ガキんちょ共と訪問者
「うわぁっ」
宙を舞うリスが叫びながら砂場に落ちた。
「イタタタ……ちょっとは手加減してくださいよ、イタチさん」
「冗談だろ? 手加減なんかするかよ」
ちなみにリスにちょっとした空中遊泳をプレゼントしたのはオレだ。
ここは第十区域内にある中央公園。ここの砂場でバーの面子は週に一回、日曜日の朝に軽く運動がてら手合わせをするのがいつの間にか習慣になっている。砂場を使うのは怪我防止の為だ。
で、カラス兄さんはいつもの如く買い出しに行ってから来るらしく遅刻。そんであの魔、いえレイコさんは手合わせにはいつも必ず来るのに今日はまだ来ていない。
てな訳でつまり今オレは一番ここで強い奴というわけだ。オレはリスを相手に日頃の鬱憤を……いやいや身体が鈍らないように最低限の動きを確認している訳だ。
「いいか? オレらのいるバーには良くも悪くもアクの強い客が来るんだぜ。オレらが弱いと店が舐められちまうんだ。だから連中を軽く捻れる位の強さは無いといけないんだよ、さぁ」
オレは満面の笑みでリスを手招きする。決してストレス発散ではない。
「はぁ、確かに……仕方ないですよね」
リスは気の無い返事をしつつ起き上がると構える。
「イタチ−、負けろー」
「イタチくんオニ−」
「リスくんがんばれ!」
で、いつの間にか日曜日のこの時間になると近所のガキんちょ共が集まるようになった(笑)
ガキんちょ共はいつも派手にやられ……善戦しているオレが今日は一方的に勝ってるのがお気に召さない様でかけてくる声に毒がある。
「レイコねぇちゃんがいないからってちょうしにのるなぁ」
「そうだそうだぁ」
「うっせ(怒)」
振り向いてガキんちょ共に返事をするオレを見て隙ありとリスが仕掛けてきた。隙を突くのは当然だろう、オレでも多分そうする、誘いじゃ無ければな。
リスは両腕を前に交差させて構えると肩から突っ込んでくる。下手な打撃よりは体当たりは有効だ。足元がお留守になりがちな点以外はな。
オレは軽く身体を横に反らして体当たりを避け、ついでに左足を横に出してリスの足に引っ掛けた。「うわっ」叫びながらリスはバランスを崩して砂原に顔から突っ込み砂埃が辺りに舞う。
「足元がお留守だぜ」
「くそっ」
オレはリスに手を差し出し、リスが手を掴んで起き上がる瞬間、オレは素早く腰投げを決める。リスが綺麗に宙を舞うと今度は背中から砂場に落ちた。
「イタチ、オニだぁ」
「レイコねぇちゃんにいいつけてやる」
「はやくまけろ−」
「いいのよ、たまには勝ちたいんだよあの人」
「うっせっての(怒)」
たまに聞こえる年長のガキんちょの一言はいちいちチクチク刺さる。
「イタチさん、参りました」
「いやいや、参ったじゃないよ。さ、次……」
オレが仕掛けようとした時、スマホの着信音が鳴った。この着信音は確かマダムだ。一旦手合わせを中断して歩きながら電話に出る。
「お早うイタチちゃん」
「おばちゃん、朝早くからどうかしたの?」
「ゴメンね、イタチちゃんの居場所話しちゃったわ」
「……へ? 誰に」
「イタチちゃんも隅に置けないわね、じゃ(笑)」
「え? ちょっ!」
マダムは一方的に話して電話を切った。
一体誰がオレの居場所を探すのか分からないままで砂場まで戻ろうと振り返ると
「イタチのカノジョだ」
「うそ−、うそだぁ」
「アイツはダメだよ」
「おねぇちゃんお姫様みたい。この帽子いいな」
ワイワイとまた遠慮を知らないガキんちょ共の声が聞こえた。ガキんちょ共が誰かを囲んでいる様だ。
白を基調にした服装は上品そうな雰囲気を醸し出していてかなりのお嬢様らしい事を伺わせる。
何というか明らかにスラムの人間じゃないのが明白で不釣り合いだ。
オレが小走りで近付くのを見てリスもこちらに走ってきた。奴は開口一番。
「イタチさん! 誰なんですかあの美人?」
「ん〜〜分からん」
「一体いつの間にこんな美人さんと?」
リスが心底驚いた表情を浮かべながらこちらをまじまじと見ている。何か知らんが物凄く失礼な事を言われてる気がする。彼女もこちらに気付いたらしく振り向くと
「イタチさんおはようございます」
「ん? アンタ誰?」
