四日目 筋モノさん達再び
「ぷは〜〜〜ッッ」
何だかんだで温泉に浸かること三回目。重かった身体が軽く感じるし、体調が良くなってる。ここに来て良かったとオレは心から思っていた。
塔の街とは違い、山奥にあるこの平屋建ての温泉旅館は知る人ぞ知る隠し湯らしい。
吾朗さん夫妻はこの旅館を先代である老人から譲り受けたそうで、この場所に来たのは元々は吾朗さんのケガの治療がきっかけだったそうだ。
こんな場所に住んでいて、お客もたくさん来るわけでは無いのだが、やっていけてるのはここに泊まる客が基本的に数日単位で泊まるのと、料金が少し高めだからと女将がいっていた。
「イタチ君ゴメンね」
レイコさんが謝るので何の事かと思ったが、実は行きに通った獣道は遠回りだったのだ。
旅館にはきちんとした(とはいえ山奥なのでかなり細い)道があり、わざと獣道を通ったのはオレを途中でビビらせる為だった。
正直イラッとしたが、笑顔で怒ってないふりをする事にした。だってここの宿泊費はカラス兄さんとレイコさんが先払いしていたからだ。
◆◆◆
「は〜〜〜生き返る♪」
私はここの温泉が昔からお気に入りだ。ここは山奥で交通の便は良くないけど、塔の街とは違い静かで落ち着く。
子供の頃は色々文句も言ってたけど、今ではそれがここの魅力なんだと理解している。
イタチ君に謝ったけど、
「あぁ、イイッスよ気にしてないです」
予想外に大人な言葉が返って来たのにはビックリした。だから、
《あぁ、彼も大人になったんだわ》
とヤンチャな弟分の成長が嬉しかった。
ま、あんな大人な発言をしたからイタチ君には正直、少し引け目を感じてる。後で何かお詫びをしよう。
◆◆◆
「頂きま〜〜〜す」
食事は広間でするのがここのルールらしい。先代は部屋毎に料理を運んでいたらしいが、吾朗の、
「面倒くせぇ」
との意見で広間に集まって食べるのが当たり前になったらしい。
実際には身体の丈夫じゃない夫人に気を使ったという理由があるのだが吾朗は口には出さない。
吾朗夫妻がここを引き継いだのはケガの治療以外に夫人の体調がここの温泉で良くなったからというのが一番の理由だったりするが、それを知ってるのはカラスだけだ。
「美味い」
「おばさん美味しいよ」
イタチとレイコの食べっぷりの良さに思わず夫妻もニコリと満面の笑みを浮かべる。
この旅館の売りは先代は温泉の効能が主だったが今は料理も売りだ。
吾朗の狩りの獲物を使ったジビエ料理をメインとして夫人の作る地域の伝統料理も好評なのだ。
「ハハハ、相変わらずいい食べっぷりだ。なぁお前」
嬉しそうな声をあげる吾朗。
「そうねぇ。でもイタチ君もいい食べっぷりで料理を作る甲斐があるわ」
夫人も二人の食べっぷりに感心していた。
今日からお客は二人だけになったので、夫妻の仕事も楽になった。
「さあ、山にはいるぞ。二人とも付いてきて」
吾朗はイタチとレイコを連れて山に入る。理由は元々レイコにせがまれていたのが一つ。
もう一つはイタチの体調を確認しておきたいからだ。
「うわっ、スゲェ!」
イタチが子供みたいにはしゃぐ。深い森林に入るのは初めてで、図鑑とかでしか見たことがない動物が目の前に来たりすると、興奮する。
「いつ来てもここは綺麗で落ち着くよね」
レイコはレイコで森林浴を満喫していた。マイナスイオンを全身で味わうようにゆっくりとマイペースに歩いている。
「二人とも静かに」
吾朗が突然歩みを止め、二人を手で制する。
「「どうかした?」」
二人ともひそひそ声で吾朗に話しかける。ハモったので思わず笑う。
「目を閉じて集中してくれ、何が分かる? 無理せずに言ってくれ」
