借りは返す
オーダー達が走り去ってから数分後。
ガラガラッという音を立て、瓦礫の一部が崩れ、そこから人が出てきた。
「ゴホっゴホっ、あ〜〜ひでぇ目に合ったなぁ」
イタチが咳払いをしながら埃まみれの服をはたく。
……正直ヤバかった
ロケット弾がこちらに発射された時、オレは全速力で階段に逃げた。
上にではなく、【下の階】地下の駐車場になるはずだった場所だ。
前に爆風から身を守るには上より下の方が安全だと聞いていた。あとは、地下の方が頑丈そうな気がした。
だから迷う暇なんか無く地下に逃げ込み、何とか助かった。瓦礫は別としてな。
「いてて、派手にやりやがって……」
オレはその場を立ち去りながら電話をかける。
相手はマダム。これだけ派手に暴れたら情報も集まるハズだからだ。
「もしもし、あなた間違えてますよ」
「イタチだよ、おばちゃん」
「あらイタチちゃん、無事だったの?」
「……の割にはあまり驚かないね、声が」
「だってイタチちゃんは少しばかり普通じゃないからねぇ。オーダーの情報が欲しいのね? ならウチに寄りなさい」
そう言うとマダムは電話を切った。
オレは引き続きバーに電話をかける、カラス兄さんに今日は【有休】貰わないと。
カラス兄さんからは有休申請があっさり通ったので逆にビックリした。
「え? いいんスか」と思わず聞いた位だ。
「その代わり、お前の私用を店に持ち込むなよ」とまぁ、しっかり釘はさされたので思わず苦笑したけど。
バイクを走らせて本日二度目のマダムとの接触。
今度は最初の小屋では無くて、パン屋の地下にある倉庫兼情報センターだ。
「いらっしゃいイタチ君、母さんが待ってるよ」
店先で店長から替えのシャツを渡されたので着替えると地下に入る。
ここは一種のシェルターになってるらしく、多少の爆発なんかじゃびくともしないそうだ。
「来たわね、こっちにいらっしゃい」
「ばんわ、お邪魔します」
マダムの招きでここに初めて入ったが、想像以上に凄い。
倉庫と聞いていたが、置いてある機器は見たことがない種類の物が並んでおり、今では金を積んでも手に入らないような機材も置いてある。これだけで一財産作れそうだ。
「イタチちゃん、こっちこっち」
オレが本来の用件を忘れそうになっていたのをマダムが引き戻した。思わず苦笑しながら、一番奥に足を向ける。
地下の一番奥は本棚に囲まれた書斎の様だ。様々な言語の書籍がきっちりと五十音順に並んでいて、マダムの几帳面さがよく分かる。
「おばちゃん……暇だろ? この蔵書に機材の山は一体何事だよ」
「仕事柄、色々な国について勉強してたのよ、昔はね。それよりまた派手に暴れたみたいねぇ……現場では今、犯人探しに大忙しみたいよ、何せ大勢の死人が出たらしくてねぇ……」
マダムに笑顔でジロリと睨まれた。実質犯人の一人なので返す言葉もない。
「そんな事より情報だよ情報!! オーダーの奴を放っておく訳にはいかないんだからさ」
勢いで誤魔化すオレに分かってると右手をあげるマダムが机にノートPCを置くとカメラの映像を出す、どうやら何処かの監視カメラの様だ。
「これを見て」
「ん? オーダーじゃないか!」
