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イタチは笑う  作者: 足利義光
第四話
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二日目 条件反射について考える

何気にオーナー最凶説

 爺さんこと筑城老人の家に泊めてもらい一日目は終わった。


「あーーあよく寝た」


 オレは久々にぐっすりと寝た。ぐっすり寝過ぎて起きたらもう昼前だった。


「あ、目覚めたかい」


 部屋を出ると庭先から筑城老人に挨拶された。あまりに爽やかな笑顔に柄にもなくオレまで爽やかな笑顔になった。


「おはようございます、いやこんちは」

「ハハハ。どちらでもいいよ、お連れさんは散歩してるそうだよ」

「そうですか、あの」

「腹が減ったんだろ? 母さんがおにぎり用意してるから食べなさい」


 お言葉に甘えて居間に行くと婆さんこと筑城婦人がこれまた笑顔で出迎えてくれた。


「あらあら、ゆっくりと寝れたみたいね」

「ご迷惑かけました」

「いいのよ、お客さんなんて滅多に来ないから」


 ふと外を見る。村というより集落といった感じだ。昨日軽く散歩してみたが、住んでいるのはじいさん婆さんばかり。詳しくは聞かないが、若い連中は皆あちこちの街に出ていったらしい。


「いい所ですよね」


 これは本音だ。ここは穏やかな気分になれる。機会があればまた来たいと思う。


「あらあら、有難うねぇ。はい、お食べ」


 筑城婦人がおにぎりを運んできた。塩味だけのシンプルなおにぎりだそうだが、一口頬張る。


「美味い、これ美味いですよ」


 信じられない位に米が甘い。同じ米なのに普段のと何がこんなに違うのかと疑問すら湧く。


「これ、何ていう米なんですか?」

「お父さん、おにぎり気に入ってくれたわよ」


 婦人が嬉しそうな声を庭先の筑城老人にかけると、老人も嬉しそうにこちらに来た。


「お兄さん、嬉しい事を言うねぇ。でもこの米は別に特別な事はしてないんだよ、水と土がいいんだ」


 筑城老人は庭先に促す。オレはおにぎりを頬張りながら、ついていく。


「よーく見てごらん」


 というと庭先から向こうを指差す。指差す方向に視線を向けると、田んぼが見えた。他にも幾つかの畑が見える。


「あれはじいちゃんの田んぼと畑ですか」

「そうさ、この辺りは皆自給自足なんだ」

「凄いなぁ」

「そんな事はないよ、皆昔からこうなんだ」

「街じゃ、こんなにのびのびとは出来ないよ」

「そうかぁ、それはそうかもしれないね」


 しばらくそのまま景色を堪能していると、散歩からオーナーが戻って来た。婦人から籠を借りたらしく栗がたくさん入っていた。


「見てよイタチ君。こんなに栗が採れたよ」


 心底嬉しそうな表情だ。オレも初めて見る表情に戸惑いながらも、つられて嬉しくなった。


「はいお婆さん」


 栗を両手ですくうと婦人に渡す。たくさん過ぎて手から溢れてる。


「おやまぁ有難う」

「母さん、今夜は栗ご飯だなぁ」

「お二人さんも良かったら今日も泊まってかんかね?」

「いいの? イタチ君はどう? 私はもう一日位居たい」

「いや、オレはオーナーがいいなら異存なしっスよ」

「なら決まりね、喜んで泊まります」


 オーナーが小躍りするように喜ぶのでオレもつられて嬉しくなってしまった。


 二日目になるから、今日はオレとオーナーも筑城夫妻の手伝いをする事にした。オレは筑城老人と畑に出掛け、オーナーは筑城婦人と家事の手伝いだ。


「いんや、大した馬力だな兄さん」


 リヤカーに乗せた大量の野菜を運びながら老人の表情が綻ぶ。個人的には、リハビリのつもりなのでこんなに喜ばれると恐縮しそうな気持ちになる。


 ちなみに採れた野菜は以下の通り。

 カブ、大根、ゴボウ、里芋、春菊、冬瓜、茄子、ニンジン、白菜。

 これらの野菜をどっさり乗せたリヤカーは意外と重かった。だが、重いなんて言わない。

 だってカッコ悪いじゃンか。普段からじいちゃんがやってるのにオレに出来ないのは正直恥ずい。

「はは、余裕よゆーっすよ」


 とか言っては見たが運び終わったオレは部屋にてダウンした。やっぱし体調はまだまだだった。


 ◆◆◆


「あらあら、お父さんたらお客さんに無理させたりして。悪い人」

「いや、兄さんの馬力が凄くてついな。お嬢さんもいい彼氏がいて羨ましいねぇ」


 お茶をすすりながら筑城のお爺さんが私に言う。思わず私はお茶を吹き出す。


「お爺ちゃん、イタチ君は彼氏じゃないわ」

「そうなんか?」

「アレはまぁ…………出来の悪い弟みたいなモノよ」

「はいはい、そういう事にしときましょう」


 筑城のお婆ちゃんが手招きするので、その場を離れると夕食作りの手伝いに入る事にした。


 作るのは昔ながらの和食。栗ご飯に味噌汁と天ぷらにあとはお漬物。普段はカラスが料理をしているものだから、包丁を握る手にも力が入る。

 カラスが包丁を握らせないのは彼女の包丁捌きがかなり怪しいから。勿論そんな事は言わずに、


「お嬢は休んでいて下さい」


 有無を言わさずによく言っていた。


 筑城婦人もすぐに包丁捌きの不安さに気付くが穏やかな笑顔で


