四日目から五日目 かくして悲劇は起きた
ユルい話はとりあえず今回で一旦終わり。
「おらおら、あのオヤジはどこにいるんだよ」
着くのが少し遅かったみたい。旅館の入口には既にヤクザさん達が来ていて、一番後ろにはこの前の組長さんがいた。スーツはこの前とはまた別のに変わってる。
ざっと状況確認をしてみると、人数は組長さんをいれて七人。組長さん以外はこの前見かけなかったから、多分援軍なんだと思う。服装は五人が緑色のツナギで一人が灰色のスーツ姿。
イタチ君が相手をしてた人達が山の中をスーツ姿で、旅館の前にいるのがツナギ姿って逆にした方がいいと思う。
「止めて下さい、何度来られてもここは売るつもりありません」
おばさんが出てきた。ヤクザさん達が凄んではみるが、おばさんは怯むことなく対応している。少し安心した。
「なぁ、女将さんよ。ワシらも鬼じゃない。大人しく判子を押してくれたら金は払う。あんたらは金を、ワシはここを手にいれてお互いにウインウインって奴や」
組長さんがプカプカとタバコの煙を吐き出しながら言う。
「レイコちゃん、私が行くよ。後は好きにするといい」
吾朗おじさんが私の頭に軽く手を置くと茂みから出ていこうとする。
私はおじさんの服の袖を掴むと引き留める。
「おじさん待って」
「レイコちゃん、しかし私が行かないと」
「私に考えがあるわ」
◆◆◆
「あーあ、このやり取りにも飽きたな」
長々と続く組長と女将さんの会話は平行線を辿り、護衛していた組員達にも緊張感が足りなくなっていた。
「だから、何でここが欲しいんですか?」
「わからん人だな、ここは人がなかなか来ない辺鄙な場所だ。辺鄙な場所だからポリ公も来ない。ここを裏のカジノ場にしたら銭が入るんや。分かったか強情っぱり」
「あーあ、言ったらアカンよ今のはさ」
「組長は単純だからな」
「まぁ、ボチボチ山の中で火事が起きるだろうしそしたらケリもつくな」
すっかり気の緩んだ組員達が適当に周囲を見ている。一番下っ端のケンジが茂みの向こうからガザガサと音がするのに気付く。
「オイ、誰や」
ケンジが茂みに飛び込む。
「ご、ごめんなさい」
ケンジの目に止まったのは年は二十歳位の女性だった。かなりの美人でどうやら登山をしていたように見える。
「ここで何してる?」
「わ、私この辺りの山道を歩いていたんですけど途中で道が分からなくなって……良かった。人がいて」
女性は心から安心したような声をケンジにかけると手を握りホッとした笑顔を浮かべた。
「そ、そうか。そりゃ良かったな」
ケンジも美人に手を握られて満更でもない表情になる。
《あ〜〜〜いいか。美人に手を握られて嬉しくない男はいない。これは真理だ》 BYイタチ
「ケンジ、何してるんや。便所か」
「あ、スンマせん。ちょっと道に迷った女が」
「お、何だいい女じゃねぇかよ」
ケンジが連れてきた女性を見て退屈していた組員達が群がるように集まってきた。
「ちょ、何だか怖いわ」
「気にすんなよ、オレらが面倒見てやるからよ」
怖がる女性を見て下品な想像が浮かんだらしくニヤニヤと笑う組員達。
「何だ、アイツらサボってるのか?」
組長がいつの間にか自分の護衛役の組員達が向こうに集まっているのを見つけた。
《あのアホ共が。ま、えぇわ。ここの主人は女将を人質にすれば何とでもなる。山の中の連中が邪魔くさい森を焼いて近道を用意してから、カジノ場を作ったら銭が集まるようになる。銭はいつの世も力や、いずれは塔の街にも進出してやるでぇ》
そう思うと笑みを抑えることが出来ない。
「お前ら、何をサボってるんじゃ」
