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イタチは笑う  作者: 足利義光
第六話
38/154

再会

「ハハハッ。かかってこいよ!! まだまだ足りねぇぜッッ」


 そう言いながら狂ったような形相の少年が周囲をゆっくりと見回す。

 そこに映るのはおよそ数十人の自分と同じ年頃の少年達。全員が足元に転がっている。そこに彼の仲間が集まってきた。


「レ○○さん! やり過ぎだよ。」

「あ? ちょこっと撫でただけだよこんなん」

「仕方ないな。○○ジに喧嘩を売ったんだから」

「だろ? お前は分かると思ったぜ」

「いつもながら人数だけは多かったな○イ○」

「ザコって何で数に頼るんだ? アホなんかね」

「普通は数に頼るんだよ。お前がアホみたいに強いから気にならないだけだ、レイジ」

「……お前、オレを誉めてんのかバカにしてるのかどっちだよ?」

「たまにはオレらにも頼れって事だよ。レイジ君」

「あぁ、次は考えとくよ……」





「イタチさん、何か変でしたね?」

「アイツが変なのはいつもの事だ。気にするな」


 バーではカラスとリスが開店前の準備を始めていた。いつものようにグラスを磨くカラス。リスは床にモップをかけている。


「でも、そう言えばイタチさんってここにくる前は何してたんですか? 俺には笑うだけでいつも教えてくれないんですよねぇ」


 カラスがグラス磨きを中断する。リスはグラスを磨く布の音が止まったのでカウンターへ視線を向けると、カラスがこちらを見ているのに気付いた。


「え? 俺、何かしましたか」


 リスが思わずカラスに質問した。カラスはそれには答えずに口を開く。


「イタチは最悪なガキだったよ。ガキなのに、そこらのヤクザよりもタチが悪くてな。リス、お前なんかは可愛いもんだ」


 カラスはそう言うとタバコを取り出して火を付けた。


「お前も少しはアイツについて知ってもいい頃だな、俺が知ってる範囲でいいなら話そう」




 恩人を殺されたイタチは暴力に走るようになった。

 力こそが全てで、弱い奴は強い奴の【餌】でしかないと考えていた。




 イタチは初めは一人でいく先々の集落で片っ端から強そうな奴を見つけては喧嘩を仕掛けていたらしい。

 アンダーは区域(スラム)よりも劣悪な環境だ。そこではまず自分を守る事が何より優先される。

 勿論、イタチの恩人(おっさん)がいた集落みたいに人情がある人々もいることはあるがあくまで少数だ。殆どの人々は生きる為なら他者を容赦なく蹴落としていく。そういう場所だ。





 ――周囲にいた住人が思わず顔を背けた。一方的な喧嘩、いや暴力だった。


「お、お前俺に手を出してただです…」

「うるせぇよザコ」


 今、少年に倒されたのはこの辺りではかなり有名な不良集団のメンバーだ。

 住人達は当初は不良が見慣れない少年を自分に従わせる為に暴力を振るおうとしていると思った。それはいつもの光景なので彼ら気にしない。

 だが、いつもとは違うとすぐに分かった。

 気が付くと不良が地面に倒れ込み少年が馬乗りになるとひたすらに拳を叩き込んでいた。

 躊躇なく殴り続ける少年はまるで野生の【ケモノ】のようで住人達は恐怖を抱いた。


「ケッ、つまらねぇ」


 やがて少年が立ち上がると不良を一瞥する。

 不良はかろうじて息をしているような状態で意識が朦朧としているらしく、ぶつぶつと言葉を発している。

 その様子を見て興味を無くしたらしく、さっさとその場から離れようとすると、前方から倒れている不良の仲間らしき五人が行く手を塞いだ。

 リーダーらしき男が一歩前に踏み出す。身長は170センチくらい、体重は60キロ位。

 赤のパーカーに緑のカーゴパンツとスニーカーに髪型がモヒカンなのが特徴的。

 対して少年は150センチあるかどうか、体重も40キロ程。服装はボロボロの白シャツに膝が破れたジーンズ。

 飢えの為か今にも倒れそうな印象で、二人には明らかな差があった。


「どけよ」

「あ? チビが何か喋ってやがる? 小さくて聞こえねぇや、お前らは聞こえるか?」


 モヒカンが大げさに耳を澄ませる仕草をして少年を小バカにする。

 彼は何故仲間がチビにやられたのかが不可解だったが、こんなチビに自分が負けるハズがない。そう確信していた。


「……だな」

「あ? マジに聞こえねぇなぁ」


 モヒカンが少年をバカにしながら顔を近付けようと寄せた瞬間。

 突然モヒカンはグラリと崩れた。少年が下から上へと左肘を顎に叩き込んだ。何をされたのかも分からないうちに倒され、意識を取り戻すと自分を見下ろしている少年が立っていた。

