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イタチは笑う  作者: 足利義光
第八話
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そしてまた日曜日

「あ〜〜〜あ、疲れた」


 私はようやく自由になれたので思いきり身体を伸ばしてリラックスする事にした。何せ一晩泊まっていたワケだから。


「少しは休めたか?」


 クロイヌが入り口に立っていた。私は苦笑いを浮かべながら返した。


「おかげさまでね」

「ま、これに懲りて少しは自重するんだな」

「一応、礼は言っとくわ、アナタが手を回したんでしょ?」

「何の事だ? 覚えが無いな」

「そういうコトにしとくわよ、一晩泊まったのは腹立つけどね」


 私の憎まれ口にクロイヌが珍しく微笑を浮かべると、私に背を向ける。


「じゃあな」

「たまには、私がいる時間にバーに来なさいよ」

「あぁ……考えとく」


 クロイヌは右手を上に挙げるとそのまま車に乗り込んでいった。


『今度は私とカラスと三人でお酒でも飲みたいわね』


 そう考えていると、背後から息を切らしながらバタバタ足音を立てて誰かが近付いて来た。誰かはわかってるけど。


「ゲンさん、歳なんだから、無理して走らないでよね」


 私は振り返りながら、足音の主こと、ゲンさんに話し掛けた。


「ハァ、ハァ。全く、アイツはもう行っちまったのか?」

「えぇ、ゲンさんが怖いんじゃないの?」

「バカ抜かせ。何で組織の大幹部様が俺みたいなヒラ警官に怯えるんだよっ」


 そう、私の目の前にいる背の低いお腹の出たおじさんこと、ゲンさんは第十区域の警察署(ちなみに場所は繁華街の外れだ)に勤務する警察官。年齢は確かもう五十代後半。

 以前は事件を最前線で追ってたけど「寄る年波には勝てないんだよ」とかで今じゃ、警察署内の備品庫の管理をしている。

 以前はよくバーにも遊びに来ていて、カラスが苦笑していたっけ。


「にしてもだ、レイコ。お前もいい加減、少しは落ち着け。夜中に悪党の捕り物なんかして、揚げ句バイクの破損で留置場送りってなぁ」

「色々あってね」

「全く、バーの連中はトラブルメーカーだな、ガハハッ」

「そうかもね、フフッ」


 ゲンさんはカラスとクロイヌが掃除屋を始めた当初からの【協力者】の一人だ。腐敗し切った警察組織では対処できない案件の情報をよく二人に回してくれていたそうで、あの二人が揃ってよく「あの人には頭が上がらない」と言っていたのをよく覚えている。


「まぁ、いいか。悪党が捕まればその分だけ街が安全になるしなぁ。警官も無駄弾撃たなくて済むってモンだ、ガハハッ」

「前から思ってたけど、それって警官のセリフなワケ? ……ひっどいわね」

「ガハハッ、丁度いいんだよ、この位でな。お前さん達みたいなデタラメ人間の喧嘩に一般人がいくらいても仕方ないんだからなぁ」

「デタラメ人間って……まぁ、カラスとかイタチ君ならともかく、私もなワケ?」

「十分にデタラメ人間だな、聞いてるぞ。日曜日の公園での【行事】。ハデに投げ飛ばしてるんだろ、イタチ」


 ゲンさんはそう言うとニヤリと歯を剥いて「ガハハッ」と豪快に笑った。私は【手合わせ】の事をすっかり忘れていた事に今更気付いた。慌てて走り出す。


「ゲンさん、有難うね」

「もう来るなよ〜」





 私は第十区域をひたすら走る。公園へは繁華街からいつもの商店街を一直線に行けばいい。ただ、服装がね。いつもならピンクのジャージなんだけど今は留置場で一晩お世話になったばかりで服装が昨日のままだ。ショートダッフルにロングのTシャツにジーンズとあとはスニーカー。まぁ、ジーンズは柔らかい素材だから問題ないか。


「うん、メンドイからいいや」


 そう一人で呟くとバーへは向かわずに中央公園に向かうことにした。ストレス発散が優先よ。



「レイコさぁぁぁん!」


 公園へと急ぐ私を十字路からスッと姿を現して道を塞いだのは、あのバカ……いやホーリー。相変わらず、ムダにキラキラした服装ね。


「聞きましたよぉッッ、ブルをケチョンケチョンにしたって!!!」

「ちょ、邪魔よ!!」


 私はホーリーの右袖を掴むと、無造作に投げた。にしても、何で毎回毎回こう進行方向で待ち構えてるワケ……そっか、【スパイ】がいたんだった。私は心の中でイタチ君をしばくと改めて決意した。


