この話のきっかけ
事の始めはありふれた話さ。あれは……
カラカラン。バーの開店時間になり、本日最初のお客さんが入ってきた。
「いらっしゃいませ」
「…………」
オレの精一杯爽やかな挨拶を無視したのは、全身黒一色のコーディネートの男。通称クロイヌ。
塔の街を支配する組織の幹部の一人だ。
あぁ、勿論オレは、精一杯笑顔で会釈。そして無視される訳だがよ。
来客にカラス兄さんが声をかける。
「お前か。……何の用だ?」
「お前らに仕事を頼みに来た」
と一枚の封筒をカウンターに置く。
カラス兄さんが封筒を空けると中から白い錠剤がバラバラと。
「クスリか。珍しくもないな」
「コイツは普通のクスリとは違う」
「おいイタチ、飲め。」
「は? 嫌ですよ、冗談じゃない」
「クロイヌ、嫌らしいから説明しろ」
とカラス兄さんはクロイヌの旦那に錠剤を返す。
てか、マジで飲ませるつもりがあったンかよ。
いつかボコる、絶対。……今は無理だけどさ。
そんなオレを蚊帳の外にして二人が話を始める。
オレは一向にお客さんが来ないので一応、入口付近をチラリと確認。
そりゃ、明らかにそれと分かる厳つい連中が店の前にいたら、誰も好んで来ないわな。せめて開店前に来いってーの。
「コイツは通称フォールン。新種だ」
「堕天?」
「あぁ、飲んだら天使でも悪魔に魂を売り渡すとかいう評判のクスリだ」
「そのネーミングセンスはイマイチだがな。……で組織の誰が卸してるんだ?」
シュボッ。クロイヌが葉巻に火をつける。あ〜あ、これは長引くな。
「……察しが早いな。こいつは元は軍で使われてた代物らしい」
「……死なない軍隊、ゾンビアーミーだな」
ゾンビアーミーってのは第三次大戦、一般的には大戦である国が劣勢を巻き返す為に兵士の耐久力や生存率を高める事を目的に様々な投薬実験を繰り返した末に戦争末期に投入された特殊部隊の通称だ。
痛覚を麻痺させる事により多少の負傷にも耐えて闘う兵士。
一説だと頭を撃ち抜かれても数分は動いたとか、色々逸話が残ってる。
「フォールンを飲んだ奴が実際に組織の幹部を殺してる。ソイツは別に大物じゃない、だが放置して被害が出ればこっちの面子に関わる」
「……三日前の話は病死では無かったんだな」
「ああ、街にフォールンが出回ると更に死者が増える。金は弾む。フォールンの流通源の始末を」
「おいイタチ……」
てなわけさ。損な役回りだろ。