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イタチは笑う  作者: 足利義光
第五話
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暗器使い

「オイ、アンタ誰だ?」


 住人が思わず聞いている。この場にあまりにも似つかわしくない男が目の前にいたからだ。。


 全身をオーダーメイドのスーツで包み、靴もピカピカでまるで新品同様に磨かれている。身長は百七十センチ位で体重は七十キロ程だろうか、無表情で目にはサングラス。そこから彼が何を考えているのかを読み取るのはほぼ不可能だろう。


「オイ、ここを通るなら……」


 その住人が不幸だったのは、相手を黙らせる選択肢が【彼】には【殺す】という一択だけだったという事だ。


「…………」


 彼が何事も無いように住人を横切る。二、三歩程して力なく崩れ落ちなければ誰も住人が死んだ事には気付かったに違いない。


「て、てめえ何してん」

「ふざけるぅぇっ」


 【彼】が一歩ずつ歩みを進める毎にその場に次々と死体が増えていく…………。区画内に死と静寂が撒き散らされていっき、やがてに辺りが静寂に包まれた。


 ◆◆◆


「だからさ、アタシにもプロの泥棒としてのプライドがあるの」

「それはそうかもだけどこっちも困ってる。頼むから教えてよ」


 リスとウサギがさっきから言い合いをしているが正直、レベルが低い。このままでは埒があかないので、俺は少々強引な方法を実行すべきか考えていた。


 窓から外を見て妙な事に気付いた。辺りが静かすぎる。この区域はならず者の吹き溜まりのような場所だ。

 さっきまではよく聞こえてきた外の騒がしい声が全く聞こえて来ない。声だけではない。気配が無い。周りが【死んでいる】かのように静かだ……。


 全身が俺に警告していた。これは危険だと。身体が自然に動いた。何かが来る。


「お客様が来るぞ」


 俺の一言で二人は身を低くして待ち構える態勢になった。流石に危険にはある程度の耐性があるようだ。


 声とほぼ同時に窓を突き破って、何者かが家に侵入してきた。人数は二人。二人共に全身を黒のラバースーツを着用。ラバーマスクを付け、武器は共に右手にクロー(かぎ爪)。


 二人の侵入者は迷わずにリスとウサギへと向かっていく。どうやら俺には興味が無いようだ。


「何だよこのキモい奴等は!!」


 ウサギが怒鳴りながら迎え撃つ。リスも覚悟を決めたらしく構えた。


「シッ」


 ラバースーツは息を切るようにそれぞれにクローを一人が上段から、もう一人が下段から振るう。上段からをリスが両腕を交差させて、下段からはウサギが左足で止めた。

 続けてリスが下段の男に頭突き。ウサギが上段の男に右のミドルを喰らわせる。息が合っているのに感心した。ラバースーツがサッと距離を取る。


「で、誰の友達なのこの変態さんは?」


 ウサギがギョロリとカラスさんと俺を睨む。い、いや俺じゃないハズ。カラスさんに視線を向ける。カラスさんはこっちに視線を向けるとは思わなかったらしく、え? といった表情だ。


「シッ」


 ラバースーツが仕掛けてくる。

 今度は二人が前後に並ぶとこちらに向かってくる。ほぼ同じ体格の二人が並ぶと一人にしか見えない。何故かカラスさんの動きが止まっている。


「ちょっとゴメン」


 ウサギが俺の背中を踏み台にして高々とジャンプ。クルリと回転しながら、両足で浴びせ蹴りを放つ。不意を突かれたラバースーツ達がそれを喰らう。 一人が頭から床に倒れ、もう一人が後ろに倒れる。やっぱコイツは強い。



 カラスが動かなかったのは簡単だ。動けなかったのだ。

 微かに気配を感じた。目の前にいるラバースーツもなかなかの腕だが、【コイツ】は桁外れだ。自分が今、戦闘中で全神経が集中していなければまず気付けなかった。何を仕掛けてくるのかが気配が薄く、予測が付かないから動けなかったのだ。


《全神経を集中しろ、相手の気配を》


 自分にいい聞かせるように心の中で呟く。


 次の瞬間、カラスが窓を突き破る。突き破りながら迷わずベレッタの引き金を引く。そこには相手がいた。ベレッタから吐き出された弾丸は真っ直ぐに相手の額に向かっていく。普通なら間違いなく額を撃ち抜く弾丸を相手はかわした。

 瞬間、何かがキラリと光る。嫌な予感を感じたカラスが横にスウェーする。微かな痛みが走る。

 更にベレッタの引き金を連続で引くが、相手は最低限の身の捌きでかわす。再度キラリと光が見えた。左腕を顔の前に盾のように構える。左腕に激痛が走った。カラスは左腕を見て、激痛の正体に気付く。


「針使いか」


 カラスは武器の種類で相手が暗器使いだと理解した。


「……オモシロイ」


 相手が口を開く。片言というか抑揚の無い、不気味な印象の声だ。


 相手、針使いの【リュウ】は他人には分からないが、楽しめる相手に巡り会えた事を心底喜んでいた。

 オーダーメイドのスーツに磨かれた靴は、相手に自分の事を誤解させる為。サングラスは針の軌道を読ませない為に目線を隠す為の物。

 考えた上での偽装は相手を確実に初手で始末する為だった。それが目の前の相手には通用しなかった。

 子供の頃から教育された。暗殺の極意は【初手】で確実に相手を排除する事だと繰り返し叩き込まれ、その為に【感情】があっては駄目だと【心】を壊されもした。

 それでも時折、暗殺の時、相手に歯応えがあった場合は微かに気分が高揚する事があって、自分にはまだ感情があったと知る事が出来た。


 だが、目の前の相手は彼にこれ迄にない程の気分の高揚を与えていた。


《コイツを殺したい、殺したら自分はどんな気分を味わえるのか》


 リュウにとってこれは初めて味わえる至上の時だった。



《やれやれ、コイツはやりにくいな》


 カラスはリュウを見てそう感じた。気配から姿形まで全てを【暗殺】の為に特化させている相手。

 カラスは相手の感情や気配を冷静に読む事で相手を【征服】するように訓練された。相手を理解する事で後の先や先手を打つのが自分のスタイル。最後は【本能】で動くイタチなら、コイツとも問題なくやりあえるだろうが。


 再びリュウの指先がキラリと光る。今度は針を【観る】ことに集中してみる。針の速度、どの位自分の身体に入り込むのかをジッと観る。その為に敢えて避けずに針を受ける。

 チクリと僅かに痛みが走る。針が刺さったのは右の膝近く。力が抜ける感覚を感じた。


《まず、足を奪うか》


 続けてリュウの指先が光る。今度は左の足首にチクリと痛み。ガクリと力が抜け、立っていられなくなる。


 リュウは、カラスがあっさりと針を連続で受けたことに違和感を感じた。

 最初のニ手と比べて何かおかしい。急所狙いではギリギリで避けられると判断したからこそのニ手のハズだったのに。

 今、彼の目に映ったのは立つことも出来ずに膝をついたカラスの姿。

 最早仕留めるのは容易い。リュウがトドメを刺すために針を袖口から素早く取り出す。


「シネ」


 彼の目に映る相手はいつものつまらない獲物だった。

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