組長が怒鳴ると傍にいた灰色のスーツの若頭を首で促す。若頭は頷くと組員達の元に走る。
数秒程して若頭から返事が来た。
「組長。ケンジの奴が道に迷った登山者の女を見つけたらしいです。」
そう若頭が大声で叫んだ。
「女?」
「若い女で結構な美人ですよ」
「連れてこいや」
退屈しのぎにはなりそうだ。そう考えて若頭とケンジに連れてこさせる。
「女将さん、悪い事は言わん。ワシらの言うことを聞かんなら痛い目に合う。見とくとえぇわ」
多少荒っぽいが脅しを入れる事にしよう。そしたら女将も怖じ気づくだろう。そう考えた。ただ女将が全く動揺してないのが少しだけ気にはなった。
◆◆◆
二人が女性を連れてきた。顔がよく見えない。だが何となく上品な雰囲気がする。
組長がニヤニヤと笑みを浮かべながら喋りかける。組員達同様に下品な想像をしているらしいのが表情に表れていた。
「嬢ちゃん、面を見せてくれんか?」
「…………イヤ」
「あ? なんやて。」
「イヤです」
「ハハハ。嬢ちゃん、ヤクザもんを舐めたらあかんぞ。ケンジぃ」
組長がケンジに女性の顔を見せるように促す。 掴みかかろうと手を伸ばすと、
「あだだだっ」
ケンジが呻き声を上げる。女性がケンジの手首を捻りながらねじ伏せた。
「な、何さらすんじゃ」
「うっさいジジイ。アンタまだ懲りてないのね」
組長は女性の声に聞き覚えがあった。身体がビクッ、と震えた。
「だ、誰やお前?」
「嫌だわ、この前はあんなにイ・イ・コトしたのにぃ」
と言いながら顔を上げる。その顔を見た組長の表情が一気に青ざめた。今にも卒倒しそうな気分だ。
「やっほ。おひさー」
「お、お前ら、こいつをやっちまえ」
組長が恐慌をきたしそうになりながら叫んだ。
レイコは全く動揺せずに軽く手招きしながら
「はいはい、遊んであげるわ。精一杯来な」
と余裕綽々にいい放った。
組長がそれに対して叫ぶ。
「えぇか、ありゃあ女と思うな、本気でぶち殺せ!!!」
……やれやれ。私はニッコリ笑うとまずケンジって奴の顔面に膝を喰らわせる。続いて近くにいた若頭の喉元に右の手刀を入れる。
逃げようとした組長のコートの袖を掴み、引き寄せる。引き寄せた所で足払い、地面に転がす。
「このアマ」
「手加減しねぇぞ」
とかいいながら雑魚ヤクザさん達が向かってきた、人数は四人。
私はまず喉を押さえる若頭の襟口を掴むと大外刈。地面に叩きつけた。
続いて向かってくる四人。全員素手みたいだが油断は禁物。まず一人目は顔面を殴ろうと右の拳を振りかぶる。左手で受ける。
受け流しながら右手で手首を掴む。掴んだ手首を極めながら、くるりと回転するとしゃがみこむように重心を落として投げる。相手の顔面に肘で追い打ち。一人目終わりっ。
二人目が私の背中めがけ蹴りを放つ。私は回転しながら右肘打ちを蹴りに合わせる。さらに右手で軸足を刈り転倒させる。二人目。
三人目と四人目はほぼ同時。私は素早く立ち上がる。三人目の方に一歩踏み込む。左手の付け根を顎に当てるとそのまま前に踏み出して重心を移動。そのまま後ろに飛ばす。
四人目が空手の正拳突きを放つ。私は左足を踏み込みつつかわし、左手刀を喉元に、右手刀は脇腹に当てると身体の重心を前にかけて投げる。
「ば、馬鹿な」
組長のジジイが喚く。多分、この前の連中よりは強かったんだろうけどやっぱ雑魚だった。
「ハイハイ、アンタは特別丁寧に料理してあげるからね♪」
ニヤリと笑う私。この瞬間が楽しいのよね。勝ち誇った顔が崩れる瞬間が。
「ば、来るな」
組長がポケットから拳銃を取り出す。