「やっぱりね。事件の直後に区画から逃げ去るから怪しいと思ってチェックしてたのよ」
「へぇ、すげぇなぁ……って、……もしかして、オレをマークしたのかよッ!!」
「あら? バレちゃった。まぁいいじゃない、結果オーライよ、オホホ」
相変わらず油断もへったくれもないばぁさんだ。オレの動きもある程度追尾されていたらしい。
「とにかく、トラックは盗難品だったから情報は無かったのよ。でもね……サーチライトは別」
マダムがニコリと穏やかな笑顔でオレに写真を見せる。
このばぁさんはハッキング等もお手のものらしく敵に回したらホントに洒落にならない。
「あらイタチちゃん、顔色悪いわねぇ」
「……いいからサーチライトの話をお願い」
「サーチライトね。アレは軍の品よ、間違いなくねぇ」
「……やっぱり」
「あら? 気付いてたのかしら? 流石ね」
オレはサーチライトもそうだが、AKをあれだけ揃えられたのが気になっていた。
AKシリーズは世界中に流れたアサルトライフルではあるが、アンダーを拠点にしていたオーダーが易々大量と手に入れていたのが引っ掛かっていた。
奴が軍隊と関係してるならAKの入手は簡単だろう、ツテと金さえあれば買えるハズだから。
「でもさ、軍隊のサーチライトなんて買えるのか? 売らないんじゃないか」
「だから、サーチライトは借りてるのさ。丁度修理中のライトが三台あるらしくてねぇ」
マダムがニヤリと笑いながら、PCから修理工場の映像を取り出した。どうやらリアルタイムの映像らしくトラックがつい今、止まった。
確かにあのトラックで間違いない。車体にはあちこちに銃痕がついているし、オーダーの奴がふてぶてしい態度で手下達に出迎えられている。
「おばちゃん、サンキュな。貸しが出来ちまったね」
「今度、返して貰うから早くいっといで」
オレは再び相棒のバイクに跨がると夜の闇を切るように走らせる。きっちりとお礼参りする為にな。
「野郎に借りを作ったままなんてお断りだからよ」
オレは誰に言うでもなく口元を歪めた。
その時、オーダーは最高の気分だった。
俺があのレイジを倒したんだ、昔はどうやっても手も足も出なかったアイツに勝てたんだ!
「オーダーおめでとうございます」
「これでボスの名も一気に売れますね」
手下達の言葉も喜びに拍車をかけた。
「オーダー、じゃあライトは返して来ます」
スキンヘッドだけは浮かれる事もなく冷静にしているが、仕方ない。奴は【現役】の軍人なんだから。
思えば、奴が俺の手下になってから、大きく動き出した。
単なるチンピラ集団でしか無かった手下達にAKなんかを渡せたのも、奴が廃棄予定の武器を横流し出来たからだ。
アンダーではちんけな盗み位しか出来なかったが上の世界は思った以上に甘っちょろい。
これを機にもっとビッグになりゃあ、ゆくゆくは……
そう思いながら、視線ははるか向こうにそびえ立つ【塔】に向いた。
この街のどこにいようが塔は見える。
アンダーにいた頃は上の世界にさえ行けば満足だと思ったが、今は違う。
目に見えるんだよ。あの塔がよぉ、あそこにいる連中に見下されるのは気に喰わねぇ。
だったら、俺があの塔のてっぺんに昇ればいいんだ!
