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イタチは笑う  作者: 足利義光
第七話
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第七話 パーティへの案内

「君は今回の失態を理解しているかね?」

「は、解っております」



 大きなモニターに写っている相手の前でスキンヘッドが直立不動で報告をしていた。

 モニターに映るのは彼の上官であるニシキ大佐。

 元はフランスのパラシュート降下部隊出身らしく、そのせいかフランスかぶれ。モニターに映る部屋の調度品もフランス製品だらけ。

 部下からは【おフランス】大佐と密かにアダ名を付けられているが、その手腕は高く評価されており、部下からも信頼されている。


「ではカワシマ大尉、説明して貰おうか? 何故今回の事態になったかをな」


 ニシキ大佐の眼光がスキンヘッドことカワシマ大尉に向けられる。その鋭さは返答次第では命を失いかねないとでも言いたげだ。

 その事に気付いたカワシマ大尉は一層恐縮して背筋を改めてピンと伸ばすと口を開いた。


「はっ、全ては自分の認識不足でした。【02】との接触機会を最大限に活かそうと功を焦った私の責任です」

「【02】の性能は予想以上だったのだな? でなければ隊員達の死は無駄死になる。その上に貴重な【イリーガル】まで失ったのだ、損失ははかり知れん。次の作戦だが……」


 プルルルルという内線の音が話を中断した。


 「何だ?」ニシキ大佐が内線に出ると徐々に表情が変わっていくのがモニター越しにハッキリと伝わる。


「…………分かった」


 それだけ言うと内線の受話器を置いた。


 モニターに映るニシキ大佐の表情がハッキリと暗くなる。


 そもそも大佐の指揮するこの部隊は極秘任務専属の特殊部隊だ。

 活動内容は軍の上層部しか知らず、秘匿されている為に何も知らない連中からは、予算を無駄遣いする奴らと思われている。その為に風当たりも強く、敵が多い。

 今回の一件は連中からすれば大佐と部隊を潰すいい名目になるだろう。


 しばらくモニター越しに重苦しい空気が流れた。やがて口を開いたのはカワシマだった。


「御言葉ですが大佐、イリーガルの死亡は確かに想定外でした。しかし収穫もあります。02の戦闘パターンです。奴のパターンを予測さえ出来れば次は……」

「……もういい」

「! しかし……」

「02には当分手は出さん、これは決定事項だ。……いいかね、大尉?」

「…………はっ」

「以上だ、下がれ」


 プツリとモニターが切れ、カワシマ大尉が一人敬礼したまま残された。


 ……納得出来ん。


 それが彼の正直な考えだった。確かに部隊は自分以外は全滅、イリーガルも死亡し、損失は大きい。

 だが、ここで引き下がればそれこそ死んだ彼らは無駄死にになる。

 まだ三つの小隊が残っていて、イリーガルもそれぞれにいる。三人のイリーガルは02とは面識も無い。作戦さえ立てれば間違いなく殺れる自信はあったのに。


 ……大佐も部隊の戦力は把握しているはずだ。

 なのに何故02を排除させないのだ? 連中が何か画策しているせいか。



 頭の中をグルグルと回る様々な考えを纏める為に彼はよく街の外周部を車で走る。今回もそうだ。事態を好転させる為の案を考える為に……。




「……そういう事か。既に私も死ぬのが決まっていたという事か。だから」


 ……大佐は何もするなと言ったのか。


 結論を出した彼が車を走らせて向かったのは、ある崖地。まるで鋭い刃物の塔のように切り立った崖地で古くから景勝地として有名な崖地で彼が何かある度に立ち寄る場所だ。

 ここが有名なのは、海水などの浸食で岩壁が独特の形をしている事でその珍しさと規模から天然記念物だという事。

 不名誉な意味では自殺の名所とされている点。

 毎年幾人もの人がここから飛び降りて死を選ぶのは、この険しい崖を或いは崖から海面を見ると引き込まれるような何かを感じるのかもしれない。