「な、舐めやがってヤクザもん舐めるなクソア…………っ」
イチイチ言わせるのも嫌だし、引き金引くまで待つのもお断りだ。
先制あるのみ。私は組長めがけてジャンプ。まず拳銃(多分マカロフ)を持つ右手に左手刀を叩き込む。ほぼ同時に右手刀で鼻っ柱に一撃。綺麗に入った。
「あぎゃあぁっ」
組長は拳銃を落として倒れ込む。鼻柱にヒビくらいは入っただろうから痛いだろうな。自業自得だけどね〜〜。
「ハイハイまだまだよ」
といいながら私は拳銃を奪うと素早く分解しておく。
だって銃は嫌いだからね。
「アンタ何なんだ」
組長が喚くが無視。起き上がった若頭さんが逃げようとするかもだし。
喉を押さえていた若頭さんも狙われてると気付くと逃げずに立ち向かうつもりらしくナイフを取り出す。
意気込みは買おうかな。意味は無いけどね。
若頭は右手でナイフを切りつけてくる。分解した銃のフレームを右手に投げつける。ナイフが落ちる。ほらね、意味が無かった。
慌てる若頭さんには左手刀を改めてプレゼント。綺麗に首筋に入ったのでアッサリと気絶した。
「レイコちゃん」
女将さんの声で振り返ると、組長が逃げ出していた。やれやれ無駄に体力使っちゃって。追いかけようかと思ったけどやめた。だって相手ならいるし。とっても怖い怖い狩人さんがね。
◆◆◆
「ぜは、ぜっ」
組長が息も絶え絶えに走る。こんなに走るのはいつ以来だろうか。
《い、今は逃げんとアカン。あのバケモン女はもう懲り懲りや》
組長が後ろを振り返る、バケモン女は追いかけてこない。なら逃げれる。僅かに希望が湧いた瞬間だった。
シュンという風を切るような音。目の前を矢が通過した。
「組長さんよ、逃げたら駄目でしょ」
茂みから吾朗が出てきた。手には弓矢。迷わずに狙いを組長に向けた。
「や、やめてくれ」
腰が抜けたらしくへたりこむ組長。吾朗は酷薄な笑みを浮かべ、いい放つ。
「アンタには死んでもらうよ、二度と来ないように」
というと矢を放った。恐怖で組長は口から泡を吹いて気絶した。
矢は組長の股間の直前に刺さった。見てたら失禁ものだろう。
「流石、吾朗おじさん。いい腕だね」
レイコが吾朗に近付きながら、倒れるヤクザ達を気絶させていく。
「レイコちゃんも相変わらず強いなぁ」
吾朗も歩きながら近くのヤクザ達に蹴りを入れていく。確実に意識を奪う。
「これで、全員かな」
「多分ね、あとはイタチ君だけ」
気絶させた連中を一ヶ所に集め、イタチを待つ二人。
女将さんは、
「じゃあ夕飯の仕込みしますね」
と引っ込んでいった。さっきもまったく動じてなかったし、ある意味凄いと私は思う。
◆◆◆
「ヤバイヤバイ。」
オレは旅館に向かい走る。レイコさんは強いから間違いなくヤクザさんは返り討ちに合う。それはいい。問題はその後だ。急がなきゃ。【お楽しみ】を見逃しちまう。
「イタチ君、遅い」
「ハハハ、お帰り」
オレが旅館に到着すると二人が待っていた。ヤクザさん達は全員気絶していて、縛られている。……組長以外は。
「オーナー、組長は?」
「ジジイなら、あそこ」
オレは指差す方向を見る。デカイ木にくくりつけられた組長がいた。まだ気絶しているらしく、微動だにしない。
「……あの、オーナー」
予想はつくが一応、聞いてみる。
「何かしらイタチ君♪」
レイコさんがオモチャを見つけた子供みたいにはしゃいでいる。
《哀れなり、組長》
心の中でそう同情した。チーン。
末路は言わなくても察してくれ。絶叫する組長めがけて矢が飛んでいった。股間の間や、頭の真横ギリギリに矢が突き刺さったり、挙げ句には、木にくくりつけれて、失禁した写真をパシャリとされたなんてオレの口からは言えない。
