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イタチは笑う  作者: 足利義光
第五話
35/154

正攻法

「シネ……」


 リュウが抑揚のない声を出し、針を放とうと手を挙げる。いつも通りに素早く針を放った。

 何万回、何十万回と繰り返し繰り返し身体に染み付けた動作だ。


 針が真っ直ぐにカラスに向かっていく。そう、真っ直ぐに。


 すると針が銃弾に撃ち落とされた、そのまま真っ直ぐにリュウの心臓へと向かう。

 リュウは何の苦もなく避ける。これ迄に針を投げるのと同じ位に染み付けた動きだ。何万回と弾丸を避ける訓練をしたのだ。自然に動ける。


《マダハンゲキスルトハ。グウゼンにハリガオトサレタガ、コノダンガンをカワシテカラ、ハンゲキスレバイイ。グウゼンハツヅカなイ》


 だが次の瞬間、銃弾が右足を撃ち抜いた。

 更に銃弾が右手も撃ち抜く。

 リュウの目が見開かれた。何故銃弾が当たったのかが分からない。

 一つ言えるのは、自分が【危険】だという事。目の前にいた獲物は自分を殺せるという事だ。

 自然に身体が動いた。針をカラスに放つと全力でその場から走り出す。逃げながら口笛を鳴らすとそれを聞いたラバースーツ達が飛び出し、リュウに続いた。


「ふぅ」


 カラスが息を吐いた。狙い通りにいったとはいえ、油断出来ない相手だった。膝をついたのは相手に針を投げる箇所を絞らせる為。自分なら急所を狙う、そう考え集中した。右足を撃ち抜いたのは奴が銃弾を避ける際に右足を【軸】に避けていたからだ。

 訓練された者は動作が自然になる。自然に動ける。効率的になる。効率とは無駄がない事だ。奴が右足を軸に動くのは予測が出来た。針を投げる時も、避ける際も右足に重心をかけていたのをカラスは見ていた。


「カラスさん」


 リスが飛び出してきた。ウサギも何ともないらしく二人とも無事だったようだ。敵がいなくなったので、周囲を調べていく。

 やはり誰も生きてはいなかった。誰も抵抗した様子すらない。あっという間だったのだろう。


「あいつら何なんですかね?」


 リスが聞いてきた。俺にはあいつらが何者か見当がついていた。明らかにウサギを標的にしていた。恐らく【モグラ】に関係している。


「行くわよ」


 不意にドアが開かれ、ウサギが出てきた。さっきまでとは違い、ホットパンツに黒のストッキングを履いていた。リスをチラリと見るとまた顔が赤くなっているから似合っているのだろう。


「行くわよって何処に」


 リスが間の抜けた声を出した。緊張感はない。


「アンタらの探してる荷物の場所」

「案内するのか? 気が変わったか?」

「カラスさん」

「気が変わったわ、アンタらに借りを作ったし、それに今回の依頼人には腹が立ってるし」

「まさか、コイツら…………」

「違う違う、コイツらは【別件】よ」


 ウサギの言葉に俺は少し驚いた。コイツは自分が狙われてる理由を承知している。なら何故泥棒をしてるのだろうか。


「倉庫よ、アンタ達が探してる荷物の」

「ホントに場所を案内してくれるのか?」

「借りは作らない主義なの。あいつらアタシを狙ったんでしょ? カラスさん、アンタ気付いてたよね」


 鋭い視線で俺を睨む。 敵意というよりは俺の言動を逐一確認しようという感じだ。


「……あぁ、奴等はお前を殺したいらしい。理由までは分からんがな、少なくとも素人じゃない何らかの【集団】だ」


 俺は逆にウサギに鋭い視線を返した。彼女は黙ったまま何も言わなくなったが、少なくとも借りを返したいというのは本当だろう。



「ま、まぁ案内してくれるんなら早く行きましょうか。……ね?」


 何となく居心地のないリスがその場を取り繕うとしている。アタフタしている様子が小動物みたいで愉快だ。思わず俺も彼女も笑顔になった。



 ◆◆◆



「リュウ、貴様がヘマをするとはな」


 電話越しに溜め息混じりの声がする。リュウの【飼い主】は彼がいつもとは違うと声で気付いた。微かにだが、感情の起伏を感じた。


「私に言いたい事はあるか?」

「イエ……ナニモ」


 今度はいつも通りの声の調子だ。気のせいか?