上に来てから、いつしかそう考えるようになった。
今の俺に不可能なんか無い。何でも出来るという自信に満ち溢れていた。
オーダーのいる工場は軍隊御用達の修理工場。
様々な機材が運ばれては修理したり、または解体して部品を回収する。
元々の工場主はオーダーが丁寧に【送り出した】のだろうが名義上は以前通りで、連中は作業員扱いらしい。
「さてと、何処から入るかな」
工場の周囲は高い塀に囲まれ、上には有刺鉄線がビッシリと巻き付いている。
いつもなら多少時間と手間を掛けてでも塀を乗り越えて侵入する。
だが、今のイタチにそんな気は全く無かった。
「しっかし、派手に暴れたらしいな」
「あぁ、イタチって奴はとんでもない奴らしくてよ、その場にいた奴等間がほとんど死んだらしいぜ、ボスがロケット弾を撃ち込まなきゃ多分全滅だったってよ」
ついさっきまでの緊張感から解放された反動からか工場内は弛緩した空気に満ちていた。
「しっかし、うるさいなぁ。あのバカ犬何とかならねぇのか?」
さっきからしきりに番犬が吠えている。
普段なら身構えただろう。だが、彼はすっかり緊張感が抜けていた。
「仕方ねぇよ、あの犬しょっちゅう吠えてるからな、全く……何かいる訳でもないし………ん?」
ふと、横に振り向くとさっきまでそこで番犬に文句を言ってた仲間がいない。
「な、何だよ変な冗談はよせよ」
思わず後退りすると、何かに引っ掛かり、その場で倒れた。
「何だよ! 誰だこんな所にデカイ人形置いた奴は……え?人ぎょッ」
気付いた瞬間、頭に強い衝撃を受け彼は意識を失った。
意識を失った手下二人をズルズルと運ぶのは侵入したイタチ。
正面から入ったが、予想通り大した警備も無く、少し犬がうるさかったが睨みつけたら大人しくなった。
イタチはさらに続けて三人の手下達を相次いで襲撃、全員気絶させると結束バンドで手足を縛っておく。
「オーダーの奴の居場所は……お!」
工場内を足音を殺しながら移動していると倉庫を発見、静かにドアを開けると堂々とAK―47が立て掛けてあった。数は少なく見積もっても百挺は下らないだろう。
「戦争でもするつもりらしいな、アイツ。…………ん? これは」
倉庫から立ち去ろうとした時、奇妙な点に気付いた。疑問がイタチの中で急速に広がっていく。
「何だ? やけに今夜は静かじゃねぇか」
オーダーは静かすぎる敷地内が気になった。
いくら夜中とは言っても夜警代わりの手下達まで寝てるハズが無い。
「……侵入されたのか? 誰にだ?」
アンダーにいただけあって危険に対する勘はオーダーも鋭い。だから生き延びてこれた。
素早く服を着る。棚に置いてあるベレッタを手に取ると警報器を鳴らした。
たちまちけたたましいアラーム音が鳴り響き、慌てて手下達も飛び起きるハズだった。
「どうした? 誰もいないのか?」
後退りするオーダーに前方から誰かが来る。
「くたばれやっ」
迷わずベレッタの引き金を引き銃弾を誰かに浴びせる。
「ケッ、ビビらせやがってよ」
オーダーが銃弾を浴びせた相手に軽く蹴りを入れて生死を確認、間違いなく死んでいる。
「あ〜〜あ、ひでぇなお前」
「だ、誰だ!」
今度は背後から声が掛けられ、オーダーが振り返りながら銃撃した。
「ハ・ズ・レ」
右手が強い一撃で弾かれ、ベレッタが落ちた。
左手で殴りかかるが、それより早くに顔面に一撃を貰い、後ろへ倒れた。
「ば、バカなっテメぇ」
「よう、シゲル」
オーダーは驚愕した。目の前に立っていたのはビルの倒壊で死んだハズのイタチ。そしてさっき銃撃したのは手下の一人だった。
「何で生きてやがる? ビルは倒壊したんだぞ!!」
「そんな事言われてもなぁ、ほら、生きてる訳だしさ。それとも格好よくお前を殺す為に地獄から舞い戻ったぜ、にしとこうか?」
「ふ、ふざけやがって」
オーダーがポケットから折り畳み式のナイフを取り出すとイタチの腹部へと突きだす。イタチが一歩後退するのを見計らうとクルリと後転しつつ距離を取る。
「少しはやるじゃないかシゲル」
「うるせぇ! 俺はオーダーだっ」