「ま、待ってください」


 すると、別の声が私を引き留めた。思わず足を止めて振り返ると、あのバ……ホーリーのすぐ横に立っていたのは、テル君だった。


「テル君じゃない、その服装……」

「はいっ、ホーリー先輩の口利きでクラブで働けるようになって、それで……」

「そうです!! 彼は見所があるから……ボクがホストに推薦したんデスッッッ」


 ホーリーが復活して跳ね起きた。……ちっ、浅かったか、相変わらずタフね。


「それにしてもスーツ似合うじゃない」

「有難うございます。これ、ホーリー先輩が選んでくれたんですよ」


 そう言うとテル君は誇らしげに新調したスーツを私にクルリと回転して見せてくれた。うん、決して高級ブランドでは無いけど、程よく品があって前の客引き風のイメージが消えている。ホーリーのセンスは確かね。なら何で、自身のキラキラスーツはあんなに薄っぺらいんだろうかしら? すごく残念な奴だ、ホントに。


「よく似合ってるわよ、仕事頑張ってね」

「はいっ、この度は有難うございましたッッ」

「今度、お店に行くわね。テル君を指名するからヨロシクね♪」

「光栄です、お待ちしてま……」

「……待てえぃぃ、何でボクは指名しないのにテルは指名するんですかぁぁっッッ」


 ホーリーが心底ガッカリした表情で私を見ていた。何だか、チワワみたいな表情でペットみたいだ。


「だって、アナタナンバーワンホストでしょ?」

「えぇ、断トツに♪」

「んじゃ、私なんかお呼びじゃないって♪」

「そんなぁァァァッ」

「じゃ、またねテル君」

「はいッッ」


 満面の笑顔で私に応えたテル君と、燃え尽きたボクサーみたいに膝から崩れ落ちたホーリーの対比が面白い。ま、あのバカは三分あれば復活するからいいや。私はまた走り出した。





 更に走るコトしばらく。公園まであと二分程の場所まで来た。

 途中、馴染みの商店街の皆に挨拶しながら走り抜けた。あとで絶対お蕎麦を食べると私は決意した。そしてお花を買い替えよう。

 すると信号前でキョロキョロしている女の子が目に入った。見かけない子だ。


「あの、どうかした?」

「あ、すみません。あの、その……」

「……言ってみてよ、どうしたの?」


 その女の子は見た所、十代後半位に見えた。ブラウスにラッフルスカートにレギンスと短めのヒール。その上からテーラードジャケットを合わせていて、色は全て白。

 とても上品な雰囲気を漂わせて、綺麗に手入れされたロングの黒髪がさらに彼女の見映えをよくしていた。女の私が見ても、間違いなく美少女といえる。正直、スラムにいるような子じゃない。


「あの、すみません。中央公園を探していて……場所を……」

「……中央公園ね、それならこのまま真っ直ぐ行けばすぐよ」

「有難うございます」


 その子の頭を下げる仕草までフワリとして洗練されていて私は思わず、見とれそうになった。


「いいのよ、気にしないで……デート?」

「そ、そんなんじゃ……ただ、会いたい人がいて、その……」

「じゃあ、頑張ってね」

「は、はい」


 その子はもう一度私に頭を下げると、小走りで公園に向かっていった。その動きは見た目の印象とは違って無駄が少なくて鍛えられてる感じがした。




「イマドキあんな子がいるのね……デート相手は幸せ者だわ」


 一人で感心しているとスマホの着信音が入ったウサギちゃんからだ。

 公園はすぐそこだし、どの道、今日は遅刻してるからもう二、三分位遅れたっていっか……。


「もしもし、ウサギちゃん。おはよー」

『レイコさん、おはようございます。大丈夫でしたか?』

「ん? 何が」

『昨夜のコトですよ、バイクでセダンを停めて、銃弾をかわしながらブルを投げ飛ばしたって聞いて……ホントですか?』

「まぁ、大体ね」

『うわ、ホントなんだぁ。カッコいいなぁ、レイコさん』


 ウサギちゃんの声が弾んでいるのが電話越しでも分かった。やっぱり街中であの騒ぎじゃ、クロイヌでも誤魔化しきれなかったか。人殺しじゃないから気にはしないけどね。「それで、ウサギちゃんどうかした? こんな時間から珍しいわねぇ」

『あ、思い出しました。今日だけど、新さんのお店で夜一緒に食べませんか? 新さん、いいお肉が入ったから是非にって言ってましたよ』

「え? 新さんがいいお肉って言ったの? それは絶対食べなきゃ、ホントに美味しいから絶対!!」


 私の脳裏には新さんがその鋭い眼力で選んだ最高級のお肉が、その完璧な火加減で調理されて私の前に出される光景がまじまじと浮かび上がった。サイドメニューにガーリックライスと有機野菜のサラダとスープ。考えるだけで、はしたないけどヨダレが出そう。