「まぁいい、ラビットを捕まえるのがお前等の仕事だ。失敗は許されん」

「ワカッテマス」

「必要ならメンバーを増や……」

「イリマセン」


 言い終わる前に拒否され電話が切れた。やはり感情の起伏があるようだ。戻ってきたらまた修正が必要だろう。


「まぁいいさ。好きにするといい」


 だからといってリュウが仕損じるとは思わない。それに彼に匹敵する使い手をすぐに集めるのも無理だ。


「期待しているよ」


 飼い主は誰に言うでもなく呟いた。



 ◆◆◆



「まさか、こんな所にあるとはなぁ」


 俺は荷物のある場所に驚いた。ついこの間来たばかりの第五区域の倉庫置き場。俺がウサギにやられた倉庫からほんの十数メートル。

 まさに【灯台もと暗し】探せばすぐそばに荷物があったのだ。

 カラスさんはあまり驚いた様子もない。薄々は感付いていたのかも。ウサギの奴は俺が驚いたが良かったのか、得意気な笑顔を浮かべている。


 警備員がこちらに近付いてくる。このままだと見つかるだろう。


「じゃ、とりあえず、ヨロシクね」


 ウサギが俺を押し出した。すぐに警備員と目があう。露骨に俺を疑いの眼差しで睨む警備員。当然だがヤバイ。


「ちょっと君、ここで何をしてるんだね?」

「いや、ちょっと迷いまして」

「この倉庫は関係者以外立ち入り禁……しっ」


 ウサギがいきなり上から飛び蹴りを警備員に喰らわせる。勢いよく蹴り出された哀れな警備員さんは派手に前に転がって気絶した。


「囮にするなら一言言えよ」


 思わず怒るが声は抑え目になった。大声出して他の警備員が来たら元も子もない。


「はいはい、ご苦労さまご苦労様」


 気だるそうにウサギがねぎらいの言葉をかけ、倉庫の前に立つと、ポケットから針金を取り出すとガチャガチャと鍵穴に入れる。

 かなりしっかりした感じの鍵だったが、ものの数秒でカチャリと音を立てて扉が開いた。


「はい、一丁あがり」


 盗まれた荷物はすぐに見つかった。それ以外にもたくさんの物資が中にはビッシリだ。


 クロイヌさんがしばらくして倉庫に来た。

 どうやらカラスさんが呼んだみたいだ。

 ウサギはいつの間にか隠れたらしく姿が見えない。組織の幹部という事で警戒したようだ


 二人はしばらく話し合っていた。それで結論が「お返しに荷物以外の物資も頂こう」だった。クロイヌさんが言い出し、カラスさんも頷き、二人が次々と倉庫から物資を運び出していく。俺も慌てて手伝いをする。運び出した物資の行き先は勿論クロイヌさんの倉庫だ。


 この倉庫は塔の組織内でクロイヌさんに反感を持つ幹部の所有らしい。目的はクロイヌさんから荷物を盗む事で取引先に損をさせ、クロイヌさんに恥をかかせるつもりだった様だ。

