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イタチは笑う  作者: 足利義光
第八話
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木曜日 困った時はとりあえず正面突破

――もしもし、レイコさん。愛の狩人こと、ホーリーですッッ。


 電話越しでもホーリーは相変わらずテンションが高い上に声が大きい。まともに聞いてると耳が痛くなりそうだから、耳栓を予め付けておいて正解だったわ。


「ハイハイ……で、収穫はどうなの?」

――う゛うっ……上々ですよ、ブルの奴の仲間のたまり場が分かりました……。

「やるわね、ホーリー」

――ハイいッ! お褒めいただき光栄ですっっ!! 我が姫君よッッ♪


 まぁ、少し褒めればこれだから単純で扱いやすいんだけどねこの人。


「ハイハイ、で?」

――はい。いいですか、連中の居場所は……。




「……成る程ね、これは確かに探さないわね」


 電話からしばらくして私は連中のたまり場のビルの前に立っていた。時間は木曜日の夜九時。

 今夜は雨が降っているせいか、繁華街もいつもほど人の行き来は無い。

 もっとも、第十区域の表通りが活気付くのはまだまだこれから。


「あれ、レイコちゃん。今日はお店には居ないのかい?」


 バーの近くに住んでいるおじさんが話し掛けてきた。この時間だと近所の人達に見つかるかもとは思ってはいたけど、ブルと仲間達の様な奴等をそのまま放置しておけない。


「さてと、行きますか」


 私がそのビルに入ろうとした時、背後から足音と共に誰かが近付いてきた。とっさに振り向きつつ左手刀を放とうと構えた。


「うわっ、待ってくださいよ!」

「何だ。イタチ君か」

「ビックリしましたよ、もう!!」


 イタチ君が後ろに下がって両手を上に挙げ降参の構えで立っていた。相変わらず気配を絶つのが上手いわね、ホントに。服装はいつものシャツにカーゴパンツと少し寒いから茶色のダウンジャケットを羽織っている。


「オーナー、何やってんすか。カラス兄さんが捜してますよ?」


 どうやらカラスがイタチ君に私を捜すように頼んだらしい。ま、ここはバーの近所だからすぐに私は見つかった事だろう。


「ちょっと私用よ」

「この建物に用事ッスか?」

「まぁね」

「そんじゃ、オレも行きますよ」


 というとイタチ君はスタスタと建物に入っていく。まぁ、仕方ないわね。私もその後を追うように入っていく。



 二人共エレベーターに乗り込んで扉を閉めるとイタチ君はこちらに向き直り、話を切り出した。


「で、本題に入りましょうか?」


 イタチ君はそう言うとエレベーターを停めた。


「何の事よ? サッパリだわ」

「オレが知らないと思ってるんすか? 新さんのお店とか風俗店とか」


 そう言うとイタチ君はジトリとこちらを見た。観念しないといけないみたいね。


「ちぇっ、バレてたか」

「寧ろあんだけ派手に暴れて知らないワケが無いでしょ? オレは仮にも掃除屋ですよ」

「仕方ないわね、話すわよ……」


 ここまで知られたら隠すのは無理だろうし、仕方ないわ。私はテル達の経緯からブルの話をした。

 イタチ君は特に表情を変えずに聞いていたけど、時折ほんの少しだけ瞼がピクリと動いたり、拳を握ったりしていた。


「……て訳よ、協力するの?」

「……やりますよ。調子こいてる牛野郎を張り倒したい気分ですから」

「言っておくけど……」

「殺しは禁止でしょ? 別にオレだって殺さずに済むならその方がいいに決まってますよ」

「……なら行きましょうか?」

「ういっす」


 私はエレベーターを再び動かした。向かう先はこのビルの五階。

 元々このビルは前にカラスとクロイヌの二人が掃除屋をしていた頃にクスリの売人の拠点だった事があり、二人がキッチリ掃除していた。その後、治安が落ち着いたのを見計らって部屋を整えてマンションになっていた。

