月曜日 厨房に入る際には手を洗いマスクをしようね♪
「う〜〜〜、今日もいい天気だわ」
空を見上げると雲一つ無い青空。昨日と同じくこの時期には珍しくいい天気だ。
一日経った今日は昨日の三人組と待ち合わせ中。ぱっぱとお掃除しなきゃ。
しばらくして三人組がこちらにやって来た、三分前。なかなか真面目じゃない。
「はい、ここよ♪」
「……え? 昨日の人なんですか」
「何言ってるのよ? どう見ても私じゃない」
「いやその、昨日はジャージで今日は、何て言うかその……」
客引き風の男ことテルがまじまじとこちらを見てきた。
ま、昨日は手合わせだったからジャージでほぼスッピン。今日はセーターワンピースにブーツインしたパンツ。そこにショートダッフルを合わせた着こなし。メイクはナチュラルだからあまり顔は変わらないけど服装で印象は大分違うのだろう。
「いや、その、綺麗っすね」
「当然♪」
テル以外の二人、ヤスオにアキラも照れてるのかこちらにまともに目を向けてこない。
「まぁ、いいわ。早速案内してくれる? さっさと終わらせましょ♪」
私を見てテルが心配そうな表情を浮かべながら言った。
「いきなりですか? アイツはホントにヤバイですって」
「平気平気、いいからいいから♪」
渋るテル達を促して案内させると後ろを付いていく。
テルがこの区域に来たのはつい一週間ほど前らしく、ヤスオとアキラは二日前に来たらしい。
元々は塔の街の外にある小さな街で二人とヤンチャしていたテルは前から第十区域の繁華街で働きたかったらしく、テルは何軒かのクラブの面接に来たがなかなか上手くいかず、落ち込んでいた。
そこに昔からの友達で同じチームを組んでいたヤスオとアキラが訪ねてきて、テルを元気付けようとその店に入ったそうだ。
店は一見すると普通の飲食店だったらしく三人は予算内で飲食しながら楽しい時間を過ごしたそう。でも、会計の時にトラブルになった。
「ちょ、何だよこの値段は?」
「はい、ですからお会計はニ十万八千円になります」
「おかしいだろ、その金額はさ。メニュー表にはステーキは四千円て書いてあったぜ」
「おかしいですねぇ、メニュー表にはこう書いてます、【時価】って」
「何だよコレ?」
ウェイターが三人に見せたメニュー表にはすべてのメニューが時価になっていた。三人が見たメニュー表と同じ写真と並びだが、値段だけが時価になっている。テーブルにあったメニュー表は注文が終わった時にウェイターが回収しており、比較出来ないようにされていた。
「でも」
「ごちゃごちゃ抜かすなよ、コラ!」
そこに凶悪そうな面構えをしたスキンヘッドの外国人が奥から姿を見せた。日本語は片言らしいがそれがかえって威圧的に感じたらしい。
服装こそスーツを着てはいたが、その目付きは明らかに堅気では無く、三人を睨みつけるといきなりヤスオの鳩尾に拳を叩き込んだ。
「おい、店から出すなよコイツら」
男の言葉で扉は閉められて三人は店の休憩室に連れていかれたらしい。
「おいコラ、どういう了見でウチの店にアヤつけてんだてめぇら!!」
男は三人を次々と殴りつけて金品を奪い、更に身分証も奪った。身分証がなければ区域間の移動が制限されたり、街から出ることが出来なくなる。
「いいかてめぇら。火曜日の朝までにカネを持ってこい、持ってこれない時は身分証は売り払って、もっと痛い目に合わせてやるよ。骨の数本は覚悟しろや」
だそうだ。古典的な手法だけどまぁ、身分証取られたら、友達二人は街から出ることが出来なくなるから確かに困るだろうなぁ。
「それでここなのね?」
テル達が案内したのはつい最近オープンしたらしいステーキハウス。
ここは以前もステーキを中心にした肉料理を出していたお店だった。美味しくてよく来ていたけどいつの間にか潰れていてガッカリしたのを思い出す。
「じゃあ、アンタ達はここにいて」
「ホントに大丈夫なんですか?」
「じゃ、中に入る?」
「……すいません」
余程、店にいる筋モノさんが怖いのだろう。テルの足が震えていた。
