土曜日 レッツパーティ
「ですよね」
イタチ君はそう言うと私に封筒を渡した。その封筒に目を通すと、【アイツ】からの物だとすぐに分かった。
「イタチ君、これは?」
分かってて聞いてるワケだけどイタチ君は私に視線を合わせないようにしてる。からかい気味にとりあえず睨んでみる。私の視線にびくつく姿がイチイチ面白い。
「あ、いや、それは……うん。オーナーの友達から……」
「……うん、【共通】の友達だよねぇ」
その言葉にギクリとした表情を見せるイタチ君。ホント、分かりやす過ぎる。もう少し上手く誤魔化して欲しいかな。
「もういいわよ」
「あ、はいっ」
ホッとした表情でドアを閉めようとするイタチ君に私が一言、「ホーリーにヨロシク」と伝えると油断していた表情がまたギクリとしたものに変わった。うん、イタチ君がホーリーの【スパイ】で間違いないわね、今度覚えてなさい。
「それで……ブルについてはどうなってるのよ」
私は独り言を言いながら、無駄にデコレートされた封筒を開けてみると、中には二枚の手紙が入っていた。とりあえず一枚目を読んでみる。
『親愛なる我が姫君へ愛を込めて
レイコさん、私はいかにしてこの溢れんばかりの愛をアナタに届けるべきか、悩み抜いた末にこの手紙を書くことにしました。
レイコさん、アナタは何でこんなに…………』
何かイラッとしたのでその手紙を破り捨てた。気を取り直して、二枚目に目を通す。
『レイコさんへ
頼まれていた情報ですが、何とか分かりました。メール送りたくてもアドを知らないし、【友達】に聞いてもそれだけはダメって教えてくれないし……。
まぁ、とにかくブルっていうのは個人を指す言葉じゃなかったんです。
正確には【ブルーカラー】、つまり現場労働者という意味で、その中のリーダー格が厳つくて牛みたいにゴツく、仲間内で【ブル】と呼んだのがキッカケだったみたいです。
彼らはいわば雇われの傭兵みたいな連中で、依頼人からの指示で動きます。メンバーはその都度何人かが入れ替わるので正確には分かりませんが、大体五人から八人だそうです。
連中が今回、何で繁華街で暴れたのかは、多分、レイコさんも薄々は気付いているかもですが、クロイヌさんの失脚を狙ったモノだと思われます。多分、繁華街で騒ぎや事件をを引き起こして、治安を乱す事で組織への上納金やクロイヌさんの権威を失墜させるのが目的だったと考えられます。
ただ、昨夜の一件でアジトと武器を奪われた連中が次に何をするか、それが不安材料です。どうか無理はせずに気を付けて下さい。
アナタを愛する愚か者より』
「やっぱりね」
いつもは電話で済ませるのを手紙にしたのは彼なりの気遣いだろう。単純に電源切ってたからかもだけど。
とにかく、ホーリーからの情報で確信出来た。彼の提供する情報は、いつも精度が高いから間違いない。情報屋としての彼は信頼している。
手紙にもあったように、彼らはいくつかの関係先と仲間とアジトに武器を奪われた。
彼らに依頼人がいて、雇われて仕事をしている以上、まだ仕事を続行すると仮定して、私が彼らならどうするかをしばらく考えて結論が出た。
正直言って、いい結論じゃ無いから、出来れば外れて欲しいんだけど、多分これしかないと思った私は行動する事にした。「うん、行こうか私」