 バーの周辺は治安が比較的落ち着いているのもあり、部屋は八割位は常に埋まっている。連中のたまり場はビルの最上階の五階だ。ここが盲点なのは繁華街で表通りに次いで辺りの治安がいいからだ。

 チーンというエレベーター特有の音と共に扉が開かれた。すると目の前にはいかにもな厳つい男が立っていてこちらに視線を向けてきた。


「誰だアンタら? ここの住人じゃないな」


 厳つい男がこちらに近付いてくる。左手は腰に回し、私達を警戒している。イタチ君が一歩進み出た。


「あ、あれ? ここに友達がいるって聞いたんスけど」

「ここにお前の友達なんかいない」

「おっかしいなぁ、ブルって言うんだけど……う〜ん、知らないかなぁ?」


 厳つい男が一瞬、イタチ君の言葉に反応したのか、視線をずらした。その一瞬で勝負はついていた。

 イタチ君が素早く左手刀で男の喉元に一撃、よろめく男をそのままエレベーターに押し込む。待ち構えていた私は勢いを利用して投げ飛ばした。エレベーターの壁に頭から激突して、男は完全に失神した。


「うわ、怖っ!」

 イタチ君の表情が少し青ざめていた。まるでトラウマが甦ったみたいだ。いや、アナタの喉元への一撃も充分にエグいわよ、ホント。


「ハイハイ、行くわよ」


 今度は私が先にスタスタと歩いていく。


「待ってくださいよ!」


 イタチ君が慌てて付いてくる。

 五階に部屋は合わせて六つある。出口はエレベーターとそばにある階段にあとは一番奥の部屋の向こうに非常用階段。


「プロなら逃げ道は確保しとくとこなんで、一番奥から調べますかね」

「……そうね」


 大声だとバレるかもなので小声で話しながら通路をなるべく静かに歩いていく。


「ちょっと待ってて下さいね」


 イタチ君はそう言うと右奥のドアに聞き耳を立てる。しばらく、そのまま部屋の様子を探った後でチャイムを鳴らした。


「すいません、町内会の者なんですが〜」


 すると「何だよ」と部屋から返事があり、ドアが開かれ中から住人が出てきた。と同時にイタチ君がいきなり住人に頭突きを鼻先に喰らわせると、口を手で塞いで部屋の奥へと住人をひきずりながら入っていく。……しばらくしてイタチ君が手招きして来たので部屋に入る。

 部屋に入ると何かの薬品臭が鼻を刺激した。イタチ君がどこか無邪気な笑顔で私に喋りかけた。


「うん……この部屋は違いましたね」

「アホかっ!」


 思わず私はイタチ君をグーパンでどつく。イタチ君はしれっとした顔で話を続ける。へこたれないわね、ホント。


「でもま、こいつもマトモな奴じゃ無いみたいッスよ」


 イタチ君はそう言うと口はタオルで塞ぎ、手足を拘束バンドで縛り付けた住人を指差した。

 住人は見たところ二十代後半、迷彩柄のシャツにジーンズ。人相こそ普通みたいだけど、イタチ君が部屋に貼ってあるポスターを剥がしてみると隠し棚があり、そこには拳銃が一丁とクスリのはいった包みが無数に出てきた。堅気では無いわね、確かに。