「ハハ、大丈夫よ。すぐに終わらせてくるから」
私はテルの背中を強めに叩くとまだ準備中の札を立てているドアを開くと入っていく。
「お客さん、今日はまだ開店前なんです……」
早速ウェイターらしき小男が出てきた。言葉遣いは丁寧だけど、目は明らかにこちらを威圧するように睨みつけて来ている。間違いなく、普通の店じゃないわね。
「困ったわぁ、私このお店のステーキが絶品だって聞いたから楽しみにして来たのにぃ」
私は何も知らない振りをして甘えた声でウェイターの前で困った様にキョロキョロしてみる。
「あ、あの、それでしたら特別にお客様には当店自慢のステーキをお出しさせて頂きます。どうぞこちらに」
私の甘えた声が効いたのだろう、ウェイターは鼻の下が少し伸びた顔をして私をテーブルに案内した。しばらくして私はメニュー表から最上級のサーロインステーキのミディアムレアを頼む。
「ただ仕込み中ですのでしばらくお待ち下さい」
ウェイターはそう言うとメニュー表を持っていき、足早に厨房へと入っていった。何やら言い争いらしき声が聞こえる。
待つことそれからニ十分。ウェイターがステーキを出してきた。付け合わせにはサラダとパンとスープ。
「お待たせ致しました」
少し申し訳無さげな表情でウェイターがこちらに頭を下げた。
「いえ、有難う」
軽く会釈するとステーキを味わう事にした。
ナイフはスッと入る。火加減はいい。一口サイズに切り分けるとフォークで口に運ぶ。
「うん、美味しい♪」
お肉自体の旨味もいいし、ニンニク醤油に浸して食べるともっと深みが出て食べやすくなる。セットに付いたパンも焼きたてらしくて食べやすい。
これでボッタクリの店をやる理由が全く浮かばない。それと、この味付けに私は思い当たる節が一つあった。
「あの〜、すいませんお代を払います」
私の声に反応してウェイターがやって来るとレジに向かう。
「お代は八万円になります」
確かに美味しいけど金額は間違いなくボッタクリ。価格はメニュー表には一万円だった。私は困った振りをしながら
「三万円しかないわ、どうしよう」
と言いながらオロオロしてみる。ウェイターが寧ろ驚いた表情をした。普通なら金額に驚く所だからだ。
「あの、とりあえず三万円でもいいですよ」
「え、八万円じゃないの、何で? とりあえずって何?」
「いやその……ですね」
「知り合いは三人で有り金全部と身分証まで取られたらしいわよ」
いきなりの私の言葉を予想出来るハズもなく、ウェイターの表情に動揺が走った。
「ねぇ? 私からは身分証とらないワケ?」
と言いながらレジに勢いよく両手を置くと詰め寄る。ウェイターは私の急変に対応仕切れない様子だったがかろうじて声をあげた。
「何とかしてくれ!」
すると声に応じたのか厨房の奥からわらわらと四人の男達が出てくる。服装はダサいジャージで体格は大体170位でまぁまぁ。目付きは揃って悪く、堅気では無さそうね。こちらを睨みながら一人が口を開いた。
「何だよ、女じゃないか?」
「こ、コイツヤバイよ」
ウェイターが怯えた声で四人に話す。四人はバカにしたような表情で笑い出した。
「何だ、ハゲ頭はいないの? ガッカリだわぁ」
私がとりあえず一番手前にいた男に近付くと、肩に手を回す。手を回されて男の鼻の下が伸びた瞬間、股間に右の膝を喰らわせると足を払って倒す。その光景に他の三人は唖然とした表情を浮かべた。
「次は誰が気持ち良くなりたいワケ?」
私の言葉と手招きにカチンとしたらしく「このアマ」と叫ぶと一人が襲いかかってきた。
ソイツは右手で私の顔めがけて右フックを放ってきた。私はそれを左の手刀で弾くと右掌底をカウンター気味に下から顎に叩き込む。綺麗に入ったから一撃で気絶して飛んでいった。二人目終わり。
「はい次、きなよ」
続いて三人目は私の左肩を掴もうと右手を伸ばしてきた。右手を左手で掴むとその場で身体を反転させて背負い投げ。これも綺麗に入ったから勢いよく飛んでテーブルに落ちた。はい、三人目も終わり。残るは一人。