 ……死ねと言うなら死のう。だが、ただでは死なん。


 そう決意すると崖地を一望出来る展望タワーへと足を向けた。




 その場所には先客がいた。見た所、年頃は10代後半で髪は派手な金髪のポニーテール、凶悪そうな目をしていて今にも暴発しそうな不安定な印象を受けた。

 カワシマ大尉は目を細めた、相手に見覚えがあるからだ。


「お前……イリーガルだな」

「……」


 そのイリーガルは問いには答えず無造作にズボンに差し込んでいた銀色に光るリボルバーを引き抜く。

 リボルバーは【スターム・ルガー・スーパー・レッドホーク】の様だ。マグナム弾を発射出来るリボルバー拳銃でその威力は折り紙付きだ。


「アンタにゃ恨みはねぇが、死んで貰うぜ。コイツでな」


 金髪の少年は恍惚とした表情で銀色のリボルバーを見ている。


「待て、聞きたい事がある」

「あ? 何だよ」

「お前は私を殺せと命令されたのか? 一体誰にだ?」

「誰だと? アホじゃねぇのかアンタ。オレは人をぶっ殺したくて堪らねぇんだよ。そしたらよ、【誰か】が言ったんだ、ここにくりゃ殺せるってよぉ。だからよ、オレは誰にも命令なんかされちゃいねぇんだよッッ」


 支離滅裂な事を言うなりリボルバーが火を吹いた。カワシマは迷わずに逃げた。殺される覚悟はあったが、あんな異常者に殺られるのはゴメンだ。


「何だよぉ、逃げんのか? まぁいいや、もっと逃げろよォッ」


 金髪の声が心底楽しそうに響く。リボルバーの轟音が辺りに響いたのでタワーにいた一般人が悲鳴を上げて逃げまとい出した。


「おいおい、何だよ、他にも的があるんじゃねぇかよォッ」


 金髪はただ人を殺したい衝動に駆られて銀色のリボルバー、スーパー・レッドホークをあろうことか一般人に向けて撃ち始めた。

 金髪はさらに巻きあがる悲鳴をうっとりした表情で耳を澄まし聴いている。

 その隙にカワシマは愛用のグロック17を抜き取ると態勢を整え、引き金を引いた。二発の銃弾が金髪に向かって放たれた。


「おっと危ねっ、アハハハハハッッ」


 銃撃を避けると笑いながら金髪が反撃してきた。グロックとスーパー・レッドホークでは破壊力が全く違う。狙われたら逃げるのが一番だ。素早く階段から下へと降りる。


 ……どうしたんだ?


 カワシマが疑問を抱いた。

 イリーガルを動かす時は必ず専属の小隊が最悪の事態に備えて待機する。それが部隊、大佐の方針だったからだ。


 ……おかしい、何故誰も来ない?


 カワシマの脳裏には金髪を止めに来ない同僚達への疑問が湧き出してきた。

 彼がこの【作戦】に気付いたのはあのモニター越しの会話をよく思い出してみた事からだった。


 あの会話でおかしな点があった。いつもならどんな事態になろうとも冷静な態度を崩さないニシキ大佐が明らかに何かを警戒してる様な雰囲気を漂わせていたのだ。


 更に、車で外周部を走っている際に車のシガーボックスが開いているのに気付いた。カワシマは嫌煙家なのにだ。

 開くと小さなメモが入っていて、内容は


 大物の狩りに必要なのは?


とだけ書いてあった。

 筆跡は大佐の物だ。

 何故、こんなメモをわざわざ入れたのかを考える内に気付いた。


 狩りの為にはいい餌が必要だ、私という餌が。奴への囮として


 それで同僚達に少し馴染みの場所に行ってみるとだけメールして寄り道をしてここに到着した際に部隊が作戦時に使用するバンが三台あるのを確認した。


 ……だから、コイツの狩りの獲物は私や、まして一般人な筈がない。


 明らかにあの金髪のイリーガルは【暴発】している。にもかかわらず、誰も奴を止めに来ない。


 外へ出るとさらにリボルバーの轟音以外の音が聞こえてきた。方角が違うので耳を澄ましてみるとそれがサブマシンガンの音だと気付く。

 カワシマが土産物店が並ぶ通りに視線を向けるとそこには、緑色の髪をしたオールバックの少年が【イングラムM10】通称マック10を片手にこちらは無表情に淡々とした表情で銃弾をばらまいている。彼も確かイリーガルの一人だ。