やはり誰かは分からない。ってかオレの知る限りあんな美人に知り合いはいない。いるのは魔神みたいなあの人と、リスの奴の彼女らしい確かウサギだっけか……位だ。そんな事を考えているとガキんちょ共が口々に叫び出した。
「イタチひでー」
「おんなのてきだぁ」
「はやくしねー」
「あの人はきっと許されぬ恋人なのよ。ロミオとジュリエッ……」
「……とりあえず邪魔だって、シッシッ」
ガキんちょ共とリスを手で追っ払って彼女に近付いてみる。
見覚えが無いが美人のようだ。でも確かに見たことがある気がする。
オレが気付かない事を察したらしく彼女は深く被っていた帽子を取る。
「あ………」
「ようやく気付いてくれた」
目の前の美人はあのリサだった。髪の色が緑髪から綺麗な黒になっていたし、そもそもこんなお嬢様みたいな服装をしているイメージが無く気付かなかった。
「……お前」
「ん? 何」
「……どうかしたのか? そんなに着飾って」
「…………」
「ん? 何だ」
「……オメェにデリカシーとかは無いのかよ! 普通そこは、綺麗だよとか似合ってるよ、だろがバカ野郎(怒)」
「……そうなのか? んじゃ、綺麗だよ」
「遅ぇよ!!」
何だか知らないがリサが怒りだして口調というか人格が粗暴なリサに変わった。
遠巻きにこちらを見ているリスにガキんちょ共がビックリした様子でこちらを見ている。ま、ビックリするよな、上品そうなお嬢様がいきなりこの言葉遣いじゃあな。
「……ったくよ、もう一人のボクがお前に会うならキチンとした服装にしろっていうからわざわざこんなヒラヒラした服にしたのによ」
とジトリとした目線でオレを睨んできた。何故か冷や汗が滲む。何だか悪いことをしたようだ。
「あ〜悪い。何て言うかよ、イマイチわかんねぇんだよな」
「……何がだよ」
「だから、お前みたいな奴が来た時にどうすればいいかだよ」
「……プッ、何だよソレ! お前、女にモテないだろ?」
「は? バカ言うなよ! オレがどんだけ世の中の美人さんを泣かしてきたことかをだな今からせつ……」
「……あーその人、子供とおばちゃんにしかモテないですよ!」
「うっせリス!」
とりあえずリスは後でしばくとして、何だかオレが物凄く不利な状況になってるような気がする。
何はともあれ、そう、何にせよ、何しに来たのかは確認しないといけない。オレはリスとガキんちょ共に「絶対に来んな!!」と睨み付けながら叫ぶと、少し離れたベンチまで二人で歩く。
にしても何だろうか、この妙な感じ。何故か知らんがやけに心臓がバクバクする様な、やたらと深呼吸したくなるような息苦しさは。
「ほら、ここなら邪魔は入らないから座りな」
「お、おう。アリガト」
それにボク口調のリサが妙にその、何というか大人しい様な気がする。つられてオレまで大人しくなっちまう。
「「あ、あの」」
言葉まで被って思わずお互い顔を背けたり、何だろうかこのムズムズした感じは……。
「あ〜〜何やってんだろあの人達」
二人のぎこちなさ過ぎる様子を見てオレまで身体中が何だかムズムズしてきた。
特にイタチさんのぎこちなさがハンパない。普段街中の悪党共にはあれだけ恐れられてるのに今はあのザマだ。
前から思ってたけどあの人絶対女の人が苦手だ。レイコさんにも全く頭が上がらないし(店のオーナーというのもあるけどね)、近所のおばちゃんに頼まれたら断り切れなかったり(一方でおっちゃんの頼みはバッサリ断る)
とかをよく見る。
あ〜ほらそこで優しくすればいいのに……。でも下手に近付いたら絶対に後でしばかれるし……。とか何とか考えてると不意に肩に手が置かれたので振り向く。
「誰だよ? あ」
「で、でさ今日はオレに何か用があったのか?」
「あ……う、うん」
さっきからこの調子で話が進まない。オレもリサもお互いが先に口を開くのを待っているらしく微妙な間があいた。
「はいはーい何やってんだ青少年」
オレ達が振り向く。この空気をぶち壊す一言を飛ばしたのは
「イタチ君、やっほぃ」
「お、オーナー」
魔じ……いやいや、レイコさんが立っていた。いつも手合わせにはジャージ姿なのに今日はシャツにジーパン姿だ。何かあったのだろうか?
