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イタチは笑う  作者: 足利義光
第七話
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イリーガルは死に

 ……吐きそうな気分だ。ひどく腹部が痛む。自分はどうしたんだ。



「オイ……起きろよ」


 ……声が聞こえる。誰か知らないがひどく無愛想で怒った男の声。

 ……急かすなよ、今起きるさ。


「…………はっ」


 カワシマが目を覚ますと一気に起きあがった。途端にイタチから膝をもらった腹部に鈍い痛みが走り、脂汗が滲む。

 状況を把握しようと周囲を見回すとボロボロのバイクにもたれ掛かるイタチが不機嫌そうに待っていた。


「……ようやくお目覚めですか大尉さん」

「お前……状況はどうなった?」

「あぁ、それなら……」



「……成る程な、金髪はお前が頭を撃ち抜き死亡、眼鏡の男は自爆して死亡、緑髪の女は射殺したが勢い余って崖から海に落ちたか……ふむ」


 カワシマは腑に落ちない表情で視線を向けたが、その視線をイタチは表情一つ変えずに無視。逆に質問する。


「何か疑問でもあるのか?」

「……現場を見せてくれないか。まだ警察や軍隊が来るには時間がかかるだろうからな」


 カワシマが言うには、この件を大量殺人事件として公表したい警察とあくまでも秘匿隠蔽したい軍隊で主導権争いが起きるからすぐには誰も来ないらしい。

 お互いに裏では塔の組織の一部として共存していても、実情はそう一枚岩では無いわけだ。

 その言葉に応じてイタチはカワシマを案内した。通りに入るとその惨状が目に入り、イリーガルの暴走が何を引き起こしたのかを改めて実感し、カワシマは拳を握り締めた。


「ここか……」


 カワシマが見回すと確かに金髪と思われる少年が頭を吹き飛ばされた状態で地面に倒れていた。眼鏡の男は完全に頭部が無い状態だったが、使っていたナイフがデータベースに登録されていたのと身体の特徴が一致したので本人だと分かった。


「緑髪の女はたしかに死んだんだな?」


 カワシマは振り返ると背後にいたイタチに確認を取る。イタチの一挙一動を見逃すまいと眼を細める。

 イタチもその視線に気付くと肩をすくめながら答えた。


「あぁ、間違いなくオートマグの弾を喰らわせてやったよ、ソイツみたいにな……何なら味わってみるかい?」


 と金髪だったモノを指差した。その痕跡が銃弾の威力を雄弁に物語っていた。

 その上でイタチに視線を向ける。何を考えているのか読み取ろうとしたが、イタチは無言で腰に手を回す仕草をし、同時に金髪の末路が浮かんだのでそれ以上の追及は諦める事にした。




 オレは駐車場にあったトラックの荷台に相棒を乗せるとエンジンを入れた。あまり格好いい車じゃ無いが仕方ない。……ん? 勿論トラックは一時的に借りるだけだ。そのうち返すよ、多分な。


