水曜日 バカとハサミは使いようによる
「「「あ、有難うございましたぁっ」」」
水曜日の朝。とりあえずテル達の身分証を取り返す事に成功した私は、三人に身分証を渡す事にした。
前もって電話で取り返した事は伝えていたけど、三人が本当に嬉しそうにしている姿に、こっちまで何だか嬉しくなっちゃいそう。
「あ、そうだテル君」
「は、はい。何でしょうか?」
「君、クラブで働きたいんだよね?」
「えぇ、まあ」
「私に当てがあるんだけど、どう?」
「え? 本当ですか! 是非お願いしますっ」
そう、私には当てがある。少し、いや…………かなり嫌なんだけどね。
その当てにメールを送るとまさしく秒速かと言わんばかりに返信があり、呼び出してから待つことわずか五分。【奴】は現れた。
「れ、レイコさぁぁぁん!! 遂に、遂にですねぇっ」
そこに姿を現したのはあのホストのホーリーだ。全力疾走して来たのを誤魔化して表情は澄ましてるけど、足はブルブル小刻みに震えてるし、心臓付近が激しく動いている。そんな無理に格好つけなくてもいいだろうに。
「……何が遂によ?」
「……僕に言わせるんですか? フッ、貴方も罪な人だ」
と言うと馴れ馴れしく肩に手を回して来たのでいつも通りに条件反射で投げ飛ばした。ホーリーも慣れてるので受け身をバッチリ決める。思わず「チッ」と舌打ちしている私と地面に倒れながらも満面の笑みを浮かべるホーリーをテル達はキョトンとした表情で見ていた。
「はい、気安く触らないっ! で……勘違いさせて悪いけど今日はこの子を紹介したいだけ。ほらテル君っ」
「え? あっ」
そのやり取りの間にホーリーが「とうっ」と声を出して跳ね起きる。そしてまるで何も無かったように澄ましてる。コイツ……ホント無駄に運動神経いいわね。
「キミは誰だい?」
「あ、おれ……僕はテルって言います」
「彼、クラブで働きたいらしいんだよ」
「へぇ〜〜〜、成る程ねぇ」
そう言うとホーリーはテルを上下に、そして左右に値踏みする様な眼差しで、周りをぐるぐる回りながら丹念に見回す。
一人の少年を澄ました顔して格好つけてるけど背中は服がボロボロな、正直怪しい男がじっと見ている光景に通行人の皆様が露骨に不審な視線を飛ばしているのがよく分かる。
テルも視線には気付いているのでキョロキョロしながらも困惑している。ホーリーだけが全く気にしていない様だ。
「ふ〜〜〜ん。なかなかだね、キミは何をしたいんだ?」
「え? ぼ、僕には憧れている人がいるんですッッ」
「……誰だい?」
「そ、その……塔の街で一番のホストでホーリーさんです!!」
その言葉に私は絶句。思わず「マジでっ」と叫んでしまった。ヤスオにアキラの二人もウンウンと頷いていて、テルはどうやら本当にホーリーに憧れている様だ。何だか信じられないけど。
「成る程ね、それで感想は?」
「感想? 何にです?」
「憧れの僕に出会った感想だよ?」
「………………は?」
テルは思考回路がショートしたようだ。目が点になり、口が開いたままポカンとしている。どうやら私が助け船出さないと駄目みたいね。
「テル君、そのバカが間違いなくホーリーよ。残念だけど幻滅させて……」
「……うおぉぉっ、感激ですッッ、目の前にあのホーリーさんが!!!」
いきなりスイッチが入ったらしく、テルは現実に戻ると一気にテンションアップ。興奮しながらホーリーの周りをぐるぐる回る。……ハッキリ言って怪しすぎる。
「そうかそうか、感激させたかい。僕はつくづく罪な男だ」
「サイコーッス、ホーリーさん。ホントにカッコいいですッッ」
うっ……何だろ、このアホな空間は。ここにいるのが疲れてくるわ。
「よ、良かったわねテル」
辛うじてそう言葉を掛けるのが精一杯だ。とりあえずはテル達については解決したから私はその場を離れる。やるべきコトがまだ残ってるから。
「有難うございましたッッ」
テル君の声は本当に嬉しそう。私は無言で手を挙げた応えた。
「で……ブルってハゲ頭は何処にいるわけ?」
「は、はっ、何を言ってるんだか……」
「あ、そ。ウサギちゃん、もうちょい店を破壊しちゃって♪」
「アイサ〜〜〜」
ウサギちゃんはショベルカーを動かすとアームを動かして、容赦なく店の壁に穴を開けていく。これで店は当分再開出来ないわね。店長の奴は顔面蒼白になりガタガタ震えだした。さて、改めて聞いてみようかな。
「ハゲ頭は何処っ?」
「あ、あ……」
