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イタチは笑う  作者: 足利義光
第五話
33/154

匂いの主を探して

《やれやれ、何回来ても慣れない場所だな》


 俺は電話の主と待ち合わせをしていた。場所は【アンダー】つまり、塔の街の地下だ。

 アンダーへの入口は無数にあり、ここへはバーの近くにあるマンホールから入った。


《臭いな、人数は……》


 さっきから、微かに気配を感じる。間違いなくアンダーの住人に監視されている。

 アンダーの住人は自分達の縄張りに仲間以外の余所者が立ち入るのを極度に嫌う。


「すまないね、待たせた」


 時間の感覚もおかしくなるような暗闇の中から知った声がする。ようやく相手が来たようだ。


「とりあえず、友達を下げてくれないか」

「分かってる、大丈夫だ。この人は敵じゃない。私の友達だ」


 その声に反応したのか、監視しついた気配がいなくなった。やはり奴の仲間だったようだ。


「さて、話をしようか。用件は何だい?」

「泥棒を探している」

「どんな奴なんだ?」

「顔はわからん、ただ花の匂いを漂わせていたらしい」


 情報が少ないので相手、通称【モグラ】は顎をこするような仕草で考えている。

 モグラは簡単に言うなら泥棒達の【顔役】だ。昔ながらの言い方をするなら【元締め】の一人でもある。身長は百五十センチ、体重は四十キロで年齢は確か五十三歳。

 【モグラ】という通り名の通り薄汚れた身なりをしてはいるが、肌つやは極めてよく爪はよく手入れをされているらしく、ツヤツヤしてる。


「何人か心当たりはあるよ。ただ……分かって欲しいんだけど」

「見返りに何が欲しいんだ?」

「見返りだなんて、ちょっとしたお願いがあるだけだよ」


 モグラが人の良さそうな笑顔を見せた。この笑顔だけ見る限りは善良そうな初老の男にしか見えない。

 だがこの男は油断ならない。見た目と言動で信用すればあっという間に寝首を掻かれる。そういうタイプの男だ。


「殺しは断る。」

「勿論さ、物騒な事じゃないよ。」


 モグラはニコニコと笑いながら一枚の封筒を俺に渡す。

 開封して中を見るとある男の顔写真と名前が書いてある。


「彼を探しているんだ。大事な用があるからね」

「……いいだろう。で」

「花の匂いをさせる同業者はそうはいない。当たり前だけど証拠は残さないのがプロの基本だからね。ただ発煙筒を使って匂いをごまかしてるなら一人だけいるよ」


 相変わらず喰えない奴だ。最初から誰を探しているかを知っていたに違いない。

 俺は【発煙筒】を使ってた事は伝えてはいないからだ。


「私達の間では【ウサギ】と呼んでいる。なかなかの美人だよ」


 ともう一つの封筒を俺に渡すと背を向けて去っていく。


「いいのか? アンタのお願いをしないかもしれないぞ?」

「アナタはそんな人じゃない。借りは作らないはずだ」


 ……ホントに喰えない奴だ。足音も立てずに姿を消した相手を見ながら改めて思った。



 ◆◆◆



「あいたた」


 翌日、俺は第九区域に来ていた。カラスさんとは一旦別行動だ。まだ少し頭が痛いが、昨日よりは大分マシだ。


 昨日、俺が寝ている内に情報を集めたらしくて今日、起きたらすぐに言われた。


「リス、今日はお前も出掛けるぞ」


 すぐに寝ぐせとかを直して歯磨きをしたあと、カラスさんの運転するジープに乗ってここまで来た。


 第九区域も第八区域と同じく境目にある区域で厳重に守られた【壁】と【門】で街と外を区切っている。ちなみに第八区域が北の境目で第八区域が南の境目だ。


 カラスさんは第九区域に着くとすぐにジープを停めて、俺に地図を渡した。地図を広げるとこの辺りの広域地図で、その中の一区画に赤マジックでグルリと囲まれており、カラスさんがその区画を指差すと「お前にここを調べてもらう」と言った。


「カラスさんは?」

「俺は近くで別の用事がある、とりあえずここの区画に行ってくれ。なるべく早く合流する」


 そう言うとカラスさんは市場のある方角へと歩いていった。

 俺は、言われた通りに地図を見ながら歩き出した。


 その区画には一時間位かかって到着した。軽く辺り一帯を見回すと昼間だというのに人気が全然ない。人が住んでいるような雰囲気では無い。


 とりあえずただ待つのも嫌なので区画内に足を運んでみる。外周、つまり外側の住居は確かに廃墟らしく人が住んでいる様子はどれも無いが、内側に近づくにつれ人が住んでいる形跡が出てきた。

 ただし、明らかに治安が良いとは言えない。昼間から上半身裸の老人が虚ろな目をして座り込んでいたり、隣人同士で取っ組み合いをしていたりと今の所、マトモな一般人には出会わない。


