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イタチは笑う  作者: 足利義光
第六話
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第六話 因縁

「おい、なんだよ寝ちまったのかよ」


 少年が誰かに話し掛けている。

 誰かはどうやら中年の男らく見覚えのある顔だ。年齢は四十歳位だろうか。服装はボロボロでみすぼらしい。アンダーではごく普通の男だ。


「全くしょうがねぇよなおっさんはさぁ……」


 少年はやれやれと両手をあげる。少年にとってこの中年の男ことおっさんは唯一の【家族】だった。



 少年は【いつの間】にかアンダーにいた。何でここにいたのか? 何処から来たのか? 何一つ覚えておらず、服装は小綺麗な白いシャツとズボン。素足でここにいた。持ち物は【金色に輝く】一丁の拳銃。所謂【オートマグ】だけ。

 おっさんが彼を保護するまでに黄金のオートマグを狙い何人かの住人達がまだ十歳くらいの子供に容赦なく襲いかかったが、その子供は驚くほど敏捷に動き、住人達を返り討ちにした。

 ある住人は持っていた棒切れで頭を殴られ、またある住人は蹴りを放った足を折られ、別の住人に至っては首元に噛みつかれた。

 まるで肉食獣のような動きと獰猛さにを持った少年に住人達は怯え彼を遠巻きにして近付かなくなった。


 どれ位たったのだろうか? 少年はもう動く気力も失くしていた。

 アンダーでは【死】はいつも傍にある日常だ。弱い者は死に、強い者だけが生きる。【弱肉強食】の掟が公然と存在するこの世界で今少年は【弱者】なのだ。

 ぼんやりと自分が死ぬのかなと認識しだした時だ、声が聞こえた。


「おい、ボウズ大丈夫か? 生きてるかぁ」


 かけられた声に少年が閉じた瞼を開くと汚ならしい服装の中年が目の前でにっこりとした笑顔を浮かべて立っていた。


 それから何年か経ち、少年は大きくなった。肉食獣みたいな雰囲気はもう無く、年相応? にやんちゃに育った彼は、おっさんに日頃のお礼をしようと遠出して、ある物を見つけて今ここにいる。


