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イタチは笑う  作者: 足利義光
第五話
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第五話 カラスは昼間から酒を飲む

 今回は、カラスとリスに焦点を当てようと思います。

《やれやれ、イタチの奴がいないとこの店は静かなもんだな。》


 カラスはグラスを磨きながら、いつもとは違う店の雰囲気に少々戸惑っていた。

 イタチとお嬢の二人がいないとペースが狂う気がする。


「カラスさん、買い出し終わりましたぁ」


 そこにリスが両手に食材をドッサリとエコバッグに詰めて帰ってきた。


「おう、お疲れ」

「よっいしょっ」


 リスが食材入りのエコバッグをカウンターに置く。


《リスの奴は真面目でイタチと違ってよく働いてくれるから楽なんだがな。俺もヤキが回ったか》


「カラスさん、次は何しますか?」

「お、じゃあ店の前の……」


 カラスがいいかけた時にカラランとバーのドアが開く音がした。客のようだが、まだ開店前だ。

 二人には誰が来たのが分かった。


「邪魔するぞ」


 全身黒で統一したいつもの服装のクロイヌが入ってきた。

 カツカツカツと独特の足音もいつも通りだ。



「邪魔だぞ、……今度にしろ」

「まぁ、そう毒づくな。今日は土産を持ってきた」


 クロイヌがカウンターに置いたのは一本のスコッチ。ラベルを見ると、ニ十年物だ。



「随分といい物だな」

「コイツがあと十本あるがどうだ? 欲しくはないか?」


 と言いながらクロイヌは葉巻に火を付ける。


《どうやら長い話になりそうだな》


 カラスはそう判断すると棚からグラスを二つ取り出す。スコッチの栓を開けて、グラスに注いでいく。


 グラスはクリスタルグラス。このままストレートで飲むのが風味を楽しむ上で一番だ。


 二人はグラスを合わせてしばし無言でスコッチの味わいを楽しむ。



「いいな。やはりニ十年物のようだ」

「何だ疑ってたのか?」

「お前が騙される可能性もあるんだからな」

「俺を……いや、組織を騙そうとする奴はそうはいないさ」



 談笑する二人の世界に全く入る余地の無いリスは店の外に出ていた。


 気が付けば組織の幹部であるクロイヌにも慣れた。あちらからも当初は品定めするように見られたが、今は特に何をするでもなく一瞥する位だ。

 慣れとは怖いと思いつつも組織の幹部と普通にしゃべるイタチはやっぱり普通では無いと思うし、ましてや酒を酌み交わしてるカラスを見てると凄いとか言えるレベルでは無いと思えた。



 実際、この【バー】で働くようになってからこれ迄自分が知っていた世界が実際には違う物だと知る機会が増えた。


 第十区域、または第零区域ともいわれるここはそれまで一番治安の悪い最悪の区域スラムだと聞かされていたが、いざ来てみたらそこまで治安が悪い訳では無かった。(とは言え、治安がいい訳ではない)


 この区域の繁華街にはたくさんの店が建ち並び、活気に溢れた通りには大勢の人々が行き交い、たくさんの金が動く。


 イタチ曰く、ここに活気があるのは組織の支配に反発するだけ人々がたくさんいるからだそうだ。多数派に反発する少数派がここに集まってるとも言っていた。


 組織も当初は締め付けを厳しくしていて、それでこの区域を最悪の場所と宣伝していたが、クロイヌは締め付けより、緩やかな【共存】により、この区域から多額の金を組織に集める事に成功した。これにより幹部になったそうだ。