 だから、クロイヌさんも同じく恥をかかせる事にしたそうだ。「血を流すだけが喧嘩じゃない」とクロイヌさんが言っていたのが印象的だった。



 ◆◆◆



 クロイヌからの依頼が終わった。一足先にクロイヌは帰り、リスはこれで帰れると思った……。


「ひでぇ」


 リスが顔を歪めた。倉庫置き場の入口が滅茶苦茶に壊されていた。勿論、そこに詰めていた警備員も殺されていた。


「奴らね」


 警備員の全身が鋭利な【爪】で引き裂かれていた。三人の脳裏に昨夜襲撃してきたラバースーツの二人組が浮かび上がる。


 周囲を見回す。人影はない。誰もいないように見える。だが【居る】。

 間違いなく奴らが近くにいる。気配とかは分からないが確信出来る。


「リスとウサギ奴等は任せるぞ」


 カラスはそう言うとリスとウサギを先に進ませる。二人は真っ直ぐ進んでいく。血の匂いが辺りに漂う。間違いなく奴らが潜んでいる。


「シャッ」


 風を切るような声をあげてラバースーツが襲いかかってきた。

 一人は倉庫の屋根から飛びかかってくる。もう一人は姿勢を低くして詰めよってくる。

 ウサギは迷わず屋根からの相手をするつもりだ。

 リスはもう一方の詰めよってくる奴に向かっていく。


「ったくさぁ、しつこい男は嫌いッッ!」


 ウサギがその場で跳躍。降り下ろされる爪を素早く右足で蹴る。更に空中で回転しながら、左足の蹴りを顔面めがけて放つ。ラバースーツがその蹴りを左腕で受け止める。


 もう一方ではラバースーツが下から爪を振り上げる。リスがそれを後ろに引いて避ける。ラバースーツが続いて左手でパンチを放つ。ボディ狙いの一撃を肘で弾く。


「チッ」


 ラバースーツ達は舌打ちすると二人から距離をとる。


「アンタ、意外とやるよね」

「お褒め頂き光栄です」


 リスとウサギが背中合わせに話す。命のやり取りをしているのに、二人には不思議と緊張感が無い。

 まだ知り合って一日だが、互いに背中を預けられる存在になっていた。ラバースーツが二人を挟むように動く。


「にしてもしつこい奴らだよねぇ」

「顔面にキッツイ一撃喰らわせたら倒せるんじゃないか」

「うん、それ採用! せーのっ」


 ウサギの掛け声で二人が一気にリスの前方へと走る。ラバースーツの右手をリスが素早く掴む。更に左手も捕まえる。


「しゃあっ」


 そこにウサギが右足での前蹴りを全体重をかけて顔面に炸裂させた。更にリスが体当たりを食らわせて地面に叩きつけるように倒れ込む。


「アガッッ」


 弱々しく呻くとラバースーツの一人が口から泡を吹いて気絶した。


「まず一人」

「次っ」


 二人が反転して残る一人に向かっていく。

 ラバースーツは自分の不利を悟り距離を取ろうとする。ウサギが発煙筒を投げ込む。発煙筒からは赤い煙を吹き上がり、有毒ガスかと思わせ、一瞬だが動きが止まった。

 そこにリスが頭からラバースーツの腹部に突進。ラバーマスクの口から血が滲む。そこに


「これで終わりッッ」


 トドメとウサギが顔面にハイキックを直撃させる。


「ウガッ」


 軽く呻いて膝から崩れ落ちる、ラバースーツ。衝撃でマスクが外れ転がったその顔は、


「何これ」

「顔が……」


 ラバースーツの素顔に二人は絶句した。無表情のマスクの下の顔。表情がない。

 正確には顔の皮がなかった。人の姿をした異形がそこに倒れていた。


 ◆◆◆


 カラスは倉庫置き場を戻っていく。敷地内は静かだ。静か過ぎる位に。

 普段なら夜でも船舶の荷物の運送に人がいるはずなのに誰もいない。代わりに見かけるのは暗闇の一部のように倒れている人達。誰一人生きてはいない。全員が針を刺されている。


