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イタチは笑う  作者: 足利義光
第八話
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金曜日 二人の関係

「久し振りだなレイコ」


 そう言うとクロイヌは、イタチ君を鋭い視線で一睨みする。意図を察したらしく、イタチ君は「ハイハイ」といいながら肩をすくめてその場を立ち去る。そしてこの場には私とクロイヌだけになった。

 何とも言えない重苦しい空気が場には漂い、お互いに口を開く事も無く、無言のまま時間が過ぎて行く。

 静寂を破ったのはクロイヌだった。私に背を向けたクロイヌは、ジャケットからシガーケースから愛用の葉巻を取り出すと、ライターで火を付けた。

 ゆっくりと左手の葉巻を口に運び「フゥ」と一回煙を吐き出すと、私に振り向いた。



「それで……元気だったか?」

「勿論よ。アナタはどうなの?」

「あぁ、問題ない」

「そうじゃないわよ、分かってるでしょ?」

「お前には関係無い」


 クロイヌはそう言うと私から顔を背けた。もうこの話題はしないつもりらしい。


「相変わらずね、アナタは……その黒服は他人との、」

「カラスの奴と約束した。お前を俺のいる世界には巻き込まないとな、だから俺にあまり近付くな。不幸な結末を迎える事になる」


 そう言うクロイヌの視線は私から外れ、その向こうに向けられた。

 視線に気付いた私が振り向くと、カラスがこちらに近付いて来るのが分かった。カラスは私が気付くとこちらに走ってきた。


「お嬢!!」

「カラス、店は?」

「イタチの奴が代わりに見てますよ、アイツも少し位ならバーテンの仕事は出来ますから」


 どうやらイタチ君が気を利かせたらしい。でもあまりいい雰囲気では無い。ジッと睨みあう二人の間にはピンと張り詰めた空気が漂い、そして……動いた。


「カラス……っ」


 膠着を破り、カラスが私の前に立つといきなりクロイヌに殴りかかる。クロイヌもそれを避けようとはせずにそのままカラスの右拳を顔面に受けた。クロイヌの顔が、続いて身体が衝撃で捻れて一歩後ろに下がった。


「……気は済んだか?」


 そう言いながら、クロイヌがゆっくりと向き直り、カラスに視線を向ける。口からは血が滲んでいたが、気にする様子は無い。カラスは小さく「チッ」と舌打ちすると答えた。


「少しは、な」

「なら話をしようか」


 また少し間が空いた。二人は互いを睨むように対峙したまま動かない。

 私は考える。一体いつからだろうか? あんなにお互いを信頼していた二人が、こんな関係になってしまったのは。

 あんなに明るくて冗談ばかり言っていたクロイヌはいつからこうなったのだろう?

 そんなクロイヌに苦笑いしながらも満更でも無さそうだったカラスは何処にいったのだろう?

 ただ私に分かるのは、二人の積み重ねた月日が互いに重くのしかかっているという事だけ。そして子供から大人になっていった私には、その重さは共有出来ないのだろうという事だけだ。


「二人共、その位にしときなさいよ!!」


 だが、この状況に我慢できなくなった私は、思わず二人に怒鳴りつけた。二人共、私がこの場にいたことを思い出したかの様に驚いた表情を浮かべた。


「……二人に何があったかは知らないし、知りたくも無いけど、今は違うでしょ!! 過去じゃ無くて目の前の現実を見なさい、このバカ二人!!!」


 一気に言い切った私は張り詰めた空気と、この数日あまり寝ていないから疲れたのか、軽く立ちくらみを覚えて身体がよろけた。


「お嬢!!」


 私の身体をカラスが抱えた。カラスは少し躊躇いながらも私をおんぶするとクロイヌに背を向けて言った。


「ブルについて何かあれば俺に教えろ」


 カラスに対してクロイヌも背を向けると、


「……いいだろう、だがレイコを巻き込むな」


 その言葉を聞くとカラスは私をおんぶしたままエレベーターに入る。扉が閉まる直前に「それは保証出来ない」と小さく言い返す。そして扉が閉まると「そうでしょう、お嬢?」と聞いたので私は勿論、「当たり前よ」と精一杯返すと一息ついて気が抜けたのか眠ってしまった。