「な、なめんな」
四人目は明らかに怯えて腰が引けていた様子なんだけど、そんなのは知ったことじゃないわ。来ないならいくだけ。
「う、来るな来るな!」
四人目が怯えながら左手にナイフを握ると切りかかってきた。腰が引けて破れかぶれの攻撃は全てが中途半端。全く怖くないので私は避けもせずナイフを振り下ろそうとした左腕に自分の右肩を当ててナイフを止めた。あとは、隙だらけの足元を素早くしゃがみ込みながら左足で払って転ばせる。勿論ナイフは没収。はい、四人目も終わり。何だ、全然準備運動にもならないわよコイツら。弱いわホント。
「わ、く、来るな。来ないで(泣)」
ウェイターが半泣き状態でこちらを見た。私が軽く「ワッ」と言っただけで「ウヒィッ」と情けない声で叫ぶと腰が抜けたらしくへたりこむ。大丈夫この店? こんなんでボッタクリ出来るのかしら(笑)
それはさておき私はウェイターと四人組には興味は無いので厨房に足を運んだ。すると、入った途端に、
「何回も言わせるな! 厨房に入るときにはまず手洗いをしろ(怒)」
いきなり奥から怒鳴り声と共に凄い勢いでタオルが飛んで来ると私の手におさまった。タオルの中には石鹸が入っている。うん、このコントロールの良さは間違いない。
「やっぱり、新さんだ」
「誰だ? 私を気安く読んでいいのは……あ、レイコちゃんじゃないかぁ。久し振りっ」
厨房の奥から出てきたのは前にここで肉料理のお店をしていた新さんだった。相変わらず、厨房では鬼みたいになるらしい。彼曰く、厨房は【戦場】らしい。
それからしばらく、新さんは厨房の片付けを終わらせると私と対面するようにカウンターに立った。私は前の店と同じくカウンター席の一番右端に座った。
「いやいや、お見苦しい所を見せちまったね」
「新さん、前は何で店を畳んだわけ? 繁盛してたのに……」
私は素直に疑問をぶつけてみた。新さんのお店がなぜ潰れたのかは、この辺りではちょっとしたミステリー扱いに当時はなったものだ。
新さんは苦笑いをしながら答えてくれた。
「いやぁ、実はいい肉を仕入れるのに力を入れすぎてお店が赤字になってたんだよねぇ」
と笑いながら話した。だからメニューの時価はホントらしい。
つまり新さんはメニューに最初から時価と書いていたが、足元に転がっている連中が適当に値段をつけてボッタクリしていた訳だ。実際には私が頼んだサーロインステーキは今なら仕入れなど諸々合わせて一万五千円らしい。良くも悪くもどんぶり勘定な新さんは細かい事をあまり気にしないからつけ込まれた事になるわね。
何も知らなかった新さんはメニュー表の値段を詐称していた事を知ると謝ってきた。
ここで疑問が湧いた。テル達を襲った奴がいない。
「ねぇ、新さん。このお店だけど……」
「……レイコちゃんに聞かれたら仕方ないな、今はここを借りてるんだよ。……ちょっとタチの悪い奴が権利書を持っててね」
「タチの悪い奴? どんな奴なの」
新さんの話を聞くうちにソイツがテル達を痛め付けた張本人だと分かった。新さん以外の店員は全員ソイツが連れてきたらしい。
「ソイツらちっとも使えなくてね。クビにしてやりたいんだよ」
(ちなみに四人とウェイターは目が覚めた後に「覚えてやがれ」と捨て台詞を吐いて逃げ出しました。)
「成る程ね、新さんに聞きたい事があるんだけど、ソイツの名前知ってるよね?」
「あぁ、あの野郎の名前は……」
この後、新さんはテル達に謝るとチンピラ達が取り過ぎた分のお金を売上金から出していた。テル達も新さんに時価の意味と価値を聞いたら納得したらしく、ヤスオとアキラの二人は新さんの性格と仕事振りに惚れたらしく、
「「ここで働かせて下さい!!」」
と頼み込んでいたわ。新さんも、
「丁度使えない連中が辞めたばかりだ(笑)」
笑顔で二人を迎えた。とりあえずこの店は心配要らないみたい。
じゃあ次は身分証を取り戻さないと。時間は月曜日の午後二時、一度バーに戻らないとね。