気合いを入れて私が足を運んだのは繁華街の中心にあるクロイヌが所有するビル。
今夜、このビルでちょっとしたパーティが開かれる。何故ここに私が来たのかというと、ここに主催者としてクロイヌが参加するからだ。諸々の準備が破綻した以上、彼等には強行手段しか残されていない。なら、クロイヌが確実に姿を見せる今夜がチャンスの筈だ。
ちなみに私は、パーティドレスじゃない。そんな格好したら、組織の連中に見つかるかも知れない。だからパーティ会場で動きやすくてバレにくい格好をする為にホールスタッフに変装する事にした。
一応、胸は目立たないようにキツいけどさらしを巻いたし、つけ髭もしたし、カツラもつけた(短髪)し、あとは服は、ちょっと【借りたし】まぁ、細身の男性スタッフに見えるだろう。
『それにしても……この人達は何て言うか』
会場内の様子を伺ってみると現実感があまり無い、私達の生活からはかけ離れた雰囲気だ。
会場内で働いているスタッフ以外には多分クロイヌの手配した護衛の黒服が数人。さらに来場者個人の護衛らしき人達があちこちにいるけど、目を引くのは来場者達の服装だ。
まるで時代物のテレビで見たようなヨーロッパの貴族みたいな装いで、幾らするのか全く予測出来ないようなゴージャスなドレスや、オーダーメードのスーツ。何だか、手間とお金を使い過ぎて失敗したコスプレパーティにすら見える。まぁ、そんなのが会場中にいるから笑えないんだけど。
そもそも、ビル周辺の駐車場も車がビッシリ停まっていたけど、その車が見たコトが無い位に高級車のオンパレードだった。
大戦前に製造が終わった車種から最新型のスポーツカーに、ベンツやボルボ等々、ここの車を何台か盗んで売れば、当分働かなくて良さそうだ。
会場内の装飾も凄かった。水差し一つから椅子に至るまでオーダーメイドの品が並び、天井にはまるで宝石のようにキラキラと光るシャンデリアがあった。確か、あれだけで軽く億単位の金額がするハズ。私が正直、場違いなトコロに来たと実感した時、会場内で一斉に拍手が巻き起こり、会場の中央を一人の人物が悠然と歩いてきた。クロイヌだ。
クロイヌはこのパーティ会場内でも異彩を放っていた。
いつも通りに上から下まで黒一色なんだけど、いつもよりはかなり上等なスーツを着こなし、帽子も無い見た目は、目付き鋭さは目立つけど、やり手の青年実業家のようにも見える。少なくとも会場内の貴族もどきの来場者達よりはかなり格上に見える。彼は壇上に上がると周囲を見渡し、ゆっくりと喋りだした。
「ご来場の皆様、本日は当チャリティーパーティへの参加を心から感謝します。主催者として、皆様の様な力ある方々の協力があってこそ、この街の繁栄があるのだと、私は、確認………………」
そこに立っていて口を開いていたのは、クロイヌだけどクロイヌじゃ無かった。
私の知っている昔のクロイヌは冗談ばかり言って、皮肉好きで、何処か憎めない人だった。
組織の幹部になってからはそんな面は見せなくなったし、カラスとの仲はギクシャクしているけど、時折私に見せる表情には昔の面影が残っていて、それが私を少し安心させていた。
でも、今、壇上にいる彼は誰なの? この場には誰一人として、本心から笑っている人はいない。こんな空虚なパーティ会場で、来場者に語りかけている彼は何を考え、誰に話しているの?