 ……イリーガルが二人とも暴走だと? どういう事だ。


 イリーガルは予め適性を調べた上で一般人から選ばれ、精神を中心に別人格を作り上げる事から始める。この場合の適性とは【殺し】のだ。

 イリーガルは普段は一般人として生活するが、特殊な周波数の音波により人格を変える。まるで【スイッチ】の切り替えのようにだ。

 ただし、別人格は攻撃性や残虐性を高めた代償として暴走の危険をはらむので専属の特殊部隊が監視と制御に携わる、これがイリーガルを使った【実験】の基本的なルールのハズだ。現にオーダーが殺られた時も彼は一人近くにいた。暴走に備えてだ。これが最低限のルールだったはずだ。


 奴らは明らかに暴走しているにもかかわらず部隊の隊員達が来る気配は無い。


 ……これでは、単なる殺戮じゃないか。


 カワシマの中で義憤とも言える感情が湧きあがる。軍人である以上、自身も人殺しである事は分かっている。


 ……綺麗事を言える立場ではない。私も悪だ。だが、それは一般人を守るためだ。

 ……イリーガルのような人道にもとる実験に協力したのも最小限の悪で街を守れるなら、との思いからだ。



 カワシマは急いで部隊のバンがある駐車所に向かう。そして目にしたのは


「な、何だこれは?」


 そこにいたのは同僚達の変わり果てた姿だけだった。合計でニ十人全員が惨殺されていた。

 手口は全てナイフを用いての頸動脈の切断。間違いなく【プロ】の仕事だ。だが、彼等は単なるチンピラでは無い。訓練された特殊部隊の隊員達がこうもあっさりと殺されるのは異常だ。


 ……イリーガルの仕業ではない。奴らにはここまでの技術は無い。


 そしてカワシマは気付いた。三人目のイリーガルがいない事に。

 もう一人のイリーガルは確か二十歳になったばかりの青年だった。

 見た目は大人しそうで彼だけはイリーガルとしての別人格も他の連中とは違い、冷静で暴走の危険性が一番低いと結論が出ていた。

 間もなく彼だけは【単独】で実験をする予定だったはずだ。


 カワシマが覚悟を決めて飛び出そうとした。

 すると服の袖が掴まれて何者に動きを阻まれた。

 「離せ」怒鳴りながらカワシマが振り返るといたのはイタチだった。


「き、貴様っ」

「落ち着けよ大尉殿」

「私を殺すなら後にしろ! アイツらを止めなくては」

「……なら、オレが止めてやるよ」

「何?」


 イタチの提案にカワシマが驚くと思わずその顔を見た。

 するとイタチはいきなりカワシマの腹部に右の膝を叩き込む。無防備に膝を受けて苦痛に歪むその身体をイタチは無造作に地面に転がす。


「だが、アンタは邪魔なんでな」


 薄れゆく意識の中でイタチがそう言うのが聞こえた。「クソッタレ」とかろうじてそれだけ呻いてカワシマは気を失った。イタチがバンの周辺に視線を向ける。


「……ヒデェなこりゃ」


 その惨状に柄にもなくオレは呟いた。白いバンが連中の血にまみれて赤黒く染まり、蒸せ返るように濃厚な血の匂いに包まれていた。

 そもそも足元に転がるコイツをオレは殺しに来たハズだったんだが……さっきから聞こえてくるのは恐怖に満ちた人々の悲鳴とそれを書き消すような狂ったような銃声。

 別に正義の味方気取りじゃあないが今回の事に関係の無い堅気の人々を巻き込むような奴は許してはおけない。オレは足元にいる奴に向けて話しかけた。


「アンタは次だ。今は……」


 視線を向けた先から聞こえて来るのは【パーティ】の招待客に対する出迎えの花火ならぬ、銃声。招待客へのプレゼントは突然の唐突な【旅立ち】ってトコか。


 ……真っ昼間から殺しってのは趣味じゃないけど、仕方ないよな


 オレは相棒たるバイクに跨がるとパーティ会場に突っ込んでいく。

 このくだらないパーティをさっさと終わらせる為に。

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