「じゃあな」


 それだけ言えば十分。さっさとずらからないと余計な連中に見つかる。


「待て、何故だ? 何故私を……」


 カワシマ大尉が抱いた疑問は当然だろう、オレは奴を殺すつもりでここまで来たのだから。


「今日はもう血を見たくない気分なんでね」


 とだけ言うとこの場を走り去った。奴は後始末があるらしいからこの場に留まるらしい。



 トラックを海岸線沿いに走らせる事大体三分程で海浜公園に着いた。

 砂浜に打ち寄せる波は風が少し強いせいか少々荒い。

 オレはたまに海を見に来る。何故かは分からないが何だか落ち着くからだ。

 潮風と磯の香りが何となく好きらしい。季節の変わり目で空は雲に覆われていて天気が悪いからか人があまりいないのも静かで丁度いい。


 しばらく砂浜に座り込み、波の音と潮風を感じていると後ろから足音と、風に乗ってほのかに香水の匂いも届く。どうやら来たらしい。





 眼鏡の男の死を確認したイタチは緑髪の女に向き直った。彼女は警戒心を露にする。ま、当然だろう。


「さてと、後はアンタだな。名前は?」

「聞いてどうする? どうせ殺すんだろ、早くやれよ!!」


 緑髪の女は目の前の二人の死に自分の末路をハッキリと見た気がした。

 死という名のナイフが自分の喉元に突きつけてられてる感覚だ。思わず眼を閉じて小さく呟く。


「早く……殺れよっ」



 しかし何秒、何分経っても何も起きない。

 意を決した彼女が眼をゆっくり開くとさっきまで目の前にいた筈のイタチの姿はそこには無い。代わりに聞こえたのは、


「ん・しょおっっッッ」


 不意に背後から唸るような声がしたので素早く振り向くとイタチがいた。


「お、オイ」


 緑髪の女の声が届かないのかそれとも余裕が無いのか、半ば木にめり込んだバイクを何とか戻そうともがいていたが失敗したらしく勢いよく転がる。


「あ〜〜〜くっそ!!」


 イタチが八つ当たり気味に木を蹴るが木はビクともせず逆に上から虫が降ってきた。ジタバタと虫を払いのけるイタチの姿に緊張感は全く無い。


「オイ!! ボクを無視するなよ(怒)」


 思わず本気で怒鳴り付けた声に初めてイタチが反応して振り向いた。鋭い視線が向けられる。

 思わずゴクリと唾を飲み込む緑髪の女。覚悟はしている。

 だが、その覚悟とは全く違う言葉が飛んできた。


「ち、ちょっと手伝ってくれ。オレ一人じゃムリだこれ(泣)」

「…………は?」





 およそ数分後。ようやくバイクを通りにまで戻すとその場に倒れ込むイタチと、バイクにもたれ掛かる緑髪の女。


「はぁ、はぁ」

「ち、ちょっと待て」

「あ? 何だよ」

「お前、ボクは敵だぞ?」

「敵? ……誰が?」


 イタチはキョロキョロと辺りを見回す。緑髪の女はバカにされたような気分になりながらも詰め寄る。


「ボクだよ! お前を殺そうとしただろ(怒)」

「あぁ、気にしてないからお前も気にすんな」

「ふ、ふざけてんのか? 殺そうとした相手を何で殺さない……バカにするなよ!」


 今にも湯気でも出そうな勢いで顔を真っ赤にした緑髪の女の様子にイタチが苦笑するが、暫くして真面目な顔をするとバイクにもたれ掛かる。


「バカにしちゃいないよ、オレにはお前を殺す気は無い、少なくとも今はな」

「何だよそれ……意味がわからないよ」


 【今は】という言葉に疑問が浮かんだ緑髪の女は質問したが、イタチは答えをはぐらかす。

 納得出来ない緑髪の女がなおも食い下がる。


「答えろよ!!」


 その執拗さに降参したのかイタチは肩をすくめて溜め息をつくと答えた。


「……お前さ、実際誰も殺した事無いだろ?」

「え? 何言ってん、」

「お前からは【人殺し】の匂いがしない。さっきも観光客を殺さずに威嚇しただけだろ」


 イタチには確信があった。倒れていた被害者はいずれも頭を吹き飛ばされていた。スーパー・レッドホークなら可能だがマック10にはそこまでの破壊力は無い。

 それにさっきの襲撃で不意を喰らったのも【人殺し】独特の匂いが無いからだ。


 イタチのその視線に押され、緑髪の女は少し考えると答えだした。


「……悪いかよ、殺して無かったらさ」


 先程までと違い自身無さげな様子を見せた。先程までは虚勢を張っていたのだろう、「ふぅ」と一息ついた。イタチが気遣うように返事を返した。


「……悪い訳無いだろ」



 少し間が空いてイタチがバイクを押して歩き始めた。意を決した緑髪の女がイタチに後ろから話し掛けた。


「……リサだ」

「ん? 何か言ったか」

「だ・か・らぁ、ボク【達】の名前だよ。リサだリサッッ!!!」


 リサは耳元であらん限りの声で言葉を叩きつけた。思わぬ口撃に耳を押さえるイタチ。両手が耳にいったのでバイクが倒れて危うく足を挟まれそうになった。

 そして一気にいい放つと疲れが出たのかリサがよろけてその場に倒れ込みそうにりイタチがそれを受け止めた。


「ほら、しっかりしろ」

「あ、有難う」


 リサがイタチから顔をそらす。照れてるのか顔が真っ赤になってる。


「ん、どうした?」

「あ、あの私、恥ずかしいです……」

「……へ?」


 リサがさっきまでの男勝りから一転して柔らかな雰囲気を纏い、話し方も変わった事にイタチは驚いた。

 そして途端に自分が女性を抱き抱えている状況を理解して思わず赤くなり慌てて離れる。


「あ、あの、悪い、いやその……」

「……やっぱり驚かれましたか?」

「あ……はい。え、と」

「はい、私もリサです」


 そう言うと彼女は優しく微笑んだ。イタチも釣られて笑顔になる。

 二人とも久々に心から笑った様な気がしてスッキリした。





 そして再び砂浜。


 オレにとって女はあの魔神、いやレイコさんのイメージが強すぎてどうにも苦手だ。彼女にしてもボク口調の粗暴なリサなら気にならないんだが、こうおしとやかな女性には免疫が無いからどう接したらいいかよく分からない。

 いいか落ち着け、いつもの様にポーカーフェイスでいけば大丈夫だ、多分。意を決して話し掛ける。


「で、でよ、アンタどうするんですか?」


 オイ……テンパり過ぎだよオレ。丁寧なのか乱暴なのかよく分からない。


「何それ? …………ぷっ、アハハハハハっ」

「だよなぁ、クハハハハハっ」


 リサはオレのテンパり具合に気付き笑いが込み上げてきたらしく大笑。オレまで釣られて大笑し、静かな砂浜に笑い声が響く。



「……私は家に戻るわ」

「……そうか、それがいいよ多分ね」

「聞かないの?」

「聞かないさ、レディに対して野暮ってヤツだろ」

「じゃあ、家出少女は実家に帰らせて頂きます」


 リサはそう言うと立ち上がりニコリと笑ってゆっくり歩き出す。


「……忘れんなよ、お前は【やり直せる】んだ」


 オレは呟くように言った。

 それが聞こえたのかリサが歩みを止める。


「へっ、分かってるよ! ありがと……イタチ」


 もう一人のリサが背を向けたまま返事をした。

 オレはただ手を振って答えた。

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