苦闘
全ては順調だ。計画は完璧に推移している。依頼人の【要望】通りに手順を進め間もなく全てが完了。これが終われば多額の報酬で当分は自由に過ごせる。
私にとって、殺しはあくまで仕事だ。私の持つ技術で一番金を稼ぐ事が出来るからやっているに過ぎない。
テイルも元々軍隊出身らしいから、似たような理由だろう。
ファングとスケイルは、趣味と実益の両方だろう。
私自身の体調も問題ない。いつも通りに体は動く。左側にいた兵士を暗闇に乗じて背後を取るとそのまま首を捻る。まずは一人始末。
次に左側にいる見張りを何とかしなければなと考えていると、その見張りの頭がはじけた。テイルが援護したようだ。
奴の付けている視察装置は赤外線、暗視それぞれのモードを切り替える最新式だ。奴には、この暗闇は昼間と変わらない。
停電の後に待機した甲斐があり、兵士の大半は発電所に向かった。
ここにいる連中も混乱しており、普段なら近付くのが困難なここにも今は簡単に潜入出来た。
「司令、失礼します」
一人の兵士が敬礼して司令室に入る。
「何だ、状況が分かったのか? 報告しろ」
司令官らしき男は状況の把握を優先している為か、あまり警戒せずに確認してくる。
「はっ、敵の人数は……」
兵士は一瞬で銃を二丁抜き素早く引き金を引く。司令官は反応すら出来ずに銃弾をその身に浴びた。
「……二人ですよ、司令官殿」
言い終わると同時に司令官だったモノは床に沈んだ。
「目標を排除完了。テイル、援護を頼む」
「テイル、どうした?」
無線の故障か、反応が無い。移動しながら通信しようとするが反応は無いままだ。
そして外に出た所で気付く。自分を待つ気配。
静かだが、鋭い殺気が向けられている。周囲を見渡す。見えるのは、自分とテイルが殺した兵士達の死体だけだ。
「上か!」
とっさに前方に飛び込む、瞬時にその場所に銃弾が撃ち込まれた。
素早く態勢を整えると、銃口を上に向ける。いない、いや前だ。迷わずに引き金を引き、弾丸を吐き出す。
ソイツは横に飛び回避しながらも、アサルトライフルの銃弾をこちらにばら蒔く。同じく横に飛ぶ。弾丸が二発程かすめる。
構わずに引き金を引き弾丸を撃ち込む。とにかく先手を取るのが優先。
と、何かが飛んでくる。
「くっ!」
飛んで来たのはアサルトライフルそのものだった。左手で払い飛ばし右手を暗闇に向ける。
瞬時に相手の頭に銃口を向ける、同時に自らの頭にも銃口が向けられていた。
月明かりが互いの顔を暗闇から照らす。
「レイヴン」
「ホーク」
カラスとタロンが互いの名を呼ぶ。共に今は使われない名前で。
◆◆◆
「どういう事だこりゃあよぉ」
思わず、ファングが叫ぶ。発電所の破壊を成功させたファングとスケイルは合流地点に着いた途端に攻撃されたのだ。
スケイルがいきなり銃弾に倒された。スケイルの着けているボディーアーマーを撃ち抜き、血煙がパッと上がった。二発の着弾を確認した。
《ちっ厄介だぜ、スケイルの奴を殺る銃弾なら、オレが貰ったら即オダブツだ。だが、弾が続かない。アサルトライフルやマシンガンじゃないハンドガンらしいな、なら》
ファングは素早くナイフを抜き出すと気配に近付き回転しつつ切りつける。二回とも手応えはない。頭を反らす。弾丸が頬をかすめた。右のナイフを突きだす、正確な狙いは気配の主を刺殺するはずだった。
《何だと》
ファングは心の中で吠えた。
相手はナイフを自分の銃身で受け止めたのだ。間髪入れずに左のナイフで切りつける。すると今度はガチッという金属音。相手もナイフで止めた。
「何だテメェ」
ファングが吠える。
「あンたらの息の根を止めに来た」
イタチは淡々と返す。
《にしても、コイツ厄介だなぁ》
口とは裏腹にイタチは心の中で舌打ちしたい気分だった。