「兄さん見ない顔だな、ここは初めてだろ? おれが案内してやるよ」


 いかにもなヤンチャそうなお兄さん方二人が俺の前方を塞いだ。

 ……以前も思ったが数ヶ月前の自分を見ているようで複雑な気分になる。

 大体何を言うかも予測出来るので先手を打っておこう。


「案内してやるから金を出せよ! だろ兄さん達よぉ」

「分かってるじゃねぇかじゃ……あっ!」


 言い終わる前に先手を打って体格のいい方の兄さんの足を思いきり踏みつける。兄さんが呻きながらその場で崩れた。

 こんな事もあろうかと最近はゴツい軍用ブーツを履いている。これはイタチさんの影響だ。


「何しやがるてめえ」


 もう一人が殴りかかってくる。動きが大振りなので素早く懐に入る。腕を掴むとそのまま勢いを利用し腰投げで投げた。

 我ながら綺麗に決まった。



《いいかリス、技ってのは頭じゃ使えない、つまり何度も喰らって覚えるんだ♪》


 脳裏に楽しそうに俺を投げて笑っていたイタチさんの顔が浮かぶ。

 ……アレは痛かった。けど今確かに役に立ってる実感はある。


 向こうには投げられた際に受け身をとれずに悶絶している兄さん。目の前には足を踏まれて呻いている体格のいい兄さん。


「てめえ、ただで」

「済むと思うなよだろ」


 俺はもう一方の足も踏みつけてから頭突きを顔面に喰らわす。あっさり気絶した。


《いいか、体格の差があっても問題はない。オレが言うから間違いない。べ、別にオレがチビとかじゃないからな》


 イタチさんが実際に俺を連れて【実践】していた。

 相手は二メートルはあるような大男だったが男の急所に一撃。顔が下がった所に頭突きを鼻柱に喰らわせて失神させた。


《相手がデカイなら逆に顔面は急所になる。オレらみたいに背の低い奴は顔面は慣れてるが、デカイ奴等は慣れてないからな》


 自慢気に語るイタチさん。チビって言ってるよこの人。でも確かに。目の前の光景に納得した。



 二人があっという間に蹴散らされたのを見ていたのか、周囲の空気が変わった。何人かが飛び出てくる。どうも二人のお友達みたいだ。


「やりやがったな」

「ふざけやがって!」


 人数は三人。二人がバットを握っていて、一人は鉄パイプ。殴られたら痛そうだ。負ける気はしないけど面倒になったなぁと考えていると……


「アンタら止めときな。ムダだから」


 威勢のいい声が飛んできたので、全員が声に反応して振り向く。

 俺も三人もその声の主を見る。スタスタと歩いてくるのは一人の少女。身長は百五十センチ位、髪は明るめの茶色でショートカット。服装はTシャツに所謂ホットパンツ。足元はサンダル。

 思わず全員がむき出しの脚線美に見とれて無言になる。


「…………はっ、邪魔すんなよ」


 三人組の一人が我に帰ったのを機に俺も含めた全員が我に帰る。


「そうだ。女の出る幕じゃねぇよ」

「足はいいけど」


 思わず本音が漏れてるが、まぁ仕方ない。俺も見とれてたし。


 少女がさらに近付いてくる。三人組を通り越してリスへとゆっくりと歩いてくる。


「おい無視かよ」

「暇ならオレらが相手してやるよ」


 下品な言葉をかける三人組の方に向き直る少女。一瞬、期待する表情になる三人。


「しっ」


 三人とも彼女が放った回し蹴りで一掃された。油断しまくっていた三人はまともに喰らって倒された。


「これでアンタ一人」

「ち、ちょっと待て」


 俺は慌てて声をかけたが、少女は聞く耳を持たずに向かってくる。ヤバそう思った俺は、とっさにその場から退いた。

 そこに勢いよく右の前蹴りが刺さるように飛んできた。危なかった。


「よせ、俺は闘う気はない」


 本音だ。女の子とやりあう気にはならない。


「アンタ結構やるじゃんか、意外とアタシの好みだし、でもさぁ」


 いいながら左足が足元を払いに来る。俺は足払いに対応して後退しようとした。瞬間、左足が急にいきなり鋭角に上昇してローからミドルに変化した。まともに喰らい、思わず姿勢が崩れた。


「やっぱアタシの方がさぁ……」


 右足が頭上から降り下ろされた。鈍器で殴られたような衝撃だった。


「……強いんだよね♪」


 気を失う瞬間ニカッと笑う彼女から微かに花の匂いがした。


 ◆◆◆


「い、いててて」


 目が覚めると頭がジンジンと響くように痛い。また二日酔いみたいな感じだ。

 ぼんやりと天井を見るが見覚えはない。


 軽く呻きながら頭を起こして今の自分のいる場所を確認してみると、部屋の中はひどく殺風景。とりあえず自分が寝ているベッド以外には家財道具らしい物は見当たらない。

 かろうじて目の前にチョコンと申し訳程度にある小さなテーブルには、皿に乗せられたかなり覚めた感じのトーストと水の入ったグラス。メモ書きがあり読む。「とりあえず食え」と殴り書きしてある。

 いつから置いてあるのか分からないので一瞬迷ったが、胃袋は正直に鳴いていたので食欲には抗えずに食べる事にした。 意外と美味くて無我夢中で一気に食べてしまった。腕時計を見ると時間は夕方の五時。どうやら三時間位寝ていた様だ。