「言わないんなら完全に店を壊すわよ。まぁ……別にいいけどね♪」
「は、話すよ。これだからアンタは出入り禁止にしたのに……」
店長が諦めたらしく肩を落とす。実は私は以前にもこの店で軽く掃除したコトがあって、それ以来、似たような店からは出入り禁止リストに乗ったってワケ。今回、ウサギちゃんが表からで私が裏口だったのは私が表から堂々と入るとこの店長は間違いなく逃げ出すからってワケ(笑)
「……別にアイツは店の売上げに貢献してるワケじゃないんだよ」
「ん? ……続けて」
「アイツはウチとか同業者から金を回収してるんだよ。勿論、最初は断ったさ。でもアイツと仲間がウチのすぐそばの同業者の店を力ずくで潰したんだ。特に理由なんか無く、ただ見せしめにって。歯向かえないなら払うしか無いじゃないか! 俺達みたいな裏通りの店は、クロイヌには守って貰えないんだから。それで金を払うのと金庫を貸すことで見逃してもらってたんだ……」
成る程、ブルってハゲ頭は金の回収人で、どうやら仲間がいるワケだ。
ちなみにVIP室のその金庫にはテル達の身分証の他に何人かの身分証が無造作に放り込まれていた。どうやら他にも被害者がいたみたいね。ウサギちゃんに他の人の身分証をお願いしたから、この件はひと安心だ。
更に質問をすると店のトイレの用具置き場に隠し扉があって、ブルはそこから出ていたと素直に白状した。
正直、風俗系のお店なんかどうだっていいんだけど弱い人達から金を巻き上げるやり口が気に入らないわ。コイツらはこの街を、私達の街をいじめている。二度と出来ない様にキッチリ掃除しないとね。だから私は決めていた。
「で、もういいワケ?」
「えぇ、テル君ならウチの店長に紹介しときましたよ♪ あとは本人次第です」
「あんたは面倒見だけはいいからね、前から」
「当然ですよ、愛するレイコさんの為なら……」
「……ハイハイ。で、頼みたい件があるんだけどね」
私はホーリーと電話越しに話をする。これがアイツの【仕事】のスタイルだ。普段のホストのホーリーでは無く、【情報屋】としてのね。
普段のアイツはいい加減でしょうもない奴だけど、情報屋としては間違いなく一流で、私はコイツを信用しているわ。今回ホーリーに頼みたいのは勿論、あの件だ。
「それにしてもレイコさん、派手に立ち回りましたねぇ、僕も見てみたかったですよ♪ 裏通りでは他の風俗店が大変怯えていますよ、明日は我が身ってね(笑)」
「一応、手加減はしといたわよ、前よりは。あとは口止めしといたけど……まぁ、仕方ないか」
「まぁ、僕もこういう副業があるワケですし、レイコさんは良くも悪くも目立ちますからねっ。その貴女が最近は何かと評判の捜し屋さんと二人で組んだら、そりゃぁ嫌でもその筋には目立ちますよ♪」
ま、知られて当然だろうとは思う。口止めしといた所で、一軒の風俗店がいきなり深夜から早朝にかけて半壊したら目立つのは当たり前よね。
正直、口止めしといたのはバーに迷惑を掛けるつもりが無いからだけどね。
単に解決するだけならカラスなりイタチ君とやればいいけど、二人だと場合によって死人が出るからね。
私は【掃除人】としての二人を否定するつもりは毛頭ないわ。でも、私には人を殺すつもりは無い。私が使う技はあくまで【護身術】であって、【殺人術】じゃない。
理屈じゃ分かってる。この世界には法律や秩序なんか関係無く好き放題している人達が蔓延っているって。
私は塔を眺めながら思う。あの無数にそびえ立つ高層ビル群。あそこの住人は下の街に住む私達をどう見ているのか?
下の街に住む私達はアンダーに住む人達をどう見ているのだろうか?
カラスやイタチ君はクロイヌからの【依頼】で仕事をするコトがある。クロイヌからの依頼は彼の利益に基づいた物であり決して正義の為では無い。世の中はそんなに甘くないからだ。よく分かってる。何よりも自分自身が一番、ね。だから私は……。
「アンタに頼みたいのは一つだけ……」
「……ブルでしょ? アイツも最近派手に暴れてるみたいですね。了解です、任せて下さいよ。明日にでも報告しますからね。あ、報酬は、あなたとの甘いひと……」
「……ありがとね」
これ以上聞いてられないので電話を切った。「無体なぁ」というホーリーの叫びが聞こえた気がしたけど無視無視。
「さてと、今日はゆっくりと休みましょうか♪」
たまには早く寝ないとねっ。お肌に良くないわ。ホーリーからの連絡は明日なんだから。




