土曜日から日曜日 街を汚した代償
「どうやら片付いたな」
俺の目の前には、たった今、射殺されたばかりのブルーカラー、通称ブルのメンバーが五人倒れていた。
俺が奴等の標的と判明した段階で備えて正解だったようだ。
被害は、すり替わった警備員達と運転手に俺の身代わりとなった部下。彼の家族には十分に報いると生前から約束している、約束は守ろう。結果的にはまずまずの首尾と言っていい。
「ん、何だ?」
ビルから数十メートル程の道路からアクセルを踏み込む音と共に急発進する一台のバイクが見えた。誰なのかは顔などでは判別出来ないが、あの発進の仕方は、レイコに間違いない。
『お節介な奴だな』
思わず微笑を浮かべた俺を部下達が訝しげに見ていた。
「ボス、あのバイク乗りを追いますか?」
「気にするな、あれは昔馴染みだ」
『……お前の好きにするがいいさ。死ぬなよ、レイコ』
俺は心の中で呟くとビルに戻る事にした。正当防衛とはいえ、街中で銃撃戦をした以上、警察だの、周辺の住民への手回しだの後始末が色々とたくさん面倒な手続きが俺を待っている。
「まぁ、手助けなんかすれば大きなお世話だろうしな」
「ボス? 何か?」
「気にするな」
「はぁ……」
「クソッタレ!!」
そう叫ぶとハンドルを握る手に力が入った。男にとって、この依頼はまさに最悪の結末を迎えた。
『いつからだ? 何故こうなったんだ……』
依頼はこの第十区域で幅を利かせているクロイヌとかいう成り上がりの失脚。塔の街を牛耳る組織の幹部の一人で、最近幅を利かせていてそれを苦々しく見ている連中にブルは雇われた。時間はかけていいらしく、気楽に受けた。
『最初は順調だった』
繁華街の表通りにはクロイヌの手が回っていて手出しが出来ないので、裏通りのいくつかの店に手出しし、金を巻き上げつつ、周辺の治安を悪くするはずが、ステーキ店と風俗店に誰かに殴り込みされた上に、アジトをよりによってクロイヌに奪われた。
小銭稼ぎ程度の店を潰されても気にしなかったが、アジトと仲間を確保された事により、予定をパーティでのクロイヌの殺害に急遽切り替えた。仲間には襲撃の話は昨日したばかりで誰も知らない筈だ。
つまりクロイヌにこちらの考えを読まれた事になる。完敗だ……。
『クソッ、だが死んでたまるか。オレはまだ死なない』
物思いに耽りながら運転していた彼を現実に引き戻したのは一台の黒いバイクだった。
そのバイクは完全にスピード違反でこちらに突っ込んで来るかのように追ってくる。
『クロイヌの追っ手!』
そう認識した彼は運転席側の窓を全開にすると助手席に置いてあったH&K(ヘッケラー&コッホ)USPを手に取ると安全装置を解除、サイドミラーでバイクの位置を確認すると、いきなりブレーキを踏み急減速をかけ、セダンの後部をバイクにぶつけようとした。
「ヤバッ」
レイコはセダンでの攻撃をハンドルを切りながら追い抜いてかわすも、後ろについたブルの右手に拳銃が握られているのがミラーに映った。
「死ねッッ」
ブルがUSPの引き金を引き、銃撃してきた。
その瞬間にレイコは、以前聞いたカラスとイタチの会話をふと思い出した。
「……イタチ、車やバイクを運転しながらの射撃についてお前はどう思う?」
「う〜〜そうっすね、映画とかじゃよく主人公とかがやってますけどあれ、カッコいいッスよね♪ まっ……当たればッスけど」
「そうだ、動く対象を射撃で倒すのは困難だ。何故なら……」
「……拳銃の射程は素人が考えるより短い。【当てる】だけならある程度は大丈夫だ。だが、【殺傷力】を保つならその射程はかなり限定される……でしょ。もう耳にタコですよ」
「その通りだ。だから、標的を殺すならなるべく近付け。近付いた上で相手の動きを予測しろ」
「ま、車からの射撃をするなら拳銃は止めとけって事ッスね」
「そうだ、威嚇以外にはあまり役に立たないからな」
あの時の二人の会話を聞いていたレイコは、心の中で『大丈夫』と呟くと、バイクを左右に蛇行させる。銃弾はレイコを追いかけるように左右に飛んでくるものの、当たる事はなく路面を削っていく。
「クソッ」
銃撃を諦めたブルが今度はセダンを加速させバイクとの距離を詰めてきた。いくら深夜になりつつあるとは言え、ここはまだ繁華街だ。さっきからのチェイスと銃撃で、周囲がパニックになっているのがよく分かる。
『多分、この先で警察が待ち構えてるわ。早く、決着しないと!!』
ブルのセダンが急加速してバイクに迫ってきた。反対車線の車とスレスレになっても減速する様子は無い。ブルも決着をつけるつもりだ。
「上等! 来なさい」
「ぶっ飛ばしてやる!」
ブルのセダンがさらに加速して車をスピンさせながらバイクを弾き飛ばそうと迫る。
レイコのバイクはそれに対してさらに加速させつつ急反転をかけると、逆にセダンに突っ込む。
『バカめ、死ねッッ』
迫るセダンに乗るブルの勝利から来る余裕の表情がレイコに伝わる。
それに対してレイコは不敵な笑みを浮かべた。
『喰らいなッッ』
レイコはバイクの前輪を浮かせ、ウィリー状態にすると前輪をセダンのフロントに乗せた。そして後輪をセダンとバイクの勢いを利用して浮き上がらせるとそのまま回転してブル目掛けて後輪をフロントガラスに叩き付けた。