そう考えた瞬間に、私には来場者達がまるで、得体の知れない怪物に見えてきた。
彼らは一見、穏やかそうな笑顔で愉しげに歓談しているし、飲食していた。でも、誰一人例外なく、その笑顔からは本心を感じない。まるで誰もが同じ表情の【仮面】を付けているかのようだ。
私も第十区域で暮らすうちに色々な悪党達を見てきた。この来場者達はこれまで見てきたどの悪党達とも違う。【異質な存在】だとしか言えない。【得体の知れない、顔の無い怪物】。
私達にとっての戦いが、悪党達とのそれであるのに対して、クロイヌの戦いはこんな連中とのモノだなんて今まで考えた事も無かった。
今なら少しは理解出来るような気がした。
何故、クロイヌがあんなに変わってしまったのかを。何故、他人との壁を作るようになったのかを。
その後もパーティは滞りなく進行し、やがて終わりを迎えた。あっという間のおよそ四時間だった。
「もしもし、ホーリー」
「れ、レイコさんッッ。嬉しいです、僕も丁度掛けようかと思っていたんですよぉ♪」
「ハイハイ。パーティはお開きになったわ……ブル達は来なかったみたい」
「え? そうなんですか。おかしいなぁ」
「まぁ、こんなたくさんの人がいる会場内で騒ぎを起こされても困るから良かったんだけどね」
「そうですね、何事も無いならそれが一番ですね♪ また調べたら連絡入れますね」
「ヨロシク」
私も、もう少し片付けをしたらここを出ようかな、あくまで自然に。そう思った矢先だった。
私が外にゴミを捨てるいくついでに制服を脱ぎ捨ててその場から去ろうとしていると、そこには一台のワゴン車が停まっていた。別になんて事の無い普通のワゴン車。目に入ったけどすぐに興味を失った。
でも、気が付いた。今、このビルの裏にワゴン車があるのはおかしいと。ビル付近の駐車場にはパーティの参加者達の車しか無い。さらに言うなら、ビル周辺には不審者対策で警備がいるはず。関係の無い車は停められないハズ。
私が車に近付こうとした時、ワゴン車がゆっくりと動き出した。そしてワゴン車のいた場所には何かが落ちていた。嫌な予感がした。素早くその場に駆け寄ると、そこには既に三人の死体があった。下着しか付けて無くて、誰か分からなかったけど、よく見るとその内の一人の顔が会場内の警備員だと分かった。
『ブル達がいる』
嫌な予感が私を突き動かし、ワゴン車を追いかけた。ゆっくりと徐行運転でワゴン車が裏から表通りに出た瞬間。一気にキキキッという音を立てて加速した。慌てて私も表通りに飛び出す。
玄関前には一台の黒塗りのベンツが停まっていて、クロイヌが丁度乗り込もうとしていた。ブル達は、間違いなくクロイヌを狙っている。
ワゴン車の両側のドアが開かれて二人組の男達が飛び出すとAK―47を素早く構えてベンツに銃撃をかけた。さらにビルの中からも警備員が三人が同じくAKでベンツを襲撃した。
まさにあっという間の出来事。みるみるベンツが穴だらけになり、中には生存者なんかいないと私も理解できた。周囲に通行人の悲鳴が響いた。まさかクロイヌが死んだの?
考える間も無く次の瞬間、また銃撃が辺りに響き渡った。ただし、今度はブル達が標的にされていて、あっという間に外にいた二人が撃たれて倒れ、ビルから飛び出した三人にも銃撃が容赦なく浴びせられていた。
十数人の組織の黒服がサブマシンガンを構えながらブル達を包囲するようにビルの内外から出て来て、最後に玄関にクロイヌが姿を見せた。私は理解した。さっきのは偽者だったと、黒一色の服装と背格好に騙された。私が騙される位だから、彼らは間違いなく本人だと思って襲撃をかけたに違いない。クロイヌはこの事を事前に知っていたワケらしい。
「クソッタレ!」
捨て台詞が私の耳に入ると一台のセダンが道の反対車線をゆっくりと走り去っていく。その運転席には一人の外国人が座っていて、凶悪そうな顔に、頭には髪の毛が無かった。間違いない。
『コイツがブルだ!』
確信した私はセダンを目で追う。すると、前方に一台のバイクが丁度停まったのが目に入った。
「何だ? 警察か何かか?」
ヘルメットを取り、バイクを停めたのは顔馴染みのバイク乗りだった。なら話は早い。私は迷わずに彼を突き飛ばすとヘルメットを奪い、バイクに跨がるとアクセルを吹かせる。
「おい、何しやがる!」
「悪いわね、ちょっと貸してッッ」
「あぁん! 誰だっ……ひっ、ハイッ」
「うん、アリガトね♪」
私にはまだ【掃除】しないといけない相手がいる。
私は、地面にへたり込んでる彼に軽くウインクし、バイクを走らせた。
「逃がさないわよ!!」