 少年の目付きはゾッとする程冷たい。彼は生まれて初めて恐怖を抱いた。およそ人を見る目付きとは思えない。


「な、何だテメェ」


 精一杯強がるが効果は無く、思わず周囲に視線を向ける。仲間が全員自分から顔を背けた。自分より目の前のチビに怯えたのだ。


「おい、モヒカン野郎。アンタの仲間は薄情だな、誰も助けに来ない」


 そう言いながら少年がモヒカンの腹部に蹴りをいれる。

「ぐっ」と呻きながらもモヒカンは残された意地で少年を睨む。


「いきがるなチビっ、テメェ一人で何が出来る?」

「あ? 一人じゃねぇよ。オイお前ら」


 すると少年が横柄に仲間達に顔を向ける。


「お前らコイツをボコれ今すぐにだ!」


 少年がモヒカンの仲間達に横柄に命令した。


「バカにするな、あいつらが俺を裏切る訳が……」

「うるせぇよタコ」


 少年が再度蹴りを入れると、仲間達に向け殺気に満ちた視線を向けた。

 モヒカンの仲間達が恐怖に怯え、自分達のリーダーだった男を取り囲み、リンチを加え出した。


「クソッ、効かねぇよ! こんなの大した事ねぇ!! チビ、テメェでやれや」


 あらんかぎりの声で減らず口を叫ぶとモヒカンは意識を失っていく。


「ほら見ろ、アンタの仲間なんてこんなモンだ。」


 薄れる意識の中で追い討ちのように少年の嘲る声が耳に響いた。



「…………ウグッ」


 モヒカンが呻き声をあげ意識を取り戻した。

 全身に痛みが走る。身体を起こすと目の前にはさっきまで仲間だった連中が一人残らず倒れていて、少年がその中の一人を椅子がわりにして座っていた。


「テメェ、まだ何かあんのか?」

「……お前、オレの手下になれ。お前は今のとこオレが会った中で一番根性があった」


 そう言うと少年がゆっくりと歩み寄る。有無を言わさぬ雰囲気があり、モヒカンは相手が自分よりも巨大に感じた。


「ケッ、冗談だろ? 俺がアンタの下に付くと思ってるのか? そこに転がっている連中を使えばいいだろ」

「オレが欲しいのはザコの集団じゃない、根性があって強い奴だ。お前には根性がある。強さは後で身に付ければいい……さぁ手下になれ」


 少年はそう言うと手を差し出す。モヒカンは、仲間だった連中と少年を見比べる……。しばらくしてモヒカンがその手を取る。



「ケッ、いいだろ。今は下に付いてやる。だがなそのうちに……」

「いつでも背中を向けとく、殺れそうなら殺ればいい。死んだらオレはその程度って事だ」


 事も無げに少年は言い切る。その言葉には決意が滲んでいた。


「お前、名前は?」

「シゲルだ。アンタの名は?」

「……レイジだ」

「アンタ、何をする気なんだ?」

「この世界の全てをぶっ壊したい。そんだけだ」


 レイジは凶悪な笑みを浮かべる。目はぎらつきイカれてるとしか思えない。

 だがシゲルはこいつに付いていけば自分の何かが変わるような予感がした。



 ――そして今。


《ここに来るのは久し振りだな》


 イタチがその場所に足を運んだのは何年前だったか? イタチがイタチとなった時から何年経っただろうか。

 まだ数年の事なのに随分昔に感じる。

 イタチには確信があった。ここに来れば相手がいるという確信。

 ここは自分と仲間達との終わりの場所、因縁の場所。


 第七区域の外れにある廃墟だらけの区画にそのビルはあった。



「……やっぱ来たか。久し振りだなレイジ」

「お前は……シゲルだな元気そうだ」


 イタチの目の前にいたのはかつての仲間だったシゲル。

 髪型こそモヒカンでは無いが、服装は赤のパーカーに緑のカーゴパンツとスニーカーの組み合わせに鋭い目付きは相変わらずだ。


「どうだ? ここはなんの場所か覚えてるよな」

「ああ、ここは……」

「そうだ! この場所はテメェが俺たちを裏切って逃げた場所だ!!! 忘れる訳ないよなッ」


 シゲルがそう怒鳴り付けるとイタチに殴りかかった。イタチはそれを避けようとせず顔面に左のフックがまともに入る。

 続けて右のアッパー。これもイタチは避けずにそのまま受ける。腹部に強い衝撃が走り、イタチが膝をつく。