カラスのいう通りに待ち構えていた場所に二人来たので、デカイ奴、スケイルが明らかにデカイ武器を持っていると考えて、オートマグで銃撃。二発とも命中した。
《で残ったチビを倒すはずが、コイツやりにくい。二対一になるよりはマシだけどさぁ》
見た目と歩き方から判断して接近戦を得意とするファングだとは分かったが、想像以上の速さに戸惑いを隠せない。
「ケッ、ナメるな」
ファングはそう叫ぶと何を思ったかナイフを二本とも落とす。そして距離を取る。勢い余って崩れる。
イタチは態勢を崩しながらもオートマグから弾丸を放つ。ファングは構わず飛び込む。イタチも踏み込む。
二人が交差する。瞬間、イタチは右手に激痛を感じた。ファングの左手が光る。そこには別のナイフが握られていた。
「久々にコイツを使うぜ。褒めてやるよ」
ファングが余裕を取り戻したのか、笑みを浮かべる。
「いいオモチャ使ってるじゃないか」
イタチも何とも無い風を装うが、右腕をかなりえぐられた。動かすのは大丈夫だが、とっさには使えない。相手も分かっている。だから余裕を持っている。
イタチはファングの相棒たるナイフを確認する。先程までのオーソドックスなコンバットナイフではなく、ハンティングナイフだ。
「いい切れ味だろォ? オレの一番のお気に入りだぜぇッッ」
ナイフをスイッチして右手に持つ。素早くなぎ払うように振る。後ろに避けるイタチ。ファングはナイフで突きを入れる。横に避けるイタチ。それに対しナイフを右に切りつける。
「チッ」
かわしきれずにギザギザの刃が胸元をえぐった。
更に殺気。イタチは咄嗟に横へ飛ぶ。そこに弾丸が襲いかかってくる。直撃は避けたが、右足をかすめた。
スケイルが起き上がりマシンガンの銃口をイタチに向けていた。
「ケッ、死んだふりかよ紛らわしい野郎めッ」
ファングが少し嬉しそうに叫ぶ。
「ぐ……るるルルゥゥッッ」
だが、スケイルの様子がおかしい。まるでケモノの様に唸っている。
スッと何事も無かったよう動き出すといきなりイタチへと突進する。
いつもならかわせる動きだが、かすめた銃弾で右足の反応が遅れた。
スケイルは体当たりでイタチを軽々と吹っ飛ばす。 まるでボールみたいに飛ばされ、地面を跳ねるイタチの身体。
「ぐうっ」
口から血が滲む。体当たりを受けた瞬間、自分から後ろへ飛んだもののダメージは深い。
そこへさらにスケイルが踏み潰すように足を振り上げ下ろす。転がりながら、オートマグの引き金を二発引く。細かい狙いはどうでもいい。とにかく当てる。
オートマグの銃口を下から上に向けたので銃弾はスケイルの踏みつけに来た右足、腹部に命中。オートマグの三十カービン弾はスケイルの身体を貫通した。よろめくスケイルの左足に更に銃弾を叩き込み、足を払う。たまらずにスケイルが倒れる。
「やらせねぇよォォッ」
ファングが飛びかかってくる。ハンティングナイフを下から上に振り上げる。
イタチは【これ】を待っていた。迷わずにナイフを落とす。オートマグを両手できっちり構えて引き金を引く。狙いは腹部。
ファングもイタチの狙いに気付く。ナイフと銃弾が衝突。ナイフの刃が折れ、銃弾がファングの腹部に命中する。しかしファングは、ナイフに付いているナックルガードでイタチの顔面を殴りつけた。
その場に崩れる、ファングと後ろに転がるイタチ。
ファングは顔を上げる。銃弾を喰らって実感した。自分も含め、ドラゴンの四人は軍隊仕様の防弾ベストを着ている。
自分も含め、ドラゴンの四人は軍隊仕様の防弾ベストを着ている。
スケイルはさらに防護用に金属プレートまで仕込んでいたが、撃ち抜かれた。自分もベストを簡単に撃ち抜かれた。
確かオートマグという銃だ。弾丸はライフル用の弾。
《ライフル弾かよ。どおりで貫通する訳だ。ダメージは深いな。だが弾は抜けた。まだ動ける》
