嫌だったからなのか、昔オレがアンダーや上の街で暴れまわった時には、結構な人数がいつの間にかオレの仲間になっていた。



『――レイジさん、今日は何処で暴れますか?』


 ケンの奴はまるで犬みたいにオレについてきたよな。


『――レイジ、俺達が協力すれば敵なんかいないんだなっ、アンダーを制覇して、上の街に出ようぜ!!』


 マスミは熱い野郎だったな。


 ――オレは、アイツらの声に押されて、まるで自分が世界の支配者にでもなったような錯覚さえ覚えていた。


「ハッ、勘違いもいいトコだよホント」


 ――自分自身で勝手に始めた暴走が、いつの間にかたくさんの野郎どもとの祭りみたいになっていたんだ。

 アイツの言葉が忘れられない……


『祭りはいつか終わるんだ……必ずな』


 その言葉はオレの心に今も刺さったままだ。


『……レイジ、立ち止まるなよなっ』


 ――マスミはそう言うとオレの目の前で死んだ。


『レイジさん、楽しかったっすね……オ、れ』


 ――ケンはオレを庇って銃弾に倒れた。


『祭りは終わりだ……諦めろ』


 アイツは淡々とした表情でオレにそう言った。


「ふざけんな!! テメェさえ殺せば勝ちだ」


 オレはアイツを睨みながら叫んだ。

 アイツはオレの剥き出しの殺気にも全く動じることも無く、覚めた目でこちらを見ている。


『……確かに、お前なら俺を殺せるだろうな。だが、そこまでだ。お前以外の奴は全員死ぬ、その後でお前も死ぬ』


 そう言うとアイツはジャケットからタバコを取り出すと吸い始めた。


『選べ……全員死ぬか、お前が犠牲になるかを』

「何だと?」

『今なら、まだガキのおふざけで片付けてやる。今ならな。決めるのはお前だ』

「……へっ、決まってらそんなンよ」



「おっと、寝ちまってたか……やな夢見たぜ」


 こんな夢を見るのは久し振りだ。最近はすっかり見なくなった昔の夢。


『どうも、感傷的だなぁオレ』


 自分に苦笑いしていると、どうやら【お客さん】が来たようだ。いや、逆にオレがお客さんか。とにかく人数は十人、全員が武器(とは言え、鉄パイプやら木刀程度)を片手にこちらを取り囲むように近付いてきた。


「出迎えご苦労さん」


 そう言うとオレは、寝床代わりにしていたベンチから起き上がった。


「何処から来た?」


 連中の一人がオレに質問してきた。見た目はほかの連中より一回り小さくて、マスクをしている。とりあえず問答無用じゃないのは助かる。


「オレは上から来た。ちょいとバカンスに、な」


 返事を返して様子を見てみる事にした。連中がざわついている。オレのユーモアが伝わるといいんだが。


「ふざけているのか?」


 マスクの奴が再び話し掛けてくる。少し怒気が言葉にこもってるが仕方ない、挑発してるワケだし。相手も気付いたらしく、「シッ」と息を切るような声を出す。すると残りの連中がベンチを完全に囲んだ。


「最後に確認……」

「……死にたくないならここから去れ。だろ?」

「なに?」

「さっさと本題に入るか、コイツを見な」


 オレはそう言うと、ヒップホルスターから相棒たる金色のオートマグを引き抜くと、連中に見せた。

 連中が再度ざわつく。しきりにオレをキョロキョロ見る奴。腰を抜かした奴。一様に、さっきまでとは雰囲気が違う。とりあえず質問してみる事にした。


「オレが誰か分かったかい?」

「アンタ……ホントに」

「ああ、レイジだ。久し振りだな、テメェら」


 オレの言葉に連中は一拍間が開けてから、爆発した。


「……レイジさんだ!」

「アンダーのキングが帰ってきた」

「ホンモノだ、ホンモノだぞっ」


 一気に連中が騒ぎだした、勿論、悪い意味じゃないぜ。さっきからオレに質問してきた奴がつけていたマスクを外した。そいつの顔を見てオレは少し驚いた。


「……お帰り、レイジ」

「……あぁ戻ったぜ、綺麗になったな、キク」


 そう、オレは戻ってきたんだ。懐かしのアンダーに、この最低最悪の掃き溜めに。

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