吾朗の言葉に二人は目を閉じる。そして集中していく……。
オレは吾朗さんのいう通りに目を閉じる。最初は静かだ。静寂。
でも慣れると森林のあちこちで鳥の囀りや虫の鳴き声。ガザガサと何かの足音もする。様々な生き物がいる事を耳で感じた。
「イタチ君、何が分かるかな?」
「……たくさんの鳥の囀りや虫の鳴き声、後は前から何かの足音」
「うん、初めてにしてはなかなかいい筋をしている。レイコちゃんはどうだ?」
私も足音以外はイタチ君と大体同じだと思った。ただ、少し違和感を感じた。
よーく集中してみる。バタタタと鳥の飛び立つ音。一羽や二羽じゃない群れが羽ばたいているみたいだ。
「イタチ君と大体同じ、だけど後ろの方で鳥の飛び立つ音が少しずつこちらに向かってる」
「うん二人ともやるな、前方からは猪の足音。後方からは多分人間が来ている」
吾朗はそう言うや否やで背中に付けていた矢を弓につがえると迷わずに放つ。
ギイッという呻きが矢が命中した事を示す。静かに歩く三人。
「デッカイなぁ」
「うわっ、スゴい」
「かなりの大物だな。これで今日の夕飯が楽になる」
三人の目に止まったのは猪の雄で大きさは大体百センチ、体重は八十キロ位だ。
だが二人が一番驚いたのはこの巨体を弓矢一本で仕留めた吾朗の腕だ。
吾朗はハンティングナイフを取り出すと慣れた手つきで猪の肉を切り出し始めた。
「さてと、猪を解体するから二人は後ろを少し見てきてくれ。……静かにね」
そう言うと二人に双眼鏡を投げ渡した。二人は言われた通りに様子を見に行く事にした。
……静かにだ。
◆◆◆
「あれ、どう思う?」
レイコさんがオレに聞いてきた。
後ろから来ていた足音の正体がこの場にそぐわないからだ。
「明らかにオーナーがこの前こてんぱんにしたヤクザさんですよね」
オレとレイコさんの視界に入ったのは、森林をガザガサと無遠慮に歩く数人のヤクザさん達。
森林を歩くのに服装が趣味の悪いスーツ姿なのがどこか可笑しい。双眼鏡で更に確認すると、三人の後方にまた四人いるのが分かった。
◆◆◆
私達はその事を吾朗おじさんに伝える。おじさんは少し考えると溜め息をついている。どうやら心当たりがあるみたい。
「そうかぁ、懲りない連中だなぁ」
と呆れ気味にぼやいた。
「アイツらを知ってるの?」
「あぁ、先日ここに泊めたんだよ、組長をね」
「来るもの拒まずなのね、ホント」
私は少し呆れながら呟く。おじさんはそれには気付かず話を続ける。
「泊めたのは良かったが後になって旅館を買い取りたいとしつこくてね」
やれやれといいながら肩をすくめた。
「もしかして嫌がらせされてるの?」
「森林に踏み入っては木を切り倒したりするのさ、猪とかには流石に手を出さないみたいだがな」
それは当然だと思う。この辺りの猪は大型らしくに体当たりでもされたら大怪我は確実だし。そんなのを相手に弓で狩りをするのはおじさん位だろう。
「オーナーがボコボコにした連中以外の奴もいるみたいだし、多分二手に別れてるんじゃないですかね?」
イタチ君はこういう時はホントに冷静。普段からこうなら多分女の子にモテるのにね。
「人数が単純に半分だとして、向こうから七人だから大体十五人位、こっちはオレに任せて」
イタチ君はそう言うと飛び出していった。
わざと見つかるように近付くと、何やら挑発しているらしく、七人のヤクザさん達はイタチ君を追いかけていった。
「アグレッシブだねぇ」
吾朗おじさんが他人事みたいに感心しているので
「おじさん、早く戻らなきゃ」
私が急かすように動き出す。
「お、そうだな」
続いておじさんも走り出す。
◆◆◆
「待てコラ、クソガキ」
「待てと言われて待つ馬鹿はあンたら位だよ」