 あぁ、何年振りだろう。カラスの背中を感じるのは。私が小さな頃からカラスはいた。いつも彼は私を見守っていた。

 だから小さな頃はカラスをお父さんだと勘違いした位だ。だからある時にこう聞いたんだ。


「ねぇ、お母さんは何処にいったの? 何でアタシ達を置いていったの?」


 カラスはとても難しい表情を浮かべると、しばらく考え込んでいたけど、やがて意を決したように口を開いた。


「レイコ、よく聞いてください。まず俺は、アナタのお父さんじゃ無いんです。アナタにはちゃんとお父さんがいるんですよ」


 最初は意味が分からなかった。カラスの言葉を理解するには私はまだあまりに子供だった。「お父さんはどこにいったの? …………何でカラスはお父さんじゃないのにずっと一緒なの? 何で? 何でなのッ? ニセモノなんかいらないよっッッ」


 私は泣きながら感情のままにカラスに当たった。ヒドイ言葉を浴びせたと思う。カラス戸惑いながらもは泣きじゃくる私の肩に手を置くと優しくこう言ったのを今でも覚えている。


「レイコのお父さんとお母さんは遠くに出かけて帰って来れないんです。……俺はお父さんに頼まれました、アナタの側にいて欲しいと。だから俺が、レイコとずっと一緒にいます。約束します」


 その言葉はぎこちなく、精一杯の笑顔も今思えば不自然で笑ってしまいそうだけど、その時の私は安心した。


『もう私は一人じゃないんだ』


 こうして私はカラスの大きな背中に心から安心出来たのをまるで昨日の事のように覚えている。この時からカラスが私にとって【父親で帰る家】になったんだ。


 私達はそれからあちこちを旅した。たくさんの場所でたくさんの思い出が出来たけど、どの場所にも長居は出来なかった。

 そして辿り着いたのが、この塔の街のバーがある第十区域だった。

 初めてここに来たときは本当に酷い有り様だったわ。暴力沙汰や窃盗は当たり前のように起きていたし、昼間から表通りで堂々とクスリの売買が横行し、目の焦点が合わない人達が突然暴れだしたりした。本当に酷いトコロだった。


「カラス、こんなトコロ早く出ていこうよ」


 外にも出れず、不安から泣き出したた私の背中をぎこちない手付きでさすりながら、カラスはこう言った。


「すいません。でも、ここなら誰もレイコに危害を加えないんです」


 カラスは確かにそう言った。私は【誰か】に狙われていたんだ。誰が私を狙っていたんだろうか?

 それからしばらくしてからだ。クロイヌが来て二人が【掃除屋】を始めたのは。街が少しずつ活気を取り戻したのは。


 私にとってクロイヌは【恩人】だ。

 カラスとクロイヌは私にとって大事な人達なんだ。そしてこの街が私が私でいられるキッカケをくれたんだ。だから、私は…………


 私が目を覚ますと、視界に映ったのはいつもの見慣れた天井だった。


「うん……そうか私、寝てたのか」


 何だかお腹がすいた。私は軽く着替えを済ますと下に降りる。


「オーナー、おはっス」

「あぁ、おはようイタチ君」

「おはようございますオーナー」

「おはよう、リス君」


 バーの店内ではイタチ君とリス君の二人が掃除をしていた。


「おはようございます、お嬢」

「カラス、おはよう」


 カラスは精一杯の笑顔を見せたが、いまだにぎこちなさは拭えない。初対面の人なら怖がるような不自然な、でも誰よりも優しい笑顔。



 私は少し遅めの朝食を取り、カウンターで新聞に目を通す。やはり、昨日のビルの件は載っていない。この街で、組織に都合の悪いニュースは滅多に流れる事は無い。

 だから多分、塔や第一から第三区域までの住人の中にはこの街の実情など全く知らない人がいるんじゃないだろうか? そんな事を考えていると、カラスがコーヒーをカップに注いだ。


「どうしました? 考え事ですか?」

「そうよ、私にも色々あるんだからね♪ ……あと、有難う。面倒をかけたわね」

「気にしないで下さい、俺が勝手にやってる事なんですから」

「クロイヌから連絡はあった?」

「いえ、まだ無いです」


 カラスの返事には彼の複雑な心境を反映してか、何処か冷たい響きが感じられた。


「そう。ならいいわ、コーヒー有難う」

「お嬢、無理はしないで下さい」

「分かってるわ」


 どのみち、情報が無ければ動きようが無い。なら情報が入った時にすぐにでも動けるようにきっちり体力は温存しないとね。疲れて倒れてなんかいられないワケだし。


「私、少し寝るわね」


 私はそうカラスに言うと、階段を上がり寝室へと足を運んだ。




 それからしばらくして…………。

 トントン、トントン。


「何よ、誰?」


 部屋のドアをノックする音が耳に入り、私は目を覚まし、ドアを開ける。するとイタチ君が立っていた。


「オーナー、例の件の情報ッスけど聞きますか?」


 どうやら動く時は来たようね。私は、迷わず答えた。


「当然よ」


 時計を見ると、時刻は午後三時だった。

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