叫びながらオーダーが何を思ったのか自分のパーカーを左手のナイフで切り裂いた。
「くたばれやっ」
切り裂かれたパーカーから火花が飛んだ。イタチは素早く横へと飛ぶ。
さらに止まらずに一気に走り抜ける。そこをなぞってゆく銃弾。
「ソイツが切り札か?」
「ふざけた態度もここまでだ! 蜂の巣にしてやるぜっ」
オーダーの右手にはサブマシンガン【ウージー】が握られていた。
「お前にはオレは殺せないぜ、シゲ……」
言い終わる前にウージーが弾丸をばらまいた。ばらまかれた弾丸がイタチへと向かう。
「お前には無理だよ」
そう言い切るとイタチはオートマグをホルスターから引き抜く。
弾丸が顔やわき腹を掠めていく。だがイタチの動きは何事も無いように止まらない。銃口がオーダーに向けられた。
次の瞬間、オートマグから30カービン弾が発射され、正確にオーダーの右手からウージーを弾き飛ばす。
さらにもう一発のカービン弾がウージーを撃ち抜き破壊する。
「ぎゃあっ」
「………言っただろ、お前には無理だってな」
微動だにせずにサブマシンガンとの撃ち合いでイタチが勝った事にオーダーは恐怖しながら、その場に倒れた。最早、戦意は無い。
「な、何でだ? 何で俺はあんたを殺れないんだ!! 俺とあんたの何がそんなに違うんだよ?」
イタチはオーダーの叫びに哀れみすら感じた。
そして同時に違和感をハッキリと認識した。
ビルでの戦闘と今のオーダーには余りにも印象に違いがある。
今、目の前にいるオーダーはかつて自分が知っていたシゲルだ。
だが、ビルでのオーダーはもっと統率力があり、冷徹だったハズだ。
「お前、何があった?」
「何がだと? 何もかもテメェのせいだって言っただろ、レイジ。テメェがあの時俺達を見捨てなかったらよ……」
「お前、何で上に来た? オレを殺したかったからか?」
「あ? 当たり前じゃ・ねぇ・か、お、俺は、俺は……何で上に来たんだ俺は?」
「もう一つ教えろ、ビルでの【戦闘で使った】AKはどこにあるんだ?」
困惑し始めたシゲルにイタチは一番の疑問をぶつけた。
倉庫には確かにAKが無数に立て掛けてあった。
今にも戦争を始めるつもりだと見た奴は思うだろう。
だが、イタチは気付いた。つい数時間前に使ったAKがここには置いてない事に、だ。倉庫のそれはまだろくに使っていないのがすぐに分かったからだ。
少なくともトラックに乗り込んだのはシゲルとスキンヘッドの奴と手下達を合わせた四人。
AKは少なくとも三人が持ち帰ったから三丁は倉庫にあるハズ、三丁とも故障するとは思えない。
そもそもAKシリーズの売りは【頑丈さ】なのだから。多少乱暴に扱っても、メンテが不足しても問題なく使用出来るアサルトライフル、これがAKだ。
だから倉庫に無かった時に疑問を抱いた。手下の誰かがまだ持ってるかとも考えたが、無力化した手下は武器らしい武器はナイフ位で、AKはどの部屋にも無かった。
「AKはどこだ? それにサーチライトはどうした、運んだのか?」
オレは次々と疑問をぶつけてみる。シゲルが頭をしきりに掻いている。考えているという動作では無い。何かの反射行動に見える。
「あ、あれ? 俺は何でアンタを殺したかったんだ……俺はアンタをただ一発殴りたかっただけなのに…………」
しばらくするとシゲルの奴が我に返ったような表情でこっちを見た。
「よぉ、シゲル」
「レイジ、俺は何をしたんだ? 教えてくれ」
「……俺がアンタを殺そうとしたのか」
「簡単に言えばな」
「……確かに俺は仲間達を連れて上に来たのは確かだ。アンダーでトラブってな」
「そもそもお前、何でオレを呼び寄せる為にあちこちで強盗なんかしたんだ?」
「違う、そんな事はしていない!」
即座に否定するシゲルの目には嘘は無いように見える。なら……誰が。
瞬間、赤い光点がオレの心臓に付いていた。
オレは光点がレーザーポインターだとすぐに気付く。
さらに無数のレーザーポインターがオレやシゲルに付いていた。思わず叫んだ。
「逃げろっ!!!!」
やれやれだ、まだ夜は終わらないみたいだ。