「へへ、きっとおっさん喜ぶぜ」


 少年が袋からプレゼントを覗く。中に入ってるのはある本だ。

 アンダーの住人としては珍しく読書が趣味のおっさんはこの辺りでは変人として有名だった。上の世界ではそこそこの学者だったらしい。

 おっさんは生活の足しに小さな学習塾を開いていて子供から果ては老人まで字の読み書きなどを習っていた。

 少年は一緒に暮らしていたので読み書きはほぼ一通りこなせるようになり、おっさんの小屋にある本を読むのが趣味でもあった。

 袋に入れてる本はかなり難解そうだ。おっさんにプレゼントしたら暇潰しに丁度いいだろうしきっと喜んでくれるだろう。


「ん? 何だ」


 少年がおっさんがいつもと比べておかしい事に気付く。寝てるように見えたが、よく見ると身体が全く動かない。……まるで死んでるように。


「おい、おっさん起きろよ。いいもの持ってきたぜッ! …………おっさん?」


 異変に気付いた少年がおっさんを起こすと、その身体が冷たい事に気付く。以前聞いた、死後硬直という状態だった。腹部には刺し傷があり、これが致命傷になった様だった。


「誰だっ? 誰がおっさんにこんな事をしたんだよ?」


 誰も答える事はない。ここには少年一人なのだから……。


「わ、分かった。これはいつもの悪戯なんだろ? なぁ、分かったよ、驚いたよ。だからさぁ……オレを一人にしないでくれよ!!!」


 ……少年は絶叫した。



 ◆◆◆



「チ、またあの夢か」


 目を覚ますと何とも言えない不快感に包まれた。


 オレはたまに夢を見る。大体が過去の夢だ。オレの頭にある記憶はほぼ全部おっさんに拾われてからのモノだ。それより前は【断片的】にしか思い出せない。

 おっさんはオレみたいな得体の知れないガキを拾ってくれた。ガキがアンダーで生きていけたのは一重にあの人のお陰だ。


 だから、目の前のおっさんが死んでるのも最初は認めたく無かった。だから叫んだ。まるで獣の遠吠えのように。

 何日間かはその場から一歩も動かずにただ傍にいたが、気を利かせた近所のおばさん、おじさん達が埋葬してくれたのを機にオレはそこを離れた。

 集落の人達は俺の面倒を見てくれるつもりだったらしいが、オレにはやる事があったから集落を離れた。【仇】をとる為にだ。

 持っていくのはただひとつ、金色のオートマグ一丁だけ。

 犯人に必ず弾丸を喰らわせてやると一人決意を固めて。


 それからのオレは完全にキレた。まさにケモノのようにあちこちで暴れまわり、壊し、傷付けていた。

 周りにはたくさんの奴が集まり、そして……。


「ちっ、すっきりしないな」


 どうにも気分が悪い。別に体調が悪くなった訳じゃない。この【夢】を見た後には必ず良くない事が起きるのを知ってるからだ。


「オーナー、カラス兄さんおはようございます」

「あら、今日は早いわねイタチ君」

「おう」

「ちょっと買い出しに行ってきますね」

 俺は、二人に軽く挨拶すると気分転換を兼ねて外に出ることにした。

 いつものように買い出しのリストをカラス兄さんから受け取ると区域内の商店街に向かう。


 ◆◆◆


「はいはい、いらっしゃい、いらっしゃい! おうイタチ、今日は大根が安いよぉ」

「どもです、後でまた来るよ」


 威勢のいい声で道行く人々に声をかけるのは八百屋のおっちゃん。ここではよくトマトを買う。後で買いに来なきゃな。


「あらイタチちゃん、買い出しかしら?」


 雑貨屋のおばちゃんがにこやかに声をかけてきた。この店は手作りの小物が人気でレイコさんがよく来る。


「おばちゃんおはよ」


 俺は軽く挨拶を返すと先に進む。


「お、イタチ君いらっしゃい」


 目的の店に着いたので品物をかごに入れていく。この店は一見すると普通のパン屋さんだが、秘密がある。


「大将、今日はこれだけ買うよ」


 俺がかごから食パンをドッサリと出すと、店の主人こと大将がパンが何切れか確認し始める。

 大体一分程するとレジにてお会計。レシートを渡されるのだが、このレシートの裏に【欲しい情報】についての可否が書いてある。

 欲しい情報を聞くには会計を大将にお願いする事、情報の種類は食パンの枚数で指定する事など幾つか決まり事がある。

 ……何で食パンかって? うん、そんなの俺が聞きたいよ。

 情報の受け渡しははパン屋の裏にある通りの物置小屋。オレにはいつもの場所だ。念の為に周囲を確認してから小屋に入る。


「イタチちゃん、お久しぶりねぇ」


 小屋の奥から馴染みの声が聞こえてきた。情報屋のおばちゃんこと【マダム】だ。

 占い師の格好をしていて、簡素なテーブルにはお約束の水晶玉が置いてある。本人曰く、たまに占いもするらしく結構評判だったりするそうだ。


「おばちゃん、おひさ」


 おばちゃんというか実際には七十過ぎなのでおばあちゃんなのだが、怒らせたら情報なんか手に入らないので俺はおばあちゃんと呼んでいる。


「相変わらずおばちゃん扱いなんだねぇ」


 マダムは穏やかな笑みを浮かべているが、元は諜報関係の仕事をしていたらしく扱う情報はいつも確かで信用できる。


「それで欲しい情報なンだけど……」

「カラスちゃんに聞かれても教えないわよ。ただじゃ教えないわよ。でもね、いいの? 一人で抱える必要なんかないじゃない」

「これはオレ個人の問題だからね。カラス兄さん達に迷惑かけたくはないンんだよ」

「……分かったわよ。あなたの欲しい情報だけどまだ分からない。とにかく情報が欠片も見つからないのよ、これは普通じゃないわ」

「おっさんを殺した奴はプロって事だよね」

「殺した人物もそうだけど足跡をここまで消す人物もね。少なくとも二人以上はいるわよ」

「そっか、プロって事がハッキリしただけでもいいよ。有難う」


 オレが席を立って出ていこうとすると、マダムが、座るように促した。

 疑問に感じながらも従う。


「おばちゃん、情報はもういいよ。無理せず焦らずにやる」


 オレが気にするのは以前も同じ情報を探していた知り合いが後日、死体になったからだ。マダムが比較にならない位の腕のよい情報屋でも不安はある。

 マダムはオレの不安に気付いているらしく、大丈夫とばかりに笑う。


「私の事は気にしないで。引き際は心得てる、それに別件よ」

「別件? 他には頼ンでないよ」

「でもあなたに関係のある話よ」

「オレに? 何なンだいそれ」

「昔のあなたの知り合いらしい人物が近頃アンダーからこちらに上がって来たみたいなの。派手に暴れてる」

「……誰ですか?」

「オーダーって呼ばれてるみたい」

「……秩序って意味だっけ?」

「そうよ。かなり物騒な人みたい、わざわざ秩序なんて名乗る位なんだから」

「誰だろうか、おばちゃんこれ追加で調べて貰っていいかな?」


 オレはその場でマダムに金を渡す。マダムはそれを見ると


「お代はいいわよ。私が言い出しっぺなんだから。また連絡するわね」


 ◆◆◆


「イタチ、戻ったか」

「はい、これ買い出しの品です。ちょっと外に出ますね、開店前には戻りますから」


 オレはカラス兄さんに食材等を渡すとすぐに店を出た。足が自然と動いた。

 予感がしたからだ。オーダーが待っている予感がした。

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