「ば、ウガァァッ」
バンドル操作を誤ったブルのセダンがそのままスピンしながら、横付け駐車していた車にぶつかった。レイコはバイクの態勢を整えると間一髪でセダンから飛び降り、歩道に着地した。
「やった」
ガシャアアアンという激しい衝突音を立ててセダンが停まった。レイコはバイクを動かそうとしたが、動かない。どうやらさっきの動作で駆動系がやられたらしい。
「ま、いっか、私のじゃないし」
レイコがバイクを乗り捨て、セダンに走って近付こうとした時、セダンからブルが出て来ると、USPの銃口をこちらに向けて来た。
「クソッタレが!!」
ブルはUSPで自分をこんな目に遭わせたライダーを銃撃したが、車のクラッシュとエアバッグの衝撃で頭がくらくらしていた為に、照準がうまく合わせられない。とりあえず二発発射して、相手を足止めすると、セダンから離れて、逃げ出すことにした。
「ちっ、危ないわね」
レイコは毒づいたが、今の銃撃が全然こちらを狙っていたとは思えず、銃弾が当たりそうに無かった事に気付いていた。
『脳震盪か何かね』
レイコは確信すると、臆すること無くブルを追いかける。
「ハア、ハア……クソッ、クソックソッッッ」
全身が痛む、そして重い。まるで自分の身体では無いかのようだ。全力で走っているつもりだが、足が前になかなか進まない。ライダーが走ってくる、USPで銃撃しようとするが、相手は素早く左右に動いて照準が合わない。
『クソッ。シット!!』
ふと目の前に通行人が突っ立っていた、『邪魔だ』と思ったが同時にコイツを利用しようとも思った。
「アイツ、逃げてッッ」
レイコはブルの意図に気付きヘルメットを外して叫んだが、ブルの方が早く動いた。USPが通行人の腹部を撃ち抜く。そして銃底で顔を殴り付けると地面に転がす。
「キャアアアッ」
悲鳴を上げた女の子をブルが捕まえると、レイコに振り向く。
「来るなッッ」
ブルはようやく相手を認識した。
「お、女だと?」
怒りが全身から滲み出して来るのをブルは感じていた。自分の邪魔をしていたのがこんなひょろっちい女だったのに、彼は屈辱を感じていた。
「女じゃ悪いワケ?」
女、つまりレイコがそう言うとじりじりと迫ってくる。
「テメェ、動くなッて言ってるだろうがあッッ」
ブルがUSPの銃口を抱え上げた女の子のこめかみに当てた。
「このガキの脳ミソをぶちまけてやろうか? あぁッッ」
確信は無かったが、相手はプロじゃ無いとブルは判断した。
『アイツからは殺気を感じない、プロ特有の圧力が無い』
プロじゃない相手にこうまで追い詰められたのは屈辱だったが、プロじゃ無いなら、ガキの人質が通用するかも。そう判断した。
「……あっそ、じゃあ、殺れば?」
レイコはそう言うと何事も無いかの様にブルに向かって歩き出した。
「……ふ、ふざけるな、ホントに殺すゾッ」
「……殺ればいいじゃない、それでアンタは終わりだけどね」
「お前、オマエは何なんだッッ?」
ブルの絶叫が響き渡った。
「私? 【掃除人】よ」
「ビィィィッッチ!!」
ブルが絶叫しながらUSPの銃口をレイコに向けた瞬間、状況が動いた。レイコは左手に持っていたヘルメットを投げ付け、一気にブルへと迫った。ブルはUSPでレイコの腹部を狙おうとしたがヘルメットが右手に直撃し、USPが落ちた。
「シィィッットッッ」
ブルが女の子をレイコ投げ付け、その場から逃げようとした。レイコは女の子を受け止め、優しくその場に降ろす。ブルが反転し、左足を踏み出そうとしたが足が動かない。左目で左足を見るとさっき腹部を撃ち抜いた男が足首を掴んでいた。
「シャアアあっ」
ブルが甲高い気迫に満ちた声に気付いた時、レイコが自身の背後にいた。
レイコは右足でブルの右膝裏を蹴り、態勢を崩すと右手をブルの首に回し、左手で右手を固めると一気に投げ飛ばす。
あまりに一瞬でブルには何が起きたかがよく分からないまま、気が付くと自分が宙を舞い、路面に叩き付けられるのがコマ送りの様に感じ、何処か他人事みたいだった。自分が実際に路面に叩き付けられる迄は。
「グギャアアアッ」
全身に衝撃が走り、続いて激痛が駆け抜けた。
女が自分を見下ろしているのが分かった。それも自分の事をくだらない奴だといわんばかりの冷たい目で。
「お、覚えてろ……」
「……アンタこそ覚えときな、この街には【掃除人】がいるってな」
「ビィッチ……」
絞り出す様にそう言うとブルは意識を失う。その様子をレイコは確認すると、撃たれた男に近付き傷を確認する。重傷だが、命に別状は無さそうだ。
「アンタ、スゲェな」
「黙ってなさい」
レイコが女の子に視線を向けると「うわああっ」と泣きながらレイコに抱きついた。レイコは優しく女の子の頭を撫でながら「大丈夫?」と確認した。
女の子は「あたしはだいじょうぶ、でもパパが」というと更に泣き出した。
「大丈夫よ、だから泣かないで」
レイコは、優しく女の子の頭をもう一度撫でると精一杯の笑顔でそう言った。
気が付くとパトカーのサイレンがこちらに近付いて来ていた。
「終わったわね」
レイコは呟く。ようやく終わったと実感した。