「いいか、一度だけ聞くぜ。ちゃんと答えれば命は奪わない、いいな?」


 住人は首を縦に振って答えたので、タオルを外す。


「じゃ聞くぜ、この階にブルはいるのか?」


 住人はイタチ君と私をキョロキョロと見ながら考えている。秤にかけているみたいだ。


「甘く見るなよ」


 そう言うとイタチ君が住人の右手首を掴むと捻りあげた。口はタオルで覆って声を出せないようにしている。


「う゛〜〜〜ッッ」


 声にならない叫びをあげ苦痛に満ちた表情を浮かべる住人。可哀想だけどクスリの売人に同情する気にはならないわ。

 捻りあげる事、およそ一分。住人が観念したのか表情が変わった。警察用語でいう【落ちた】状態だ。イタチ君がタオルを口から外すと住人は素直に話し出した。


「なら話せ、アンタの名前は?」

「……ケイイチだ」

「ケイイチね。で、仕事は何だ?」

「……売人をしてる、ヤクの」

「ヤクの売人のケイイチさん、このビルにはブルはいるのか?」

「今はいない」

「じゃあ……」

「……いつ戻るわけ!」


 思わず私が割り込んだ。焦れったいやり取りは苦手なのよね、私。


「ちょ、オーナー!」

「っさい!!」

「ひでぶぇっ」


 イタチ君には悪いけど今はいちいち構ってられないから裏拳を喰らわせた。「鼻先、鼻先っ」と小さく呻きながら、床を転がるイタチ君を見て、ケイイチさんは私に対して明らかに怯えた表情を浮かべた。うん、幸先は良さそうね。


「ケイイチさん、ハゲ頭のブルには何人仲間がいるワケ?」

「ハゲ頭? いや、俺の知ってる奴はハゲ頭じゃない」

「ハゲ頭じゃない? じゃあ誰よ?」

「アンタらの探してる奴は知らないけど向かいの部屋に連中はいるはずだ。」

「イタチ君!!」

「あいさっ」


 私の言葉を聞くや否や部屋を飛び出したイタチ君は隣の部屋のドアを蹴破る。私はケイイチに右手刀で首筋に当て身を喰らわせ、気絶させると隣の部屋に足を向けた。


「な、何だテメェ!! グアッ」

「やりやがったな! ぐああっ」


 私が部屋に入ると、丁度こちらに一人向かってきた。逃げるつもりだろうけど、逃がすワケにはいかない。

「くそッ、どけッ」

「い・や・だ♪」


 男が右手で殴りかかってきたので、左手刀で受け流す。右足で素早く足払いをかけて姿勢を崩すと右肘で男の顔面に一撃。向こうではイタチ君が二人をあっさり倒したみたいだ。


「流石、オーナー」


 イタチ君が「ヒュ〜〜」と口笛を吹いた。


「こんなの準備運動にもならないわ」

「確かに。でもこっちに来てください……ヤバイですよ」


 イタチ君の表情が珍しく険しいので、ただ事じゃないと思いながら、玄関から部屋に入る。


「確かにね。これは嫌な流れだわ」


 部屋に入った私の視界に映ったのは、無造作に置かれたサブマシンガンにアサルトライフル。それとそれぞれの銃弾の名前が書いてある小箱。


「単なる金の回収業者にこんなの必要ないッスよね……」


 そのイタチ君の言葉に私も頷くしか無かった。



「さて、ケイイチさん。アンタはここから出ていった方がいいと思うぜ。二度と戻るなよ」


 イタチ君の一言で拘束バンドを外されたケイイチさんは慌てて逃げ出していった。勿論、クスリと拳銃は渡さない。


「ブルの件はクロイヌの旦那に知らせた方が良さそうッスね、流石にアサルトライフルやらサブマシンガンがこんなトコで出たらアウトっす」


 イタチ君がそう言うとスマホでクロイヌに電話をかけ始めた。

 私は、改めて部屋にいた三人を観察してみる。すると手にタコが出来ているのに気付いた。所謂銃ダコって奴ね。少なくともこの三人は銃の扱いにそれなりに習熟していたという事になる。





 そうこうしている内にクロイヌが手下を数人連れてきた。電話から数分足らず、流石に早い。

 クロイヌは手下を手で制すると一人でこちらに来た。表情は厳しいけど当然か、縄張りでのこの問題だ。


「クロイヌの旦那」

「イタチ、何があったか言え」

「何があったかを知りたいのは私達よ」


 二人を遮った私の言葉に対してクロイヌは少し間を置くとゆっくりとこちらに振り向き、返事を返した。


「久し振りだなレイコ」


 クロイヌに対して私も言葉を返す。


「えぇ、随分とね」

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