『完璧よ、完璧!!』


 心の声が漏れだしそうになるのを落ち着けつつ電話越しに集合時間を決めると、俄然、張り合いが出てきた。


『あ、そうそう、新さんのお店の新しい店員さん達……』

「……アキラにヤスオね。二人がどうかした?」

『新さんが褒めてましたよ、イマドキのガキにしちゃなかなか根性があるって』

「そう、楽しそうで良かった」

『じゃあ、あとで〜』

「じゃあね♪」



 それにしても、この一週間は色々あったけど、結果的には悪くなかったわね。

 テル君は念願かなってホストになったし、アキラにヤスオは尊敬出来る人に出会って働き出したし、私は新さんのお店で最高のお肉を食べれるワケだし♪


「うんっ、いい一週間だったッッ!」


 私はそう叫ぶと足取りも軽く、公園へと向かった。


「さてと、イタチ君とリス君は……あれ? 砂場にいないわね」


 いつもの砂場に着いた私の前には誰もいなかった。二人だけじゃなくて、子供達までいない。


「おっかしいなぁ…………あ、いた」


 辺りを見回していると、砂場から離れた芝生広場に子供達とリス君がいたので、私は皆の所へ駆け寄った。


「おーい、リス君。どうしたの?」


 するとリス君が物凄い真剣な表情で芝生広場の向こうのベンチに視線を送っている事に気付いた。私も視線を向けてみると、


「ん〜〜〜、あの子は確か……」


 私の目に入ったのは、さっき公園への道を聞いてきた清楚な女の子。

 そして、その横に座っているのはイタチ君だった。


『……もしかして、これってもしかして……』


 私の中で好奇心がドンドン湧き上がって来た。


『どうしようか? 見守ろうかな? おちょくろうかなぁ♪』


 何だかワクワクして来た私は、皆と同じく二人をじっと見つめてみた。期待に胸を膨らませながら。



【それからしばらく】



「あ〜〜何やってんだろあの人達」


 リス君が我慢し切れなくなってぼやいた。正直、私も同意見。二人揃ってぎこちなさが凄い。

 特にイタチ君は何なのアレ? あんな可愛い女の子にあんなに近付かれてるのに、もっと嬉しそうにしなさいよ。何、カッコつけてるワケ? アンタはどう頑張っても、カラスやクロイヌみたいな【ハードボイルド】にはなれないのよ。所詮は【ハーフボイルド】がイイトコよ。焦れったいわね。私は、リス君の肩に手を置いた。ようやくリス君も私の存在に気付いたらしくピクリと身体が動いた。


「誰だよ? あ」


 誰だよ? で私の身体が動いていた。何となく腹が立ったので、つい。という訳でリス君は綺麗に宙を舞った。


「あ、レイコねぇちゃんだ」

「レイコねぇちゃん、イタチにカノジョだよ!」

「ナマイキだよね、イタチのくせに」

「レイコさん、イタチとられたな」

「イタチ、フラれろぉ」


 子供達も私に気付いて周りに集まってきた。好き勝手言ってるわ。まぁ、子供だからね。


『にしてもね……』


 何だかムズムズして来た。イタチ君に助け船でも出すべきかな? と考えていると、スマホにメール。チェックして見ると、


『愛するレイコさんへ



 改めてまして、レイコさん♪


 先程はあまり話せなくてショボーンでしたけど、今日遂に、アナタのメアドを【友達】が教えてくれたのでこうして……』


 私は反射的にメールを消した。そして【友達】に視線を向けた。湧き上がるのはさっきとは違う感情だ。


『あのヤロウ、何余計なコトしてんだ。』


「あ、あのオーナー……うわああっ」


 リスが私の肩に手を置いたのでとりあえず投げ飛ばす。今のワタシに触るんじゃない。


『で、自分はリア充ってか? おのれ、イタチ(怒)』


 私の中で怒りの感情がフツフツと煮えたぎり、沸点を越えた。自然と足が動き、イタチ君達に近付いていた。


「はいはーい、何やってんだ青少年」


 私の声にイタチ君とあの子が振り向いた。イタチ君は物凄く不安げな表情を見せた。私は満面の笑みを浮かべながら話し掛けた。


「イタチ君、やっほぃ」



 このあとイタチ君にはキッチリ【お礼】しておいたわ。


「ぐばらハァァッッッ」


 あ、今日はいつもより綺麗に宙を舞ったわね、イタチ君。


 ちなみに、スパイはイタチ君だったけど、メアドはカラスが「お嬢、ホーリーなら軽くあしらえるでしょ?」という理由で教えたらしい。うん、半分八つ当たりになっちゃった。ゴメンゴメン♪ 

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