「いてててっ」


 ゆっくりとベッドから離れて、殺風景な部屋を出ようとすると声が聞こえてきた。



「離せよ、デカブツが。チクショウ、どうするつもりだ」


 彼女の声が聞こえてきた。ヤバそうな奴に捕まったのかもしれない。俺は思わず部屋を飛び出して、外に出た。勝てるか勝てないかじゃない。トーストの恩返しだ。


「やめろっ、彼女を離せッッ」


 視線を向けるとそこにいたのは、ジタバタと宙に浮いている彼女と彼女を捕まえているカラスさんだった。


「お、お前か。アタシを助けろ」

「……………」

「オイ、アタシはか弱い女の子なんだぜ早く」

「カラスさん、何してるんですか?」


 思わず呆れ気味に声が出た。カラスさんも気付いたらしく、こちらに顔を向けた。


「リス、ここにいたか。いやお前を探していたら急に襲われてな……見ての通りだ」


 若干困惑した表情をみせた。


「お前、知り合いならアタシを離すように言えよな」


 ジタバタしながら叫ぶ彼女。声に反応して近所の住人が集まりだしてカラスさんが更に困った表情をしている。


「カラスさん、とりあえず彼女です」

「ん? お前のか」

「あ、アタシは付き合った覚えなんかないッッ」

「いや、彼女が【ウサギ】です」


 ◆◆◆


「何だよ、アタシに用があったならそう言えばいいのによ」

「問答無用で襲い掛かってきただろ」

「あ〜わりぃ」


 しばらくして彼女ことウサギの家にカラスさんと俺はお邪魔していた。

 話してみると意外といい奴みたいで、警戒心は薄れた。言葉遣いが男みたいでガサツだが。


「で、あんたら何でアタシを探しているんだ? 仕事なら今日はしないぜ」


 泥棒という仕事に悪びれる様子はないようで堂々としている。

 カラスさんが質問を始めた。


「お前に聞きたい事があって探していた」

「ちょい待ち。アタシがウサギってのは知ってるみてぇだけど、あんたらは誰か知らない。フェアじゃないと思うぜ」


 言われてみるともっともなので俺もカラスさんも名乗った。


「カラスにリスねぇ」


 そう言いながら値踏みするような視線が痛い。


「別にお前がどう思おうが俺には関係無い。質問に答えろ」


 カラスさんは相手が誰でも冷静だ。ウサギもカラスさんには流石に一目置いている様だ。


「カラスだっけ? いかにもアンタは殺し屋って感じね。ま、いいわ何を聞きたいの?」

「昨日の夜中に倉庫で盗みがあった。手口を調べるとお前が犯人らしい。覚えはあるか?」

「…………」


 気まずい間がその場を包んだ。睨み付けるような視線を向けるカラス。その視線を真っ直ぐ睨みかえすウサギ。

 困ったのはリスだ。瞬時に殺伐とした空気になってしまった。こういう空気には今も昔も慣れない。

 二人を見比べると、カラスは場合によっては強硬手段も辞さない雰囲気を漂わせ、ウサギは睨み返しているものの、徐々に威圧に飲まれそうになっている。



「ウサギ、早く話せばカラスさんも何もしない。ホントの事を話せよ」


 リスは思わず口を開いていた。


 二人がほぼ同時にこの場にいた第三者に振り向いた。いるのを忘れていたかのような表情をしていたのが少しショックだったが、効果はあったらしい。


「……確かに盗んだよ。ついでにリス、アンタにも謝るよ。仕事の方じゃなくて、さっきの、そのさぁ」


 いいかけて下を向く。

 何だか意外な言葉がでかけた。どうも恥ずかしがり屋みたいだ。


「いいよ。もう気にしてないから」


 俺も何だか恥ずかしくなった。


「痛くないのか?」

「めちゃ頭痛いぜ」

「ゴメンな」

「いいよ」


 ◆◆◆


 …………何だ。この甘ったるい空気は。俺には耐えられん。だが、リスとウサギがいつの間にか作り出した空気に俺が踏み込む隙間が見当たらない。俺にはよく分からないが、二人は親しくなったようだ。



《あ〜〜イタチだ。出番ではないが説明しよう。カラス兄さんは荒事にはバカみたいに強いが、恋愛とかには物凄く疎い。……ていうかウブなのだ。意外とだろ、ん? オレか? うん、じゃあまたいつか話す……説明終わり》



「で、何で盗んだ?」


 空気が元に戻った。カラスは思わず一息ついていた。ウサギはリスをじっと見つめると口を開く。


「依頼されたのさ」

「誰にだ?」

「依頼人についてゲロしたらアタシの評判に傷がつく、プロの泥棒としてそれは出来ないよ。アンタに聞かれてもね」


 というとウサギは再度下を向いた。話す気は無いらしい。


 どうやら長引くかもな。そう俺が考えていた丁度その時。この区画に【別のお客】が足を踏み入れたのを俺やリスはまだ知らなかった。

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