 このバーも特殊だ。カラスやイタチは堅気とは到底いえない。オーナーであるレイコも普通の人とは思えない雰囲気がある。


 バーはかなり繁盛している。区域内外問わずお客は来る。様々なお客が来るのでトラブルも起きそうなモノだが、あまりトラブルが起きた事は無い。


 そう言えば以前、こんな事があった。


「何だとこの野郎」

「もう一回言ってやるよてめえみてぇなしけたツラをしたのがいたら酒が不味くなるんだよ」


 客同士の喧嘩が始まったようだ。


 キッカケは大した事のない些細な話らしく、周囲の客もやれやれといった表情だ。

 一人は三十代のジーパンに白いシャツでもう一人はニ十代、こちらはストリート系のヤンチャそうな男だ。


 二人ともこのバーに来るのは初めてらしく周囲の客はこの後に起きる事に大体の予測が出来ているのも二人をとめようとしない理由だ。


「酒が不味くなったのはこっちの方だこの野郎」


 激怒したストリート系が白シャツジーパンにグラスの酒をひっかけた。


「てめえ、上等だ」


 白シャツジーパンも激昂して殴りかかろうとする。


 ヤバイ。リスがとめに入るかどうか迷っていると、カラスがイタチに目配せしていた。

 イタチは頷くと迷わず二人の間に割っていく。


「すみませんお客さん、騒ぎは困ります」


 イタチが仲裁の言葉をかける。ふとリスは違和感を感じた。言葉とは裏腹にイタチが何処か楽しげな表情をしていたからだ。


「うるせぇ、ウェイターは引っ込んでろ」


 と白シャツジーパン。


「そうだ、これはオレらの問題だ」


 それにストリート系が同調する。


《うん? 変だぞ》


 とリスが感じた。白シャツジーパンとストリートがあまりに息が合っていたからだ。


「てめえ、オレらは客だぞ」

「金を払ってやるんだから文句言うんじゃねぇ」


 二人がまた同調したようにイタチに食って掛かる。イタチは相変わらず何処かワクワクした表情のまま。


《まただ》


 リスが二人に違和感を強める。ふとイタチと視線が合うと指でカウンターを差している。

 リスがそちらに視線を向ける。


 店内には十五人位のお客がいる。二人は喧嘩をしていて、残りは十三人。


 大体のお客は喧嘩に視線を向けているが、カウンターに座っている二人組は店内のど真ん中にはさほど興味を向けずに、少し妙な感じだ。


「困ります、他のお客さんに迷惑がかかりますから」


 店内のど真ん中では相変わらずのやり取りが続き、その一方でカウンターの二人組が席から立ちあがる。

 腰に手を当てていて、ゆっくりと何かを抜いている。リスはそれがナイフだと気付くと慌ててカウンターへ走る。


「オイ、金を出……」


 二人組がカラスに脅しの言葉をかけながらナイフを突き付けようとした。

 瞬時に一人がカラスに顔面に拳を貰う。もう一人はナイフを持つ手を手刀で叩き落とされ、逃げようとした所をリスが後ろから飛び掛かり押さえた。


「ちっ」


 イタチとやり取りしていた二人組が逃げようとした瞬間、イタチに同時に顔面に鉄槌を喰らい倒れた。顔を押さえて悶絶する二人組を見て満面の笑みをイタチは浮かべていた。



 後で分かったが四人組は最近、スラムで強盗をしていた連中だった。


 手口は二人が店内で目立つように喧嘩等の騒ぎを起こして客や店員の気を引き、残った二人がナイフで店長などを脅して金を奪うという物だ。

 彼等にとって不幸だったのは、第十区域に来て最初の標的がこのバーだった事だ。


 他のお客は騒ぎにも大して動揺せずにすぐにまた食事や酒を楽しみだした。


 イタチにどういう訳かを聞くとここの常連客は大体それなりの悪党らしい。

 彼等が大人しいのはここで暴れたりしたら【災難】に合うのを知ってるから。

 逆に言うならここにいればカラスなり自分なりが揉め事を納めるので【安全】だともいえ、ここで色々と話し合いなどをするらしい。

 安全の見返りにカラスは【色々な情報】を得る事もあるらしく、組織からもクロイヌ経由で【情報】が集まるので様々な依頼が入ったりする。


 今ではバーはこの地域の情報中枢とも言えるので手出しをする奴は基本的にはいない。ということらしい。



 でも俺も少しは役に立ちたいよなぁ、と言うのが最近のリスの本音だ。


「これでも第六区域じゃちょっとは名の知れた悪党だったんだけどな」


 つい数ヶ月前は地元で色々な悪さに関わって来たのが遠い昔のように感じる。


 後悔はない。ここに来てから様々な事を知ったし、今じゃ友達も出来た。バーの店員というだけで頼りにされたりというのも誇らしい。


「俺もそのうちに役に立ちたいよなぁ」


 リスがいつものようにぼやいていた。



 カラカランとドアが開く音。独特のカツカツカツという足音が小さくなっていく。クロイヌが帰ったようだ。

 リスが店内に戻ると少し間を置いてからカラスが話しかけてきた。


「お前に頼みたい事がある」


《俺にとって初めての夜のバイトはこうして始まった》

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