「ふ、ふざけんな痛い目に合わすぞ」
正直かなり次元の低いやり取りをしながら、山の中を走る。
距離は空いたがあまり引き離すと連中が追いかけるのをやめそうなので、適度に距離に気をつけなきゃね。
身体の調子は悪くない。むしろ怪我をする前より軽く感じる。
山道を走り抜けながら、足元や前方にも注意を払う。丁度良さそうな長さの棒切れが前方に落ちている。場所は適度に開けているし、動きを制限しそうな障害物は周囲には見当たらない。
丁度いい場所の様だ。
「じゃここだな」
オレは足元の棒切れを拾うと軽く素振りしてみる。重さは2キロ位で長さは60センチくらい。
硬さもまあまあ。まぁ……本気で殴らなきゃ死にはしないだろう、多分ね。
「オッサン達ははまだかぁ。ノロイよなぁ」
オレはわざと聞こえるように大声で叫んだ。ヤクザさん達はよせばいいのに全力でこちらに向かってきた。
予定通り頭に血が相当昇ってるみたいだ。
「こ、このガキゃ、ななかなかすば……しっこいじゃねえか」
息を切らしながら凄んでも全然怖くない。まぁ別に最初から怖くないンだけど。
「心配しなくていいよ、手加減してやるから」
「このガキぁ、骨の二本か三本は覚悟せいやぁ」
怒号と共にまず一人が飛びかかるように向かってきた。とりあえず、遅いので真っ正面から棒切れで頭を叩く。まず一人。
「こ、ふざけんな」
次に二人が同時に左右から挟み込むように襲ってきた。右の奴がストレート。左の奴は回し蹴り。
普段なら少しは威力もあるのだろうが、体力の限界に加えて慣れない山道を散々走ってきたのでスピード感がない。面倒だ。素早く右の奴の膝に一撃。続いて左の奴は軸足に足払い。派手に倒れた。
「このガキ」
「油断するな」
三人が一旦距離を置く。一人がナイフを、もう一人は警棒を取り出す。真ん中の奴は腕を組んで様子見の様だ。
「やったれ」
真ん中の奴の一声で二人が向かってくる。警棒の男は上から振り下ろすように上段の構え。ナイフの男はやや下段に構えて突き刺すような動き。
オレはナイフの男に素早く間合いを詰める。男が驚きながらもナイフを腹部を突き出す。棒切れで手の甲を打ちつける。
警棒がこちらの頭部めがけて振り下ろされた。軽く後退。警棒を持つ腕を左肘で一撃。警棒を持つ手が緩んだので素早く奪うとナイフの男の鼻先に喰らわせる。同時に棒切れを警棒の男の同じく鼻先に。
「ぎゃあっ」
「あがが」
呻き声を上げた二人の足を払い転がす、次は。
「そこまでや」
真ん中の男が拳銃を取り出す。成る程ね。余裕な訳だ。納得したオレは警棒と棒切れを前に投げ出す。
「ガキのくせに派手にやってくれたな、一応褒めといたるわ」
男は勝ち誇った顔をした。傷の入った顔はそれなりに場数を踏んでいるのだろう。
「だがな、シロートに舐められたらアカンからなぁ、悪いが死んでもらうで」
自分の勝利を確信してる所悪いがさっさと片付ける事にしよう。
オレは迷わず間合いを詰める。銃の射線をずらすように斜めに移動。オレがいた場所を銃弾が通過した。
慌てて銃口を向けるが遅い。右の掌で銃口を上にずらし、左の鉄槌で顎を打つ。
男はそのまま気絶、崩れ落ちた。とりあえず銃は奪っておく。ついでに残った一人はグーパンで殴っといた。
「に、兄さん勘弁してくれや」
「スンマへん」
今のやりあいを見ていたヤクザさん達が態度を一変させる。完全に戦意を失くしたようだ。
「わかってるよ」
オレは満面の笑みで近付くと全員をのした。許す訳ねぇじゃンか。バカだろお前ら。
「ヤバイなぁ、急がなきゃ」
オレは旅館に向けて走り出す。【悲劇】を防がねば。その思いがオレを突き動かしていた。