夕方になり、ヤクザさん達は解放された。
組長は意味不明な言葉をブツブツ言ってたり、組員達は組長へのレイコさんの遊びを見て、心底震え上がったらしく、目を合わせようともしなかった。
吾朗さんも、自慢の弓矢の腕を惜しみ無く披露していて、空中に投げたリンゴに矢を命中させたり、指定した木の枝を落としたりとしていて、最後には。
「またここに来たら今度はお前らを的にする」
と笑顔で言われて何人かがこれまた失禁していた。
彼等もまた二度と来ないだろう。いと哀れなり。
◆◆◆
「お疲れ様」
「乾杯」
その日の夕飯は吾朗おじさんが仕留めた猪肉を使ってボタン鍋となった。
「いや、二人共つよいなぁ、おじさん全然出番無かったよハハハ。」
「ね? イタチ君も意外とやるでしょ、私なんかゼンゼン弱いからギリギリよ。ギャハハ」
「な、らにをいっでるんすか、女武蔵めがぁ」
と…………まぁ、すっかり酔っ払った訳だ。吾朗さんが次々とお酒を継ぎそれをオーナーがぐびぐびと飲む呑む。ドンドンテンションが可笑しくなるオーナーが、
「イタチぃ、あたいの酒が飲めねぇのかコラァ、キャハハハッ」
てな具合で付き合わされてる内にオレもまた呂律が回らなくなり、すっかり酔っ払った。
「イタチ、ちょっと来いやぁ」
「へいへーい、いぐよいぎまずよぉ」
「二人共、大丈夫か?」
「大丈夫大丈夫だろぉ」
「そうれすよ、オレら何どもないろ」
「大丈夫かな」
「まぁ、いいじゃない」
「そうだな」
◆◆◆
「あ、頭痛い」
オレは物凄く頭が痛いのを実感する。間違いなく二日酔いだ。
ここはどこだろ?と見回すと、浴場の脱衣室だとすぐにわかる。
「あれ? ま、いっか」
折角なのでそのまま浴衣を脱ぎ、フラフラとした足取りでがらがらと引き戸を開く。
《ん? 何かいる……アレは………はうっ。》
「………………!」
思考がフリーズした。オレの目に止まったのは丁度、冷泉から上がるレイコさん。勿論、オレもあっちもすっぽんぽん。で、こちらはブランブラン。あっちはプルプルンだ。
《待て待て、これは夢だ夢に違いない。》
顔をつねる。痛い。現実だ…………。 待て、何でこうなった思い出せオレ。頭の中で冷静に記憶を引っ張り出す。
《うぉーいイタチぃ、アタシは気持ちよくなったぜぇ》
《オデもっすよ、レイコさぁん》
《あんだとぉ? まぁいいやキャハハハッ》
《ですよねぇ、ハハハ》
《よっしゃ風呂に入るぞイタチぃ、ついてこいやぁ》
《うぇーい。風呂ら風呂らぁ》
《んじゃ、アタシが先にはいるぜぇ〜〜》
《うぇーい、わかりまちだぁ》
あ……、一瞬でここまでの会話と流れを思い出した。
信じられない程の高速演算を脳がこなしたのに驚きつつ、自分が【絶体絶命】という事を自覚する。
あ、レイコさんがこちらに近付いてくる。 オレの脳裏に今までのことが高速でフラッシュバックされていく。
これは……走馬灯なのか? やっぱりこれからオレは死ぬのか?
なぁ、みんなならどうする? どうやって生き延びるよ? ……オレか? オレはこう言ったのさ。
「あれ〜〜オーナーじゃねぅがよ、うぇーい」
「てめえ、生きて帰れると思うなぁッッッッ」
あとは想像に任せるぜ。参考までにオレがは帰るまでの予定が数日延びたとだけ伝えとく。じゃあ、あばよ。
「星になっちまぇぇっ」
「あげばはぁぁっ」
凄まじい怒声と断末魔が浴場によ〜く響いた。
酒は飲んでも呑まれるな。これはまさに名言だと言えよう。
第五話はシリアスにする予定です。




