査定
…………あれ? オレはどうしたんだろ……。
身体が重い。まるで鉄の塊になったみたいに、重く、動かない。
ま、いいか。たまにはゆっくりと休むのもいいかな。
……イタチ。しっかりしろっ…………。イタチ。
気のせいか……。カラス兄さんの声がするような……全くよしてくれよ。たまの休みなんだぜ。
ゆっくり寝かせてくれよな。
……イタチ君。しっかりなさい……イタチ君。
何だよ……今度はオーナーかよ、折角の休みなんだからさぁ……。
ちょいと休むよ。……いいだろ?
◆◆◆
「今夜から、二日程が峠だな。何しろ傷がひどいからな。最悪の場合もありえる。後は彼の踏ん張り次第といった所だ」
「そんなにひどいか」
「お前さんも入院モノな怪我人だな。まぁ入院しないんだろうが」
カラスと知り合いの医師が待合室で話している。ここは第零区域にあるモグリの病院。勿論、この医師は闇医者だ。
「しかし、この患者は変わってるな。普通じゃないぞ」
話を切り出したのは闇医者からだった。
「何がだ?」
カラスが医者の言葉に疑問を持った。この闇医者は口が堅い。多少の事なら話しても構わない、そう考えイタチについて知っている程度の事は伝えてあった。勿論、イタチからは以前に了承は得ていた。
「これまでも何回か怪我の治療をしたわけだがな、やはりコイツはちょいと不思議なんだよ」
と一枚の写真を見せる。
カラスがその写真を確認すると、それはCT写真だった。素人目ではよく分からない。
「すまないが、俺は医者じゃないぞ。よく分からん」
「あぁ、悪い悪い。なら説明するか」
医者はカラスを促すと診察室に入る。
◆◆◆
「さてと、これでゆっくりと話せるね」
近付く足音の主が暗闇から姿を現す。神経質そうな痩身の男だった。肩にはライフルを担いでいる。
「チッ、あんたがテイルかよ」
オレはなるべく余力を残してるかのようにゆっくりと起き上がると不敵な笑みを浮かべる。正直ハッタリだ。
「テイルねぇ、確かに今まではそうだったよ」
「どういう事だ?」
「とりあえず無理はしない事だね」
テイルだった男が、不意にこちらに踏み込む。
あまりに自然に踏み込まれ全く反応が出来ない。横切るような動きの中で足を払う。オレはあっさりと倒された。受け身すら取れない自分に腹が立つ。
「ほらね、無理はしない事だよ」
痩身の男はまるで生徒に対して教師のように諭すようにオレに話しかける。
「好きにしろ」
オレは覚悟を決めた。この男は狙撃手だが格闘術も相当だと分かり、この状況では到底太刀打ち出来ないと悟ったからだ。
「好きにするさ……」
痩身の男がライフルの銃口をイタチに向ける。時間にして二秒程が経ち、ニヤリと笑うとライフルを再び肩に担ぐ。
「と、言いたいけど今日はやめとくよ。勿体無いからね」
「お情けをかけてくれるって訳だ」
オレは精一杯に皮肉めいた口調で言葉を吐き出す。
「そうだね、好きにとって貰って構わないよ。これで三度目だ」
「三度目? オレはあんたに会うのは今日で一回だぜ」
「三度目さ、最初は爆破だったから、気付けなかっただろうけどね」
爆破と聞いて脳裏に浮かんだのは、【フォールン】の精製施設を攻撃した時の事だ。ターゲットだった塔の組織の裏切り者の幹部が狙撃され、さらに施設が目の前で爆破された。
それから思い付くのは【デモリッション】の券の後始末の際に遭遇した狙撃手。
「あの時の花火はなかなかだったぜ、花火師になればいいんじゃねぇか」
「ハハッ、キミはなかなか面白い男だね。【彼】が気に入る訳だ」
「彼だと?」
「キミはまだ知らなくてもいいさ、いずれ嫌でも知るからね」
「全然嬉しくないね、今すぐ知っときたい」
こうなりゃ、やけだ。もうどうにでもなれといった心境のオレはコイツに話を振る。
痩身は少し考える仕草をする。そしてニヤリと笑うと話を始めた。
「少し話してあげるよ。勿論、クライアントには触れない程度にね。まずは僕の名前は、テイルじゃない。【カメレオン】見ての通りの狙撃手だ」
そう自信ありげにカメレオンはスナイパーライフルを見せる。あの細腕にスナイパーライフルは正直不釣り合いだ。
「さて、今回の依頼は、ドラゴンの仕事の補助とキミの査定」
「査定、テストって事か? オレをスカウトでもするつもりなのか?」
「当たらずも遠からずだね。キミの【性能】の査定なんだから」
「性能ね。さっき死にかけたぜ、そんなんでもいいのか? アンタの補助が無けりゃな」
「それは問題ない。二人は反則負けだから」
「反則負けだぁ。殺し合いにルール判定勝ちなんかあったっけか」
オレは半ば呆れた口調で言い返す。
「普通ならね。だが、二人は死ぬはずだったけど死なずに反撃してきた、何故かな?」
「愛と勇気と根性だろ」
「ハハ。……フォールンだよ。あの薬は痛覚を遮断するからね、死ぬようなダメージも耐えられる。反則だろ」
カメレオンも半ば呆れた感じで話す。
オレは釈然とはしないが奴の話にある程度納得した。そしてフォールンが出回ってた時の事を考えるとゾッとする。
「もう一つ聞きたい、何でカラス兄さんはここにお前らが来ると分かってたんだ?」
オレは今回の件で引っ掛かりを感じていた事をコイツに尋ねてみた。
「簡単さ、この仕事はかつてレイヴンが立案したからさ」
答えを奴は事も無げに話した。オレはレイヴンと呼ばれるカラス兄さんについても聞きたかったが意識が薄れていくのを感じていた、限界だ。
「どうやら、時間切れだね。後はレイヴンに聞くといい、話すかは怪しいけどね」
そう言うと笑いながら去っていく。その場に残されるのは死体が二つとオレ一人。
◆◆◆
カラスは病院を出ると帰路についていた。考え事をしながら。
イタチの奴なら心配はいらないだろう。アイツはしぶとく、簡単にはくたばらない。問題は……今、この場だ。
「さっさと出てこい、分かりやすく気配を出しやがって」
病院を出てすぐに気配を感じたのだ。普通なら気配を悟られるのは尾行としては失格だ。
例外がある。わざと見つかる場合だ。その場合、相手は危険な奴と相場が決まっている。コイツもその手合いだ。
「久しぶり、レイヴン」
といきなりナイフが飛んできた。左手でナイフを叩き落とす。奴は鋭い殺気を放つと一気に間合いを詰める。俺も動きを読んでいる。迷わずにベレッタの銃口を向けた。
銃口は奴の額に突き付けられ、ナイフがオレの喉元に来ていた。
「フフフ、楽しいよレイヴン。腕は鈍っていないようだね」
奴がナイフを引く。俺も銃口を外す。
「とんだ挨拶だな、オウル」
「さぁ、少し話をしようか?」