「お鍋をみて貰える?」


 優しく言うので不満は感じなかった。寧ろ普段やらない事をしている実感が大きく不満など浮かばなかった。


 ◆◆◆


「はい、お食べ」


 筑城婦人の言葉をきっかけに


「いただきます」


 合唱が入ると、一斉に箸が動き出した。


「美味い、これホント美味いです」


 私はまた柄にもなく感激してしまった。栗ご飯はホクホクで味噌汁の野菜の優しい味がよく染み込んでいる。


「ほれ、漬物も食べなさい」


 筑城老人が白菜の漬物の皿を目の前に差し出す。一切れ箸でつまむと口に入れる。さっぱりしていて食べやすい、口直しに最高だ。ホント最高。


「天ぷらにはお塩をつけて食べるのよ」


 お婆さんの言葉に私は天ぷらを小皿に盛られた塩に少しまぶしてから、口に入れる。普段食べている天ぷらとは全然違う。ソースみたいに主張は強くない。でもしっかりと味がするし、何よりさっぱり。


「え? 何これ、食べやすい。お婆ちゃんこれ凄く食べやすいよ」


 私は思わず大きな声で叫んでしまった。


「あらあら、嬉しいわ」


 お婆ちゃんは私の言葉に朗らかに笑う。イタチ君はイタチ君でお爺ちゃんと楽しそうに話してるし、何だかひと安心。



 その後も煮物の大根が信じられない位に肉厚で食べ応えがあったり、最後に食べたお茶漬けにイタチ君は感激していたりと楽しい時間が流れた。



 ◆◆◆



「オイ、何だよこの村はよ」


 散歩していた私の耳に耳障りな男の怒声が聞こえた。声のする方向へと足を向けてみると


「だからよ、何でオレらは泊めて貰えないんだ? なめてんのか」


 ……旅行者に不釣り合いな安い白スーツに無駄に金色の時計と紫のスーツに同じく金色時計のいかにもな筋モノ風の二人組が集落の住人達に食って掛かっていた。

 筋モノに慣れていないのか、オロオロするばかりのお爺さん達。

 今朝の散歩で挨拶しただけの関係だけど、この静かでのどかな集落には似つかわしくない連中には早く帰ってもらう事にした。


「オイ、ジジイとりあえず飯を持ってこい。オレらと向こうで待ってるオヤジ達の分で十人分だ」

「早くやらんかいボケッ」

「もう今夜の食事は終わって十人分も用意できません」

「そんなん知るか早くせん……アガガガッ」

「はいはい静かにしてくれるかな」


 とりあえずお爺さんの胸元を掴んでいた白スーツの右手の親指を掴んで捻る。勢いよく転ぶのが面白いのよね、ホント。


「あだだだっ」

「このアマ何してくれるんだ」


 紫のスーツが私に掴みかかりに来た。とりあえず転ばした白スーツの鼻先に膝を入れ、手を離す。紫のスーツが踏み込む。右のストレート。重そうだけど隙だらけ。

 こちらから前に一歩踏み出す。軽く身体を回転させて相手の顎に側面から掌底。地面に転がす。


「お爺さん大丈夫?」

「あ、あぁ」


 お爺さんがポカンとした顔をしている。まぁ、普通見ない光景だろうね。か弱い女性がこんなに強いなんて思わないだろうし。


「後は私に任せて」


 立ち上がろうとした紫のスーツの足を払って転ばせる。お爺さんは、


「あ、有難うお嬢さん」


 と戸惑いながらも他の住人達と帰っていった。これで心置き無くやれるわね。


「な、何だこのアマ」


 紫スーツが精一杯口から泡を吹くようにわめく。見苦しくて嫌になる。


「さて、アンタらはおし置きだね……は・や・く仲間呼べや」


 後にこの二人が仲間内で語った話だと、彼女のニッコリと笑う笑顔は壮絶極まる物だったという。


 ◆◆◆


「ヒイイッ−−−っ」


 ゴツい男達の情けない悲鳴が静かな集落に轟いた。オレは大体の状況を悟った。哀れな奴だ。

 とはいえ、何もしないのも嫌なので声の場所に行ってみると、案の定もう大体終わっていた。


「あ〜〜あ」


 目の前には八人の明らかに筋モノらしき男達の哀れな姿。オーナーは一見すると美人で線も細い。だがそれに騙されるとああなる。

 アレは美人の皮を被った何か別世界の生き物だ、間違いない。そうに決まってるぜ。


「か、勘弁して下さい」


 多分連中のボスであろう五十過ぎブランド物のスーツのデップリと肥えた男がオーナーに土下座している。既にスーツはボロボロだ。無残に破れている。あーあ。


「勘弁して欲しいなら二度とここには来るな」

「わ、分かりました」

「もし来たら……アンタら死ぬよ」


 オーナーがドスの利いた声で念押しする。

 何故かオレにまで震えが来た。これが条件反射だと言うのか。


「は、ハイイッ分かりましたぁ」


 仕方ないので気絶した連中を起こして手を貸してやった。一人残らず強面が見る影もなく小動物みたいに怯えていて一層哀れだった。


「あ〜〜いい食後の運動になった」


 とかいい放つ美人の皮を被ったお方の満面の笑みを見て考える。


 よ〜〜〜く考える。まだオレの震えが止まらない事について。この条件反射についてだ。

 オレ、普段からどんだけ怖がってるんだと。

 集落には再び静けさが戻ったが、オレは一晩中その事ばかりを考えていた。


 二日目はこんな感じ。

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