「痛ぇな」
イタチも起き上がる。オートマグは弾切れだ。腰のホルスターにしまい足元にあるナイフを拾う。軽く、自分の状態を確認する。右腕と胸元にナイフの傷、右腕が使いにくい。次に右足を弾丸で負傷、かすめた程度だが、少し違和感。
《やれやれ、ちょいとキツいかもな》
自嘲するように小さく笑う。
そこに
「ぐ、がががッッ」
呻き声をあげながら、スケイルがゆっくりと起き上がる。また痛みなど無いかのように歩いている。
「やれやれ、ちょいとピンチかもなぁ」
スケイルのマシンガンの銃口がこちらに向く。そして弾丸を撒き散らし始めた。
背後からマシンガンの斉射、目の前には牙を折ったが凶暴さは変わらないファング。
《覚悟を決めるか》
イタチは迷わずにファングに向かっていく。
「上等だぁ殺してやるぜぇッ」
ファングも向かっていく。
◆◆◆
「久々に楽しいぞレイヴン!」
タロンがベレッタ二丁から次々と弾丸をカラスに向かい撃つ。
「何が楽しいかよく分からん」
カラスはそれを悉くかわしながら同じくベレッタで反撃する。
タロンは久々に全力を出せる事を喜んでいた。【仕事】は終わった。その後でメインデイッシュが待っていた。
今、ここでレイヴンを殺れば長年の悲願が叶う。それがたまらなく楽しみだ。
「レイヴン、どうした反撃してみろ。私を殺しに来たんだろ?」
カラスの耳元をベレッタの弾丸がかすめる。このまま撃ち合いしても自分が不利だ。単純に球数が違う。中途半端な攻撃では反撃されて終わりだからだ。
「ドラゴンのタロン(爪)は甘くないぞ、レイヴン。いつまでにかわせるかな?」
そう叫びながら、二本のベレッタから弾丸を吐き出す。少しずつだが、弾丸がカラスの身体をかすりはじめた。タロンがカラスの身体の癖を覚え始めたからだ。
そして…………。
「フフフ、レイヴンそろそろ決着だな。分かっているだろ? ベレッタにはあと一発ずつだ」
そう言うタロン。焦りはなく、冷静さは失っていない。
「なら、ケリをつけよう」
カラスは突如タロンに向かい一直線に突進。カラスのベレッタから弾丸がでる。タロンも左のベレッタの引き金を引く。弾丸はカラスの右の肩を直撃。タロンはかわす。カラスは止まらない。弾丸など当たってないみたいに。
タロンは弾切れのベレッタを捨て、右のベレッタを両手で構える。勝負は一瞬。
乾いた銃声が響く。タロンのベレッタの弾がカラスの頬をかすめた。
カラスの左手がタロンの喉に向け伸びていた。左手からは硝煙が出ている。
「ガッ……ハ」
タロンが口から血を吐くとそのままカラスにもたれるように崩れた。タロンの目に入るその正体は左手から伸びる小さな拳銃、【デリンジャー】だった。
「まさか、デリンジャーとはな」
タロンがヒューヒューと息を漏らしながら呟いた。
「一人を殺すのは一発あれば充分だ」
カラスはそう言うとタロンの身体を自分から離す。ゆっくりと音を立て、仰向けに倒れるタロン。
タロンはやがて静かに死んでいく。
《まぁ、いいさ。それなりに楽しめたからな》
その表情はどこか満足げだった。
「お前は殺し合いにロマンを持ちすぎだ、ホーク」
カラスは淡々とかつての【戦友】に手向けの言葉を送った。
◆◆◆
「クソガキがぁ、早く死ねよナァ」
ファングが刃の折れたハンティングナイフで切りつける。イタチがマシンガンから逃げずにこちらに来たのが我慢ならなかった。
イタチが回避に回らない理由は簡単だ。余力が余り無いからだ。マシンガンから一度逃げればそのまま、逃げ続けないとならなくなる。
そうしたら、ファングが自由になり、やがて息切れした所を仕留められるから。
怒りに任せた一撃を肩を押し込んで無理矢理止める。ナックルガードが食い込むが切られるよりましだ。
「うおぉぁっ」