「イタチ君、その綺麗な娘はだれ?」
「え、綺麗な娘?」
「お前、疑問形で返すなよ!!」
「あぅえェッ」
怒ったリサがヒールでオレの左足を思いきり踏んだ。スニーカーとヒールでは攻撃力と防御力に差がありすぎる。強烈な痛みが左足に襲いかかり、思わずうずくまる。
「イタタタ! あ……白か」
……コレは不可抗力だ。しゃがみ込んだら目線の高さにあったから仕方ない、むしろ得したのかコレは。
「何見てんだ(怒)」
「イタチ君(怒)」
心の声のつもりが完全にだだ漏れだったらしく同時に二人からパンチが飛んできた。無論避けれるハズもなくオレはあっという間に夢の中へ一直線。
「じゃあまたな」
リサがそう言った気がした。
「あぁ、またな」
オレもそう返した様な気がした。
「あいたたた」
「あ、おきた」
「イタチがおきたぞぉ」
目を覚ましたオレの目に映ったのはガキんちょ共に完全包囲された自分の姿。何だろうか、物凄く嫌な予感だ。いや嫌な予感しかしない。
「イタチ君……前から思ってたけど、君はデリカシーが無さすぎるわ」
ガキんちょ共の背後から物凄い殺気が漂ってくる。まさに魔神のごとき威圧感。この場にいるだけで死にそうだ。現にリスの奴は遠巻きにこちらをびくつきながら見ている。あの野郎……助けろや。
「……ちょっと聞いてるワケ?」
気付いた時にはオレは宙を舞っていた。そのまま綺麗に砂場に一回転して落ちる。
「はいコレ、あの娘からよ」
レイコさんは地面に倒れ伏したオレのカーゴパンツのポケットに何か入れた。ポケットからそれを取り出すとメモ用紙にメアドと電話番号が書いてある。
「あとでリサちゃんに返事するのよ!」
そう言うと、レイコさんが微笑を浮かべて離れていく。そして気が付く。ガキんちょ共に包囲されたままだと。そして、レイコさんの微笑が一変している事に気付いた。物凄く邪悪な笑み、悪魔の様だ。
「それはさておき女の子に対して鈍感過ぎるのは反省しなきゃね(笑)」
「な、何を……」
「勿論、お・し・お・きよ♪」
女魔神は右手を一旦上に掲げると下に降ろした。その指先はオレを差している。
「「「やっつけろ」」」
一斉にガキんちょ共がオレに群がって来る。いつもなら適当に流す所だが、今日は違った。あいつらがオレの両手両足を掴むと間接技を掛けてきた。一人一人なら対した事は無いけど十人以上が一斉に掛けたら話は別だ。
「いてててて!」
思わず叫ぶオレを上から見下ろす女魔神レイコさん。
「あら、いいザマね」
「これ、洒落にならないっす、ま、マジに(泣)」
「今から三分我慢ね♪」
「あ、アンタ鬼かぁっ! お、お前らギブギブ。あ………イタアッ」
見上げる空は晴れ渡り清々しさまで感じる……ハズだよな普通は。
尚、三分後で何とか立ち上がった後に女魔神レイコさんと手合わせをしたオレは数え切れない位に宙を舞ったとさ。それはもう華麗にな。
「それで02だったかな、彼はどうなったんだい?」
塔の街のあるホテル。そのスウィート。一人の
男が部屋のサウナでリラックスしながら報告を聞いていた。その男は見た目は壮年だが実際にはもうすぐ五十歳になる。
身体は鍛え上げられて引き締まり隙は無い上に無数の傷がその男が表の世界の住人では無いことを示していた。だがその口調はどこか軽く、表情は明るい。服さえ着ていれば彼が裏社会の住人とは大抵の人は思えないだろう。
彼はサウナ内でモニター越しに報告を聞いていた。相手は以前イタチに敗北感を与えた人物、通称【カメレオン】と呼ばれるスナイパーだ。
「02はカワシマを含めた全てのイリーガルを排除しました」
「……大佐は予定通りに?」
「はい、カワシマに始末させました。奴は【自分の意思】で殺したと思ったいたでしょう」
「哀れだね、自分の意思すら操られるとは。同情するよ、ホント」
男は心底同情するように嘆いてみせる。カメレオンは知っている、彼がカワシマを操り仕組んだのだと。
そして彼がこの仕草をするのは事態を楽しんでいるからだと。彼にとっては全てがチェスと同じなのだと。
「次はどうしますか?」
「相変わらず堅苦しいねぇ、【マスター】でいいよ。気楽にね。そうだねぇ……様子を見ようか。02いやイタチ君はじっくり観察しないとね……君とオウルには暇潰しにバイトを御願いするかもね」
「了解しました。オウルにも伝えます」
カメレオンがそう答えるとモニターが切れる。
「レイヴンにイタチ君かぁ。まだまだ楽しみは尽きないねぇ」
部屋の主、マスターの声には好奇心と無邪気な悪意が入り混じっていた。
ほぼ同時刻、アンダーのとある場所。暗闇に包まれた空間の中で何人かの男達がそれぞれ燭台に火を付け円形に集っていた。
「……それで?」
進行役らしき人物の声は変声機で女性の様な高い声に変わっている。更に彼らは一様に仮面で顔を隠し、声も変声機で変えており、仲間内でも互いの正体を知らない者がいたりする。これが【彼ら】のルールだ。
「イリーガル計画は責任者のニシキ大佐、データの集積体であるカワシマ大尉両名の死亡で完全に抹消されたそうだ。実につまらんな」
「ついでにオーダー、いやシゲルの奴も死んだらしいよっ、ざまぁないよっ」
「シゲルの奴は所詮我々の中で一番の小物に過ぎない、大した損害では無いね」
「些細な事はいい。奴と死合いたいものだ」
「まぁ、ぼくらにも計画の手順がある、アイツとは最後だ。」
「それでは時間だ」
進行役の言葉がキッカケで集まりは解散したらしく彼らはその場を去っていく。暗闇の中に残ったのは進行役の男一人。
「まだまだこれからだ。……せいぜい楽しませてよレイジ」
変声期を切ったその声と言葉はまるで親しい友にかけるかの様だった。
一度は書いてみたかったセリフ。
「奴など所詮我々四天王のなかで一番の小物よ」
あースッキリした(笑)