「……気は済んだか?」

「何で避けねぇ? ふざけてんのか!」


 シゲルがイタチの襟口を両手で掴むと引寄せる。そのまま頭突きを鼻先に喰らわせる。


「どうしたよ? 手も足も出さねぇのか!」

「……好きにしろ。話はそれからだ」


 そう言いながらイタチは口からペッと血を吐き出す。


「ケッ、丸くなりやがって」


 シゲルが両手を離す。イタチは無言で立ち上がった。


「気は済んだか?」

「……とりあえずはな」


 イタチが汚れた服の泥をパンパンと手で落とす。シゲルが苛々した表情でその仕草を見ている。



「何でまた上に上がった? しかもわざわざオレ達の【印】をあちこちに残したんだ?」


 イタチの質問にシゲルは不意に背中を向け歩き出す。

 まるで試すように隙だらけの姿にイタチは不快感を感じた。


「アンタ、マジに変わっちまったのか。言ってただろ? 相手が背中を見せたら構わず攻撃しろってな。交渉する時でも相手を先に制すれば有利だからってな、忘れちまったのか?」


 シゲルがそう言いながら振り返った。


「ありゃガキの論理だ。それにだ、お前はまだオレの敵じゃない」

「まだ、か」


 シゲルが皮肉気に笑う。視線は敵意に満ちたままイタチから離れない。


 イタチがカーゴパンツのポケットから一枚の紙を取り出す。クシャクシャになった紙を広げると紙にはでかでかと【Rと上から×】が書いてあった。

 意味は(レイジ)と×(制圧した、復讐は諦めろ)という物で合わせれば、【レイジがここのボスだ】という意味だ。


「オレを呼ぶのに随分荒っぽい事をしたらしいなシゲル」


 そう言うイタチの目付きが険しくなる。


「……ようやくそういう目付きになったか」

「答えろ、何故オレを呼んだ?」

「簡単だ。……アンタ、俺に手を貸さないか?」

「オレに手下になれって事か?」

「あぁ、アンタはかなり腕のいい掃除人らしいからな。部下になってくれりゃ文字通り百人力だ」

「オレに仕事を依頼したいならきちんと手順を踏めばいい。それが最低限の礼儀だ」

「バカかアンタは? 依頼したいんじゃねぇよ! 命令するんだよ!! 俺がアンタによぉッッ」


 シゲルの語気が荒くなる。明らかにイタチに対して苛立っている。

 イタチが感情的にならず淡々とした態度を崩さないからだ。


「オレはお前らに対して責任があるのは事実だ。だが、それとオレがお前の手下になるのは話が別だ。オレは誰の手下にもならない」

「……へっ、そうかよ。分かったよ、ならテメェは俺の敵って訳だな」


 シゲルが獰猛な笑顔を見せる。何処か嬉しそうにも見える。


「短絡的だな、敵か味方しかないのか、シゲル?」

「あぁ、無いね。俺とアンタの間にはな! それからアンタがイタチになったように、今の俺はオーダーだ!!!」


 そう言うなりオーダーが後ろへと退いた。

 それが合図だったのか、突然、激しい銃撃がイタチを襲った。地面が抉られ周囲がもうもうと土煙に覆われる。


「やっぱりこうなったが良かったぜ。これでアンタを心置き無く殺せるんだからなぁっ!」


 オーダーが右手を挙げると銃撃が止まる。

 オーダーの嘲笑が土煙の向こうに向けられた。


「ここが廃ビルだってこと忘れてんじゃねぇよバカが」


 チラリと視線を向けると、ビルの窓から十人程の人影がオーダーの視界に入った。手筈通りに部下が働いた事に満足した。

 最初からイタチを殺す為にここに呼び寄せたのだ。


「ハッハ、俺達の終わりの場所がテメェの人生最期の墓場になるって訳だなぁ」


 少しずつ土煙が晴れていく。


「野郎……逃げたのか?」


 オーダーの視線の先に映ったのは部下達のAK―47アサルトライフルにより抉られた地面のみ。あるハズのイタチの死体は無かった。


「まぁ、いいや。お楽しみはこれからだ」


 オーダーは微かに残った血の跡を見逃さなかった。そして、


「無傷じゃないようだしなぁ」


 歯を剥き獰猛な笑みを浮かべる。夜はまだ始まったばかりだ。

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