そのまま力任せに倒れ込みファングの顔面に肘を喰らわせる。さらにナイフの柄で頭に一撃。そのまま素早く前転。
そこにマシンガンの銃撃がファングの身体を容赦なく襲いかかる。ビクビクッと脈動するファング。
「一人っ」
「うがぁァァ−−ッ」
スケイルが二丁のマシンガンを斉射する。凄まじい音を立て、イタチを追いかけ地面を削り取っていく。
「くそっ、まだかっ」
イタチの勝機はスケイルがマシンガンの弾をうち尽くし弾切れを起こした時だ。
スケイルには【欠点】があった。
普段はのんびりした性格だが、自身の血を見ると正気を失う。そうなると敵も味方も無い。
全てを壊したい衝動に支配される。
「壊してやるコワしてヤるコワシてやルっ」
やがてマシンガンの弾丸をうち尽くすとマシンガンを投げ捨て、イタチに向かっていく。まるで両足の負傷など無いかのように近付く。迷わず前蹴りを放つ足からは血が飛ぶ。
「ぐっ」
イタチは両手でガードするが、重い一撃に呻く。
「あがががぁ」
スケイルが両手でイタチの両肩を掴むと持ち上げ、一気に地面に叩きつける。
《や、やべっ》
イタチが衝撃で意識を失いそうになる。
そこにトドメとばかりにスケイルがゆっくりと右腕を振りかぶる。そして拳を振り下ろす。
何とか回転してかわし両足でスケイルの左足を挟み込む。全体重をかけて自分の身体ごと捻る。
スケイルの巨体が勢いで倒れる。イタチは素早く起き上がる。うつ伏せになったスケイルの上に馬乗りになると一気に弓なりに首を引っ張る。全体重をかけて、最後の力を振り絞る。
「うおらぁっ」
全体重をかけ、渾身の力を込めた。結果、スケイルの首が不自然な角度にまで引っ張られ、【ゴキリ】と鈍い音を立て折れた。
「ハアハア、や、ヤバかったな」
イタチは動かなくなったスケイルから離れるとその場にへたり込む。そして興奮が冷めると徐々に痛みが全身を襲う。
「さて、帰るか」
ゆっくりと緩慢に立ち上がるイタチ。と、感じる殺気。
「嘘だろ」
イタチの視線の先にはマシンガンで穴だらけになったハズのファングが立ち上がっていた。
全身からはおびただしく血が流れていて、どうして立ち上がれるのか不可解だ。
「へっ、上等。トドメさしてやるよ」
減らず口を叩くが自信は無い。全身の痛みが限界を示していたからだ。
「…………」
少しずつだが、動きが早くなるファング。手に握ったハンティングナイフをイタチに突き立てようと迫る。
イタチはかわそうとするが身体が付いてこない。
「くそったれ」
動かない身体に怒りを覚えながら、何とかナイフを肩をファングの胸元に当ててかわすと、ナイフを持つ右腕を掴み捻りあげて一気に折る。ファングの膝を腹部を喰らい地面に崩れるイタチ。
「何だよ、バケモンか」
ファングはイタチに右腕をへし折られたにもかかわらず気にならないかのようにブラブラさせている。
「さっさと諦めろこのヤロッ」
声を張り上げ勢いを付けると立ち上がる。
《あと、一回位だな》
イタチはそう判断すると自分から踏み込む。最後の一撃。最後の力を込めて身体を回転。勢いをつけた肘を心臓に叩きつける。感触はあった。
グラリと傾くファング。しかしファングは態勢を整えると右手の折れたナイフをこちらに向ける。狙いは喉。イタチはかわそうとするが、身体が動かない。
《チッ》
イタチはそう心中で呟く。
バッ。血が飛び散る。その生暖かさに自分は死んだと感じた。
……だが違った。血はファングの物だった。右手が無くなっている。さらに
頭が吹き飛ぶ。狙撃と気付き、その場に伏せるというより倒れる。しかし何も起きない。
「やれやれ、危なかったなイタチ君」
そう言いながら近付く足音。鋭い殺気が近付く。
散々人を殺したオレも死神って奴とご対面か。イタチは思わず自嘲気味に笑っていた。