「もういいだろう出てこい!!」


 カラスが珍しく怒りを表に出した。奴の狙いは自分だけのはず。だが、奴は誘き出す為と邪魔を防ぐ為に無関係の人々を殺した。ウサギのいた区画の住人達にしてもそうだ。


「……これがお前達の【ギルド】のやり方か」


 普段なら感情を出して闘うのはプロとしては論外だ。だが、今は構わない。相手がここまでやるのは間違いなく感情を剥き出しにしているからだ。例え、無意識でも。


「コロス、カナラズ」


 リュウがカラスの接近を待ち構えていた。奴は自分と【同類】だ。殺しの為に生きている人種だ。同類を誘き寄せるには【血の匂い】が一番だ。

 ただ、いつもと違ったのは【餌】にした連中を殺している時に何故か楽しかった事だ。初めての感覚に自分が驚いた。

《はヤクコイ……コロシテヤる》


 そして奴が来た。臆することなく堂々と。リュウが仕掛ける。


「シャアッッ」


 声をあげカラスの背後から飛び出すリュウ。針をまとめて五本ずつ両手にすでに用意してある。


《ショテでコロす! カんペキにこロス》


 カラスも【針使い】が背後から来るのは予期していた。【暗器】は【奇襲】が基本の武器だからだ。針使いにとっては奇襲こそが正攻法。

 だから《こちらも目には目を奇襲には奇襲》と最初から決めていた。

 だからカラスはベレッタを腰から抜くと投げ捨てる。わざと針使いが飛び出した瞬間にだ。


「!!」


 意表を突かれて飛び出したリュウが再度倉庫の陰に姿を消す。


「針使い! お前を殺すのに弾はたくさん必要ない!! 一発で十分だ」


 カラスはジャケットから一つの短銃を取り出す。黒く装飾された【デリンジャー】カラスの昔からの相棒だ。


「ワタシモナメラレたモノだナ。オモちャデカテルトオモウとハナ」


 その声には嘲笑が入っていた。バカにされたというよりは頭がおかしくなったとリュウは思った。


「ワたシハテハヌカん。ツギデコロす!」


 リュウはそう暗闇から叫ぶと闇の中に溶け込む。姿は見せない、だが、微かな殺意を感じる。


《勝負は一瞬だ》


 二人が同時に動いた。リュウが屋根から飛び出す。カラスがデリンジャーの引き金を引く。弾丸の狙いは針使いの心臓。


「クダらンッ」


 リュウは微かに身体を反らすと弾丸を避ける。避けながら両手の針を一斉に投げた。

 十本の針がカラス目掛けて放たれた。狙いは全身の末端部分、具体的には指先などの先端部と肘や膝等の関節。


「ちっ」


 カラスが舌打ちしながら、その場でしゃがみ込む。身体に貰う針を少しでも減らす為だ。


《カカっタナ! ワタシノかチダッッ》


 リュウは内心で勝利を確信した。最初から十本の針はあくまでも【足止め】に過ぎなかった。奴は最高の獲物だ、それにふさわしいのは……右の袖口から一本の針を取り出す。

 それはこれまでとは比較にならないほどにデカイ針。鉛筆位の直径に長さ。


《マサか、【トラゴロシ】ヲツかウトハナ》


 トラゴロシこと虎殺しはその名通りの虎などの獣を仕留める為の特注の針だ。これで急所を刺せば人間など一瞬で死に至るだろう。

 不意に背後で微かに金属音を聞いた気がしたが気にしない。獲物を殺す事に躊躇などしていられない。


 リュウが虎殺しをカラスに突き刺そうと間合いを詰めた、《あと五歩》勝利を確信し、虎殺しを振り上げたその瞬間だった。身体が熱くなった。ジーンという衝撃が走る。そして全身の力が抜けていく。何があったのが身体を見る……。


「バ、バかナッッ」


 腹部から血が滲んできた。どこからか銃弾を喰らっていた。

 リュウには一瞬、何が起きたのかが分からなかった。

 そして今、さっきの金属音が銃弾が跳ね返った音だと気付いた。所謂【跳弾】リフレクショットという技術だ。

 傷口を手で確認する。かなりの深手だ。だが、まだ動ける。そう判断しカラスに視線を向けた。


 カラスは針から身を守る為にしゃがみ込んでいた。それでも流石に全てを避ける事は出来なかった。針が三本刺さっていた。右の膝、左の手の甲に左肩だ。

 デリンジャーを持つ左手から力が抜ける。右膝には激痛が走った。どうやら立ち上がるのも一苦労だが、カラスにも意地がある。左膝に重心を置いて立ち上がる。右膝に激痛。ガクリと崩れそうになった。


 そのカラスの様子を見たリュウは自らの【勝利】を確信した。デリンジャーの弾は一発だけ。もう銃は使えない。奴に自分はもう止められない。

 腹部に左手を当て、残り五歩から速度を加速させた。虎殺しをやや後ろに引く。一気に突き刺す為に。あと四歩、三歩。


 針使いが間合いを詰めてくる。勝利を確信したのか顔がにやけてる。最初は能面のように無表情、無感情だった奴がにやけてる。感情を剥き出しにして殺しに来る。

 残り二歩、一歩。そして零歩!!!!


 カラスが血に染まった。膝に力が入らず崩れる。リュウがニヤリと満面の笑みを浮かべ《カッタ》と思った。

 だが、おかしな事に気付いた。虎殺しが奴に刺さっていない。刺さったとして血に染まるのが早いという事に。そして自分の全身から力が抜ける、というより【消えていく】。

 膝から崩れ、先に崩れていたカラスにもたれ掛かる。右手から微かな煙が上がっていた。

 ぼやけていく目が【純白】に装飾されたデリンジャーを捉えた。


「イッパツジャナイノカ……トンだウソツキダナオまエ…………」


 それだけ絞り出すと針使いは絶命した。


「分かってるだろ、殺しあいに綺麗も汚いもある訳がない」


 カラスは淡々と物言わぬ屍に言い放った。


 白と黒のデリンジャーがただ煙を吐いていた。

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